第卅陸話 黒球多手・けしょうの ひとつ
ふと気づけば、魔土偶の襲撃が止んでいた。よく見れば、町の中心部から一定範囲内の建物はあまり損傷していない。このあたりではあまり活動していなかったのか、それとも全体の数自体減ってきているのか。
「ふっといなくなったわねぇ。アタシに恐れをなして逃げ出したのかしら」
…半分正解だから質が悪い。貴斗がこれ以上の手駒の損傷を避けて退避させたのだ。どのみち魔土偶発見→即殺では情報収集すらできない。
「さーて、なんにも考えずにこっち来たけど。正解だったのかしらねぇ」
見上げた先には、近づき更に巨大さを感じる時計台。その先端部分に先程まで見えていた尖塔は無く、巨大な黒球がでんと鎮座している。どこかぼんやりとした輪郭を持つソレは、現在“何か”が進行していることを示していた。
見れば危険な香りのぷんぷんする黒球、常(識)人ならばまず近づこうとしない。人という種にもわずか残る生存本能が警鐘を鳴らすのだ。近づいてはダメ、と無意識下で理解できるだろう。
「面白そうじゃないの。双羽と合流してからこっち、あんまり喧嘩してなかったのよねぇ」
んでもって、非常識人がここにひとり。もう既に当初の目的、“宿に戻る”なんて記憶の彼方だ。笑みを浮かべ、進路は時計台へと一直線、全力疾走を開始する。住民はひとりもおらず、閑散とした町中。お世辞にも見通しが良いとは言えない路地を走り抜けたところで、文句が飛ぶことも無い。
「いやぁ、快適快適、っと。見事に人っ子一人いないわねぇ。走りやすくて結構だけど」
そりゃそうだ。こんな不穏な状況、不穏な空気で命惜しけりゃ誰だって逃げる。理由も無くやってくるのは大抵バカの類だ。誰とは言わない。
…道端の木箱を最小限のステップで華麗に回避。次いで住人が逃げ出す際に蹴倒したのであろう、横倒しの棚を飛び越える。細かく曲りくねった路地は、壁すら足場として利用することで手早く踏破。たんっ、という軽い音と共に広場へ飛び出た朝美を、3つの巨影が待ち受けていた。
「よーしストップ。止まれ、そこで止まれ、って言ってんだから止まれやコラ!」
ん、と呼びかける声に顔を上げつつ動きは止めず。こちとら、気配も無く立ち塞がった土人形の排除に忙しいのだ。まだあと1体残っている、のんびり返答している暇は無い。
「だぁぁ、撤退だ撤退、下がれ!」
続けて聞こえる声。それに合わせて残った巨大猿が後方へと急速撤退する。胴体をぶち抜こうと振り抜いたハイキックは見事に空振った。
「ったく、何なんだよテメェは…!」
「朝美よ」
「名前聞いてんじゃねぇ」
聞かれたから応えただけだというのに。失礼なヤツである。何か崩れかけた民家を足場にこちらを見下ろす、その角度も気にくわない。
「あ、そう。で、アンタは?」
「…タカト、ってんだが。テメェがさっきからぶっ壊してる人形の主だ」
「あら、ごめんねぇ。邪魔だったのよ」
「邪魔、で貴重な手下べしべし潰されてたまるかっての」
「や、ホントごめんねぇ。でも大体自己防衛なんだけど」
「テメェがわざわざ人形の多い方に突っ込んでくるから悪いんだろが。一応、街の中心には近づくなって警告のつもりだったんだぜ」
「じゃあそう言いなさいよ」
何かこう、“言わなくても伝わるに違いない”とかいう態度で他の知識をなじる行為を朝美は好かない。よほど気の合う相手同士でなければ、以心伝心なんぞ空想の産物。それでも音を発せず考えを汲み取るのは超能力者のお仕事だろう。
「…いつ言えと。テメェと会ったの初めてなんだがな」
が、まあこの場に限って相手の言うことのが正論ではある。音声じゃ情報伝達できない状況だって多々あるのだから。
「で、まあそんなことはぶっちゃけどうでもいいんだけど、」
「どうでもいいのかよ」
「アタシは何となくそこの黒いのに興味があって来たのよねぇ。ちょっと触らしてくれないかしら」
「無理言うなっつの。むしろテメェがそう言ったバカみてーなことやらかさんようにここで張って…」
