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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・壱章 先立旅発・なには ともあれ たびだちを
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第肆話 初野宿夜・はじめての よる

「…疲れた…」

 元気よく空に舞い上がった箒を目で追い、ため息をひとつ。テントの入ったバッグは木の裏側に隠してある。が、夕依はそのまま地面にぺたんと座り込んだ。地平近く、太陽の沈みゆく姿を目で追う。

 …あんなに長々と他人に話をしたのは久しぶりだ。比較的無口という性格も、まあ原因の一端だろう。しかしそれ以前に、ここ最近信用できる人間と出会わなかったことが大きい。1年半ほど前からこれまで、夕依には信用のおける人物というものが存在しなかった。

 無論、状況だけを見るのならば、双羽だって決して全面信用できる相手ではないはず。

 ただ、なんだろう。

「少し、休みたい…」

 長いひとりぼっちに疲れた自分。そして、どうも裏があるようには見えない双羽。

 …ここはひとつ、自分の人を見る目に賭けてみようではないか。しばらくの間、行動を共にする。どうせ今の彼女の旅の目的など、あってないようなものなのだから…

「…テント、張らないと」

 なんだか仕切るような命令をしておいて、こちらが丸サボリというわけにもいかない。幸い手慣れたテントの設営だ。少々のんびりした今からでも双羽の帰りには間に合うだろう。そんなに慌てず、木の裏からテント用具一式を取り出した。

 …まず、テントの底面積に合わせて地面にピックを打ち込む。本来テントの底布によって位置を測るべき作業だが、そこは長年の感覚でカバー。年単位でほぼ毎日使っているテントだ。見なくたって広さくらい分かる。

 次に2本の支柱をしならせ、ピックに両端をひっかける。これでテントの概形は完成。あとはこれに天布を被せ、内側から防水シートと支柱保護用の布を設置すれば…

「…あ」

 そこで、夕依の手が止まる。テントの体積がはっきりしたあたりで、ある重要な事柄に気づいたのだ。

「ちょっと、狭い…」

 このテント、一人用なのだ。一応、荷物を置くスペース程度は確保されている。が、人間ふたりが寝るだけのスペースとしては、ちと厳しい。もちろん、詰めればそれだって不可能ではないだろう。

 …しかし、ここでまたひとつ問題がある。

 金峰 夕依、齢14才。ここ最近少々特殊な人生を送ってはいるものの、歴とした思春期の女の子である。つい数時間前に知り合った男の子とくっついて眠れるほど、太い神経はしていない。

「…忘れてた…」

 外で寝るという選択肢は、無い。この草原は昼夜の気温差が大きいのだ。十中八九、夜に体温を奪われ、朝露でびしょぬれになって目覚めることになる。…そもそも、目覚められるかどうか自体が怪しい。

 …結論、羞恥心が為に命を危険さらすのは得策ではない。しかし、体面というかプライドみたいなのもやはりまた重要なわけで…

「うぅ…」

 一緒に旅するなんて、軽々と承諾しなければよかった。早速夕依の脳内に後悔が渦巻き始めたころ、その根本原因が帰還した。

「薪、集めてきたよー」

「…お疲れさま」

「あれ、なんだか元気ないね。どーしたの?」

「…よく分かるわね…」

 尻すぼみな細々とした話し方は生まれつき。さっきと今とで、それほど雰囲気を変えたつもりも無かったのだが。

「まあ、うん。…えーっと、あ、これテント? まだ途中だよね。手伝うよー」 

「あ、ありがと…」

 さて、どうしたものか。今更彼をテントの外へと追い出すというのは流石に気が引ける。

 かといって自分が外で寝るわけにもいかないわけで、それなら一緒に寝るのかってそれは無理なのだからそれなら双羽にやんわりとお願いしてってだからそれも無理だからあれ堂々巡り。

