第伍拾伍話 入乱合流・ぶつかり まじって あつまって
昼間は人で賑わうであろう大劇場。僅か前と変わらず、そこは今戦闘音が鳴り響き、荒っぽい戦場の空気に溢れていた。
…ただし、その様相は大きく様変わりしていたが。
「スピニング・ホイール!」
「流式・穿の型、天地二段!」
「っの、“防”いで“散”らせ、大結界!」
回転力を接地により突進力へと変換した円盤がひとつ。足払いから流れるように首を狙う斬撃がひとつ。物理的な威力でもって迫るそれらを、受け止め、流すことにより無効化する。
無論これで安心などしない。大技直後の隙をカバーするよう身を屈め、しかしそんな彼を無視する如く前方無関係の空間に火花が散る。目標を変えた円盤を、交差した直剣が受け止めたのだ。
「…頸式・護の型、映し鏡水!」
「っ、スピニング・シールド!」
何をどうしたのか、急に反転し主へと向かう円盤。それを追加の円盤によって受けつつ、彼女は後ろへ跳ぶ。双剣を操る黒装束の青年が着地の隙を狙い追撃を試みた。
「“爆”ぜろ、爆符」
…と見せかけて此方へ方向転換するが、そこは華月の妨害により後退。間合いを保ち、3人は本日何度目かの小康状態へと移行する。
…さて、これが現状だ。劇場を舞台とする衝突は、黒装束集団の乱入により三つ巴の乱戦へと変貌していた。少し離れた場所では、追跡者3、乱入者2、双羽1というバランスの悪い集団戦が行われている。どうも地力で黒装束が勝るらしく2対3はとんとん、双羽はかく乱に徹して状況を単純化させずとの立ち回り。
正直黒装束と敵対する意味合いについてはさっぱりなのだが、攻撃してくる以上対応はする。それに隙を見て離脱するにせよ、今乱戦が整ってしまうのはよろしくない。
この共通認識の元、華月と双羽はひたすら戦闘を長引かせるよう動いている。
「くそ、国のイヌが…邪魔をするな!」
「イヌ…聞いたことは無いが、何かの蔑称か」
華月の目の前で、再度激突する黒装束と円盤女。主に後者が突っかかる図式だが、黒装束は巧くいなしている。技量で言えば一段上なのだろう。の割に、反撃は無い。
…薄々、感じていたことがある。観察を経て、それは確信へと変わった。
「(何故かは知らんが…この黒尽くめ、俺しか狙っていないな?)」
フェイントやら何やら織り交ぜ誤魔化しているが、その狙いは確実に華月1人。そんな嫌われることでもしただろうか。
「っ、この…」
「流式・捌の型、霧霞」
「あっ」
いつの間にやら4つに増えた円盤の隙間を潜り抜け、双剣の片割れが鼻先を掠める。丁度、床に置いた“幻”の字の直上。相手の目には、頭部を断ち切られた後霧散する華月が映っていたことだろう。この隙に次の札を取り出し…
「くっ、この…頸式・穿の型、逆巻き転閃!」
「ぬお!」
無理な体勢からの一閃を、寸前で回避。下がりながら反撃、といきたいところだったが、続く円盤への対応で手が埋まる。
「避けるな!」
「無茶苦茶を言うヤツだな」
札を散らし、飛来する円盤を逸らす。逸らし切れぬものは、避ける。見た目軽やかな回避がお気に召さなかったようだが、今華月にそこを気にする余裕は無い。
「ここで…」
視界の端に回り込んだ黒装束を捉える。円盤女がこちらを狙う以上、自由となった第三者の標的も勿論華月。
黒い影が姿勢を僅かに低くし…
「あたしの獲物だっ、横入りするな!」
「うぐ、面倒な…!」
横手から円盤をくらって吹き飛んだ。感情任せの考え無しは華月の嫌いな手合いだが、利となるならば利用する。丁度円盤女を間に挟んだ形で、次の一手と札を構え…
「“追”え、追ぶへっ!!?」
背後から急襲してきた箒により地面との盛大なキスを果たした。舞台上故、下が土でなかったのは不幸中の幸いか。
無論、華月の顔面を木目に叩きつけた犯人は割れている。
「おい、どういうつもりだ双は…」
「こうさんこうさーん。負けましたー。ほら華月君も両手上!」
「んな!?」
考えれば当たり前。唯一の武器をフレンドリーファイアに使った双羽は丸腰同然である。そこに黒装束の1人が剣を突き付けていた。
まあ、“突き付けられている”という点ではこちらも同じだ。こんなアホらしい隙を逃さない程度に、黒装束は優秀なようである。あんまりな急展開にぽかんと間抜け面晒す円盤女の一味とは比べ物にならない。
まあ、いまいち状況を掴み切れていない、という点において人のこと言えた口ではないが。
「…っ、何のつもり…」
「待て、私たちにお前たちと争うつもりは無い。武器を収め付いてきて欲しい」
「何よ。私たちに従う理由なんて」
「はいはい、リーダーそこまでねー」
「目的は達成されてるからなぁ。それ以上の独断専行にゃ付いていけないぞ」
「うぐ…」
何事においても、優れた部下は有用だ。今も考え無しのリーダーを御し、場を鎮静させるはその役目。一時休戦、及び連行という形でもって、歪な集団が形成される。
「さて、付いてきてもらおうか。念のため言うが、そこの2人。逃げようなどと考えんように」
