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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・肆章 遺都大戦・たたかいと そして たたかいと
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第卅肆話 五者三様・はしり ぶつかり まちうけて

 程良く無計画な町並みを、まるで直線の街道の如く走り抜ける影ひとつ。今しがた右手の民家の陰より顔を出した土人形は、片手間に砕き去られる。その手に纏うは蒼白の閃光。

「ったく、次から次へと。何体いるのよコレ」

 …朝美である。

 路地裏を駆け、出会い頭に怪物を叩き潰す。あのチンピラ3人を逃がしてからこちら、ずっとこの調子なのだ。もっとも、未だ手を痛めたりはしていない。拳に纏った斬撃がボクシンググローブの役目をしているらしい。少し息が切れ始めてきた気もするが、これもまだまだ動ける範囲内。問題は無い。

「で、ここどこかしらねぇ」

 問題があるとすれば、朝美が現在絶賛迷子状態であること、ぐらいか。今まで別に何かしら目的を持って動いていたわけでなく、むしろ元の宿に戻ろうとさまよっていただけなのだ。そのついでに、通り魔的な怪物駆除をやらかしていたのである。見つける度襲いかかってくるのだからしょうがない。自己防衛というやつだ。

「ググ…!」

「お、発見」

 またも一体、今度はワニ頭の怪物だ。どうやら二足歩行しているようなのだが、初めの鬼モドキほど背が高い。手には何も持っていない事から察するに、武器はあの大き過ぎる口だろう。流石に噛まれると致命傷か。いや、むしろ傷無く飲み込まれかねない。

「ガァッ…」

「おー怖い」

 案の定な噛みつき攻撃を華麗に回避。んでもって、通過したその大きな頭に踵落としを一発。

「ガグッ…!?」

 壊れこそしなかったが、ワニ頭は見事に地面へとめり込んだ。そこにトドメとばかり自由落下からの渾身の一撃をお見舞いし、結果数秒にてこの遭遇戦は決着したのであった。

「ペッペッ。うぇ、口ジャリジャリするじゃないの。こいつらってホントに砂でできてんのねぇ」

 服に付いた砂塊を払い落とし、ふと見上げた先に見えた建築物。この街において一際高い、時計塔。

「あれ、確か街の中心よねぇ。どーせ道分かんないし、あっち行ってみようかしら」

 朝美の信条その1、決断は素早く0.8秒以内に。呟く独り言を切らぬウチに、彼女は塔へと走り出していた。

 …その、すぐ後。塔の周囲をにわかに、かつ微かに包んだ黒い影。

 知らず、朝美はこの騒動のまさに中心へと向かってゆく。まるで、引き寄せられるかの如く。…まさにこれぞトラブルメーカーたる資質、なのかもしれない。


……


 予想以上、と言うべきか。いやしかし、そもそも予想外であるこの状況にその言葉を適用するのもどうかとは思う。予想そのものができていなかったのであれば、そんなもの基準に上下を論ずる事に意味は無い。すなわち、それは速度と重量とを比較するかの如き愚考…

「…来たわよ」

「…知っている」

「…今、寝てなかった?」

「現状この不条理に対して考察を重ねていただけなのだがなっ、と」

 上空に描かれた銀閃の輪がにわかに解け、まるで鉄条の如くこちらへと飛来する。急ぎ、その予想進路上に例の衝撃分散符をばらまいた。一瞬遅れ、逸らされるが如く軌道を変える銀閃。別に防御がうまくいったわけではない。

「次は直接来ん、と。読まれたか」

「…仕掛けたのは、見られてなかったはずなのに…」

 今ばらまいた札の内いくつかには、夕依の“強制リバウンド”が掛けられていた。ついでに書かれた文字も“散”ではなく“貼”だ。仮に突っ込んで来れば、貼り付いた札が超重量の枷と化し、その動きを奪っただろう。

 少々歯噛みしつつ、旋回軌道に帰っていった箒の尾を見送る。空を飛ぶ、というだけの能力が、ここまで厄介だとは思ってもみなかった。…もっとも、“双羽と戦闘中”というこの状況からして思い切り想定外なわけだけれども。

「一旦退くぞ。埒があかん」

「…そうね」

 少し退き、瓦礫の山となった建物の残骸に身を隠す。無論この程度では本来隠れたことにすらならないのだろうが、どうも双羽は“倒す”より“通さない”事を重視しているらしい。よってこちらがある程度下がれば追撃の来る心配も少ない、のだそうだ。

 以上、しばらくやり合っていたという夕依の情報である。そこまでの経緯もまあ大体聞いた。双羽に声を掛けようとして箒ではり倒されたときは、一体何事かと思ったものだが。

 あとあのウニ頭。前々から知ってはいたが、つくづく碌なことをしない奴である。

「言ってもしょうがないことではあるが…把臥之の姉がいてくれれば心強いのだがな」

「…朝美さん、強いから…」

 もちろんそれもある。彼女は華月たち一行4人の中では最も新参者であり、異世界経験は浅い。しかし、その戦闘スキルと魔法の応用センスはピカイチである。そもそも3対1ともなれば、いくら何でも空を飛ぶだけの相手1人にそう後れを取りはしない。

