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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第弐部・壱章 闘競邂逅・きのうの てきは なんとやら
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第陸拾壱話 似名都市・げいぬしん

 ゲイヌシン、という街がある。世界の中心として有名なゲィヌシンとやたら名前が似ている上、徒歩で20日と微妙に近い距離。地元民以外では混同していそうなものだが、実のところこの二つは別の都市として有名である。その理由であるところのとあるイベントが、開催日を間近に控えていた。

「…何だこの人の数は。先が見えない」

 この世界の住民は、基本的にお祭り騒ぎを好む者が多い。人間としての性質と言うより、恒常的な連絡手段の乏しさからくる文化の内部完結が要因だろう。普段暮らすにはそれでいいかもしれないが、偶には外からの風を欲するのが人というものだ。

 とまあそんなわけで、今このゲイヌシンには普段の人口の数倍に及ぶ人間が溢れていた。ここまで人が集まってしまうと都市機能の決壊が懸念されるところだが、このお祭り騒ぎそのものは2年に一度。街の住人にとってはたまの祭りであり、また手慣れた騒乱でもあった。

「まずは宿探し…いや、先に受付か。ここまで人が多いと、流れに逆らうのも一苦労だろうし」

 城塞なんて枕詞の付くゲィヌシンに比べればちゃちだが、この街にも石造りの城壁がある。城壁があれば城門もある。衛兵のチェックを終え、その城門を抜けた若者が1人いた。名を、セネアック・ハザルト、という。

 この世界で旅人と言えばまず思い起こされるような、ありふれた旅装。腰に差す剣は刃渡りの割に柄が長いが、逆に言えばそのくらいしか装備に特徴は無い。背格好としては比較的低めの身長に痩躯。痩せていると言ったが、不健康というほどでもないだろう。視線鋭く、街並みを見渡している。しばらくきょろきょろと視線を振っていたが、じき目的の建物を見つけ、移動を再開した。とはいえ地上部は人通りで何も見えず、建物の上の方の端っこがちょろっと見えただけなのだが。

「活気があるのは良いけれど…あ、また」

 人通りに紛れて懐に延ばされてきた手をそれとなく避ける。スリだ。このあたり治安が悪い場所には見えない。恐らく、このお祭り騒ぎによる一時的な人口の増加に便乗した輩なのだろう。どうも、旅人かつ周囲を見回す様子にくみ易しと思われるらしい。

 幾度かスリの魔の手を回避しつつ、街の中心部へと進む。流石に街の入り口付近を離れると人通りもまだ少しマシになり、スリとの永き戦いもなんとか沈静化してきた。…の、だが。

「や、やめてくださいよぅ…う、訴えますよー! ユウカイトカンキンでゲンコウハンですよー!」

「何言ってんだこいつ」

 何の気なくふと横の路地を見たつい今しがたの自分を、横から叩いて前向かせてやりたい。体格の良い、あとどう贔屓目に見ても堅気には見えない男が3人、路地を塞ぐように立っている。そのおかげで奥にいる人物はよく見えないが、さっきの声とちらちら見える小さな体躯から推察するに少女だろう。どう見てもあれだ、何かしらの宜しくない行為が行われる寸前である。

「知らねぇよ。んなことよりとっとと連れて行こうぜ」

「だな。こんなとこ見られちまうと厄介だ」

 …今現在がん見してるんですが、とは口に出さない。しかし、どうしよう。見てしまったからには放置は無いが、かと言ってあまり目立ちたくもない。大声出して人呼べば解決するだろうが、それも目立つので却下。

「おい、さっさと立て。ぐずぐずすんな!」

 男の一人が無理矢理腕を引っ張り、奥の人物を立たせようとしているのが見えた。時間が無い。正直あまりやりたくなかったんだのだが、心の中でため息ひとつ、セネアックは路地へ駆け込む。

 足音に気づき男の一人が振り向く、前に大跳躍。男3人を軽く飛び越す。全員唖然とした顔でこちらを見ているが、馬鹿正直に付き合う必要もない。

「こっちだ」

「え、あ、はい!」

 奥で倒れていた少女の手を引き、路地の奥の方向へと駆けだす。さっきまでは多分、と付いていたが、予想に違わずちんまい少女だった。真っ青な長髪が目を引く。セネアック自身それほど広い世界を見聞きしてきたとは思っていないが、にしたって見たこと無い色である。もしかして、滅多にない見た目ゆえ連れ去られようとしていたのだろうか。

