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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・肆章 遺都大戦・たたかいと そして たたかいと
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第卅伍話 幻戦心闘・みえぬ てきと こころと

 闇の中。その奥はさっぱり見通せないが、不思議と恐怖は感じない。暗闇と、安心感。ここ数年感じた覚えの無い組み合わせだ。違和感は、無い。代わりに、懐かしさ。過去に慣れ親しんだ、この感覚。

「…で、ここどこさ」

 軽く頭を抱えつつ、双羽は独り呟いた。どこをどう見渡してみても何も見えず、周囲より得られる情報はそう多くない。しっかりと立っている感触があるのに、地面らしきものが確認できないこと。光の気配すら無く自らの手を確認できること。そのあたりから魔法がらみの何がしかだと判断を下して、状況の分析をひとまず終える。

 現在から得られる情報が無いならば、時系列を遡って得る。双羽は目を閉じ、この状況に至るまでに一体何があったのかを思い起こしてみた。…結果、失敗。どうも夕依と共に魔土偶を潰してまわっていたあたりから先の記憶が、ぼんやりと霞掛かっている。これも魔法か。だとすればお手上げだ。

「こんなことになってるってことは、まあ何かあったんだろうけどさ…うーん、さっぱり思い出せないや」

 気が付いたのはつい先ほど。それまでも何か体を動かしているような感覚はあった。何かと戦っているような、そんな緊張感を伴う動き。しかし残念ながら、こんな真っ暗な場所でわざわざ戦う相手なんぞさっぱり思い当たらない。

 洗いざらいの情報解析を試みたが、流石にこれはどうにもならないか。はあ、とため息ひとつ軽く俯く。…そこで、違和感に気づいた。

「…ジーンズ…に、Tシャツ…?」

 夕依や華月から聞いたところによると、“来訪者”はこちらへ召還されたときに服装を最適化される。つまり、こちらの世界に於いて違和感の無い程度の軽い旅装を自動で纏わされるのだ。これは双羽も例外でない。他の旅仲間は、黒いマントやら、どこで手に入れたのか白衣やらと思い思いの服装をしているが、そのようにわざわざ新規に別の服を用意する気も起きなかった。着替えにしても、似たようなものを1着購入しただけ。そのため彼の姿は、現在も召還時と同様の軽い上着に同じく軽いズボンという服装…の、はずだった。

 少なくとも、この世界では浮きまくるであろう現代ファッションなんぞはしていなかっただろう。

「寝ぼけて着替える…にしたって、そもそも今こんな服持ってないしね。…ってことは…この現象が、魔法がらみだとすれば…これは僕の記憶、ってとこかな」

 召還される直前の服装も、確かこれとは違った気がする。こういった服を好んで着用していたのは、もっと昔、そう…まだ、暗闇が怖くなかった頃の…

「…え!?」

 す、っと、周囲が加速する感覚。思考の海から無理矢理引き出され、瞬きした彼の目の前に、ソレは現れた。黒く鈍く光り、かつ見た目にも重量を感じさせる。人の創り出した、死神。

 自分へと向けられた、“銃口”。そして躊躇い無く引かれる引き金。それらを視認するや否や、双羽の顔のすぐ横を衝撃が走る。外れたのではない。とっさに体を捻り、外した。

「えーと…え、っと?」

 ここまで、秒数にしてコンマの世界。気がつけば銃は消え、暗闇の空間は静けさを取り戻している。

 …いや、違う。今なら分かる、複数の気配が闇の向こうからこちらを伺っていた。現状こちらから手を出すことはできないが…

「待ち、かな」

 相手も、目的も分からず、なおかつ殺意すら感じられないような気がする。そんな相手にこちらからわざわざ働き掛けることは無い。出方を見、でき得る限り情報を分析してからの対応でも遅くはないのだ。

「(数は…2か3? こっちの様子を伺ってるみたいだけど…何だろ、あんまり隠れようとしてない気がする…っと!)」

 少し思考へ意識が向いたそのとき、気配が二手に分かれて動き出す。片方は緩い曲線を描いて側面へ、もう片方は真っ直ぐ猛スピードでこちらへ。…少し、動きが不自然だ。もしかして、こちらも勝手に動いているのかもしれない。双羽自身が後者へと突進しているのならば、相手は両方似た速度、別方向への直線移動と考えられるだろう。