「まあ、それだけでは無いがな」

 さらに朝美には、今華月や夕依に不足している要素、すなわち“殲滅力”がある。双羽が速過ぎてこちらの攻撃が掠りもしないこの状況、真っ先に考えつく手としては“面”で潰すという定石だろう。しかし、ここで殲滅力不足が効いてくるのだ。隙間だらけの文字魔法や一点対象の呪いでは、正直当たる気配の欠片も見えない。

「しかし、このままではな。…とりあえず双羽のやつを放置するのが、最善、か」

「…貴斗を、追わないと」

「無理にヤツの相手をする必要も無い。…まあ、それならば何とかなるだろう」

 今ある行動選択肢中、最も現状打破できそうな策の骨子を夕依に伝える。そこに知り得る双羽の能力を加味し、それを現在の状態でも使用してくる可能性を吟味、修正。

 …貴斗が何をするつもりかは知らないが、街一個破壊してまでやることがタダゴトだとは思えないし、思わない。まずは、何のつもりか問い正す。しょうもない理由だったならば、そのまま殴り飛ばしてでも止めてやろう。

 隣に屈む夕依と一瞬アイコンタクトを行い、タイミングを見計らう。双羽はずっとこちらへ注意を向けてはいるが、人間、常に同様の意識を保つことはできない。どこかで比較的こちらへの注意力の逸れるタイミングが…

「今だ」

 ほんの少し、双羽の視線がこちらを外れた。それで、十分。もとよりこちらを監視している人間の不意を突こうなんて思ってはいない。少しでも、コンマ1秒でも、こちらの初動に余裕を持たせたかっただけだ。

 一言の合図の後は無言で、かつ同時に走り出す。予め決めた通り、華月が真っ直ぐ、夕依が多少迂回するように。今までの経験から察するに、このとき双羽は何の捻りも無く…

「…来たか」

 こちらへ、華月を止める位置へと、来るはず。瞬間的な停止後真っ直ぐ飛来する銀閃を後目に、華月は呟く。珍しく、その語気には強い、確たる意志が含まれていた。

「今、貴様の相手をしている場合ではないが…安心しろ、気が向けば正気に戻してやる!」


……


 街中央の時計台。一際高くそびえるその塔を見上げつつも、周囲では次点の高さを誇る尖塔に黒いマントがはためく。無論、夕依ではない。

「よしよし、巧く足止めできてんじゃねーか。華月のヤツが増援来たときゃどーするかと思ったが、なかなかどーしてあの少年有能じゃないの。2対1でも問題無さそうだぜ」

 “貴斗”だの、“白河”だのと呼ばれていた人物である。双羽になにやらよく分からない魔法を掛けた張本人でもある。

「…で、どっちかってーと問題はこいつか」

 彼は魔土偶を操る。その応用として、手の内にある魔土偶を通し、ある程度周囲の情報を把握できるのだ。…と、またひとつ、彼に緊急を伝えていた魔土偶の活動が停止した。噛みつき攻撃に特化させたワニ頭の魔土偶。それなりに戦闘力の高い作品だったはずなのだが、貴斗が知り得た限りでは出会い頭に瞬殺だった。こんなニアミスでは相手の情報なんぞ何ひとつ判明しない。

「…速過ぎんだろ、おい。流石にもーちょい足止めできると思ってたんだが」

 現状彼としては、この時計台周辺への部外者の立ち入りは望むところでない。そのためにわざわざ魔土偶の密度を調整し、一般人を街外部へと誘導するように仕向けた。…なのに。

「あーくそ、なんで一直線にこっち来やがるんだチクショウがっ!」

 夕依や華月のように貴斗を追ってくるのでもなければ、普通は街の外へと避難するはず。何も知らぬ者がわざわざこちらへ来る理由なんぞ思い当たらない。ならば事情を知る何者か、なのか。それも可能性は低い。下調べは万全だったのだ。今日この日行われるということを正確に知っていなければ、阻止行動は起こせない。

「くっそ、ここまで来て得体の知れんイレギュラーなんざ出てくんなよ…!」

 …彼は、知らない。街中心部の魔土偶の密度を上げたことによって、逆にバトルジャンキーの気のある朝美を呼び寄せる結果となった、などと。知るわけがない。というかそもそも彼は勘違いしているのだが、華月が来た理由だって魔土偶が多いからだ。結論、割と穴だらけの策である。

「しかも、よりによってこのタイミングたぁな…こりゃ真面目に分かって来てやがるのか?」

 朝美がこのタイミングで来たのは、単に道に迷っていたためである。まあ彼がそんなこと知っているわけない。

 …よりにもよって、というのにも理由がある。今のこの騒ぎ自体は貴斗の引き起こしたものだが、それにより発生するであろう現象は彼の手の内にあるものでない。一度始めてしまえば“ソレ”が起きるタイミングは調整し得ず、起きてしまえば彼がこの場を離れることは許されない。そして今が丁度、そのタイミングなのだ。

 結果、謎の侵入者と目的の現象、双方同時に対応することとなった。ここまで綺麗にかつ意図せず妨害してくるあたり、流石朝美である。無論、重ねて言うが、そんなこと彼が知るわけもない。

「ちっ…やるしかねぇよなぁ。めんどくせぇ」

 時計台の天辺、尖塔部分に集結する黒霧状の物体を視界に入れつつ、溜息ひとつ。態度は変わらぬとも、黒衣の魔法使いは小さく気合いを入れ直すのであった。

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