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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・陸章 刻終異旅・ながきに わたる このたびは
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第陸拾話 決裂再発・なかを たがえて たびだちを

 1人用のベッドが一つ、それと机椅子のセットが一つ。あと物置代わりのクローゼット擬きに、おまけででっかい窓と特筆するものもないドア。以上がこの部屋の備品の全てであり、即ちこの狭っ苦しい部屋は人1人までしか収容を想定していない。

 そんな空間に4人も集まれば、まあ暑苦しくもなる。残りの空気すら張り詰めているのだから、尚のこと。

「金峰…説明してもらえるのだろうな?」

 因みに人間配置としては、ベッドの上に双羽と朝美、椅子に華月、そして地べたに正座の夕依、である。

 王の一方的な解説の後、彼らは双羽に割り当てられた部屋へと集まっていた。議題は無論、夕依の立位置、それから処遇。そのためにも、彼女の口から諸々の事情を聞き出したいところなのだが。

「……」

「金峰!」

 まあ、結果は芳しくない。なんでか、ずっと彼女は口を閉ざしたままなのだ。

「こらこら、女の子大声で脅すとか、悪役っぽいわよ? ほら、怖がって震えてるじゃないの、ねぇ」

「ふん、コイツが恐怖などで身を震わすタマか?」

「やーねぇ、冗談よ」

 割とニコニコしてはいるが、朝美の目も笑ってはいない。双羽としてはトラウマの刺激が辛いので、もちょっと控えて欲しいところなのだが。

「で、ユイちゃん。そんなだんまりされちゃうと、お姉さん困るんだけどねぇ」

「俺たちが知りたいのはな、貴様がどういう意図でもって今までの旅に同行していたのか、ということだ。返答如何で、貴様との今後の付き合い方も考えねばならん」

「……」

 夕依の口は、それでも閉ざされている。何かを守るという意志の堅さが、その口に封をしているのか。双羽には、どこか絶望を湛えた表情とも感じられる。

「あのねぇ、あんまり黙ったままだと、こっちも物理的な手段取ることになるんだけど?」

「…それはちょっと待って」

 流石に、止める。この段階までにもう少し情報を纏めたかったのだが、把臥之家の長女は気が短い。あんな事の後だ、気が立っているのもあるだろう。言いつつ、既に斬撃が散り始めていた。ここらが限界だ。

「あら、双羽。止める、ってことは、それなりに何かしらあるんでしょうねぇ?」

「まあね。…カナちゃん。なんでカナちゃんが何も言わないのか、僕にはよく分からない。でも僕なりに分かってることを纏めて、分からないことを推測してみたんだ。華月君もお姉ちゃんも、ちょっと聞いてくれる?」

「…ふむ。聞こうじゃないか」

「良いわよ。話しなさいな」

「……」

 相変わらず何も話さないが、微かに夕依からも肯定の意図が伝えられた、ような気がした。全員が了承した、ということにして、こちらも口を開く。

「まず、みんなも気にしてるカナちゃんの立場だけど。前提として、一度この国まで来てた。これは間違いないと思うんだよね」

 ベンフィード公国が近づくにつれ、彼女の挙動は不審さを増した。そもそも、この国までの道のりを知っていた。というか、不自然なほどに詳しかった。これらから自然と導かれる結論であり、まあ間違ってはいないだろう。

 ついでに、これに関しては朝美や華月も薄々感づいていたはずだ。船レース後くらいからこちらの夕依は、そのくらい不審だったのである。

「で、本題はここから。僕と会ったときのこと考えると、この国の兵士として働いてる、っていうのは違うと思うんだ。でもさっきあの王様は、カナちゃんにご苦労様って言ってた。なら、あの話を断ったって訳でもないんじゃないかなって」

「ふむ、だとすると…何だ? コイツは特別扱いでも受けていた、と?」

「ううん、それも多分違う。だったら王様だっても少し対応考えるよ」

 特別扱いしているなら、『確か、夕依、だったな』という言葉はおかしい。はっきり記憶に留めているはずだ。

 なら、夕依の立場を隠そうとしたなら、どうか。それならそもそも話し掛けないだろう。あそこで夕依の存在を表立って特別扱いする意味は無いし、その後こうして自由にさせているのもおかしい。