「じゃ、無理矢理通るしかないわねぇ」
「おいこら、待てっ!」
急に周囲から湧き出してきた土人形の隙間をするりと潜り抜ける。こんな動きのとろくさいのいくら居たとて意味をなさない、が、流石に壁そのものみたいなのに立ち塞がられると面倒だ。
「だーから、待てっつったら待て…」
「邪魔、よ。っせい!」
走る勢いそのまま、右腕を思いきり振り抜く。いつも通りの斬撃一発では防がれただろう。しかしこれは、ちょいとばかり質が違う。
「ん、な、バカな…」
体の動きによって指向性を与えられた斬撃は、不可視の大刃の如く。砕くのではなく、斬る。二つになって倒れ伏す壁人形の向こう、数件の民家がいくつか縦に裂けていた。も少し向こうの時計台にも縦に溝。ちょっと威力が強過ぎただろうか。
「さて、んじゃあアタシは行」
「んだあっ! 何やってくれてんだテメェっ!!」
…何だろう。まさかあの壁人形、とても大事な品だったのだろうか。いや、仮にそうだとしても、そんなもの前に出してきた方が悪いではないか。
「何よ、アンタが出してくるから悪いんじゃない」
「何の話してるか知らねぇが、余計なことしてくれやがって、くそ!」
ぐ、っと上方のある一点を睨みつける黒衣の男。今更気づいたが、こいつの着ているマントは夕依の着ているのと同じモノではないだろうか。いや全く、どうでもいいが。
…貴斗へと視線を向けていた朝美の耳に、何かを引きずるかのような音が聞こえた。ズズズ、と、土地に響くそれは確実に近づいており…
「ん?」
振り返った朝美の視界いっぱいに広がる、黒い壁。いや、これは巨大な手、か。
そんなことを考える少しの間に、ずん、と手は地面に叩きつけられた。
……
「なんでわざわざ、こう面倒な方向に物事を持ってくかね。嫌がらせかよ、全く」
先より一際大きくなった黒球から伸びる、巨大な、長い腕。“魔法”を吸収することで目覚めたソレは、もうしばらく放っておけば、この辺り一帯を破壊し尽くす。それ以外に目的を持たない存在だ。魔法と名の付くものを大概吸収してしまうあの性質もある。そう簡単には止まらないだろう。
「…自業自得、だろ。だーから私は止めたんだよ」
伸びる腕の下、そこで潰れているであろう人物を思い浮かべる。結局、何がしたかったのかは分からずじまい。
実力は相当なモノだったのだろう。あの場面で、“塗り壁”を突き破って時計台まで貫通するような魔法ぶっ放すとは。まあおかげさまで、そこから魔法吸収したアレが目覚めたわけだが。メンドクサい。
「くっそ、アレとガチでやる予定は無かったんだが。しゃあない、まともに動き始める前に叩いて…ん?」
よしやるか、と気合いを入れたあたりで、違和感。何だろう、黒い手がなんだかプルプルと震えているような気がする。そういえば、何故あの手はずっと伸ばされたままなのだろうか。あと、手と地面の間から何か蒼白い光がちらほら漏れているような…
「っ、だあぁぁっ!!!」
「おぅっ!?」
瞬間、爆発。蒼白の光柱が立ち上り、次いで吹き荒れる衝撃波。反射的に出現させた“塗り壁”が軽くへこむ。その視界を借りて見るに、黒い腕は手首から先が吹き飛んだようだ。元々手で押さえられていた部分の地面には、小規模なクレーターが刻まれている。どう見たって、その中心に立つ人物こそこの大破壊の元凶だろう。
「ふぅ。流石に今のは死ぬかと思ったわねぇ」
しかし実感の伴わないセリフだ。口調が軽い。
「…テメェ、良く生きてやがったな」
「んなとこじゃ死ねないわよ。にしてもアレ、何?」
「どこかの誰かさんが魔法ぶち込んだせいで目ぇ覚めたバケモンだ」
「そりゃ大変ねぇ。止めるの手伝った方が良いかしら?」
「当たり前だっ! 大体テメェが余計なことしたせいだろがっ!」
ひとしきり怒鳴って、しかしそこで息を吐く。そもそも単独ではつらいと思っていたところだ。彼女…アサミ、といったか。どう見たって近接戦闘型の魔法の使い手。というか明らかに来訪者だろう。その点については彼だって同じ穴の狢、なんで何も言わないけれども。比較的支援型の気の強い貴斗にとって、嬉しい戦力であるは確かだ。
