第伍拾陸話 謀動擦違・いわゆる ひとつの かんちがい
部屋でかち合った2集団。それぞれ予期せぬ状況の知り合いを見つけ、どうしたものかと固まっている。
その内、唯一戸惑いではなく笑みを顔面に張り付けた人物。恐らくはこの場を設えた張本人であろう細身の青年が、声を上げた。
「…さて、皆さんお集まり…」
「ちょっと、なんでリネア達が縛られてるのよ!?」
場を仕切ろうとしたのであろう一声を遮り、部屋に元居た女性の1人が叫ぶ。釣り目の、いかにも気の強そうな人である。
「襲ってきたから返り討ちにしただけよ。そっちこそ、何うちの弟拘束してんのかしらねぇ?」
そして相変わらず、こういう時には喧嘩腰な朝美。未だ状況は掴めずだが、カオスな方向性だけなんとなく分かる。このまま放っておけば、まあろくなことにはならない。
しかし幸いなことに、そう悟った人物はどうやら1人ではなかったらしい。
「まあまあ、落ち着いてください。ここで争う事は、どの陣営にとっても得ではないでしょう?」
「そうねぇ。ま、双羽も別に非道い目は見てないみたいだし。とりあえず話だけでも聞いてみようかしら」
「その前にリネア達を…」
「イルトさーん、とりあえず話聞こ? 私たち、そんなヒドいコトされてないよ」
「仮にもやり合った後だからなぁ。このくらいの扱いは当然じゃねぇの」
「…男性陣には目もくれないどこかの誰かよりは…まあ、気遣いを感じる」
「うぐ…」
向こうは向こうで、話し合いへと多勢が傾いたらしい。細身の青年は笑顔を張り付けたままだが、その下に過ぎった安堵の表情は、恐らく張りぼてではないだろう。
「…さて、改めまして。皆さんお集まり頂き恐悦至極、私感謝の至りでござ…」
「さっさと本題言いなさいな。潰すわよ」
「…分かりました。しかし、少々短気に過ぎるのではないですか? そんな事では後々苦労しま…あ、はい。本題ですね」
朝美の目線に嫌というほど込められた殺気が、半強制的に話を進める。この青年、どうにも余計なことを口走ると止まらない悪癖を持つようだ。しかも半分わざとと見るに質が悪い。
「少しばかり長話となりますが、その点御了承ください。さて、まず“建前”としまして…我々ゲィンナーデ第2守備隊は、街中で発生した正体不明集団同士の抗争を察知、両者を拘束し尋問。とまあこうなります」
「ゲィンナーデ?」
「ゲィヌシンの軍隊だってさー」
「あら、そうなの」
先に着いていた双羽たちは、黒装束集団についてある程度説明を受けていたようだ。対して謎の来訪者集団は、全員知識として知っていたものと思われる。
「さて、“建前”があるならば、“本音”も勿論存在します。実は、皆さんにひとつお願いしたいことがありましてね。…なに、大した願い事ではありません。気が乗らなければ、断って頂いても結構です」
ここで一区切り置き、青年は部屋を見渡す。この段階で、特別反応を示す者は居ない。
「具体的な内容ですが。我々は今、とある計画を…」
……
「…何だって? それは本当かい?」
「はい、どうやら事実のようです。テミニアさんからは想定外状況を示す伝令が届きました。遠見で監視していた者の報告によると、黒装束の集団が連行していったとのことです」
「そうか」
外面では静かに応答しつつ、レイサンドは脳内で頭を抱えて唸っていた。頭が痛いことこの上無い。
彼らの立ち位置からして、ゲィンナーデとの接触は都合が悪い。それが今回、接触どころか戦闘、さらに拘束されている。襲撃に向かったメンバーの内、残り半数は劇場へ入ったまま行方不明だ。そちらも似たような状況と推測できるだろう。
「(えー。どうするのさこれ。…もうゲィンナーデにはバレてるってことだよな。考えろ。今最悪の状況は何だ。ゲィンナーデがここへ攻め込んでくる…いや違う、イルトたちが居なくなる事だろ。なら、優先すべきは救出行動。だけどうちにゲィンナーデ相手できる実力者なんてそんな居ないと言うか今捕まってるのほぼ全戦力だからね! ふざけんな! あーちくしょう、俺が出ればいいんでしょ分かってますよ! やってやりますよ全部一人で!)…俺が助けに行くよ。皆はゲィヌシンから逃げ出す準備しておいて」