「なら、どういう事なのかしらねぇ? もう選択肢が無いんじゃないの」

「ううん、そんなこと無いよ。カナちゃんはね、多分…“僕たちと同じ”なんだ」

「…うむ? つまりどういうことだ」

「まだ考え中、ってこと。カナちゃんはまだ、この国に協力するとも、しないとも返事してないんだよ」

 今の双羽達3人は、国王からの提案に対して“保留”している状態だ。そして重要な点として、その決断に、特に期限は設けられていない。無論厳密に言うならば、来る戦争までに、となるだろうが、具体的に期間を指示されたわけではないのだ。さらに、この間特に行動の制限を受けるという話も聞いてはいない。

 即ち、決断を保留したまま遠くエサンまで1人旅する、という行為に何ら障害は発生しないのである。

「ふむ…なるほど、まあ確かに理屈は通っているな。即ち、スパイなどの類ではなかった、と」

 華月は多少納得する素振りを見せた。朝美も口を閉じて思案顔。

 ぶっちゃけるとこの長々とした説明、内容にそこまで意味は無い。時間をとることで、少しばかり頭を冷やしてもらおうと考えたのだ。

 感情で捉えていい方へ転がる事例なんて、そう無いのだから。

「少なくとも、立場的には敵じゃないってことねぇ」

「そだね。だから追加でも一つ言うと、カナちゃんの事とこの国の事とは切り離して…」

「…さっきから、何なの…?」

「へ?」

 説得も最後の締めに、というところで、突如夕依が口を開いた。ほんの一言ではあるものの、双羽に流れの変化を知らせるには十分。流れの変化とはそれ即ち、事態が想定中でも最悪に近い方向へと傾いた、という事実。

「偉そうにぺらぺらと…双羽が、私の何を知ってるっていうのよ…!?」

「いやいや、だからね、カナちゃん。今のは全部僕の推測で…」

「結局、何も分かってないじゃない…! それなら…私がこの国の兵士として動いてた、って言っても、否定できないわよね…!」

「…まあね」

 彼女の言う通り、結局双羽の言葉に確実性など無い。あくまで、見えている情報から最も高い可能性を抽出しただけ。それでも他から見て、真実に最接近している、と思えるだけの説得力はあったはずなのだ。

 …ただし、その真実を知る者からの否定さえ無ければ、だが。

「…双羽。本人がこう言っているが…」

「アンタの推理は説得力あったけど、ねぇ」

「……」

「…ま、そーなるよねー」

 再び張り詰める空気。融解しかけた緊張感はしっかり固め直され、そこに今、双羽の立ち入る隙は無い。夕依と華月、朝美の不和を取り除こうという彼の目論見は、こうして脆くも崩れ去ったのである。

 …さて。先ほど、“想定中でも最悪”とこの事態を評したわけだが。双羽にとって、夕依の行動は想定外ではなかった。歓迎された言動でこそない。しかし、あくまで“二兎を追えなくなった”に過ぎないのだ。

 本来の目的。それは即ち、“夕依の味方である”こと。これは双羽にとって現在最優先で達成すべき事項。他でもない、双羽自身の損得に最大限利する結果。追うべきは、この一兎だ。

 そうと決めればあとは素早い。双羽の脳内にシナリオが再構築されるまで一瞬。微修正の可能性を吟味しつつ、口を開く。

「うーん。華月君もお姉ちゃんもさ。何か勘違いしてない?」

「む? いきなりどうした」

「ん、分かんないの? や、お姉ちゃんなら兎も角、華月君も察しが悪いよねー」

「あら双羽、良い売り文句考えたじゃない。何なら言い値で買い叩いてあげるわよ?」

「…まあ待て、朝美。まず、俺の察しの悪さとやらを示してもらおうではないか。…なあ、双羽」

 まず、挑発してでも意識をこちらに向けた。不和の調停が不可能であると判明した今、先ずは夕依への危害を抑える。そして、事実を述べるのだ。

「あのさ。いつから、僕たちは“仲間”になったのかな」

「む」

「やーねぇ。何度も一緒に危機を潜り抜けたじゃないの」

「それってさ。利害の一致、っていうんじゃないかな」

「あら。ま、そうとも、言うわねぇ」

「でしょ。そもそも初めっからさ、僕たちは同志でもなければ仲間でもない、利害関係の一致した同行者だったんだ」

 これが、双羽の切り札。不和の加速を代償に、夕依の責められるべき論点そのものを無効とする。

 本当に見も知らぬ集団であれば、単なる不和で終わるだろう。しかし、ある程度以上に見知った間柄。そこで発生するのは、対立する意見と手は出せぬ心情。心情というパラメータはたやすく正負反転するが、絶対値を0に近付けてしまえば反転もクソもない。