「…ほんと、大丈夫? 顔色悪いよ。さっき変なとこぶつけたんじゃ…」

「だ、大丈夫、なんともないから」

 …悩んでいても仕方ない。ここは、なんとか話を進めよう。

「…その、実はこのテント…一人用なの。だから、ちょっと狭くて…把臥之くんまで入れなくて…」

「うーん、それは困ったね…」

 詰めれば入れる、ということは敢えて伏せておいた。もし言ってしまえばこの少年、そんなこと気にしないよー、とかのたまいそうだ。なんとなく、それは確信できる。

「うーん、この広さなら、なんとか詰めて寝れないかな?」

「…う」

 即、気づかれた。

「そ、それは…」

「…えーとさ、とりあえず、テント組み立てちゃおうよ」

 一理有る。このままグダグダしてたってテントは勝手に建たない。日も落ちてきたことだし、考えるよりもまず寝床を作ってしまおう。

「…それなら…このシート、テントの底に張っておいて」

「はーい」

 …寝るときの問題は、寝るときまで後回しにすることにした。


……


「あ、これおいしいね」

 焚き火に薪を一本放り込みながら、双羽が感嘆の声を上げた。手に持っているのは円柱形の木の容器。中身はこの地方の伝統料理だ。確か名前は…

「それは…“マダンチャセ”っていう料理よ」

「…まだんちゃせ? 変な名前」

「この世界の、古い言葉で…“腐らない食べ物”…って、意味だったと思う。…すごく日持ちがいいから、旅人が、よく食べるの」

「へー」

 ただし封入されている器の形状ゆえ、かさばるのが難点だ。

「大量に持ち運ぶと、邪魔だから…一人の長旅には、向いてないけど」

「…あれ、一人の長旅、じゃなかったの?」

「…歩いて一日くらいのところに、町があるから。最近は…そこを、拠点にしてるの」

「んじゃ、明日はそこへ向かうってこと?」

「そう」

 まずはその町まで戻る。これは決定事項だ。その先どうするか、軽く予定を練り上げておく。

 …旅の道連れが増えたので、とりあえずは食料と生活物資の買い足しか。最終目的地は双羽任せになるわけだが、十中八九ベンフィード公国だ。ならば北部の森を抜けて港へ入り、貨物船にでも乗せてもらうのが吉。

 いや、ひとつ寄る場所があった。この地を離れる前に、一度行っておこう。申し訳ないが、双羽にも同行願いだ。

「ふぁぁ…」

「ぅ…」

 双羽の大あくびが聞こえ、思考の波から引き上げられる。そうだ、寝なければいけない。後回しにしていたあの案件だ。

「えと、その…把臥之く…」

「…できた!」

「…え?」

 ふと横を見れば、双羽がいない。見回してみると、あの変な木の横に浮かせた箒の上で座っている。そんな彼の横、地面から半メートル程のところに揺れるのは。

「…ハンモック?」

「そだよー。毛布にくるまればそこそこ暖かいし、朝露なんかで濡れたりもしないしね」

 材料の出所が不思議だったが、その疑問はすぐ消える。あのハンモックの網。あれは夕依がいつも持ち歩いてる荷まとめ用ロープだ。

 …というか、何故そんなもの作れるのだ。

「それじゃ、僕はこっちで寝るねー」

 一度降りてきた双羽は、テントから予備毛布を引っ張り出すと靴を脱いでハンモックへよじ登る。

 こちらの都合である以上、夕依は自分がハンモックでも良かったのだが。なんだか強引に決定してしまった。まあ、双羽自身がいいと言うのだから別にいいのだろう。

 食事道具をテントに放り込み、夕依もテントに入ろうとしたあたりで、双羽から声がかかった。

「あのー、カナちゃん」

「…なに?」

「あのさ、ランプとかそーいうの、無い?」

 どうやら双羽、光源が欲しいらしい。どうせ今から寝るだけだというのに、何に使うのだろうか。

「あるけど。…はい」

「ありがとー」

 荷物から予備の魔法光源を取り出す。なんともファンタジーなネーミングだが、外見は至って普通の手提げランプ。内部構造なんかもほぼ同じだ。違うのは発光装置が魔法由来で、あまり熱くないということぐらいだろうか。

「操作方法は…底に、書いてあるから」

「りょーかい。えーと、このつまみを回して、それから発火棒を引いて…」

 ボゥ、とランプに明かりが灯る。それを見届け、夕依はテントの中に引っ込んだ。

「おやすみー」

「…おやすみ」

 こんなやりとりにさえ、懐かしさを感じる。思っていた以上に自分は人恋しかったようだ。

 そのまま毛布にくるまり横になった夕依は、ちょっとしたことを思い出した。が、疲労が彼女の意識を安眠へと引っ張る。眠たい。寝よう。

 どうせ今から眠るのだ。…あのランプの燃料が残り僅かだなんて、些細なことである。


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