「手短に言うぞ。良く聞け」
「何かしら?」
乗っていた民家の屋根を飛び降り、アサミの横へと並び立つ。ちらと見るに、黒球はアサミを警戒してか今すぐ手を出してくる様子を見せない。丁度良い。
「知ってると思うが、あいつに直接魔法は効かねぇ」
「おかげでさっきは苦労したわよ」
「あと弱点は目玉だ。倒すのは無理なんだが、そこ集中して殴れば大人しくなる」
「大きい弱点ねぇ」
いつの間にやら、黒球に開いた巨大な目玉がこちらを見据えていた。腕も増量して、計8本。まあこちらに関しては確かいくらでも増えるので、気にしていたってしょうがない。
「あとは…そうだな。まあさっきの様子を見るに、ダメージ与える方法は分かってると思うが…」
「直接当てずに使えばいいんでしょ? ま、そこは大丈夫じゃないかしらねぇ。それより、来るわよ」
視線を向ければ、巨大な黒腕4本がグググと引き絞られている。次の瞬間、攻城弓の如く地に突き立つ四撃。貴斗は大きいステップで横に回避したが、アサミはと見れば既に腕の上。丁度良い道とばかりにそのまま疾走してゆく。
そこへ向け、残りの腕四本から無数の腕が生え、襲いかかった。流石の彼女もブレーキをかける。が。
「そっちは任せろ! …16連爆撃・誘爆柱!!」
周囲の地面よりせり上がる土柱。計16本のそれらは接地面より火を噴き、空を舞う。複雑な軌道を描きつつ次々と黒い腕に命中したそれらは、炸裂し、前方へと道を空ける。
ほぼ同時してアサミの乗る腕が動くが、遅い。既に彼女は時計台へと到達している。そこへ折り返すようにして多数の腕が迫るが…
「あーまいっ!」
片腕で時計台の端に掴まったまま、アサミは右腕を大きく振るう。迸った斬撃は腕の集団に当たる寸前で炸裂、ほぼ全てを切り裂いた。残った数本も直接蹴り飛ばされたようだ。
これら攻防の間に、こちらも手の出る位置にまで接近することができた。近づいてみれば、黒球のサイズがよく分かる。直径にして10メートル、部屋のひとつやふたつ簡単に収まりそうな大きさだ。
「出ろ、大石柱!」
右手の地面より出現させた巨大な土柱を、黒球の少し下めがけ高速で伸ばす。こちらの意図を察したアサミは隣の民家を経由し、その先端へと身軽に飛び移った。そのまま黒球本体へと急速接近。
「まーず、一発!」
その右足に斬撃を纏い、柱の勢いをも利用した強烈な跳び蹴り一発。かなり効いたようだが、まだ動く。
「これ使え! …爆裂武装・片斧直槍!」
「おお、こりゃ良いわねぇ」
放って寄越した物は、武器。どんなのが良いかとかは知らないが、とりあえず長いのにしてみた。形状に関しては読んで字の如し、だ。
同時に、後方から迫る残りの腕を全て迎撃。守りの一手なら得意とするところ。
「んじゃあそっちはお任せして。っせい!」
狭い足場の上で、器用に長柄を振り回すアサミ。見た感じ、相当使い慣れている。元々長刀でもやっていたのだろうか。
相手もかなりのペースで新しい手を出現させているが、それら全て動き出すより先に刻まれてゆく。自身の魔法も併用しているらしい。それでいて、弱点への攻撃も忘れない。何度も切りつけられ、黒球の動きが鈍くなってきた。そろそろ、か。
「おい、その槍弱点に突き刺せ!」
「あいあい、よいしょっ!」
勢いつけて、手に持つ得物を深々と突き刺さす。なんか貫通してないかとかちょっと心配になる深さだが、まあ良い。
「食らえ…!」
キン、という高い振動音。直後黒球の形が歪み、次いで炸裂。先の大爆発に勝るとも劣らない爆風が周囲の空間を包む。周辺の建物も数件被害を受けたのだろう、立ち上る濃い土煙。
…やがて視界が元通りになったとき。あれほどの禍々しさを放っていた黒球は、影も残さず消えていたのであった。
朝美が混じると緊張感が消えるの法則。対アリア戦以来のマトモな戦闘シーンだったハズなのに…
あと後半、朝美の表記が"アサミ"になってるのは仕様です。