「こら、待てやぁっ!」

 後ろから響く怒声。正直路地の奥方向へ逃げたのは失策だったが、ならばあの状況で失じゃない策があったのかという話だ。もう一度この少女を抱えて大ジャンプ、なんて人間離れしたマネはできない。最低でも片足人間の域からはみ出てないと無理である。

「あ、あの、何で助へぶっ!」

「走りながら喋るな、舌を噛む」

 もう少し体格差があれば抱きかかえて走りたいところだが、残念ながらセネアックと少女の体格差はそこまででもない。このまま逃げ切るしかないだろう。

 手を引き、急制動で角を曲がる。慣性で引きずられた少女が『ひぅみゅっ』と形容し難い音声をあげたがとりあえずスルー。これで振り切れるとは思っていないが、こちらの姿を一瞬でも見失わせるのは効果的なはずだ。

「いたぞ、まだそんなに離れてねぇ!」

「くそ、逃がすなよ!」

 …しつこい。なんとかして足止めしなければ、じき追いつかれてしまう。しかも地の利は十中八九向こうのもの。何かしら特別な手を打たねばジリ貧だ。

「(木箱で道を…いや、道を塞げるほどの数は無い。せめてロープの一本でもあれば…)」

「…凶運・七転八倒」

 どんがらがっしゃん。突如響き渡った古典的な衝撃音に思わず振り向く。どうやら追跡者が転倒し、つい先ほど足止め利用を考えた木箱の山に頭から飛び込んだらしい。3人同時に。

「…こっち」

「ん!?」

 あまりに不自然な光景にセネアックが茫然としたのは一瞬。すぐ横手に居た黒マントの人物に気づくまでにもう一瞬。

「早く」

「…分かった」

 そして件の人物の誘導に一瞬悩み、加えて一瞬で判断し追随する。

 黒マントがいたのは横手の細い路地だ。奥へと引っ込むその人物のあとを追ったセネアックは、しかしすぐに3方向を壁に囲まれたことで己の判断を恨んだ。

「行き止まりじゃないか。くそ、すぐ戻って…」

「黙って。…呪術・路傍の石…」

 すぐに引き返そうとしたのだが、黒マントに引き留められる。というかよく考えると、今から戻っても追跡者に鉢合わせするのが関の山だ。ここにいたとて見つかるのは時間の問題だろうが、どうせ同じ結果ならこの黒マントを巻き込んでやる。そんな心持でセネアックは足をとめた。

 直後、男たちが顔を出す。

「こっちにゃいねぇ、向こうだ!」

「くっそ、あいつ速ええぞ」

 …そして、そのまま走り去って行った。

「…もう、大丈夫…」

「あ、ああ。すまない、助かった」

 警戒を持続させつつ、見も知らぬ黒マントに礼を言う。

「別に…通りがかっただけ。…もう、行くから」

「ふえー…あ、ありがとですー」

 しかし危機を脱したこちらに興味は無かったのか、彼女(声からして女性だったようだ)は一言だけ残して立ち去った。後はそちらでご勝手に、とばかり蒼髪の少女と取り残されたわけだが、残念ながらセネアックも知り合いではない。

「…あー、どうする?」

「私ですかー? え-とですねー、セージが待ってると思うので、早く帰らないとです!」

 待ち合わせか何かの途中だったらしい。不運な奴である。

「そうか。送った方がいいか?」

「いえー、セージはすっごく人嫌いなので、会わない方がいいと思いますよ!」

「…なんだそれは」

 どういう経緯があって、この少女はそんなのと同行しているのだろうか。一瞬騙されてるとか何とか思い浮かんだが、所詮は他人の問題である。少女が現状に特別不満を持っていないようである以上、他人であるセネアックが口をはさむ問題ではない。

 ぽつぽつ会話しつつ、表通りへと抜ける。どうやら彼女はセネアックの目的地と逆方向へ帰るらしい。

「じゃあ、ここらでお別れだな。気をつけて帰れよ」

「はい! ありがとうございましたー…えっと」

「セネアック、だ」

「はい、セネアックさん! ホントにどうもありがとでしたー!」

「ああ、またな」

 軽く手を振り、少女は駆けていく。そう言えば名乗ったのに名前聞きそびれたわけだが、まあどうでもいいかと思いなおした。どうせもう会うことも無いだろう。踵を返し、目的地の建物が見える方向へと歩きはじめる。