「つまり何だ。金峰がどういう立場であろうと、俺の関知すべき事ではない、と」

「そーいうこと」

「…仲良しこよしのお仲間ごっこはもう終わり、と、そう言うのだな」

「んー。始まってなかったんじゃない?」

「…そうか」

 これが決定打になったのだろう。双羽と夕依を一睨みし、そのまま華月は部屋を出ていく。静かに、しかしその背は今までに無い怒りを負っていた。

「んじゃ、アタシも一旦部屋戻ろうかしら。弟は裏切り者の味方して譲らないし、ねぇ?」

「ご自由にー。カナちゃんを裏切り者なんて言う人はどーぞ出てってね」

「ほいほい」

 続いて部屋を辞す朝美。こちらは言葉と裏腹に、軽い調子の退出だった。恐らく彼女は双羽の目論見に気づいている。気づいていて、それでなおかつそこそこ怒ってもいた。まあ、今双羽はそれだけのことをしたのだ。

「さーてカナちゃん、みんな出て行っちゃったよ」

「……」

「怒ってはいたけど、みんな手は上げなかった。良かったねカナちゃん、目論見外れてさ」

「…分かって、たの…?」

「半分くらい、ね」

 彼女は、自身を共通の敵に仕立て上げようとしていたのだろう。今のやりとりで確信を得た。

 突如の告知に沸き立つ感情を、全て自分へと向けさせる。少しばかりの自傷欲求もあっただろうが、その大半の行動原理は“仲間”の為。利害の一致に限った関係ではない、仲間の為に。

「カッコつけだよねー、カナちゃんって案外」

「…うるさいわね」

「折角僕が助けてあげようとしてたのに…」

「…こちらの台詞よ」

「ふふふ」

「…何よ」

「んー。何でもないよー」

 さて。夕依は極度の緊張状態から解放されたためか、力無く座りこんでいる。双羽の方は彼女にさらなる心労を掛けないよう、さも万事うまく収まったみたいな顔しているが…

「(さーてと。…これからどーしよ?)」

 正直、先のビジョンが見えない。というか、夕依が何故エサンなんぞを旅していたのか知らない以上、双羽個人で定められる先の予定も知れている。今、双羽にとっての行動の良し悪しは他人を基準に定まっているのだ。

 で、こういう時の最善手。即ち、当人に聞くに限る。

「ねえねえカナちゃん」

「…何?」

「これからさ、どうしたい?」

「……」

 返答、無し。ちょっと困る。

「カナちゃんさえ良ければさ。ちょっと居心地悪いかもだけどここに居てもいいし。また旅に出るっていうのもアリかなー。久しぶりの二人旅…」

「ねぇ、双羽」

「…ん?」

 何時の間にやら、夕依は立ち上がってこちらを見ていた。別に怒っているとかでもなく、かといって悲しいとかそういう感情が見えるわけでもなく。ただ、疑問の色が表情として表れている。

「…なんで、双羽は、私についてくるの…? なんで、私の味方をするの…?」

「んー」

 まあ、聞かれるだろう、とは思っていた。旅の途上であれば、単に目的が同じであるから同行している、と言える。だがつい今しがたの行動により、双羽の行動原理は明るみに出る形となってしまった。親兄弟さえをも差し置いて他人の味方をする、と書けばその異様さもよく伝わるだろう。むしろ双羽としては、夕依が不審を滲ませず純粋な疑問として聞いてきたことに感謝すべきかとも思う。

「あんまり詳しいことは言えないんだけど…いいかな」

「…言えることだけで、いい。…言って」

「えっとね。カナちゃんが、昔の僕の友達にさ。すっごく似てるんだ」

「…友達…?」

「うん。すっごく仲の良かった友達。親友、って言ってもいいかな」

 最後に会ったのは、決して最近ではない。けれども、目を瞑ればはっきりと顔を思い出せる。

「僕はね。あの子に、ずっと迷惑ばっかり掛けてたんだ。だからさ、カナちゃんと出会って…うん、まあ、見当違いなんだけど。カナちゃんはあの子じゃないんだけどね。でも、罪滅ぼしみたいなことができないかな、って…」

