第卅話 軽悩女傑・こんわくの あさみ
今朝方朝美がチンピラ×3に絡まれた裏路地の一角。あれから少々の時を経て、今ここにまた同じメンツが揃っている。丁度、この人気の少ない街角を一回り散策し終えたところだ。
元々朝美は、宿へ戻って昼食を頂こうかと考えていた。しかし道案内に雇った(?)3人の薦めで、路地裏の隠れた名店巡りに急遽予定を変更したのだ。…で、コレが正解だった。
名店というのは、何も表立った場所だけにあるわけではないらしい。半信半疑で入った看板も無い店での、非常に味わい深い麺料理が。屋根すら崩れた廃屋で焼かれていた魚の、絶妙な焼き加減。これらは是非とも誰かに伝えておきたいことだ。
「や、ホント助かったわ。こんなところで食道楽できるとは思ってなかったしねぇ。ご苦労さん」
「いやいや、姐さんのためなら火の中水の中」
「…は流石に無理だけど、できうる限りお役に立ちませぶ! …イデェ」
「慣れない敬語なんて使うからそこで舌噛むんだよ、お前は」
「にしても一々面白いわねぇ、アンタたちって」
…んでもって、気が付けばチンピラたちがやたらとフレンドリーになってたり。つい一刻ほど前に殴り合いしてた相手とは思えない。
考えるに、どうにも朝美にはこういった手合いに好かれる才があるらしい。なんせ、しばらく行動を共にした間にこの様だ。思い起こせば、アーサミー盗賊団のメンバーとの同行直後もこんな感じだった気がする。
「それで、姐さんはもう帰るんだよな」
姐さん、なんて呼び方までキレイに同じ。何だろう、そういったガイドラインとかでもあるのだろうか。
「まあ、ちょっと長く空けてたからねぇ。そろそろ連れも帰ってきてるだろうし」
「連れ? なんだ、姐さん一人旅じゃなかったのか」
「んな強いから、てっきり武者修行の旅か何かかと…」
「武者修行て、アンタねぇ。まあ昔はしてたことあったけど」
「「「やっぱり」」」
「なんでそこでハモるのよ」
そんなにこう、戦闘狂っぽい雰囲気とか醸し出していただろうか。わりかし心外である。
「いや、だって姐さん喧嘩強いから」
「どうすりゃ、んなに強くなれるのさ?」
「どうもこうも、ねぇ」
実際、気が付けばこんな感じなのである。まあ幼少から格闘技とかしてはいたが、それはあくまで親の都合。別段深い理由とかそんなのがあったわけではない。
大体、自分なんかより遙かに凶悪な人物を何人も知っている身としては…
「…あれ。何だ、あの…アレは?」
「あ? 何言ってんだお前」
丁度道の交わるこの場所の、メインストリートに近い東側。そちらを向いたまま、チンピラの一人が首を傾げた。朝美含めたの3人には何のこっちゃだが、さて、その傾げられた顔色がガンガン悪化していくのはどうしたものか。
とりあえず、ロクなモノが見えているわけでは無さそうだ。
「何だよ、あの建物の上? 一体何が…って、え」
「ん、どうし…た…」
次々と3人とも固まってゆく。朝美は彼らと向き合っていたため、その視線方向へは背を向けている形。もちろん何も見えない。が、先から微かな振動を感じてはいる。多分その正体が、今後ろに。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか、と」
ゆっくりと、体ごと後ろを振り返る。…そこには、何というか、鬼がいた。
建物のわきからちらと見えた、虎ガラパンツに赤っぽい体。モジャモジャの髪と、頭に生えた役に立ちそうもない2本の角。一般的日本人に“鬼”という言葉を連想させれば、まあ大体あんなイメージに辿り着くだろう。
ただし、それにしても少々大きい。少し崩れた3階建ての廃屋より高い位置に頭があるのだ。歩く度、軽い振動が地を揺らす。まるでちょっとした怪獣映画ではないか。
「や、ホントに“鬼”だとは」
「ちょ、姐さん、アレが何か知ってるのか!?」
「いやいや、似たようなのを知ってるだけよ。って、まあそれより」
ぐるり、と。建物の陰より全貌を現した鬼が、こちらを振り向く。その目に意思は無く、しかし何となく目的だけが浮かんで見えた。…曰く、敵は潰す、と。
「…!」
「来るわねぇ」
「く、来るって…うわ!?」
「走ってきやがった! しかも速ええ!」
