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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・壱章 先立旅発・なには ともあれ たびだちを
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第参話 何故召還・ことの あらまし

 遙か深い暗闇から、意識が立ち上ってくる。何か夢を見ていた気がするが、いまいち思い出せない。

 薄く目を開ける。瞬間、目を射た光によって視界が真っ白に染まった。思わず目を瞑ったあたりで、何故自分がこんな風に微睡まどろんでいるのかを朧気おぼろげと思い出す。

 確か自分は、路銀を稼ごうと“来訪者”を待ち伏せしていたはずだ。で、うまく遭遇できた。そこで攻撃を仕掛けたは良かったが、何故か相手はこちらに突っ込んできた。止めようとしたがどうしてか相手は止まらず、やむなく正面衝突。それでもって意識がフェードアウトして…

 そこまで考えて、急激に目が覚めた。攻撃を仕掛けた相手が付近にいる、そんな状況で意識を失っていたのである。ボーっとしている場合ではない、と慌てて体を起したその先に、一瞬驚きの表情を浮かべた顔面が見えた。

「ぷぎゃっ!?」

「…! …い、痛い…」

 ごん、と鈍い音。自分をのぞき込んでいた何者かと正面から激突したのだ。勢い余って相手は草むらの向こうへ転がっていった。こちらもジンジンする額を押さえてうずくまる羽目となる。なんとも今日はよくぶつかる日だ。

「…じゃなくて、あいつはどこ…?」

 こちらから攻撃を仕掛けた来訪者が、近くにいるはず。しかし、周囲にそれらしい姿は無い。…と、いうことは。

「いたた…そんな急に立ち上がるなんてさ…」

 今さっき転がっていった人物がそうに違いない。敵意とかそういったものは微塵も感じられなかったが、とりあえず戦闘体勢をとる。のそのそと起きあがった相手は、そんなこちらを見て目を丸くした。一体何を驚いているのだろう。

「えーと…ご、ごめんなさい?」

「…は?」

 なにゆえ、ここで“ごめんなさい”なのか。一瞬こちらを油断させる手かとも思ったが、それならもっとやり方があるだろう。それに、今相対するこの幼い人物にそういった雰囲気は無い。そもそもこちらより先に起きていたのだから、その気なら拘束するなり何なりしているだろう。

「…ごめんなさい、って、なんで?」

「え、だって君さ、なんか怒ってるじゃんか。だからさ、さっきぶつかったのを怒ってるのかなって、だから…」

「…別に、怒ってはないけど…」

 そもそも、こちらに気づいたゆえの突撃だと思っていたのだ。しかしどうやらそうではなかったらしい。つまりあれは完全に事故だった、と。

「えと、ぶつかったの、わざとじゃないんだよ? なんかでっかい蟻がいっぱい襲ってきてさ、それで木に向かって逃げようとしたらちょうど君がいて、それで避けようとしたけどなんか動けなくて、それでぶつかっちゃったんだ」

 …実に不必要な奇跡ミラクルだ。

「えーと、それでさ、ちょっと気になったんだけど。君なんでこんなとこにいたの?」

「…それは…」

 まさか来訪者を待ち伏せていたとは、さすがに言えない。どうも気づいていないようだが、こちらも来訪者であることがバレれば攻撃してくる可能性だってある。

「…実は僕さ、ここがどことか全然知らないんだ」

「え?」

「こんなこと言って信じてもらえるか分かんないんだけど、昨日まで僕全然別のとこにいたんだよ。それが今日起きたらこの草原のど真ん中でさ。もう何がなんだか。…で、もし良かったら、ここがどこかとか教えてくれると嬉しいなー、なんて…」

「…それは、別にいいけど…」

「え、ホント!? やった、ありがとー!」

「……」

 にわかには、信じられない話なのだ。普通の来訪者がこの世界について知らないなんて。それは本来、あり得ない話なのだから。

 しかしこの少年が嘘をついているようには見えないし、つく必要も無い。ならば"本来の意味での"来訪者かとも思ったが、それもおかしい。呪文を必要としない魔法、当たり前のように通じる言葉。これらはどちらも来訪者の証なのである。