「だいじょぶだいじょぶ、そんな事しないよー」
こちらから拘束されておいて、今更逃げるもクソも無い訳だが。こうなれば仕方無い、いくべきところまでいってやろう。
「(全く、勝手に動きおって…まあ考え有っての行動だろうが。だが俺を張り倒してくれたからには、相応の報いを受けてしかるべし…どうしてくれようか)」
黒装束に囲まれ後ろ手に縛られ、しかし華月の関心は後ほど双羽に下す制裁の内容。関せず漏れた含み笑いを聞き、双羽に冷や汗が伝ったことにも気付かず。彼らは、舞台を変えるのであった。
……
「ふぅ、何とか丸く収まったようですね…」
広い部屋に、乱雑に置かれた椅子群。数は、11。招待客の最大数分きっちり用意したワケだが、どうやらほぼ無駄にならず済みそうだ。
「一時はどうなるとこかと思いましたが…」
彼は、“音”を聞いていた。
宿の襲撃者が、彼の手の者の助力間に合わず蹴散らされたこと。劇場の戦闘がにわかの収束を迎えたこと。
どちらも“聞いて”知っている。
「注意すべきは…アサミ、でしたっけ。あの戦闘力は脅威です。もう1人、黒いマントを着用の人物がいるようですが・・・まだ身を隠しているようですね」
大凡、状況は彼の思惑通り動いている。宿の方は一時どうなるかと思ったが、何とかこの場所へと招待できた。劇場については気持ち悪いほどうまくいっている。
だが、そこにひとつ想定外…いや、外れた願望、か。
「レイサンドさんは…出てきてないですね。やはり、と言うべきでしょうが」
最も対面したかった人物は、今のところ影も形も無し。まあ、姿を現す確率については五分五分と予測していたのだ。居ないなら居ないで、目的を果たすまで。
「…来ましたね」
“音”が客の到来を告げる。位置関係の問題だろう、劇場での衝突に関わった面々が先に着いたようだ。
さて、出迎えるとしようか。
……
細い路地を選ぶようなルートでもって、奇妙な一行は街を歩む。若者4人と黒尽くめが3人、追跡者1人。黒尽くめが前後を挟み、先頭の1人が道案内をする。まあ朝美以外の若者連中については、道を知らぬ訳でもないようだが。彼らは連行される身であり、尚且つ目的地が黒尽くめ達のアジト故、この配置である。
「まだかしらねぇ? 結構歩いたと思うんだけど」
「すまないが、あまり人目に付きたくない。大通りは外させてもらっている」
「なるほどねぇ。妙に回り道すると思ったわ」
朝美はいわゆる方向音痴、とは真逆である。知らない街だろうと国だろうと、ろくに迷った記憶が無い。いや迷ってはいる気がするのだが、なんだかんだで目的とする場所に着いている。意識すれば、何となく自身の居場所を把握できるのだ。双羽にはよく“超能力じゃないの”とか言われていた。お前が言うなという話だ。
「…ん? そうですか。・・・アサミ、といったな」
「そうよ。何?」
「もう一人仲間が居ただろう。どこに居る?」
「さぁねぇ。知らないわよ」
いかにも疑わしそうな目を向けてきたが、残念ながら事実である。朝美は夕依の居場所を知らない。少なくとも、今現在は。
まあ十中八九付いてきているのだろうし、朝美がその気になって探せば見つかるに違いない。だからこそ、戦闘終了直後に位置を確認した後、敢えて放置しているのだ。彼女が身の安全を図って逃走したのならそれもまた良し。そうでないなら、図らずも“まず味方から”騙すこととなった夕依の存在は少なからぬアドバンテージとして生きるはず。
朝美は嘘を不得手とするが、だからこそ嘘に頼らぬ場の凌ぎ方を知っている。
「あまり隠し事をすると、身のためにならないぞ」
「偉そうに言うわねぇ。アタシは自分の意思で付いて来てんのよ? 気に食わなきゃとっとと帰らせてもらうから」
「…そう、だな」
正直、地の利を持った黒尽くめ3人とまともにやり合えば勝率は五分と少し。逃げるだけならどうとでもなるだろう。
一応こちらには夕依もいるわけだが、ここで切るべき手札ではない。それに先ほど伸した3人。彼ら自体はたいした脅威でないが、どう結託するやら分からない。何にせよ情報が不足し過ぎているのだ。
暴れるのは、関わる力の関係性を見切ってからでも遅くはない。
「さて、長らく歩かせて悪かったな。ここだ」
一見何の変哲も無い古びた民家。少々人の住む痕跡が薄いが、それと対照的な人の気配を朝美は感じ取っていた。なるほど、ここがアジトというやつだろう。
特に合言葉とか言うでもなく、黒尽くめの先頭が裏通りに面した戸を開く。完全に民家の勝手口といった風情の玄関から廊下へ入り、少し歩いた右手の部屋。
「ここだ」
「先に入ってもらえるかしらねぇ?」
「分かった」
一応念のため罠等への警戒に黒尽くめを先頭に立たせ、部屋に入る。中は思ったより広く、最も入り口から遠い場所にひょろっとした青年が一人。そして…
「あ、お姉ちゃん」
「何してんの、アンタ」
華月共々いすに縛り付けられつつ、にこやかに黒尽くめや若者集団と談笑する弟。姉を出迎えたのは、そんな珍妙たる景色であった。