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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・陸章 刻終異旅・ながきに わたる このたびは
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第伍拾肆話 非戦是狩・てき ならぬ えもの

 時は少しばかり遡り、丁度双羽と華月が尾行に感づいた頃。彼らの予想に違わず、その拠点であるところの宿にも招かれざる客は居た。

 ただし、ここで少々予想に違う状況が、ひとつ。

「くっ…ブロッカー、《壁》!」

 曲がりくねった路地を駆け抜ける3人、その殿の青年が後方へと両手を掲げる。それと同時、どこからともなく顕れ雪崩落ちる1メートル四方ほどの金属ブロック群。路地を埋めんばかりの質量攻撃は、本来ならば制止するべき規模のもの。立場上、彼らはあまり街に大きな影響を与えるわけにいかないのだ。

 だが今、彼らにそんな余裕は無い。

「仕留めたか…?」

「バカ言え、んなもん足止めが精々…」

「っ、だらっしゃ!」

 ドゴン、と重い重低音が路地を震わせ、細い道を埋めていた箱状の金属塊は粉砕された。本来ならば、次には粉塵による極度の視界不良が彼らを襲うだろう。だがそこは魔法の不思議。元の箱状を保てなくなった時点で、破片は全て空へと溶け去る。よって特に視界不良は無し。

「ふーん、面白い魔法ねぇ。飛ばしたりとかも出来るのかしら?」

 だが、クリアな視界は脅威の接近を素早く伝え、恐怖を伝達する。

「最大限度で出したはず…人間か?」

「いやいや、アレは鬼だね。じゃなきゃこの世界特有の超生物か何かでしょ」

「確かに…言われてみりゃ、角が見える気もする…か?」

「アンタたちさらっと失礼ねぇ」

 女性だ。少なくとも、外見は。身長は高めだが、性別の割に、と但し書きが付く。少なくとも、そう大きな体格的不利は見受けられない。

 だがしかし、彼女は強かった。その手に足に蒼い衝撃波を纏い、3対1をものともせず、どころか蹴散らしにかかる。正直、どうにか出来る気が全くしない。

「あー、どうするよマジで。リネア、何か案無いか?」

「謝ってみる?」

「それは…真っ先に試しただろ」

「そーよねー」

 そもそも、こちらから手を出したわけではない。監視はしていたのだから、こちらに非が無いとも言わないが。誰があの外見で、見張りに気付いた瞬間喜々として襲いかかってくる猛獣を想像できるというのか。

「何、まだ逃げんの? 正々堂々やりなさいよ。殺しゃしないから」

 ふざけんな、と言いたいが言わない。

 それにここまでの逃走劇を見る限り、逃げ切れそうにないのも確かだ。彼女は、本気で追っていない。楽しんでいるのだろう。

 これ以上の逃げは、被害を広げるだけか。ならば、いっそ。

「…うし、リネア、コルサッグ。やるぞ」

「え、ちょ、ホントに?」

「ラーザルド…本気か?」

「本気も本気、マジと書いてホンキと読むやつよ。ま、あー言ってるし殺されはしないだろ。多分」

 言いつつ、両の手より白い球体を発生させる。いわゆる戦闘体勢というやつだ。

「あ、マジだ。お父さんお母さん、リネアはもうすぐそちらへ向かいます…」

「しょうがない…くそ、なんでこうなる」

 こちらの意志は味方にきちんと伝わったようで、各々姿勢を逃走から戦闘へと切り替える。リネアは周囲に大量の泡を発生させ、コルサッグはすぐにでもブロックを放てるよう構え。

 そして、相対する者は喜色満面でもっての自然体。その好戦的意欲に反応してか、足元に蒼光の火花が散る。

「やっとやる気になったわねぇ。んじゃ、楽しませてちょうだいな!」

 またひとつ、戦いの狼煙が上がった。


……


 迸る蒼光、溢れる金属塊。時に泡壁が視界を塞ぎ、時に白光球が地を陥没させる。

 その戦闘にくみする者は皆、楽しみなり恐怖なり、理由は違えど全神経をそこに動員させていた。だから、というわけではない。平常の精神状態だろうと、見つかることはないだろう。むしろ、そろそろ解除したって問題無いかもしれない。

