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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・伍章 湖上難路・ふねの いくさは すきですか
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第肆拾参話 船争序騒・さわぎて はじまり

 周囲には、船、船、船。波の静かな入り江だが、船体に挟まれた塩水が時折高く水飛沫をあげる。

 …しかしまあよくもこれだけ集まったものだ。虫の群にも似た数の船舶が、真っ直ぐな列を形作り、波に揺れていた。

 後ろの港を振り向けば、こちらも負けじと地を埋め尽くす見物客。騒がしいことこの上無い。

「今日ここに集まられた紳士諸君その他エトセトラ、お待たせしました。第256回メウェノン・ゲィヌシン共催船舶マラソン、ここに開幕です!!」

「…エトセトラ、って何よ…」

 手元の石から聞こえてくる音声に、夕依は小さくツッコミを入れた。

 因みにこの石、携帯用の音声送信装置だ。各船へ通達用に1つづつ支給されている。んでもって、このような司会及び実況にも用いられるんだとか。

 …ところで。来訪者に対し、この世界の言葉は基本的に日本語へと訳され聞こえる。それが“エトセトラ”とは、余程他の表現の当てはまらない言い回しをしたのだろう。…ああ、まあ実にどーでもいい。

「準備はどうだ、双羽。動かすのに問題は無いな?」

「ん、だいじょーぶ。操舵板はおっちゃんに乗せてもらったのと大体同じだよ。なんか速度レバーがいっぱい倒れたりするけど」

「そこは仮にもレース仕様の船ということだろう。ちなみにエンジンの調子も良好だ。…しかし、身につけた技というのはどこで役立つか分からんものだな」

 エンジン、と華月は言う。ただしこれは華月が勝手にそう呼んでいるだけ。実際は全くの別物だ。

 大型の船と異なり、この船はモーターのようなものでスクリューを回転させて移動する。ようなもの、と言ったからにはもちろん、その装置の仕組みはモーターとはだいぶん違うのだが。

 まず、電気では動かない。というかそもそもこの世界に電気エネルギーなんぞ普及しちゃいない。一応石炭のような物は使われたりするそうだが、まあ機械動力としてはその程度。

 物を動かすにあたりメインとなるのは、強いて名付けるならば“魔法エネルギー”とでもいうべきものだ。ぶっちゃけ人力である。かといって誰かが常に船を魔法で動かし続ける、とかいうことも無い。なんでも昔はそんな感じだったらしいが、今この世界には“魔法道具”という素晴らしきシステムがある。夕依も詳しくは知らないが、簡単に言えば“人力をガソリンのように投入することで継続稼働する動力装置”、らしい。

 そして華月は修理屋見習い一月を経、この魔法動力装置をもある程度扱えるようになっていた。その技能を生かし、この借り物の船に不調が無いか確かめていたのだ。出発即エンスト、とかはまあ勘弁したい。魔法動力がエンストするのかどうかはさておいて。

「おい、朝美、金峰。こいつの使い方を軽く説明しておくぞ」

「ん? アタシとか夕依ちゃんがそれ操作する必要あるのかしら?」

 ぽんぽん、と華月が叩き示すのは件の動力装置。そもそもこれに操作なんて必要なのだろうか。

「いや何、動力補充の方法だ。借りた時点で満タンにしてあったが、何があって途中補充することになるとも限らんからな。幸いこいつは魔法道具で、動力は人力ときた。誰でも補充くらいはできる」