「(どっちかというと、回り道してる方相手するのがセオリーだと思うんだけどなー)」

 どちらにせよ双羽自身の意思で可能なのは、この謎空間の中、重心を軸に体を動かすことだけ。それ以前の行動に選択権は無い。

 順調に気配は近づき、至近距離まで接近。手の届きそうなこの距離で見えないとは、相手は相当暗中の行動に適応しているのか。それともこちらが視界を封じられているだけなのか。そのどうでも良い思考を隅へと追いやり…

「…よっと」

 余裕を持って、銃口を回避。来るだいたいのタイミングと方向が分かっていれば、反応は容易い。

 さらに生まれた余裕を用い、銃を持つ手首を捉える。至近でしか手を出せないならば、手を出せる距離に位置関係を固定してしまう。全力で手首を握り、驚き思わず引こうとする相手の力まで利用してこの闇より引きずり出し…

「さーて、お顔拝見、って…」

 にわかに視認できた相手の顔。見知った白衣の似合う毒舌家。

「カッちん!?」

「その呼び方をするなと…ん、な!?」

 驚き見開いた目を向ける華月。それが確認できたのは一瞬のこと。先と同じく一瞬の後に銃口と腕は消え、同時によく知る驚き顔も掻き消える。急速に離れる気配。

「今のは…幻? それにしてはリアルだったけど、でも魔法なんて割と何でもアリな気もするし…」

 よく分からない。しかし、今の幻視幻聴がトリガーとなったのか、より自身の感覚を深く感じ取れるようになった。どうやら双羽、今は箒に乗っているらしい。見える自分の姿は直立なのだが、どうもそう感じられる。

 …やはり、今見えている物は現実と乖離があるのだろう。気がついたら自動服装変換されてるなんてな経験、そうそうするものではない。今この目が捉えているのは、夢幻の類、か。

「てことは、僕本当にカッちんと…おわっ!」

 なんか自動操縦されてる箒の先が、華月と思しき気配より外れる。向く先は、もうひとつの気配。大きく回り込み、いつの間にか背後へ抜けていた人物。そちらへ向けて、一気に箒は距離を詰める。…そこで、違和感。

「(…あれ、なんかコレちょっと存在感薄い気が…)」

 そんな思考を読みとったのか、箒は急停止。同時に、周囲の空間全体の息づかいが聞こえ始める。極度に集中した時、感じる感覚。しかしそんなに意識を高めた覚えは無い。

「強制的に集中…? あれかな、もしかして僕操られてるとかそういう…あ、発見」

 真実に少し近づいたあたりで、別の違和感を発見。何も無い場所に、ほんの少しだけ感じる気配。その情報を受け取り、箒はそちらへ急加速する。相変わらず雑な直線運動。しかしソレが効果的だったのか、相手より感じ取れる驚きの感情。

 避けようとした相手の足下を箒の尾で払い、通り過ぎざま体制を変えずに箒のみを素早く180度回転。構えらしい構えもなく、箒の柄の先が相手を捉える。ほぼ同時に3度目の銃口も出現するが、流石に慣れたので軽く首を捻って回避。そのまま箒を伸ばす勢いでもって強烈な突きを…

「…!」

 瞬間、さっき見えた華月の顔が脳裏にフラッシュバックする。何故かも分からぬまま、とっさに無理矢理箒突きの軌道を逸らす。それでも感じる手応え。そして見えたのは、左腕に食い込んだ金属棒を掴み、こちらを睨む…

「カナ…ちゃん」

「…双、羽…?」

 苦しそうに紡がれる自分の名前を聞きながら、双羽は意識が闇へと引きずり込まれていくのを感じた。先ほどまではだんだんと思考の自由度が増していたのに、そこへ真っ向から逆行する流れ。抗う術も無く無意識へと落ち行く双羽は、寸前、声を聞く。

「さすがにそこで終了は早過ぎだ…もうちょっと、頑張ってもらうぜ…」

 視界は、真っ黒になった。


……


「…双、羽…?」

 一瞬、双羽が自分の名を呼んだ気がした。貴斗に操られていると思っていたのだが、意識が戻ったのか。先程の箒の柄による攻撃だって、意味も無く直撃コースから逸れていた。つまりそれは…

