第伍拾質話 一期人縁・であい つながる ひとのえん
急ぎ、走り、妨害を潜り抜け駆けつけたその場所に、目当ての人物は居た。ただ、どうにも妙な具合である。
よく知る6人の内、5人はにこやかに談笑中。もう一人は膨れ面だが、どうにも彼女は人間不信のきらいがあるため、まあ平常の範疇と言える。
そして、今朝街の入り口で声を掛けた来訪者たち。何故か一人欠けての3人組だが、こちらも特別警戒などするでもなく馴染んでいた。
残りは全て、先程突破してきた黒装束の一味と思しき集団。ほぼ全員無表情で、しかし張りつめた空気など無しに周囲を囲んでいる。明らかに内への監視でなく、外への警戒だ。実際、戸を開けた瞬間彼らの一部はこちらを軽く睨みつけた。まあ、そのまますんなりスルーされて今に至るわけだが。
「さて。お待ちしてましたよ、レイサンドさん」
「招待された覚えは無いんだけどね」
「安心してください。した覚えも無いですから」
で、最後にこの男。この場の黒装束の首魁と思われる、ひょろっとした青年。服装が変わっていたため一瞬分からなかったが、確か…
「カーク・ロットン、だったかな?」
「おお、覚えていてくださりましたか」
「まあね」
確か、ベンフィード城の警備担当者。ということはこの黒装束集団、ゲィンナーデの守備隊か。
「レイ、この人と知り合いなの?」
「あー、うん。知り合い、というより知ってた、が正しいかな」
顔を合わせたことぐらいはあるが、合えば話すというほどでもない。赤くない他人、といったところか。
「ゲィンナーデの人間と面識なんてあったんだな。レイってこう、もう少し引き籠もり体質かと」
「だなー、延々自分の部屋でアニメ見てそうじゃね」
「そのイメージよねー」
「リネアもそう思うよ」
「…うん、ほっといてくれ」
しかしヒドい言われようである。何が問題って、ほぼ事実を突いてるから反論しづらい。ここは引き籠もりらしく、密かに彼らの給料引き下げを決定しておいた。
…閑話休題。
「で、この集まりは何なんだ? てっきりうちの仲間がゲィヌシンに捕まったと思って駆け付けたんだけど、どうもそういう雰囲気じゃないし」
「ふむ。その辺りの説明は、迎えの者にお任せしていたのですが。…そういえば、彼はどちらに?」
「迎え? いや、そんなの…」
この場所は勝手に見つけて勝手に来たけど、と考える彼の脳裏に、過ぎる人物が一人。道中出会った、黒装束。てっきり揶揄的表現での“お出迎え”だと思っていたが、あれが本来の意味でのお出迎えだったとすれば。
「…あー…そういえば来る途中で、全身黒づくめの人一人閉じこめてきたんだけど…」
「…そちらの二人。回収してきてください」
「了解しました」
そういえば、なんだか初めは手を出してこなかった気もする。いやしかし、元々敵な陣営相手に、ろくな説明も無しで反撃してきたのだ。向こうの手落ちである。自分は悪くない。悪くない。
「はぁ…まあ、こちらに落ち度が無かったわけではありませんし。目的も達成されているのですから、良しとしましょう」
「ああ、そこ。その目的っていうのは何さ?」
どうにも、自分の預かり知らぬところでコトが大きく進んでいる。別段全てを管理したがる性格ではないが、仲間が巻き込まれているのなら別だ。とにかく、状況を把握したい。
「今回私の主たる目的は、貴方です。ゲィヌシン反抗地下組織首領、レイサンド・パクサ」
「俺? しかし、また何か豪勢な名前で呼ばれるなぁ」
「ええ、貴方ですよ。厳密には貴方“達”、ですが。私たちの進めている計画に、貴方達の力が有用なのです。その為、首領であるところの貴方に接触を図った、というのが今回の顛末です」
「なるほどね」
実際のところ、これが全てではないだろう。
わざわざこちらの動きを調べ、新参来訪者への襲撃に合わせて接触する。可能な限り衝突の被害を抑え、尚且つ持つ武力を示すことの可能な手。そんな回りくどい手段を練る人物が、そう簡単に計画の全容など話すわけが無い。
「要するに、協力が欲しいからまずオトモダチになりましょうと、と。そういうことだね」
「ええ、その理解で概ね間違ってはいませんよ」
だがしかし。それと話を承諾するかは、全くの別問題である。ざっくり単純に考えて、この話にこちらに対する拘束はほぼ無い。仮に表面だけとしても、本来手に入るはずの無い繋がりが向こうから転がりこんできたわけだ。
「ああ、いいだろ。協力するよ」
「碌な説明も無しに良い返事を聞けて嬉しいやら驚くやらです。今後ともよろしくお願いしますね」
これだけ。単なる口約束。しかし、今後に大きな価値を持つ口約束だ。
「…あ、お話終わった?」
「ええ。貴方達も、巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」
「や、面白かったし別にいいわよ。ねぇ」
「いや待て、それは明らかに貴様だけだろう」
話の終わりを察し、ずっと口を閉じていた3人が口を開いた。十中八九、主目的のためにとばっちりを受けたのだろうが、それほど堪えた様子は無い。流石にこの町まで辿り着いた来訪者、というわけだ。
