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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・伍章 湖上難路・ふねの いくさは すきですか
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第肆拾肆話 騒船危船・そうぞうしくて あぶなくて

一年越しだけど、ひそかに再開。

「いーよっしゃぁーっ! 飛ばすぜ飛ばすぜっ!」

「煩いんですけど」

「お前なぁ、祭りだぞ祭り! 熱くなんねーのかよ!」

「ええ、暑いです、暑苦しいです、おかげさまで」

 確かに、“アツい”違いだ。普段いまいち気の合わない冷め男の台詞に、トーマは珍しく共感を覚えた。

 今彼らは船の上。それも通常の航海ではなく、船舶によるレース大会の途上だ。もう一人の熱男の言葉通り、場のテンションは上がっている。ただ、暑苦しいのとこれとはまた別問題ではないかとも思う。

 因みに順位としては2位集団真ん中あたり。初めの入り江で少し出遅れたくちだが、現在のところ順位は順調に上がっている。

「だってさー。マイハニーが貶されてることについてどう思うよイェンちゃんは」

「運転に集中したいからさ、しょうもないことで話し振らないで」

「りょうかい」

 運転手は、女性。この船に乗り込む4人の中では紅一点だ。一応リーダーである熱男の彼女らしいが、滅多にそんな素振りは見ない。変にイチャイチャされても鬱陶しいんでまあ助かってはいるが、本人たちはそれでいいのだろうか。

「トーマ、左舷より船舶接近。こちらへ攻撃の意思があるようです。迎撃してください」

「え、俺が?」

「基本の防御はあなたがする、と決めたはずですが?」

「そんなこともあったっけ」

 実際、船へと乗り込む前に4人でそんな話をしたことは覚えている。まあ、ちょっとした冗談だ。だからそんなに睨まないで欲しい。この冷め男はペルサンという変わった名だが、それよりまずその目つきの悪さが第一印象に残るタイプだ。

「俺が風穴空けてやっからよ、お前は飛んでくるもん全部叩き落としてくれや!」

「ああ分かったよ、だからそっちはちょっと口閉じててくんないかな」

 もう片側では熱男が相変わらず煩い。こんな男がリーダー張っているというのだから世の中不思議である。

 …ところで、リーダー、と言うからには、そこには何かしらの組織がある。この4人も例に違わず、ひとつの目的を持ったチームを組んでいた。その目的とは、ズバリ、イタズラ。

 繰り返そう、イタズラ、だ。カーテナウィウキ島全域を股に掛けるイタズラ集団、それが彼ら“ウードリーズ”である。

 しょうもないイタズラをやらかすため、あっちへふらふらこっちへふらふら。何かしらやらかした跡には必ず名を残すため、それなりに有名な4人組。

 そんな彼らが今回このレースに参加しているのには、もちろん訳がある。簡単に言えば、路銀が尽きたのだ。どこぞで働いても良いが、まあメンドクサい。ならば手っ取り早く賞金で一稼ぎ、とこのレースへの参加を決めたのはリーダーである。なんだかんだ言って全員こういった楽しいことは大好きな性格なので、反対意見も無かった。

「撃ってきたぞ!」

 見れば飛来する炎塊。規模は、小。まあここは戦争でもないのだし、相手にこちらを殺そうとまでいう意思は無い。つまり使用される攻撃魔法の威力なんてタカが知れている。トーマは慌てず騒がず、右手に“木製のバット”を取り出した。

「よーそい…そこっ!!」

 真っ直ぐ飛んできた炎塊は、きれいなスイングによって打ち返される。流石に快音とはいかないが…まあ外野フライぐらいにはなるだろう。

「しかし変わってるよな、その棒の魔動具、えーと…」

「バット、だよ。大概の飛び道具は打ち返せる」

 もちろん、この世界に野球なんぞというスポーツは存在しない。さらに言うならこの棒、魔法道具などでは決してない。ただの丈夫な棒きれだ。

 そのこと、それとこのバットという名が指し示す事実。…まあ言うまでも無いだろう。

「ほら、次はリーダーですよ」

「おぅし、任せとけーい!」

 ガン、と打ち鳴らされたのは、金属製の手甲。一瞬遅れ、手甲の衝突した座標で空間が爆ぜる。詳しい原理なんて知らないが、リーダーのメイン武器“爆砕籠手”だ。使用者から奪った体力に比例した爆発を起こすこの武器を、魔法下手で体力バカなこの男は好んで用いている。

「距離は…こんなもんか。喰らえやっ!!」

 目算で相手船との距離を測り、放たれる爆撃。殴った場所に爆発を起こす、というのが本来の使い方らしいのだが、どうもこの熱血は見た目と裏腹に器用な質なのだ。爆竹でも並べたかのように延びる火線。一瞬遅れ、併走位置まで来ていた小型船の横っ腹に大穴が空いた。