「…分かったわ。教えて」

「うむ。まずここの蓋を開いてだな…」

 …燃料補給口に手を置き、特定の呪文を唱える、と。さくっと説明を受けたが、確かに簡単だ。

「一応注意点としてはだな、補充直後は少し体が怠くなる、くらいか。まあ一時的なものだ、急に倒れたりはせん」

「なるほどねぇ。因みに効率はどのくらいなのかしら?」

「この規模なら、成人男性1人で一隻分満タンにできるな。満タンでの航続時間は大体丸一日だ」

 効率の良いエネルギーもあったものだ。しかも環境に優しい。

「…あ、もーすぐ始まるみたいだよー」

「あら、早いわねぇ」

 今まで開会の挨拶みたいなことをやっていた司会だが、それも終わった様子。双羽は操舵板を前に準備オーケー。夕依や朝美は現状やることも無いのだが、とりあえず外に出る。今まで全員操舵室に居たのだが、流石に4人は狭い。船後方に天幕だけ張った空間があるため、基本運転手以外はここに居ることとなる。少し遅れ、工具を抱えた華月も部屋から出てきた。

「…開始時刻も迫って参りました! 参加者の皆様、こちらで発破音を鳴らしますので、これを合図にスタートしてください! では観客の皆様、一緒にカウントダウンお願いします! いきますよ、…3…2…1…0!」

 ドゥン、と。司会のカウントダウンに合わせ、腹に響く重低音が響き渡る。なるほどこれがピストル空砲代わりというわけだ。

 今まで大人しく列を成していた船舶群が、一気に湖面へと踊り出す。波を割り、我こそは良いコースをとろうと入り江の出口めがけて殺到する船の群。入り江は外海に向けて窄まっており、普段ならばまだしも、これだけの数の船が一度に通れるだけの幅は無い。裏を返せば、とにかくそこまで早々に辿り着くことでその後有利に動ける公算が高いわけだ。よってまずスタートダッシュ争いになるのは毎年毎度のことだそうである。

 なお因みにだが、スタート地点より四半クフヌフ(大体10kmちょっと)までは妨害が禁止されている。

「わ、とと。危ない危ない」

「いやー、壮観ねぇ。あ、また衝突した」

「…うむ、しかしのんびりしたものだな、俺たちも」

 そんな壮絶な競り合いを後方からのんびり眺めているのが、現状双羽たちの立ち位置だ。周囲は同じく出遅れてしまった船舶群。一度取り残されてしまうと、あの地獄絵図に再度突っ込むのは躊躇われる。

 あえて周囲の彼らとこちらとの違いを挙げるならば、その表情に焦りが見えるかどうかだろう。ここで流れに乗れなければ上位入賞は絶望的、つまり賞金獲得も絶望的。よって安くない準備代のみ残る。対して双羽たちはゲィヌシンへ渡航することが目的だ。無事ゴールすれば順位などどうでもいいわけで、自然余裕も生まれるというもの。

「あ、あっち空いたし行くよー」

 焦りで視界の狭まった他船を置き去りに、双羽は入り江の出口の隅を抜ける。焦りの要因を考えるに、皮肉な結果とも言えるだろう。

 結果として最善でなくともそれなりのスタートを切り、双羽の操舵する船は順調に波を切っていた。

「しばらくは休憩だな。聞くところによれば、妨害許可地点越えたところから魔法の雨だそうだ。今の内に休んでおくぞ」

「…なんで、私たちって…静かに船旅できないの…」

「まあ楽しくていいじゃないの。ねぇ」

 んなものを楽しいと受け取れるのなんて、それこそ朝美くらいのものだ。夕依含む通常の人間はそこまで太い感性持ってない。

「…その場所、近づいたら…教えて」

 先のことにげんなりしていたって意味は無いので、さっくり切り替え本でも読むことにする。開会式前に3冊読んだが、まだあと半分。別に読み切らないといけないわけでもないけれど。

 …それほど時間は掛からず、夕依の思考は文章の波間へと沈んでいった。


……


 切っ掛け、それは湖上に一筋延びる赤い線だった。ものすごく違和感を感じる光景だったが、まあ実際水面に直線が浮かんでいたのだからしょうがない。

 どちらかといえば問題は、ここを越えたことで発生した状況。想定外とかではなくて、むしろ予想し身構えていたもの。現在進行形で降り注ぐ、色とりどりの魔法の嵐だ。

「凄いわねぇ。本当に雨じゃない」

「…撃ち過ぎ」

 別にこの船がピンポイントで狙われているわけではなく、周囲の船同士が互いにこれでもかと魔法を飛ばしているのだ。一番多いのは水球や氷塊、次いで炎や雷。流石に岩とかは飛んでない。ここは水の上だ。