「えーっと、僕、把臥之 双羽、っていうんだ。君の名前は…」

 …まあとりあえず、彼は敵ではなさそうだ。こちらから仕掛けておいて調子のいい話ではあるが。今のところ、それだけ分かれば十分だろう。ひとまず、考えるのは後回し。

「…私は金峰かなみね 夕依ゆいよ。よろしく」

 名乗られれば、名乗り返すのが礼儀というものだ。

「じゃあ…カナちゃん、だね!」

「……」

 名乗って3秒。さっそく、この少年の変人ぶりに軽い頭痛を覚える夕依であった。


……


「…まず、ここがどこか、という話から…するわね」

 今しがた知り合ったばかりの少女が、説明を始める。

 …この夕依という人物の特徴。なんと言っても、少々サイズの大き過ぎるフード付き黒マントだろう。今の日本じゃ見かけることなんぞまず無いであろうそんな服、少なくとも女の子に似合うものではない。

 フードさえ被っていなければ、問題無く美少女の部類に入るだろうに。

「…ここは、地球じゃないの。…と言ったら、信じる?」

「信じない、って言ってたら話進まないんでしょ?」

「…そうだけど。順応早いわね…」

 ある程度順応性がなければ、こんなとこにほっぽり出された時点でどうにかなっている。

「ついさっき虎さんに食べられかけたところだからね。もう大抵のことじゃ驚かないよー」

「それは…良かっ、た…? …ええと、とりあえず…把臥之くんが知らなさそうなこと、まとめて話すけど…いい?」

「途中に質問挟むの有りで?」

「別に、構わないけど…」

「それじゃ、お願いします先生!」

「せ、先生…」

 初めは素っ気ない人だと思っていたが、どうも違うらしい。単に無口なだけなのか。軽口にいちいち反応するあたり、ちょっと楽しい。

「…話、進めるわよ」

「はーい」

 さて、これで問題が解決するといいのだが。


……


「つまりここは異世界で僕は選ばれて召喚されたけどそこは魑魅魍魎のサバイバルやっほい、ってことで大体あってる?」

「…間違ったことは、言ってないけど…」

 まあ、一言でまとめるとつまりそういうことだった。

 …とはいえ、これだけではなんのこっちゃだろう。具体的には、こうだ。

 まず、ここは異世界。東京とか大阪とか日本とか、もしくは地球とかともさっぱり違う別の世界。もしかしたら宇宙のどこかそのあたりかもしれないし、それ以前の全然違うところかもしれない。剣と魔法の支配する、絶賛中世ファンタジー空間。とりあえず、そんな場所。

 …で、なにゆえ双羽がそんなところに来たのかといえば、ズバリそれは“呼ばれた”から。俗に言うところの召喚というやつだ。ちなみに、こうして呼ばれた者のことを一般には“来訪者”と呼ぶらしい。

 その召喚をやらかした犯人は、ひとつの国。“ベンフィード公国”という歴史ある小国なのだが、とある理由のため影響力と軍事力は高い。この国が、双羽だけでない、実に数千人もの青少年をこの世界へと呼び寄せたのだ。一度に全て、ではない。おおよそ2年以上かけて、順次この世界へと引き入れた。

 そして、それら呼び出した来訪者に、ひとつ“魔法”を与えるのだ。通常この世界で使用される魔法は“呪文の詠唱”を必要とする。しかし、このとき与えられた魔法はその必要も無く、また非常に高性能だ。

 何故、わざわざこのようなことをするのか。はっきりとは分からないのだが、どうやらこの国、強い者が欲しいらしい。召喚した若者に“ベンフィード公国まで辿り着ければ元の世界へ帰す”と言いつつ、彼らに対する懸賞金を掛けているのだ。選別、なのだろう。ご丁寧に、来訪者の血と混ぜれば発光する判別用の薬品まで準備している。