「いよぉっし、命中! どーだ見たか俺の…」

「ちょい待ち、あれ迫撃砲じゃねぇか!?」

 すぐにでも沈みそうな相手船は、しかし道連れでも狙うつもりなのか、小型の車輪付き魔動迫撃光砲(レーザーキャノン)なんぞ持ち出してくる。単身ならば避けるのも容易いが、そんなことすりゃこの船に風穴が空くだろう。それは困る。

「…ってわけで」

「広域防御は私の役目、でしたね。全く、誰かさんが単発攻撃にしか対応できないせいで…」

「俺のはそもそも近接武器だよ。光線打ち返せとか無茶言うなし」

 バットで水流捉えろってな注文だ、現実的に考えて無理である。光弾、ならまあ何とかなるのだが。

「って、おい発射して来た」

「サカウノムシウハカアタウィツヌウィト」

「…相変わらず、詠唱早いな」

 瞬きの間に形成された氷の結晶は、光を複雑に屈折、分解させ四方に散らす。役目を終わればすぐに融解、船に重量という負荷も与えない。とっさに組んだにしてはやけに好条件の魔法だ。どうせいつも通り、相手のあの対応も予想の内だった、ということだろう。

「…これで、併走位置に敵対する船はいなくなりましたね」

「どっちみち初めの出遅れ取り戻さねぇといけねぇしな。イェン、飛ばせよ!」

「今ので最高速度よ」

「おー、冷静な返しだ。これはツラいんじゃないですか解説のペルサ」

「トーマは少し黙っていてください」

 まあ、このメンバーは毎度こんな感じだ。多分、出会った当初からこんな感じだった気がする。もちろん、後方から異常な速度で迫る船舶を見つけてもその対応は変わらない。

「トーマ、右舷より船舶接近。かなり速い上に無差別攻撃してるんで足止めします。迎撃してください」

「え、俺」

「基本の、防御は、あなたがする、と。…決めたはずですが?」

「ごめんなさい」

 ちょっと本気の殺気を感じ、口を慎む。逃げるように視線をまわし、迎撃対象の船を見やった。

「ほっといたら無視して突っ走っていきそうな速度だな。さて、どうす…ん?」

 近づき、見えた船の舳先に立つ男。その服装がどこか見覚えのある“白衣”であることを認識し、にわかにトーマは表情を引き締めた。勘違いでなければ、あの船にいるのは…

「へぇ、珍しい。…同郷者、ってことかね…!」


……


 順繰りに立ち位置を変え、今現在前方を見張っているのは華月だ。双羽の操船技術は思いの外凄まじく、被弾の少なくなった今、周囲の船をごぼう抜きにして突き進んでいる。無論んなことやっていればすぐ目を付けられるわけだが…

「はい、ドッカーン!」

 残念ながら、こちらには朝美という名の火力バカがいる。今だって一隻、哀れな小型船が朝美の右手の一振りでこの世を去った。というか沈んだ。

 さらに、どうやら加減を間違えたらしい斬撃は勢いそのまま他の船を襲う。まるで連鎖するかのように大破していく船、船、船。

「…いやちょっと待て。朝美、ついさっき言ったことは…」

「はっはー、沈め沈めっ!!」

「……」

 なんかテンションでも上がってきたのだろうか、とうとう無差別爆撃を始める朝美。一瞬止めようかと思ったが、むしろ逆に周りは一歩引いてくれている。好都合だ、好都合。そう考えよう。

 それにまあ、このレースの参加者は皆、メウェノンへの強制帰還装置を持っているはず。沈んだ彼らも、その内スタート地点の辺りへと流れ着くことだろう。

「金峰、後ろからの不意打ちに備えていろ。俺は前方を警戒しよう」

「…朝美さんがあんな暴れてるのに、前を…?」

「暴れ牛の背中を刺すのは賢しい者、立ち塞がるのはそれだけの地力を備えた者、だ。適材適所、と言ってもらおうか」

「…分かったわ。言わないけど」

 ジト目で納得、という器用なまねをしつつ船尾へ向かう夕依。そんな残念な視線を送らずとも、華月の精神が齢14の頃から大して変化していないことなど彼自身がよくよく知ってる。今更だ。

「さて、この嵐の中刃向かってくる酔狂な奴は…と。…いるな、やはり」

 一隻。他の船が皆足並み乱して避ける、もしくは後方へ回り込もうとして夕依に捕まっているこの状況。そんな中で、真っ正面を速度落とさず直進し続ける小型船。その後部には、手頃な長さの木の棒片手に青年が一人仁王立ちしている。無論、そんなこちらの進路を塞ぐ位置にいる以上…

「ぃーよいしょっ! 次はー、そっち!」

 朝美の無差別砲撃の的になるのは必然。当然の理に従い、件の船へと青い閃光が飛ぶ。それに対し、なんだか見覚えのある体勢で構えられる木の棒。

「…ん? あれは…野球…バッターか。即ち、あの木の棒はバット、と。…いやちょっと待て、それはマズい!」

 そこから導き出される結論に慌てる華月がポケットに手を突っ込むのと、きれいなフォームで木の棒が振り抜かれたのはほぼ同時。直後木の棒の勢いに逆らわず、斬撃は180度反転。真っ直ぐこちらへと飛来した。