「(…呪術・路傍の石、解除)」

 す、と。路地一つ離れた位置に黒衣が浮かび上がる。元からそこには居たのだが、知らぬ者が見れば突如出現したと思うことだろう。

 今更その正体を論ずることも無い。朝美に言われて姿を隠し、朝美を案じてここまで付いてきた夕依である。

「朝美さんは…ほんと、ブレないわよね…」

 なお、前文後半については案の定無駄足だった。まあ、あの女傑の困窮なんぞ想像する方が難しい。

 見る限り、相手3人は皆支援系だ。少し暗そうな青年が、さっき積み上げられたブロック壁の犯人。物量に優れるが、出すだけ出して操作は出来ない。もしくは今までしていない。

 泡を操っているは紅一点の少女か。目眩まし以外にも何かありそうだが、ここから見て判別できるものでもないようだ。

 最後にリーダーっぽい青年。ちらほら宙を舞う白光球の主であることは確か。しかし具体的な技能はいまいち不明。光に触れた地面や壁がひび割れたり陥没したり、見た目より威力のある魔法らしい。

「…まあ、放っておいても、大丈夫よね…」

 相性の問題や先の相手の逃げっぷりからして、十中八九朝美1人でどうにでもなる。それより問題は…

「…来訪者…?」

 相手が3人とも、無詠唱でもって魔法を行使していること。つまり、襲撃者は同郷である可能性が極めて高いのだ。

 これが他の場所なら、単に撃退すればいいだけだろう。どうせ路銀狙いの野党もどきである。だが、ここはほぼ全ての来訪者が目的とする地。この先問われる要素は、実力、ただそれのみ。わざわざ徒党を組んでまで来訪者同士が争うことにメリットは無い。

「コルサッグ、でかいやつ! リネアは足止め!」

「お、何、奥の手ってやつ?」

「来させないよ! シャンプーウォール、3重!」

 だが、現にああして戦闘は発生している。泡に隠されるようにして、大きめのブロックがひとつ出現。そこに白光球が集結し、次の瞬間僅かに収縮したブロックが高速射出される。…朝美がしっかり反応したところまで見届け、夕依は考えた。

 まず、目的が読めない。逃げていた事実からして、争う気は無かったのか。にしたって、わざわざ人を監視するのに理由も無し、ということは無いだろう。

 もしかすると、他にも隠れている者が居るのかもしれない。だが残念なことに、夕依はその手の索敵を得意としない。

「おっ、と。せぇいやっ!」

「…おいおい、素手で止めるなよ」

「大砲みたいなもの…の、ハズなんだが」

 左手一本で運動エネルギーを殺され、次ぐ一撃により粉砕。三位一体の必殺技も、あの朝美に手傷を負わせるには至らなかったようだ。

「え、何、止められたの!?」

「くそ、こんなもんどうしろと…」

「あら、もう万策尽きた感じ? んじゃ、遠慮なく終わらせられるわねぇ」

 念のため自身に“路傍の石”を掛け直し、決着を見守る。

 まず泡壁により自ら視界を封じてしまっていた少女が意識を刈り取られ。続いて暗い青年は防御のブロック諸共吹き飛ばされ。最後に大穴を空け逃走を図った青年を、一跳びで追い付きがてら地面へとめり込ませ。

「夕依ちゃん、終わったわよー。って、あら? 夕依ちゃん?」

 ぱんぱんと両の手を叩きつつ、きょろきょろとこちらを探す朝美。一瞬声を掛けようかと身動ぎしたが、すぐ夕依は彼女の意図を悟った。その視線が今、確実にこちらを捉えたのだ。ほんの一瞬だったが、朝美がこちらの居場所を把握しているという事実を伝えるには十分。

「(朝美さん…何を…?)」

 意図は汲んだが、目的は分からぬ。彼女は一体何をしようというのか。

 …そんな夕依の疑問は、すぐに解消されることとなった。主に、周囲の屋根から飛び降りてきた男女数人によって。

「あら、どちらさま? 招かれざるお客さんかしらねぇ?」

「この場に、招かれざる者は居ない」

「あら、そう」

 全身を包む黒装束、腰に下げられた長短セットの双剣。夕依は、この服装の集団に覚えがある。最もこの地に相応しく、なおかつ最もこの場に居るはずのない、人々。

「…公国騎士団(ゲィンナーデ)…!」

 ベンフィード公国の国威を維持する戦闘集団。そのほぼ全てが任務により国外に散っているとされる、この国最強、いや恐らくは世界最強の組織。そんな物騒なものの一端が、今目の前に居るのであった。

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