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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・伍章 湖上難路・ふねの いくさは すきですか
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第肆拾話 裏進側話・そして そのころ いっぽうで

「あーぁ、全くヘマぁしでかしたぁもんだぁな」

 無機質かつ平面な壁に背を預け、一人の青年が呟いた。金髪碧眼、という条件さえクリアすれば、どこにでも居そうな男。つまるとこ標準的西洋人である。出で立ちこそ旅装束だが、どっちかといえば緩いTシャツなん羽織ってる姿が目に浮かぶところ。少し鼻が低いといえば低いかもしれない。

「しぃかし…どぉこ連れてくつもりぃなんだぁ?」

 そんな彼を決定的に特徴づけるのは、その喋り方だろう。無駄に間延びした口調。彼曰く、キャラ付けとかではなくて単なる生まれつきのものらしい。余談だが、人の話し言葉とは生まれ育った環境により育まれるものである。

 …先から彼独り誰へともなく口を開いているわけだが、実はこの空間に存在する人間はもうちょっと多い。具体的には、12、3人。そんな人数が、広さにして15畳ほどの空間に散らばっていた。どの方向を向こうと、見えるのは無機質な灰色の壁。出口らしきものも無く、周囲の状況すら分からぬ、ここは牢屋なのだ。彼らはこの立方体の入れ物に、かれこれ数時間は閉じこめられていた。

 はじめこそぎゃぁぎゃぁ騒いでいた者も居たが、すぐ大人しくなっている。別に情報交換したわけでもないのだが、間延びした彼は大凡の状況を読みとっていた。ここにいるのは、全て捕らえられた来訪者。彼もエサンの町で捕まった後、別の町へと護送された上でここに放り込まれた。他の者も大体同様だろう。ならばこの箱、恐らく向かうはゲィヌシン、ベンフィード公国の首都だ。なんせ彼ら来訪者に懸賞金を掛けたのは、他ならぬその国なのだから。

「…勝ぁ手なもんだぁな。いぃきなり呼ぉび出しといてぇよ」

 それでいて、捕まれば今見るような犯罪者扱い。理不尽この上無い。

 が、まあ彼としては、苦痛でしかなかったあの旅の終着が見えたことを喜んですらいた。先へ進もうにも路銀が無く、そもそも旅の知識なんてものも無い。そんなある意味絶望的とも言える状況で、ベンフィード公国を目指すことのできる人間が一体どれだけいるというのだろう。大抵は彼と同じく、その日を生きることに全力を傾け続ける日々を送っていたはずだ。そうでないのは、余程の幸運に恵まれた、もしくは余程の地力を備えた人間。そのどちらかだろう。

 とにもかくにも、青年は一種清々しい諦めでもってここにいた。絶望、でもない。そんなものとっくに通り越した。ある意味やっと訪れた転機を、それが下降か上昇であるかに関わらず、彼は歓迎したのである。

 つまるところ、青年に逃走するつもりなんぞこれっぽっちも無かったのだ。彼はただ、すぐ右横の床が割れ空いた穴、その中にいた女の子が落下するのを阻止しようとしただけ。なんで急に床がねじ曲がって割れたのかとか、なんでさっきまでここには居なかった蒼髪の女の子がそんな場所にいるのかとか、そういった疑問も持ってはいなかった。行動そのものは、単なる脊髄反射に近いものだったのだろう。

 とにかく彼は落ち行くその手を掴み、しかし予想外の落下速度に引き摺られ、そして気がつけば空の上にいた。周囲はいっさいが青く、足の方向には黒い箱。自身が逆さであることに数瞬遅れて気付き、ああ、あの箱は空を飛んでいたのか、と納得。そんな場違いの感想を引き連れ、彼と蒼髪の少女は落ちてゆく。

 こうして間延びした彼は、見事脱獄を果たしたのであった。ニテイフキが争乱に包まれる、僅か数日前の話である。


……


 先日終了した任務の報告をしたその場で次の任務を言い渡され、彼はバテていた。この上げて落とすはなかなか精神にクるものがある。人手不足なのは知っているが、だからって休みが実質0日なのはどうかと思うわけで。

「非道いと思わね? 一応俺らって国直属の精鋭じゃんか。それがこんなこき使われてる、ってのはどーも」

「その分役に立てているのだから喜ばしいことだろう」

「…あー、てめぇはそー言うと思ったよ。このクソ真面目野郎が」

「私は野郎ではなく一応女性なのだが」

「るっせい」

 同じく任務満了で帰還していた同僚に、こうして食堂で愚痴っているわけだ。しかし聞き手の女性は顔色ひとつ変えず、鶏肉の丼をかき込む手も一切減速しない。まあ返答はあるので、聞いていないわけではないらしいが。

