第伍拾話 終点未先・やっとの ごーるの そのさきの
めっさ短いけど気にしちゃいけない。
だだっ広い湖面を順調に滑る小型船舶一隻。邪魔するモノなど何も無い。遠方に霞みつつも姿を見せたゲィヌシン近郊の海岸まで、後はただ真っ直ぐ進むのみ。
「…ここまで快調だと、な。どうにもこう、不安になるというか何というか」
「ヒマねぇ」
無論これは船舶レースの途上であり、この場所はコース上。となれば勿論周囲には他の船が舳先を連ねているはずだし、実際連なっている。むしろ途中集団のど真ん中らしく、ひしめき合う様はまさに洗われる芋。しかも炎やら氷やら鉄の塊やら飛び出す芋だ。戦争直中かと錯覚しそうな光景。
…そんな中にあって、華月たちの船は順調に進んでいるのである。偶に頭上を投擲斧が飛んでいったりするが、周囲の阿鼻叫喚とは対照的に平和そのものだ。
「不思議そうに首傾げてるけど…大田宮のせいよね、コレ」
「…まあ、否定はせん」
スーッと進行方向の船が左右に割れる。このモーゼ現象を引き起こしているのは、単に警戒と恐怖心。んでは何に対しての警戒その他かと言えば、それも明確。つい先ほど華月のぶっ放した破壊魔法に他ならない。
いきなりの襲撃から始まった先の戦闘、行われたのはこのレースに規定されたコースの上。つまり殆ど外野だったといえ、他の船舶もしっかり目撃していたわけだ。始まりの大爆発から、終わりの破壊魔法まで、しっかりと。
そりゃまあ、レースの貸し出し船より二周りは大きい船を木っ端微塵にする一撃だ。下手に手を出してその二の舞を演じたい輩なんてそう多くはないわけで。
「僕は運転楽だからいいけどねー。ま、お姉ちゃんは暇そうだけど」
「確かにヒマねぇ。さっきも言ったけど」
「双羽。…余所見運転は危ないから、前見て」
「はーい。見てなくたって何にもぶつかんないと思うけどねー」
と、この様に操舵者が窓から身を乗り出して、後部甲板の人間と話す余裕すらある。
そもそも、この状況自体は歓迎すべきものだ。妨害の激しさで名を馳せるこのレースに、あるまじき無風地帯。本来なら華月だって諸手をあげているはず。
「(…何故俺はあんな大声で叫んだ!? 馬鹿か、馬鹿なのか! 多少なりテンションの上がる悪癖は理解しているつもりだったが、しかし、これはっ…! 2連戦でアドレナリンが出過ぎたか!? くそう、恥ずかしいではないかっ!)」
まあ、彼が喜んでいない理由自体は大したこともなかった。単なる自業自得である。
因みにレーザービーム自体は、○○符の応用だ。今まで一文字の札だったものを、お経の如く書き込むことによって高出力化させたのである。一見強力だし実際凶悪なのだが、汎用性の低下と何より使用する体力量が半端でない。今回は実験的に用いたものの、今後切り札のひとつとして半封印することは決定事項だ。
「あっ、すまん手が滑った!」
「気にすんな! この密度ならどこかに当たるだろ!?」
「…ん?」
立っていた位置の問題だろう、華月がまずそんな会話に振り向いた。見えたのは、ぐんぐん大きくなる丸い影。たぶん射出された鉄球だろう、このままでは直撃でまず間違いない。
…まあ、着弾先が悪かった、と言えばそれまでの話か。
「お、流れ弾! そい、りゃっ!」
目標を外れ飛来する小鉄球を察知し、待っていましたとばかり喜々として拳を振るう朝美。チュドン、の短音と共に、脱落船が数隻増えた。ゴール目前で可哀想に。
「…あ、もっと離れたわね…周りの船」
そりゃ勿論、朝美という名の無差別砲台を警戒してのことだろう。誰だってあんな事故みたいな人災で沈みたくはない。
「おい朝美、一応手出しは無用と決めたはずだぞ」
「やーねぇ、ただの自己防衛よ」
「…あんな凶暴な自己防衛があってたまるか」