「へー、そーなんだー」

「…ほんとに、知らなかったのね…」

 …これら全て、本来ならば召喚した際に伝えられること、らしい。気がつけばこの世界にいて、そしていつの間にか上記の知識を得ている。これが、普通の来訪者がこの世界に降りたった直後の状況だ。これだって混乱することに変わりないだろうが、双羽の場合はそんな説明すら無し。“箒”の魔法も偶然発動したから良かったものの、そうでなければ何も分からないまま食物連鎖に組み込まれて終了だった。これは、明らかなるイレギュラーである。

「…とりあえず、僕はそのベンフィード公国ってとこ目指せばいいんだよね?」

「そうよ。…ただ、他の来訪者には…気を付けないといけないの」

 同じ目的地へ向かっているのだから、かち合う可能性は決して低くない。とはいえ同じ境遇の者同士、協力すれば問題無さそうなもの。ただ、ここで問題なのが、着の身着のままこの世界に連れてこられた来訪者の“懐具合”なのだ。無論、旅をするには金がいる。よって、協力するよりもひっとらえて引き渡し、その高い懸賞金を路銀に充てようとする来訪者が多いのだ。この要因ゆえ、今この世界は来訪者同士のサバイバルゲームと化しているのである。

 …ちなみに余談ではあるのだが、この説明をしてくれた夕依も来訪者なのだとか。道理で詳しいはずである。

「…大体、このくらいよ。…他に、聞きたいことある?」

「うーん、無いことはないけど…ま、今聞いたってしょうがないことばっかりだもんね」

「…?」

 そもそもなんで言葉通じるのかとか、なんか太陽ふたつあるっぽいんだけどそれについてとか、まあ他にも聞きたいことは色々ある。あるのだが、まあ今のところ自分の境遇が分かったあたりで良しとしよう。

 この世界で初めて遭遇した人物が親切な人だったことに、感謝感謝。

 …とまあ、双羽は夕依が自分と遭遇したそもそもの理由を知らないわけだが。世には知らない方がいいことだってたくさんある。

「それで…把臥之くんは、これからどうするの?」

「んー、できればカナちゃんについていきたいんだけど…」

「…その、カナちゃん、って…」

「かなみねちゃん、略してカナちゃん、だよー」

 初対面の人にはまずニックネーム。呼びかけやすさはそのまま親しさに繋がる。双羽流仲良し術の基本だ。

「…まあ、いいけど…」

「…えーと、どっちが?」

「…どちらも。ついてくるのは、構わない。その呼び方も…まあ、別に気にしないから」

「ありがとー」

 いくら自分の境遇が理解できたといって、それでいきなり自活しろ、はあまりにも厳しい。

 とりあえず、少なくとも双羽よりははるかに旅慣れてそうな夕依と行動を共にする。これが今現在の最良選択肢だろう。

「で、これからどっちに行くのー?」

「今の時間なら…もう、ここで野宿した方がいいわね…」

「あれ、もうそんな時間? まだ明るいのに」

 確かに片方の太陽は地平に近いが、もう片方は斜め上30度くらいだ。…というか、太陽ふたつのこの状況で暗くなることなどあるのだろうか。

「…時期によって違うけど…今は、あの上の太陽が速いのよ。あのくらいなら…ほぼ、同時に沈むはず」

 なるらしい。時期によって太陽の速度が違うというのも中々に面白い話だ。

「…私は、ここで、テント張るから。把臥之くんは…薪。集めてきて」

「薪、って、どこから?」

 わりかし見渡す限りの草原である。初めに逃げ込んだ森も遙か遠い。

「木の枝みたいな草が、あちこちに生えてるの。…飛べるでしょ。上から探せば、見つけやすいはず…」

「へぇー」

 変わった草もあったものだ。

 が、まあなんと言ったってここは異世界。何があっても驚くに値しない。木の枝っぽい雑草のひとつやふたつ、どんと来いだ。

「んじゃ、行ってくるねー」

「…暗くなる前に、戻ってこないと…迷うから」

「りょーかい!」

 元気よく返事一発、箒を構え、空へと舞い上がる。夕依のいる木を中心として、円を描くように探す方向で。

 …ここへ来て初めての、明確な目的を持った飛行である。内心の高揚感を糧に、双羽は箒を加速させた。



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