「(まあ、あの二人はそれだけじゃないだろうけど)」
「うーん。あのさ、君たち黒いのが襲いかかってきた理由は何となく分かったんだけど」
「…黒いの」
「でもさ、そっちの、レイサンドさん、だっけ? 君たちが僕たちにちょっかい出す方が先だったよね」
「ああ、それか」
とりあえずは平静を装って返答したわけだが、今レイサンドの内心は冷や汗に塗れていた。すっかり忘れていたが、無言で襲撃を仕掛けた相手を目の前にしていたのだ。さて、どうする。
「何よあんた、やる気むぐっ!?」
「ちょーっとイルトちゃん黙っててー」
「よくやった、テミニア」
「むぐ、むぐぐ、むぐーっ!」
優秀な部下たちにはほんとに頭が下がる。給料引き下げは取り消しということにしておこう。イルト以外。
「あー、それに関しては、うちの部下の一部の暴走…」
「上に立つ人のお仕事なーんだ」
「……(何このちっこいの怖い)」
いやしかし、来訪者ということは少なくとも13歳以上のはず。いやちょっと待とう、そうするとこの小さいの、中学生以上ってことになる。人は見掛けに何とやら、いや違うか。
「いやさー、別に何で襲ってきたかとか興味無いんだけどさー」
「…何が望みだ」
「うん? 別に? ちょっと目の前で仲良くしてる人たちがいたからね?」
なるほど分かった。つまりそういうことか。抜け目が無いにも程がある。
「なあ、カークさん。そういうことらしいんだけど。何とかなるかな?」
「お近づきの印に、ということですね。…いいでしょう。城内への手引きなら、ある程度いたしますよ」
「わーい、ありがと! みんな優しいね!」
「おい双羽。それは白々しいにも程があるぞ」
「あれ、そう?」
「(何なのこの子)」
なんだか頭痛の種が増えたり減ったりする。じとっと向けた視線も特に効果を見せず、レイサンドはちょっと遠くを見るのであった。
「さて。そういうことなら、色々と話し合うことがありますね。まず…」
……
「…カナちゃん、そろそろいいよ。出てきても」
ふと振り向き、双羽が呼ぶ。流石にそろそろ疲れてきていたし、特に隠れる理由ももう無い。素直に隠ぺいを解除し、彼の横に並んだ。
帰り道。カークの隠れ家を出、もう宿は目の前だ。先ほどまで密かな見送りがついてきていたようだが、それももう居ないらしい。
「しかしまた、長々と隠れていたな」
「途中からは出てきても良かったんじゃないのかな?」
「…タイミングが無くて」
「なるほどな。確かに、どう姿を明かしたものかとなると難しい」
嘘は、ついていない。ただ、それが第1の理由でないだけで。
…こんな暗い道でも、周りに人が多くいれば双羽も大丈夫なのか、と全く関係の無い思考が流れる。良く見れば少し涙目だが、横道に逸れて人通りが無くなったからだろうか。
「しかしな。巻き込まれたと言え、むしろ幸運だった。あの城に忍び込むというのは、また並大抵の仕事ではないだろうからな」
「ま、全部問題解決したわけじゃないけどさ」
「何が問題で障害なのかが分かっただけでも良しとすべきだろう。情報の有る無しは大きい」
「だね」
カークはどちらかと言えば城への侵入者を迎撃する立場の人間であり、彼が内通した時点で障害の大抵は解決されていた。ただし彼としても大っぴらにやるわけにもいかず、また彼のみの力ではどうにもならない部分もある。そちらについては、まあ夕依達が自力で何とかすべきところなのだろう。
「確認だけど、城の中の、具体的には玉座を目指せばいいんだよね」
「玉座の間、ってなってるわねぇ。部屋に入ればいいんじゃないの?」
「だろうな。位置としては城全体の重心部分らしい。対称形の建造物だ、要するに中央ということだろう」
ほぼ全ての来訪者は、この世界へ来た時その辺りの知識を得る。例外として双羽は全く知らずに来てしまったため、たまにこうした知識の磨り合わせが必要となるのだ。必要最低限は初め会った時に伝えたが、それで伝え切れる程度の情報量ではない。そもそも、情報とはえてして言語化可能なものばかりではないのだ。
そうこう話す内に、宿へと到着した。渡された鍵で勝手に戸を開けて入れば、夜番の従業員が出迎えてくれる。基本的に時間に関わらず出入りは自由なのだが、防犯のためこうして夜中起きている店番が1人は居るものだ。彼に外扉の施錠をお願いし、部屋へと向かった。
「んじゃ、明日は2の刻起床よ。起きてこなかったら扉蹴破ってでも起こしに行くからねぇ」
「は、はーい」
「…肝に銘じておこう」
一応男女それぞれで合計2部屋とっている。夕依は朝美と共に部屋へと入り、ベッドへと突っ伏した。自分で思っていた以上に魔法による疲労は蓄積していたらしい。
「あらユイちゃん。寝る前に風呂入った方がいいんじゃないの?」
「…疲れた。もう、寝る…」
「ちょっと、年頃の女の子がそんなこと言ってちゃダメでしょ。ほら、せめて着替え、ってあら。もう寝てるわねぇ」
朝美が何か言っている。が、言葉の内容理解までには意識が働かず。その意味無き音を子守唄に、夕依の意識は眠りの底へと落ちていった。
「おやすみ、ユイちゃん」