 およそ一刻ほど後、予定より大文遅れはしたが、セネアックは無事目的の建物へと到達した。

「…闘技場、というのはここか。また立派な建物だことで…」

 巨大な円形の建造物であり、聞いたところでは闘技場、というものらしい。知っているから“円形”の建物であると認識できるが、そうでなければ目前にあるのは平らな壁であると思っただろう。旅の若者には与り知れぬことであるが、この闘技場が土地を占領しているがゆえにゲイヌシンは街の面積の割に人口が少ない。そのくらい巨大な建造物だ。

 しばらくその大きさに軽く圧倒されていたセネアックだが、すぐ本来の目的を思い出し歩を進める。入口は家の一軒そのまま通せそうな石造りのアーチであり、少なくない人の流れが行き来していた。その流れに乗り、中へ進む。内部には要所要所に案内の掲示がされており、目的あって訪れた者ならまず迷うことも無い。

 ほどなく、木製の長机と大量の木箱に囲まれ“大会受付”の文字を掲げた目的地へと辿り着いた。即席のカウンターには係員と思しき女性が複数人並んでいたが、ちょうどタイミング良く一人が空いたためそちらへ向かう。

「闘技大会の受け付け、とはここだろうか」

「はい。こちらメニェシネチク武闘競技大会の受け付けです。参加申請ですか? それとも観戦チケットの購入ですか?」

「参加だ」

「参加申請ですね。少々お待ちください」

 木机の向こう側に座っていた女性は、セネアックの返答を聞くと体を後ろへひねり、何通かの書類を取り出してきた。

「…ええと、こちらに必要事項を記入してください。あ、読み書きは?」

「問題無い」

「では、そちらの机でよろしくお願いします」

 指示された方向にはいくつかの木机が整然と並べられており、今もけっこうな人数が紙面とにらめっこしていた。セネアックも備え付けのペンを手に取り、まず氏名、次に出身地…は記入自由だそうなので飛ばし、と順次必要事項を書き込んでいく。特に悩む部分も無く記入を終え、受け付けへと提出。これで、セネアックも晴れて闘技大会の参加者である。

 特にこの後急ぐ予定も無い。書類と引き換えに受け取った大会案内へと、ざっと目を通しておくことにする。

「5日後に予戦、で、2日空けて本戦…いや、予戦が2日間なのか」

 このゲイヌシンを有名たらしめるイベント、メニェシネチク武闘競技大会。無論、セネアックがこの街を訪れた理由でもある。単に戦闘能力を競うイベントならば、そこまで有名にはならなかったであろう。この大会が有名な理由は、2つ。

 まず、莫大な賞金だ。主催者であるフェンバッツ財団は近隣一帯の運輸業を総括する大組織であり、大会には多額の運営資金が注がれている。そしてそのおよそ半分は上位入賞者への賞金なのである。単に額が多いというだけでなく、上位64名で行われる大会本戦の出場者にはもれなく賞金が授与されるのだ。この太っ腹なシステムが、まずひとつ。

 で、2つ目の理由はフェンバッツ財団がそこまでしてこんなイベントを開く理由でもある。それが、本選出場者に与えられる、“運び屋”の資格だ。財団の運輸業のうち、分量こそ少ないが件数の多い一般運輸依頼。これを実際にこなすのが“運び屋”達である。各地の都市や村にあるフェンバッツ財団の支部には各種配達依頼が集積されており、各運び屋はこの依頼を受け、荷物を所定の場所、もしくは都市まで運ぶことで給金を受け取る。細かい仕組みを解説し始めればまだ色々とあるのだが、特に重要な点がひとつ。運び屋の行動その他には、ほぼ制限が掛けられていないのである。彼らは気ままに旅し、立ち寄った街で目的の方角への運送依頼を受け、これを路銀として旅を続ける。自分の都合を優先したまま路銀を得ることができるのだ。

 さらに、運び屋の免状は簡単な身分証明ともなり得る。自分の腕一本を頼りに旅しようという人間にとって、これほど都合のよい立場も無いというわけだ。

「…まあ、とりあえずは予戦突破だな。本戦は…やれるだけ、やるか」

 でもって、セネアックの目的もまたこの免状だ。そうである以上、予選さえ突破すれば大方の目的は達したことになる。無論賞金が多いに越したことは無いが、無理する理由にもならない。この街に来た目的は闘技大会だが、セネアック自身の最終目的はもっと別のところにあるのだから。

「さて、と。まずは宿探さないと」

 故郷からここまで野宿してきたゆえ、屋根が無くとも特に眠れないとかいうことは無い。が、やっぱり寝場所に屋根は無いより有った方が良い。およそ10日程の居場所となるであろう宿を選ぶため、セネアックは再び街へと繰り出すのであった。

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