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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・伍章 湖上難路・ふねの いくさは すきですか
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第肆拾質話 襲者主従・とある ぬしと ぶかと

 戦闘の再開を告げたのは、自分の主だった。しかし、戦火を切る役目はどうもその限りではなかったようだ。

「きっちり言い終わり待つあたり、行儀が良いんだか底意地悪いんだか、ってな」

「奇襲には奇襲、ってことで。両方かな~」

 サイズの合わないシャツとズボンが、どうにもだらしない印象を周囲に与える。そんな主人の服装も、一種の擬態ではないかと彼女は疑っていた。たった今見せた超反応と棒術の心得は、そんな疑いをより一層濃縮するものだ。相手の船からの銀閃一撃、それが金属製の箒だと気づいたのは、主人がしっかり受け流し、いなした後である。

「さってと。君たちは全部で2人だよね」

「で、何だ。こっちは倍の人数で、とか言うんじゃぁないよな?」

「もちろん、ね。…お姉ちゃん!」

「あいよ、まっかせなさい!」

 にわかの掛け声に呼応し、未だ向こうの船に残る内の一人が拳を引き絞る。距離にして船を横付け5隻分。つい今し方飛んできた少年のごとき能力でもなければ、自ずとその行動は絞られる。

「っせいや!!」

 放たれたのは、蒼白の衝撃波。直線的だが、確かに威力はありそうだ。直撃すれば、この船くらい簡単に沈むだろう。…舐められたものである。

「おい、ルーネ!」

「…分かっています。2つで十分でしょう。…展開」

 背に負った巨大な刃を二つ、取り出し、展開する。現れたのは、両刃直剣を根本から3方向へ広げた形状の投擲武器。…以前とある知り合いに“大きな紐付きシュリケン”と評されたのだが、残念ながら未だその“シュリケン”なる物体に出会ったことは無い。

「そもそもコレの名は、三剣飛刃、なんですけどね」

 まだ見ぬシュリケンとやらは置いておいて、迫る衝撃波へと巨大な刃を投擲。無論、固定されぬ金属片が進路を塞いだ程度で止まるものではないだろう。

「…回れ、飛刃」

 手元の紐を微細に操り、刃の軸位置を固定、のち高速回転させる。迫り来る暴力的な波を巻き込み、散らし、沈静化。役目を終え、手元に引き戻された自慢の得物には、傷ひとつ無い。

「あら、今のが止められんのねぇ」

「止められんのねぇ、ではないだろう。仮にもこの3人の内最大の火力をあっさり凌がれたのだぞ」

「なら次はアンタ達の番じゃないの。頑張れ」

「無茶を言うな無茶を」

 どうやら、破壊力の面であれを越える一撃が来ることは早々無さそうだ。ただ、無視できる程度とも思えない。ならば…

「ルーネ、防御任せたぞー。オレっちは、っと!」

「よそ見してていいのー?」

「はっ、余裕余裕! …ってことで、コイツ押さえとくわ。なんで一人で頑張れー」

 まあ、そうなる。自分の主と箒の少年とは既に一騎打ちの体制だ。自然、彼女、ルーネが残りの相手を務める流れだろう。

 しかし、まさかの来訪者相手に3対1。常ならば、まず逃走を考える状況。ただし、両者船に腰を落ち着けつつの砲撃戦だ。戦闘手法の特性上、こちらがやや有利と言えるだろう。

「さて、どうするの?」

「まずはそうだな、落ち着いてあの防御を抜く方法について考え…」

「…律儀に待つと思いましたか?」

 更に2つ、チャクラムを展開。内3つをそれぞれ相手の船の乗員に、残りの1つは直接船体めがけて投擲する。人数を超えた同時攻撃に、さてどう対応するのか。

「っ、“防”げ、防符!」

「…呪術・強制リバウンド…」

 まずは白衣と黒マント。片や弾き、片や沈めと二者二様で自己への脅威を排除した。まあ来訪者相手である以上、想定の範囲内と言える。

「ま、そうでなくっちゃねぇ! よっ、ほっ!」

 …で、問題は先の大砲じみた一撃の主である女性。他が自己防衛で手一杯なのを後目に、残り二つを軽々迎撃して見せた。案の定の近接型、今現在砲撃戦の様相を呈しているのは僥倖である。

「んで、もういっちょ!」

「忙しいですね」

 お返しとばかり再度飛来した衝撃波を新たに2つのチャクラムで迎撃しつつ、ルーネは戦力分析を続ける。目的、現状即ち足止めを完遂するにあたって、相手の能力を推し量る事の重要性は言うべくも無い。