相手が手を出さないならそっとスルー、の方針は変えていなかったのだが、結局彼女にそれを守り切らせるのは無理があったようだ。今のカウンターアタックでガス抜きできたのならば、それでもいいだろう。
…まあ、今更多少反撃しようと何だろうと、大して状況が変わるとも思えないが。そんな甘い考えのもと、ボケッと空を見上げる華月であった。
……
「…などとフラグを立てておけば何か起きる、と期待していた愚かな時期が、俺にもあったというわけだ」
「…何言ってるの…?」
「つい1刻前の自分を哀れんでいただけだ、気にするな」
「…分かったわ、もう気にしない…」
「ほへー…カナちゃん成長したねー」
こんなメンバーでいれば自然と成長ぐらいして然るべき、とは思うが口には出さない。そもそも褒められて嬉しい類の成長などでは決してない。
「にしてもさ。ほんっとに何にも無かったよねー、最後だけ」
「前半の怒涛の色々は何だったのか、とな」
「まあアレねぇ、何も無いのが一番って言うじゃないの」
「貴様が言うな」
奇襲者を船ごと沈めてから早一刻と少し。例の船モーゼ以外のイベントとは一切遭遇せぬまま、彼らはここまで辿り着いていた。
目的地まで、もう目と鼻の先。ゲィヌシンの城下町まで徒歩一日な湖岸。そこに設営されたゴール地点にて、今現在は貸し出し船の返却処理待ち中である。
無事な船はすでに全部ゴールしたそうだ。今仮設の港に居座るのはそれらレース参加船でなく、朝美と出会った時を思い出す大型船。何でも希望者をメウェノンまで連れ帰るため、運営側が用意した船だとか。
まあ、このままゲィヌシンへ向かう者たちにとっては関係の無い話だ。強いて言うなら、そちらへ乗り込もうとする参加者をメインにごった返していて騒がしい。船であの数だ、人数換算すれば勿論こうなる。
「(それに…大型船は、ちょっと…)」
とりあえず、あまり良い思い出を伴う施設ではない。また沈んだりしたら、多分それこそ一種のトラウマものだ。
「でもさ、僕表彰式見たかったなー。いっそこっちでやっちゃってくれればいいのに」
「それはアレだな、メウェノンのイベントだ、しょうがない。一通り行事が終了するまで、向こうはお祭り騒ぎだそうだ」
そもそもの目的はゲィヌシン側への渡航なのだ。そのあたりの些事は諦めざるを得ないだろう。
「はい、次の方一番右手の受付へどうぞー!」
「やーっときたわねぇ。待ちくたびれたわよ」
係りの者に誘導され、貸し出し船の返却手続きを済ます。本来なら貸し出し時と違って一人来ればいいのだが、この人混みでわざわざ人を分けることもない。僅かなやりとりでもって、暫し夕依たちの相棒であった船はメウェノンへと返却された。その外観からは分からぬ魔改造に担当者が唖然とするのもそう遠い未来ではないが、まあ別のお話である。
「もうちょっとだね」
「…そうね」
徒歩で丸一日。そこに休憩と準備期間を加えて、大凡3日、か。彼らの旅の終着点。そしておそらく、彼らが共にいる時間、その終端。
夕依には、分かっている。近付いているのは、“彼ら”の旅の終わり。それは決して、めでたしめでたし、の終幕を意味するものではない。それは決して、異世界との別れでは、ない。
「ふむ、後1日、か。そう考えると感慨深いものがあるな」
「ま、ここはここで過ごし易かったけどねぇ」
「…そんなこと言う現代日本人はお姉ちゃんくらいじゃないかな」
普段から無口で助かった、と思う。こういうとき、夕依が会話に不参加なのはよくあることだ。どうしても口を開けないその心境、状況。そういったものを日常の彼女が覆い隠してくれる。
…そんな夕依は、いや、今のそんな彼女だからこそ、双羽がほんの一瞬寄越した訝しげな視線に、気がつくことは無かった。
この章はこれで終わり。レースという流動的状況ゆえに説明不足甚だしかったとは思いますけど。そろそろ、大きく一区切り付きます。というか、付かせたいです。