この間僅か1秒と少し。彼、頭の回転は良い方である。
「分かりました。そう伝えておきます」
「ありがと。無駄に疑問挟んでくれなくて、こっちも楽だ。半刻経って俺が戻らなければ、そのまま脱出してくれ」
回れ右し、隠れ家中の人間へと避難準備を伝達しに行った部下を見送る。椅子から立ち上がり、伸びをすると背中がバキボキ音を立てた。最近は座りっぱなしのことが多かったな、と思い返す。
「イルトのやってること黙認してたツケだよなー。はぁ…いっちょ、部下の尻拭いといきますか」
軽く右手を振る。同時に発された彼の意思に従い、漆黒の球体が整列。次いで変形し、横倒しの角柱へと姿を変じた。瞬きの間に、彼の足元から窓へと即席の階段が出来上がる。
そこから隠れ家の屋根へと駆け上がり、悩むこと数瞬。まず彼は、部下である偵察役の元へと足を向けた。屋根と屋根の間の空間は黒角柱が足場の機能を代替し、遮るもの無く一直線に目的地へと向かう。
「ん? あ、レイさん!」
「どう、追えてる?」
「ええ。あそこの白い窓二つ付いた家の隣、木造のボロ屋に入っていきました」
遠見で連行の報を知らせた彼は、未だ監視を続行していた。任務に熱心な彼に心底から感謝しつつ、判明した目的地を睨む。
「13区の250番代辺りか。…ありがと。連絡は来てると思うけど、戻って脱出の準備をしてくれ」
「えーと…あ、はい。了解しました!」
返答を聞き、偵察役の彼が天窓へと引っ込むのを確認するかしないかの内に、彼の足は疾走を再開していた。
先までと同じく、障害物を無視、というより飛び越える形での直線走行。さすがに距離があるため一瞬でとはいかないが、それでも街中の路地を往くより遥かに速い。
しかし、そんな彼の行く手を遮る者が、ここにひとつ。
「レイサンド・パクサ、だな。こちらへ来てもらおう」
黒装束。ゲィヌシンの戦闘部隊の構成員。よく知る彼の目には、相手が部隊長クラスであるとの判別もつく。
「ゲィンナーデか…まあ、そっちへ行くこと自体は賛成なんだけどさ。生憎と俺は自分の足で行かせてもらう!」
また、軽い手の一振り。黒装束の斜め上方から、数本の黒角柱が屋根へと突き刺さる。当たり前のようにそれを回避しつつ、黒装束も剣を抜いた。
「できれば手荒な手段は無しで、とのことだったが。そちらから仕掛けてきたのだ、問題あるまい」
言うや否や、その姿がぶれる。直進、と思わせ、その実少し左側面へ滑り込む軌道。人間の錯覚を利用した走法の一種。
だが、知っている。
「…受けるか」
「俺が昔どこに居たか、って話」
「なるほど」
地に突き立つ角柱3本との鍔迫り合いを弾き解除し、黒装束は仕切りなおしと構えを取った。そこに休まじと黒角柱を打ち込む。
手数ではこちらが圧倒的に有利。だが相手は来訪者を身体能力で仕留める猛者だ。現に長短一組の双剣は、必要最低限の動きで黒角柱を往なしている。
勝利条件からして膠着は向こうの有利。ここは、多少の無理をしてでも終わらせる。
「…そこだ。囲め、黒檻!」
「ぬぐっ!」
相手の足が地を離れ、体が空へと浮いた僅かその一瞬。それでも直接打ち込めば捌かれる。だから、囲む。角柱が立方形の箱を形作り、黒装束の行動空間を切り取る。即席の檻だ。
「いよし。捕まえた」
「…流石だな」
「動きさえ制限できれば勝ちだ。しばらくそこで浮いときな!」
「そうさせてもらおう」
黒装束は、暴れることも無く大人しい。来訪者がそう人に過分な危害を及ぼさないと知っているのだ。それは事実だし、まあ今の彼にとって都合の良い認識でもある。
「(すぐ行く。待ってろ)」
空に浮かぶ黒い格子箱をそのままに、彼は再び走り出した。