「…逸らせ、“逸”符!」

 そのまま直進すればまず間違いなくこちらへ直撃のコースだったが、寸前華月の迎撃が間に合い斬撃は湖面を割るにとどまる。ついでにその余波を受けた周囲の船が泡を食って距離を取り始めたりしたのだがそれはまあ良い。問題はその距離を詰め、こちらと併走体勢に入りつつあるあの船だ。朝美の砲撃をよりにもよって跳ね返した、あの男の乗る船。

「金峰、戦闘だ。あの船、前から近づいてきてるヤツだが。沈めるぞ」

「…あの船? …別に、そこまでしなくても…」

 周囲の船が離れたことによりお役御免となった夕依を舳先へと呼び、華月はとりあえずの方針を伝えた。対する彼女の反応は芳しくなかったが、華月だってできるならそんなことしたくない。

「既に朝美が一撃撃ち込んでいてな。見るにあちらさんはやる気だ」

 さっきは気の棒の男一人だった船尾に、今は各々軽く身構えた体勢の青年が3人。どう見たって戦闘準備は万端だ。ここで出会ったのも何かの縁だし仲良く行きましょう、とはなりそうに無い。そもそも、先に手を出したのはこちらであるからして。

 手が届くのならば、暴走し始めた朝美を黙って放置したついさっきの自分をはっ倒してやりたいところだ。

「ああ、因みにあの木の棒持ったヤツ。あいつは今言った朝美の攻撃を打ち返してきたぞ。それなりの実力者だな」

「…何それ怖い」

 普段からそれなりに暗い夕依の周囲が、一段と闇に包まれた気がした。ここに件の木の棒男が“来訪者”である可能性を伝えればどうなるか、興味はあるがやめておく。有事前に味方の志気をだだ下げる趣味はあんまり無い。

「つまり、あの船に一発撃ち込んで沈める、ってことでいいのよねぇ?」

「先ほど起きた現象を見てなおかつ理解した上での発言だろうな、それは」

「冗談よ、冗談」

 いつの間にやら朝美もこちらへ来たようだ。彼女の牽制はどうなったのかと見れば、距離を取った周囲の参加者たちはそのまま取り巻くように着いてきている。どうもこちらの一触即発を感じ取り、様子見を決めたらしい。あわよくばやり合ったところを沈めて漁夫の利、といった腹積もりだろうか。

 どのみち、足を止めるわけにもいかない。

「双羽、聞こえているか」

「聞こえてるよー。何?」

「速度よりも、あちらの攻撃を避けるよう操舵してくれ。順位よりも、無事ゴールまで辿り着くことが優先だろう?」

「そだね、りょーかい。でも全部避けるとか絶対無理だし、迎撃頑張ってねー」

「まっかせなさい!」

「…双羽、不吉なこと言わないで…」

 …どうでもいいのだが、同じ人間としてこの自信の差は何なのだろうか。

「さて、やるか。朝美、一発ぶちかましてやれ」

「ん、ダメなんじゃないの?」

 一応、きちんと考えてはいたらしい。まあ彼女は決してバカではないのだが。

「さっきのヤツは、沈める一撃だろう? 俺たちと遭遇したときのヤツを、ひとつ頼む」

「なーるほど」

 いくら小型の船と言え、実際のところ飛び道具やら魔法やらの1発や2発でそう沈んだりはしない。では何故朝美が一撃必殺できていたのかと言えば、それはひとえに貫通力のなせる業だ。喫水線ギリギリのところに貫通孔空けられれば、どんな船だってまず浸水する。層分けの甘い小型船ならば、それだけで沈没と同義だ。

「んじゃ、こんな感じ? いくわよ、そーれっ!!」

 対して今朝美の放った斬撃は、拡散と共に周囲を切り刻む。相手のあの技が“野球”だとするならば…

「ん、また撃ってき…やばいペルサン、防御!」

「…っ! …サカウラタウィツノユアイヤヲ!」

 朝美の手元を離れた閃光は宙を舞い、次いで着弾、騒音を撒き散らす。今回相手は打ち返そうともせず、しっかり氷の魔法で防御してきた。なかなかの判断力である。まあそんな薄氷一枚では余波まで防ぐことはかなわないわけだが。

「やってくれんじゃないの…」

「よっしゃ決めたぞ、てめぇらぶっ潰す!」

「アツいです黙ってください」

 相手の船は斬撃の余波で傷だらけだが、航行に問題は無さそうである。そうこうする内に、とうとう声の届く距離。前哨戦は終わりだ。

 あちらもこちらも晒した手札は2枚ほど。さて。

「…本戦開始と、いくか」


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