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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・陸章 刻終異旅・ながきに わたる このたびは
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第伍拾捌話 豪傑女傑・こぶしで かたる ものども

 この世には。

 避けては通れぬ壁がある。

 それは時によって社会の壁であり、自然の壁であり。はたまた物理的な壁、または人的な壁というやつもある。

「うーむ。流石にこう間近で見ると圧巻だな」

「ホントはこれ越えなきゃだったんだよねー」

 さて、今回彼らの前に立ち塞がるは、後者の壁共だ。物理的な壁とは内城壁。文字通りの頑強な壁であり、幅広く深い堀に囲まれ侵入者を拒む。

「無駄話は終わりにしろ。こちらだ」

 ただし、城壁はあくまで“招かれざる”者を拒むが役目。相対するが内より招かれる者である以上、その存在意義は単なる境界線に等しい。

 黒装束の案内により、招かれる4人は城壁に沿って少しばかり歩く。

 来訪者諸君には知る由も無いだろうが、この城壁には構造上内外から死角となる部位が数カ所存在した。専らゲィンナーデが出入りに用いるこの数区画は、本来彼ら自身によって監視されている。逆に言えば、そのゲィンナーデが他者を秘密裏に招き入れるには最適のルートということだ。

「…ここだ。正確に跡を付いて来い」

 言うや否や、黒装束は堀へと足を下ろす。水深から考えて、そのまま沈むのが自然だろう。だがその歩みは水面を捉え、波紋を広げつつも決して足裏以上沈み込むことは無い。

「ふむ、なるほどな。水面のすぐ下に足場を設けてあるわけか」

「にしても全く見えないわねぇ。ガラスか何かでできてんのかしら」

「余所見をするな。踏み外すぞ」

 前を歩く者の足跡を辿り、一行は壁の際まで到達する。そこで、壁のあるブロックを2度叩く。振動は巧妙に配された壁材の隙間を縫い、内部に待つ者へ到着を知らせるのだ。

 静かに降ろされた縄梯子によって、来訪者4人は実にあっさりと城内への進入を果たした。

「確か、この時間帯は全ての巡回経路をここから外しておく、と言っていたな」

「だね。でも、一応気をつけて行こっか」

「…それがいいと思う」

 カークの手引きにより、城壁から城までのルートはほぼ確保されている。それを知って尚の警戒は称賛に値するが、案の定それは無駄となった。

 そもそも、ここまで来た時点で騒音や巡回兵への警戒は無意味なのである。

「待て、そこの。…ふーむ、貴様等だな。カークの言っていた来訪者というのは」

 壁その2。今回に限れば、それは人的な壁だ。

 城内の警戒網はカーク直属の部下はじめ、ほぼ全て彼の管理下に置かれている。しかし、ひとつの城がたった一人の人間により警備されるなんてコトは有り得ない。カークの手の及ばない防衛の要はいくつかある。

 それでも今回、大概の障害は回避という手段によって無効化した。直接手は及ばなくとも、知っていれば対策のひとつやふたつ練ることができる。それでも尚残ってしまった唯一にして最大の壁。それが、あの大男である。

「カークのヤツ、こればかりは裏工作や説得でどうにもならん、と言っていたが…なるほど、頑固そうな風体をしている」

「そーねぇ。なんか分かり合えそうな気もするけど」

「…あー、何となく分かるね。お姉ちゃんをおっちゃんにしたら、こんな感じかも」

 門番の一人、ジータム。筋骨隆々に禿頭と分かり易い出で立ちだ。実際中身も期待に違わぬ造りである。

 権力、武力、説得力。これらカークの持てる力全てを注ぎ込んだところで、そんな彼は愚直に門番を全うするに違いない。だからこそ、ジータムには侵入者の存在を示唆するに留めてある。

 彼は門番だが、彼を門番たらしめるのは忠義などではないのだ。

「はっは、物怖じしない奴らだな。ちと威嚇が足りんかったか?」

「ま、僕たちは問題無かったけど…カナちゃんだいじょぶ?」

「…大丈夫。問題無いから…」

 …で、ここまでのやり取り。実は殺気の吹き荒れる空間で交わされてたりする。ちょっと頬の引きつってた白衣はいいとして、その他二人は見た感じ平常だ。心音にも乱れは無い。

 これはとんだ逸材を引っかけたか、とカークは心中で軽い喝采を上げた。彼らなら、独力でだってこの城への進入を果たしただろう。そこに恩という形で食い込めたことは、僥倖以外の何物でもない。

「うーん。ほんとにだいじょぶ? 無理してない?」

「…大丈夫、よ。…顔色悪いのは、いつものことだから…」

「あ、自覚あったんだ」

「…悪夢・百鬼夜…」

「ごめんなさいすみませんでした許してください」

 …会話だけではその凄まじさが伝わらず、残念である。

「さーて、そろそろやろうか。…ここを通りたければ、俺を倒して行くんだな!」

「はーい」

「言われなくとも」

「はっは、一度言ってみたかっとおぅっと!」

「…おいそこのフライング姉弟。口上一文くらい言い切らせてやってもいいだろうに」

 またしてもやらかすのはその二人。いい性格をしている。

 同時に、改めて同僚にも尊敬の意を覚えた。よくまあ速度と威力、双方特化の二撃を個別に捌けるものだ。

「なるほどなるほど、威勢は良し。さて、実力はどうだ!?」

 防御のため腕甲型として展開されていた水晶が消去され、次いでぶっとい角柱が地に突き立てられる。細かな形状操作とか射出処理とかまるっと苦手なジータムが、唯一修練し、“得意分野”とする詠唱短縮高速魔法。一定の現象を、より簡易な詠唱により発現させる技術である。