「ぼさっとするなっ!」

「…!」

 華月の声に顔を上げると、一度距離を取った双羽の再突撃が目に入った。明らかに容赦など微塵も混じらぬ本気の攻撃。ついさっき見たモノは幻か何かだったのか。

 とっさに立ち上がり、回避行動を…

「…っ!」

 何も考えず地面に立てた左腕に激痛が走る。体を支えきれずに倒れ込み、それでもなんとか転がるようにして回避成功。しかし、次が来る。反転した箒がこちらを向き…

「“爆”ぜろ!」

 横手より飛来した数枚の紙切れが、双羽を包むように炸裂した。見回し、華月の手招きする瓦礫脇へと急いで退避。こちらの合流を受け、双羽は再び距離を取ったようだ。

「…折れているな」

 何のこと、と一瞬思ったが、すぐ自分の左腕が目に入った。力が入らず、触れても痛いのでだらんとぶら下げている。先程双羽の突進をもろに受けたのだ。箒とは言え金属の棒、そんなもので勢いつけて殴りつけられたのだから、もちろん無事では済まない。

「応急処置だ、これでも貼っておけ」

 “癒”と書かれた札を手渡される。よく見れば、裏面には“貼”。華月製簡易式バンドエイドだ。ここで意地張ることも無いだろう、素直に受け取っておく。

「二手に分かれ、狙われた方は足止め、もう片方が突破する、と。悪くない作戦だと思ったのだがな」

「…避けられる、目眩ましも効かない…」

「…いくらなんでも強過ぎるだろう。あれか、新たなる環境で目覚めた新人類とかそういうヤツか何かか」

 華月のばら蒔いた“縛”符を至近で全てかわし、夕依の“ドッペルゲンガー”+“路傍の石”コンボを瞬時に見切ってくる相手。正直やってられない。というか双羽こんなに強かったのか。いや薄々気づいてはいたが。

「…まだ、やる…?」

「いや、この作戦は破綻したと考えて良いだろう。…ここは、初心に戻る」

「…双羽を?」

「なんとかする、と。それしか無いな」

 双羽の行動パターンとしては、明らかに“街の中心に近づいた方”を狙ってきている。今のままでは突破したところですぐ追いつかれるだろう。どのみち、正面きって戦うしかない。…もしくは。

「…白河のことを忘れて去れば、こんな面倒なことはしなくとも良いぞ。双羽にしても永遠に敵対するわけではないだろう」

 ここから逃げる、という選択肢も有りだ。むしろ賢い選択とすら言える。

 無駄な労力など払わず、貴斗がやろうとしている何かなど気にも留めず、この街から立ち去ればいい。相当数の魔土偶を破壊したことで、この街に滞在した恩は返済できているだろう。これ以上は、一宿一飯の恩義の範疇を越えている。

「…大田宮は、どうなのよ?」

「俺か? …くっくっく、俺の行動原理は好奇心だぞ。白河が、何やらよく分からんことをしようとしている。常にその行動で俺を飽きさせない、あの白河が、だ。…ならば、ソレが何なのか、一体どれほど面白いことなのか、知ろうとするのは当然の行動帰結だと、そう思わんか?」

「…そう」

 なんとも単純明快、面白そうだから、と。そういえば、初め着いてくるときもこの男はそんなことをのたまっていた気がする。常日頃ややこしい屁理屈を並べ立てるゆえ見えづらいが、根っこのところでは結構単純なのかもしれない。

「…それで金峰、貴様はどうするのだ。戦闘を避けるのならばともかく、今度は真っ向からぶつかることになる。どっちつかずのまま共闘されても迷惑なだけだぞ」

 では、自分は、どうなのか。夕依という人間は、朝美や華月のように分かりやすい理由では動けない。まず考え、熟考し、これはという結論を見つけ、そして動けない。そう言えば、今まで自ら行動を起こしたことなんてほとんど無かった気がする。今回だって、発端は貴斗に巻き込まれたこと。そのまま双羽に手を引かれて闘い、姿を見せた貴斗を追い、現れた華月に先導されてまた闘った。

 …今、選択の時である。流されてきた流れが止まり、自らの足で次を選べと迫られている。だけど、でも…

「立ち去るか、双羽と戦うか、だ。単純な2択だろう」

「双羽、と…」

 双羽と、戦う。それは何か、夕依の心に響いた。良い言い訳が見つかった、と思った。このまま戦い続けることへの言い訳。心のどこかで、ソレは違うのではないか、と言った。けれども今は置いておく。今重要なのは、見つけた理由を後押しに行動すること。

「…ひとつ、良い手があるの」

「戦うのか」

「やるわよ。…多分、やめても…後悔するだけだから」

「そうか。まあ、決めたならなんでも良い。まずその良い手とやらを聞かせてもらおうか」

「…当たれば、必ず双羽を止められる…そんな魔法があるの。だから…」

 第2ラウンド、開始である。


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