「…ちょっと待って。あれ、何個出てくるのよ…」

「見たところもう無さそうだが…まあ、断定はできんな」

 判定、この状況下での連携は無し。黒マントは対単体、白衣と衝撃女はそれぞれ中距離と近距離特性。結論、黒マントには恒常的にちょっっかいを掛けつつ、その他は防御重視で。

 数度の差し合いでここまで組み立て、一息をつく。このペースさえ崩さなければ、そう易々と抜かれはしないはず。あとは…

「こちらの決着待ち、ですね」

 ちらと見た視界の端で、銀閃と黒棒が再度激突した。


……


 よく馴染んだ感触の上を滑る手。黒一色に染められた堅木の棒は、持ち主の意思を余すところ無く受け取り宙を舞う。今もまた直線的に突き刺すような一撃を、止めず抜かせず横手へ流した。…まあ、そのままの勢いで空中まで退避するあちらさんの宙の舞いっぷりには白旗なワケだが。

「…箒による飛行…物体を飛ばす魔法、か」

「ま、飛ばせるのはこの箒だけだけどねー」

「はっ、そうかい」

 そんなはずはない、と彼は知っている。来訪者の魔法の法則性からして、対象が箒だけ、なんて事はほぼ有り得ない。手の内を易々と晒すような愚か者ではここまで来れやしない。即ち、この少年が事実を述べているとはどうにも思えない。何かしらを隠しているのだろう。

 それだけ分かれば、まあ十分だ。

「さて、と。見定めはこんなもんかね」

「あ、さっき船沈めたやつ解禁?」

「…あーらら、バレてやがる」

 先からの棒一本でもっての防戦一方だが、それは決して彼の限界値ではない。むしろ、本来の戦闘手段など先から一度も…いや、“一度しか”表に出してはいない。とても全力とは言えないその力加減を、箒の少年は目聡く解していたようだ。

 言い訳ではないが、この行為は油断でもなければ手加減でもない。2割ほど相手の実力の見定めという目的が混じるが、口に出したコレも主ではない。では何かと問えば、答えは単純明快。

「まあいいでしょうよ、どのみち準備は完了だ。精々、“地味に”やろうぜ」

 扱うには準備がいる。ただそれだけ、ごく単純な要因だ。故にここは相手から隠匿する。単純な制限、それ即ち単純明快なる弱点に他ならない。

 隠蔽ついで、部下への支援準備も怠らず。環境を全て味方とした上で、彼は再度戦端を切る。

「…チイシソ」

「わ!」

 ごく短い呪文。ただの一言を起点に、相反する規模のつむじ風が巻き起こる。圧縮空気の反発力が生み出す衝撃波。ああして勢いに逆らわず跳んでいなければ、箒の少年も無傷とはいかなかったに違いない。

「おー、よく反応したな」

「…魔法の威力ってさ、呪文の長さに比例するんじゃなかったっけ」

「ま、ソイツがこの世界の常識ってやつだが…種も仕掛けもございません、ってか?」

「なるほど、種も仕掛けもあるわけだね」

「そーいうこった」

 この程度ならヒントもくそも無いだろう。ちらとこちらを睨む部下が視界に映ったり映らなかったり。まあ、気のせいだ。

「んじゃ、いきますか。…チイシソ、チイシソ、チイシソ」

「の、わ、ほっ!」

 なかなかどうして、よく避ける。先から突進したり殴ったり突いたりと多芸な箒だが、あの機動力こそが真骨頂とみた。

「やるねぇ、ったく、ちょこまかと」

「ふふ、そでしょ。てい!」

 空気爆弾の間隙をつく鋭い突撃。

「はん、甘いってな!」

「のわわっ!」

 しかし、先まで棒一本で凌いでいた攻撃だ。今更受けれぬ訳も無い。どころか、受け、引き込み流し、放り込んだその地点めがけ魔法を多重起動する程度の余裕は有る。

「で、無傷と。お前さんしぶといなぁ」

「あははー、流石に死んじゃうかと思った」

「それなら安心していいぞ、そう簡単には殺さない」

「まーったく、安心できないね!」

 まあ、半分冗談だが残りは事実。

 基本的には、殺すな、と言われている。しかし、殺すつもりでやれ、ともお達しが来る。

「(ま、しょうがないわな)」

 今現在、部下と派手な撃ち合いを演じている3人の来訪者。彼らの攻撃は、どれも見たことの無い類のものばかりだ。

 そんな種々多様かつ未知の魔法の使い手を相手取る。この上でなお手加減なぞ必要な存在は、彼の知る限り2、3人かしかいない。ベンフィード公国の誇る精強なる常設騎士団、偉志団コウィク・ツ・ヌーイェに属する彼の見識でそんなものなのだ。来訪者という存在は、確実にこの世界のバランスをひっくり返すだけの力を持っている。