「くっくっく、しかし効かんのだな、これが。この程度の魔法では傷ひとつつかん!」

 …で、そんな中独りテンションの高い白衣。また少しウザいが、しかし夕依がこうしてのんびりしていられるのもこいつのおかげだ。今回だけは放置しておいてやろう。

「結界、ってやつよねぇ、これ」

「うむ、その通り。俺の自信作だな」

 なんでも魔法エンジンをチェックした際、少し細工をしたらしい。具体的には華月の文字魔法をエンジンの出力に繋ぎ、速度に応じて防御結界を展開するようにしたのだとか。その分早く燃料切れを起こすが、そこは途中補給でどうにでもなる。

 …一応規定書に改造禁止とかは書いていなかったが、まああんまりよろしい手法じゃないかもしれない。わざわざ他の船が人力で防いでいるか確認する余裕などそう無いため、早々バレもしないとは思うが。

「…これなら、私たち…別に頑張らなくても…」

「残念ながらそうでもないな。ある程度以上強力なやつは減衰だけして抜けてくる。それを撃ち落とすのが俺たちの仕事だ。…と、“防”げ」

 言っているそばから結界を抜けてくる炎塊がひとつ。他の魔法は結界との衝突直後消滅するのだが、ソレは1秒ほど拮抗した後結界の内へと押し入ってきた。直後華月の投げた防符に撃ち落とされたが。

 なるほど確かに威力は減衰しているらしい。それに結界で一時停止するため、対応もそれほど慌てなくて良い。

「それでは俺が後方を見張る。なので残りは金峰が右前方、朝美が左前方を担当してもらいたのだが」

「オーケー、いいわよ。ところで、無防備に横併走してる船があるんだけど。沈めちゃダメかしら?」

「こちらから、手を出すと…目を付けられるから…」

「そうだな。基本は専守防衛ということにするか」

 こちらとしては、無事ゴールできれば順位なんてどーでもいい。わざわざ他を蹴落としに掛かる必要も無いのだ。最低限威嚇のための反撃に留め、防御を優先すべきだろう。

 そのことを念頭に各自持ち場へ別れ、結界を抜けそうな飛び道具の撃墜に専念する。とはいえ、華月の結界に競り勝つような魔法もそうそう来ない。どちらかといえば投擲武器の方が厄介だった。

「また来た…呪術・頭上注意」

 湖面に引き寄せられ、飛来した数本のスローイングナイフは落下軌道を辿る。ただのナイフがあそこまでの威力を持つとは考えづらい。何かしらの魔法によって射出されたのだろう。

「よ、ほ、っと。あら、これなかなか良いじゃないの」

 同じく船に風穴を空けんと飛んできたハンマーは、朝美によってしっかり捕獲されてしまった。後々、何かあれば速度10倍増しで投げ返されることだろう。

「…ぬ、攻撃が減ったな」

「攻撃された相手にだけ反撃してるからねぇ。学習したんじゃないの?」

「楽になるのは…まあ、良いことよね」

「うむ。まあ、それだけではないがな」

 動力装置直結で動作しているため、結界が働くと速度は落ちる。と、いうことらしい。というか、そんな直接的なところイジって本当に大丈夫なのだろうか。

「さて、今のうちにとばそうか。…頼むぞ、双羽!」

「はいはーい。なんかあんまり活躍してないし、代わりに運転は任せてねー」

「そーよ、アタシたちがやってる分しっかり頑張りなさいよ!」

 正直、この4人の中で今回最も働いているのは双羽に違いないと思うのだがどうだろう。そもそも運転手がいなけりゃレースへの参加自体できてないわけで。

「……」

 まあ、んなこといちいち口に出す夕依ではない。

 全体的に平常運転の一行を乗せ、船は次の難関へと突き進んで行くのだった。


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