案の定右手に握られていた金棒を振り上げ、しかし無言のままこちらへ突進して来る赤鬼。こういったパワータイプ相手には、まず初撃を巧く流すのが定石だが…
「ちょ、ちょっと待て、なんでこっちに!」
「うわ、わわわわ!」
…背後には、どーもガラの悪い割に荒事向きでなさそうな男共が。一時とはいえ世話になったこのチンピラたちを、そう無碍にするのは朝美の良識が許さない。
「さて、と」
ならば仕方無い。最善でなくとも、次善。まだ手はある。
敢えて右足を前に出し、左手を地に付き右手は腰溜めに。ぐ、と体重を落として重心を安定させ、次に右足へと荷重を掛ける。そのまま体を右に捻り、右足、腰、肩、右手と連なる線を意識し…
「あっ、まずい、姐さ…」
「せぇいやっ!!」
左足を前に踏み込みつつ、体を捻っておいた反動で右手を前へ。同時して、拳周囲に斬撃魔法を展開。蒼い流星の如き渾身の突きは、大質量に任せて振り抜かれた金棒を軽く押し戻した。
「…!?」
「ふぅ。ま、こんなもんねぇ」
「…やべぇ。俺らこんな人相手に喧嘩売ったんだな」
「姐さんと俺らの間の、絶対に越えられない壁を再確認した気がする」
「もしかして、今生きてるのって割と奇跡?」
後ろで失礼なことのたまってる奴らは置いておいて。得物を叩き返され、どうにもご機嫌ナナメな赤鬼の目をぐっと見据える。まだやる気は存分にあるようだ。
「アンタたち、早くどっか行きなさい」
「え、でも、姐さん置いて…」
「邪魔だ、って言ってるのよ」
「…っ。よし、逃げるぞ!」
「くっそ、男としてコレはどうかと思うんだが!」
「しょうがないだろ、俺たちと姐さんじゃ次元が違うんだよ!」
こちらの意を汲み、全力で逃げ去る3人。あれだけ喋って、よく舌噛まずに走れるものだ。
「ご苦労さん、と」
ふと見れば、赤鬼の視線があちらを追っている。どうもより多人数に反応しているらしい。ああ言った手前、こちらへ引きつけておくのが礼儀だろう。
「アンタの相手は、アタシのはずだけど。無視してんじゃないわよ?」
「…!!」
気迫に反応し、赤鬼はこちらに向き直る。
その動作を油断無く注視しつつも、朝美の五感はこの街全体に広がる喧噪を捉えていた。どうやらこの怪物騒ぎ、ここだけで完結するものではないらしい。
「まあ、とりあえずコイツ潰して、と。色々考えるのはそれからねぇ」
朝美の体全体を、淡く青白い揺らめきが包み込む。先の迎撃は“砕く”つもりで放った。それが“押し戻す”効果となったことより考えるに、どうやらこの鬼、相当に頑丈な相手らしい。ならば、こちらもそれなりの攻撃力でもって応戦するべし。
「…!」
「行くわよ」
路地裏の一角にて。大質量と破壊の閃光が激しく交錯した。
……
とある建物の屋根の上。街の騒ぎから一段離れたこの場所に、ツンツンヘアーと黒マントを風になびかせる男が独りいた。…この事件の首謀者、白河 貴斗である。
「おいおい、“赤鬼”がやられた!? んな強いヤツもいるのかよ、この街は…」
街中の喧噪を聞きつつ、彼は感覚に伝わる魔土偶たちの情報を整理していた。今までに破壊されたのは5体ほど。内ふたつはちょっとした知り合いの手による所行だ。
「…ちっ、3体目、か。流石にペース早すぎんじゃねぇのか、おい」
虎型魔土偶からの交信が、たった今途絶した。直前に交戦していたのは、件の知り合い“夕依”とその連れだ。
彼女も貴斗の知る頃より腕を上げているようだし、何よりあの連れが不気味でしょうがない。箒の魔法の機動性から察するに、あの少年も来訪者なのだろうが…
「ちっ、予定変更だな。なるだけ早く時計塔で待機する予定だったが…あいつらから先に潰すか」
立ち上がり、今現在夕依たちのいると思しき方角を見る。
…少し、躊躇いの情を感じた。腐っても知り合い、直接やり合うのは避けていたのだ。
「…やっぱり手は出せねぇよなぁ…。仕方ねぇ、あの手でいくか」
渋々、ある魔法を準備する。これは相手を選ぶため、使えない可能性も大きい。もし使えなければ知人との直接対決となるわけだが、それはそれでいいとも思った。彼だって、できればこんなことはしたくないのである。
「迷ってても進まねぇ…行くぜ!」
他を切り、決意を胸に、黒衣の男は地を蹴るのであった。