 こんな無表情かつ返る言葉も棒読みな人間、聞き役として適任とはとても思えない。しかしもって、彼女ぐらいしか相手がいないのだからしょうがないのだ。…一応念のため補足しておくが、それは彼、アディルの交友関係が狭いとかそういうわけでは決してない。交友関係などこれっぽちも関係なく相手がいない理由は、ひとつ。同僚やら友人やらは皆忙しいのだ。今だってだだっ広い食堂に、彼ら以外は人影もせいぜい5、6人。昼飯時でこれなのだから、国営食堂でなければとっくに潰れているだろう。

「ところでよ、アリア。面白い噂聞いたんだが」

「何だそれは私に関係の有ることか」

 ずずっと塩辛いスープを飲み干し、アディルは本題を切り出してみることにした。彼女を昼食に誘った目的は愚痴を聞いてもらうこと半分、残りの半分はこの噂の真偽を確かめること。

「お前さんがガチンコでやり合って、んでもって負けた、とかいう根も葉も無い噂聞いたんだが。本当なのか?」

「事実だ」

「…サシで、やったのか?」

「いや2対1だった」

 先ほどまでと同様の調子での短い返答。しかし、アディルはそれにすぐ二の句を接げなかった。彼女の強さは良く知っている。1対1で正面からやり合って勝てる相手なぞまあいない。仮に敵対するとして、せめて味方が4か5は欲しいところ。

「それにしたって、だ。まさかとは思うが、また魔法使うの忘れてたとかじゃねーだろうな」

「はじめ1対1の時はそうだったが2対1になってからは使った」

「剣のお前とサシでやり合えるとか十分バケモンだよ。…罠にハメられた、とかいうわけでもない?」

「どちらかと言えばハメたのはこちらだが意味は無かったな」

「うお、えげつねぇ。来訪者、なんだろ? そいつら」

「そうだ」

 なかなかに規格外な相手だったようだ。確かに来訪者は特別な魔法を持ち、高い戦闘能力を持つ。が通常、戦闘経験に関してはほぼ素人同然であることがほとんどなのだ。そんな中に紛れ込んだ、アリアとやり合えるような逸材。魔法の性能のみでアリアを押さえることなど不可能だろう。つまり。

「…相当強いんだろうなぁ。やり合ってみてぇ」

 仮にも戦闘能力でここまでのし上がった身だ。いつか戦ってみたい。

「それは無理だろうな既に私に勝利し合格したのだ」

「だよなー」

 来訪者に対して直接手を出すのは、1回のみ。その法則に従えば、既にアリアを下したその来訪者とアディルとが相まみえることはまあ無いだろう。

「…私も機会さえあればまた手合わせ願いたいな」

「お前さんがそんなこと言うなんざ、珍しいじゃないの」

「それだけ強かったということだ」

 聞けば聞くほどその人物に出会えなかったことが悔やまれるが、まあ過ぎたこと言っててもしょうがない。それに今度彼に下された任務は、アリアが以前行っていたものと同様の“ふるい落とし”だ。場所こそ違えど、こちらにだってそんな逸材が引っかかるかもしれない。そう気分を切り替え、アディルはまだ見ぬ強敵を思い浮かべるのであった。

 カーテナウィウキ島最大の都市・メウェノンへと彼が赴任するのは、これより更に20日ほど後のことである。


……


 ニテイフキの復興は、当初誰が予想したよりも早い速度で成し遂げられつつあった。旅人の助力が想像以上だったことに加え、人的被害がほぼ無かったことも幸いした。残念ながら歴史的建造物としての価値は失われてしまったが、その程度無くなったからとて寂れるほどこの街の地力は弱くない。

 8日ほどで建物代わりのテントが立ち並び、街としての機能は復活。15日も経った頃には主要な建造物が建て直されていたというのだから驚きだ。このあたり魔法のある世界ならではと言える。そして20日をいくらか過ぎた頃、街は復興気分から通常営業へと空気を入れ替え始めた。ここまで何度も街の人間と旅人との衝突は起きたが、旅人側が全く一枚岩ではないのが逆に幸いした。勢力対勢力、という構図にはならなかったのだ。

 後、街は利便性を求めて湖岸方面へと拡張される。考えてもみれば、今までのようにわざわざ長い距離移動して漁に行くこともない。せっかく造り直すのならばもっとそういった面の利便性を考えてみよう、と。

 これにより長らく使われていなかった街道が脚光を浴びたり、そこに住み着いていた凶悪な肉食緑長虫が問題になったり、その影響で腕のたつ傭兵団が幾度と結成されたことによって街が潤ったり、と様々な出来事があったのだが、今のところこれらは話に関係しない。双羽たちは、30日を過ぎたあたりで準備を整え、既に街を発っていたのである。

 目指すは一路、カーテナウィウキ島からゲィヌシンへの直通航路入り口となる都市・メウェノン。彼らがそこに辿り着くのは、ニテイフキを出てから更に10と少し日を進めた頃であった。

 誰だお前×2。そのうち絡んできます、きっと。

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