「…考え事? 余裕だねー」

「気に食わねってんなら、自前で余裕無くさせてみりゃどうだい?」

「気に食わない、ってワケじゃないんだけど…」

 …目の前の少年も、そんな力を持つ者の一人。余裕はあれど油断など微塵も無く。

「んじゃ、お言葉に甘えて、っと」

 思考の一部こそ他へ割かれてはいたが、それはあくまで警戒の類。視線その他、およそ注意力に類するものは全て少年へと向けていた。

 その少年が、消えた。唐突に、認識の範疇から消滅した。一瞬の呆然、のち二瞬ほどの驚愕。

 しかし感情が前へと出たのはそこまで。戦いに慣れた肉体は、自然の成り行きの如く意識を周囲に広げ、捉える。棒を持つ手とは逆、左斜め後方の最も対応し辛い角度。直線的かつ最も防御されにくい突きの構え。間に合わない。

「…ツニニヲ!」

 咄嗟に、魔法による防御壁を展開する。先とは異なる水の魔法。威力こそ低いが“止める”性質に長けたそれでもって速度を低減、次いで間に合わせた棒により無理矢理上方へと跳ね上げる。

 この間、ほぼ3瞬。明らかに、これまでより箒の速度が増している。…いや、それよりも問題なのは…

「ふーん? …どう、ドキドキした?」

「お陰さんで、な」

 確かに速度は増したが、しかし決して彼の目で追えぬものではない。が、見失った。そして、彼はこの現象に心当たりが有る。

 静から動への変動を極端に短い間とし、人間の“認識”を振り切る、歴とした、技術。問題は、彼の目を欺いたそれを、来訪者が用いたという事実。

 言うほど簡易な技ではない。ごく平和な土地から呼ばれると聞く彼らが、どのような経緯でもってそんな戦闘技術を身に付けたのか。是非とも知らねばならぬ情報だ。

「…ところでお前さん、“どこで”それ学んだ? まさか独学とか言わんよな?」

「アリア、って人だよ。…知ってるでしょ?」

「…おいおい」

 知ってるも何も、旧知の間柄だ。しかし、酔狂と戦闘狂とで知られる彼女が、よりにもよって来訪者を教育していたなんぞという話。少なくとも彼の耳には入っていない。

 となると、考えられる可能性はもう一つ有る。俄には信じ難いが、しかし現状最も高い可能性であり。なるほど、ならば、と得心のいく部分も有る。

「ナウェサで剣速…アリアと戦って、あまつさえ撃破した来訪者、ってのは…」

「ん、僕だね」

「で、技を盗んだ、と」

「盗んだ、はちょっと人聞きが悪いかなー。参考にさせて貰った、ってとこ」

 こちらもこちらで大概言うほど易いことではないが、まだ納得はできる。偶然、あちらの世界でも戦いだ何だに適正の有る人物が呼ばれ、偶然アリアとの戦闘に臨んだ。

 こう言えば荒唐無稽だろう。だが、もしも事実ならばベンフィード公国にとって有益である。技の本質を見抜く観察力、加えて足りない速度を魔法で補う応用力とセンス。まさに公国の欲しがる人材だ。

 そして、決して嫌々戦いに臨んでいるわけでない彼個人として見ても、これは喜ばしいカミングアウトに他ならなかった。

「…いや、幸運ってやつな。てっきりもう着いたもんだとばかり思ってたんだが」

「…?」

「なに、ちょいと念願叶って感無量ってだけだ。そう不思議そうな顔するなって」

「うん、さっぱり分かんない」

 分かる筈も無い。事は箒の少年の預かり知らぬ会話に始まる。酔狂かつ戦闘狂にして、どことなく愛嬌もある同僚。言うなれば、この一戦は彼女からの引き継ぎ。ならばひとつ、やらねばならぬ仕事がある。

「遅ればせながら。…アディル。アディル・バクハリ、だ。いざ尋常に勝負、って付ければ良いのかね」

「や、アリアリはなんか名乗りながら斬りかかってきた気もするけど…把臥之、双羽だよ。いざじんしょうにしょうぶ」

「その妙に可愛い呼び名については、まあ後で聞くとして。…やるか!」

「ほんっとさ、なんでこうここの人たちって楽しそうに戦うんだろね!」

 選別という目的を一時忘れ、彼の口元が上がる。その目は既に、好敵手を逃がすまいとする狩人のそれとなっていたのであった。


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