 非常に高速な発動を特徴とするが、起きる現象は毎回完全に同一。余程多種類習得せねば、あっという間に手札をさらけ出す羽目に陥るだろう。

 …が。ぶっちゃけ得物の用意に魔法を用いてるだけの彼にとって、その辺り欠点という認識は無かったりする。細かいことは気にしない質なのだ。

「ふんっ、ぬ!」

「わわっと」

「はっ、せぇいっ!」

 盛大に振り抜かれた単純な軌道の水晶柱を、片や避け、片や受ける。後者、地を少々滑りながらも不適な笑みを浮かべる女性が、ジータムの心の琴線に触れたようだ。

「ほう、こいつを真正面から受け止めるた、中々やるじゃあないか。是非とも名を聞かせてはくれんか」

「把臥之 朝美、よ。そっちも名前教えてもらえるかしら?」

「アサミ、か。いいだろう、俺はジータム。ジータム・クルソフ。久々に楽しめそうで、何よりだ」

「やっぱりアンタ、アタシとは気が合いそうねぇ。そういうことだから、双羽」

「ん、分かった。手は出さないよ。…ってことで華月君、カナちゃん。そういうことだから」

「お、おう。…まあ、どのみち俺はしばらく様子を見るつもりだったからな。構わんよ」

「私は…戦わずに済むなら、何でも…」

 片や守護者、片や侵入者。そんな謎の一騎打ち、場が整ったようだ。何だかんだで一歩下がって見ている他3人も律儀なものである。ここで総突撃を仕掛ければ突破もそう難くはないだろうに。 

「ふふ。外野はどけたわ。次はこっちからやらせてもらうけど、良いわよねぇ?」

「おうよ、来い。ただし隙あらば逆に叩きのめすぞ」

「やれるもんなら、ってねぇ!」

 大振りに遠心力を乗せた殴打が、ジータムめがけ小細工無しの軌跡を描く。扱う魔法の威力をも集約した、一撃。彼女、見た目に似合わず技巧派である。

「ふ、んぬぁっ!」

 またも手甲型に展開した水晶を、片や相手の拳に添え、残るは正面から迎え撃つ。こちらも負けじと技を駆使し、向かう破壊の力を完全に殺しきった。

「っふ。そんなものか、小娘」

「だと思う?」

「違うだろう、なっ!」

 無造作に振り下ろされた片腕。そこにいつ間にか展開されていた水晶柱が地面を大きく抉る。対して朝美は、その衝撃の届かぬぎりぎりの位置へと即座に待避していた。

 そこから、反撃。先のような単なる殴打ではなく、時に衝撃波を交えた幻惑かつ剛健の乱打。ジータムも実に楽しそうな笑みを浮かべ、これに応じた。両者それ一撃でも十二分の魔法すら囮に用い、気合いと掛け声以外ただ黙々と拳を合わせる。水晶の破片と衝撃波が撒き散り、周囲一帯地形が変わらんばかりの乱打戦。決して目で追えぬとかそういうことは無いのだが、しかしあの間に入る気には到底なれない。

「朝美とここまで格闘で渡り合う猛者か…うむ、俺が表に立たんで正解だったな」

「その意見は男子としてどーかなー。…ま、僕も同じコト考えてたけど」

 暢気な外野を後目に、ますます戦闘はヒートアップ。地形の変遷速度も加速していく。

 少し意外だが、ジータムの方がパワーでは押されているようだ。魔法の取り回し速度による手数で捌きつつの反撃を入れている。対する朝美はまた豪快で、迫るも阻むも関係無しに水晶を全部砕いていた。そんな中にも体重移動、打ち込みへ乗せる捻り、的確な魔法の展開と技巧は満載。カークから見て、実力は伯仲と言っていい。

「…まだやってるの…」

「終わんないねー」

「ここまで長引くと巡回の兵が不安ではあるが…まあそこはあのカークとやらが巧くやっていると信じようか」

 …安心して欲しい。見つかれば困るのはこちらも同じなわけで、その辺り抜かりは無い。

 ただまあ、そろそろ終わって欲しいというのも本音だが。流石に少し飽きてきた。

「うーん、あんまり長引くならちょっと手を出して…あれ」

「む」

 能力にそこまで差の無い実力者がぶつかれば、無論その戦闘は長引く。そんなとき勝敗を分けるのは大抵相性であり、さらに言うならば終局はにわかに訪れる。見えぬ部分ではパワーバランスとか何だとかが推移したりしていた結果なのだが、外から見る分には急展開に他ならない。

 そんな“大抵”は、今回も例外ではなく適用されていたようだ。

「ぬっ、ぐっ」

「はっ、一撃、軽いわねぇ。バテてるんじゃ、ないの」

「ふん、そちらこそ、速度が鈍って、きているぞ」

「と、思ったでしょ」

「何…!」

 数発の左拳と蹴り。対応するジータムへと、次いで放たれるは右の一撃。それは初めのものと何ら変わらぬ殴打。しかし今、両者は消耗している。そこへ、初めと何ら“遜色無い”一撃。5から3に落ちていたギアが、急遽再び5へと跳ね上げられたのだ。

「っ、せぇいやっ!」

「がっ…!!」

 拳は威力を存分に乗せ、正中線を射抜いた。今のジータムにこれを受け流す術は無い。彼は地に膝をつき、彼女はゆっくり残心をとる。

 …決着は、疲労を圧した者と疲労に圧された者、という形で付くこととなったのであった。


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