 珍しく、この一連の台詞、特にその後半は双羽の脳内検閲を受けずに表へと出ていた。ゆえに一通り言ってしまってから、しまった、と思った。いったい誰が、他人の身代わりに献身を受けた、と聞いていい顔をするだろう。今彼が口にしたのは、そういう言葉だ。

「…あ、あの、カナちゃん、その…」

「双羽」

「ひゃい」

「…双羽、私ね。この世界に来てから…裏切られたの」

「…ふぇ?」

 会話内容についてここまで混乱したのは何時以来か。夕依の話の方向性がさっぱり読めない。裏切り云々なら、ある意味つい先ほど国レベルでやらかされたところだし、素直に解するならば夕依が言うのもそのことだろうか。…いや、多分、違う。

「裏切られて、ね。そして…他人を、信じられなくなったの。…でも、双羽と出会えて。無条件で、私に味方してくれて。…何度も疑ったけど、でも、双羽は私の味方で…」

「…うん」

「…もし、双羽がいなかったら。…大田宮と会っても、朝美さんと出会っても…多分、私は、一人。…理由は、何でもいい。私は、双羽のおかげで、また一人じゃなくなったの」

 夕依としては非常に長い、出会った当初にこの世界の説明を受けて以来の長口上だった。相変わらず何かと説明不足な言葉だったが、双羽の焦りを溶かすには十二分であった。

「あのさ、カナちゃん」

「…なに?」

「僕は今まで、あんまり誉められない理由でカナちゃんについてきてて。それでね、多分これからもおんなじ理由でカナちゃんの味方になるつもりなんだ。…いいかな、まだ、一緒に居ても」

 打算を思考の基部に持つ双羽として、今できる、最大限の素直な言葉だ。否定されることを、覚悟はしていても想定していない。肉親以外にそんな問いかけをすること自体、もしかすれば生まれて初めてかもしれない。

「…いいわよ」

「うん。…ありがとね」

 話すことは終わった、とばかり夕依はベッドに腰を下ろした。双羽は元から腰かけていたわけで、2人並ぶことになる。そのまましばらく会話も無くぽけーっとしていたが。

「あ、忘れてた」

「…なに?」

「この先どうしよう、って」

 そういう話をしようとしたあたりで図らずもしんみりとしたお話になって、んでそのまま忘れていたわけである。

「私は…まだ、旅を続けたい」

「うーん。それは良いんだけど…どこ行くの?」

「…特に、考えてないけど…」

 今までは仮にもベンフィード公国という目的地があり、夕依も特に意味無くそちらへ同行していたわけだが。今からまた旅立つとして、目的地が無い。旅そのものが目的なわけで、そういう意味では観光に近いのかもしれない。

「じゃあさ、どこ行く、っていうのじゃなくて、あちこち見てまわろっか」

「…旅行?」

「ん、そんな感じ。今までここに来ることしか考えてなかったけどさ。そじゃなくて、もっとこの世界を色々見てみたいなって」

「…ん。いいと、思う」

「んじゃ、それで決まりだね!」

 直接話してはいないが、今回の旅行もどきは恐らくまた2人旅になる。双羽の暴言についてキチンと謝罪し、夕依の真意についてしっかり説明をすることで、時間さえ掛ければ華月や朝美と仲直りもできるだろう。そもそも朝美に関しては、本気で許せないとかそういう怒り方ではなかったと思える。また、4人で旅立つことは不可能ではない。

 けれども、今またここから離れるのは夕依と双羽のわがままであり、仮に4人が集まったとて以前ほどの信頼関係を再構築するには至らないだろう。ここでの別れがそのまま今生の分かれとなる可能性は大いにある。それでも、彼らはこのまま出立することを選んだ。

 …一行が玉座へと辿り着いた夜が明け、太陽が片方顔を出した時刻。ようやっと起き出した街の、その遥か上空。白み始めた空を、一筋の銀閃が走った。


……


「『カナちゃんとまた旅に出ます、探さないでください』だって。我が弟ながら、また思い切ってくれちゃって、ねぇ」

「ふん。まだ俺は金峰と双羽を許したわけではないぞ」

「ま、あんたも大概強情よねぇ。あの子たちの真意ぐらい理解してるでしょうに。年長者は余裕持っとかないと」

「…八つ当たりで石壁に大穴開けた奴に何言われようと、説得力がまるで足りんな」

「確かに」


 第一部、完。的な。

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