表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・肆章 遺都大戦・たたかいと そして たたかいと
31/68

第卅話 軽悩女傑・こんわくの あさみ

 今朝方朝美がチンピラ×3に絡まれた裏路地の一角。あれから少々の時を経て、今ここにまた同じメンツが揃っている。丁度、この人気の少ない街角を一回り散策し終えたところだ。

 元々朝美は、宿へ戻って昼食を頂こうかと考えていた。しかし道案内に雇った(?)3人の薦めで、路地裏の隠れた名店巡りに急遽予定を変更したのだ。…で、コレが正解だった。

 名店というのは、何も表立った場所だけにあるわけではないらしい。半信半疑で入った看板も無い店での、非常に味わい深い麺料理が。屋根すら崩れた廃屋で焼かれていた魚の、絶妙な焼き加減。これらは是非とも誰かに伝えておきたいことだ。

「や、ホント助かったわ。こんなところで食道楽できるとは思ってなかったしねぇ。ご苦労さん」

「いやいや、姐さんのためなら火の中水の中」

「…は流石に無理だけど、できうる限りお役に立ちませぶ! …イデェ」

「慣れない敬語なんて使うからそこで舌噛むんだよ、お前は」

「にしても一々面白いわねぇ、アンタたちって」

 …んでもって、気が付けばチンピラたちがやたらとフレンドリーになってたり。つい一刻ほど前に殴り合いしてた相手とは思えない。

 考えるに、どうにも朝美にはこういった手合いに好かれる才があるらしい。なんせ、しばらく行動を共にした間にこの様だ。思い起こせば、アーサミー盗賊団のメンバーとの同行直後もこんな感じだった気がする。

「それで、姐さんはもう帰るんだよな」

 姐さん、なんて呼び方までキレイに同じ。何だろう、そういったガイドラインとかでもあるのだろうか。

「まあ、ちょっと長く空けてたからねぇ。そろそろ連れも帰ってきてるだろうし」

「連れ? なんだ、姐さん一人旅じゃなかったのか」

「んな強いから、てっきり武者修行の旅か何かかと…」

「武者修行て、アンタねぇ。まあ昔はしてたことあったけど」

「「「やっぱり」」」

「なんでそこでハモるのよ」

 そんなにこう、戦闘狂っぽい雰囲気とか醸し出していただろうか。わりかし心外である。

「いや、だって姐さん喧嘩強いから」

「どうすりゃ、んなに強くなれるのさ?」

「どうもこうも、ねぇ」

 実際、気が付けばこんな感じなのである。まあ幼少から格闘技とかしてはいたが、それはあくまで親の都合。別段深い理由とかそんなのがあったわけではない。

 大体、自分なんかより遙かに凶悪な人物を何人も知っている身としては…

「…あれ。何だ、あの…アレは?」

「あ? 何言ってんだお前」

 丁度道の交わるこの場所の、メインストリートに近い東側。そちらを向いたまま、チンピラの一人が首を傾げた。朝美含めたの3人には何のこっちゃだが、さて、その傾げられた顔色がガンガン悪化していくのはどうしたものか。

 とりあえず、ロクなモノが見えているわけでは無さそうだ。

「何だよ、あの建物の上? 一体何が…って、え」

「ん、どうし…た…」

 次々と3人とも固まってゆく。朝美は彼らと向き合っていたため、その視線方向へは背を向けている形。もちろん何も見えない。が、先から微かな振動を感じてはいる。多分その正体が、今後ろに。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか、と」

 ゆっくりと、体ごと後ろを振り返る。…そこには、何というか、鬼がいた。

 建物のわきからちらと見えた、虎ガラパンツに赤っぽい体。モジャモジャの髪と、頭に生えた役に立ちそうもない2本の角。一般的日本人に“鬼”という言葉を連想させれば、まあ大体あんなイメージに辿り着くだろう。

 ただし、それにしても少々大きい。少し崩れた3階建ての廃屋より高い位置に頭があるのだ。歩く度、軽い振動が地を揺らす。まるでちょっとした怪獣映画ではないか。

「や、ホントに“鬼”だとは」

「ちょ、姐さん、アレが何か知ってるのか!?」

「いやいや、似たようなのを知ってるだけよ。って、まあそれより」

 ぐるり、と。建物の陰より全貌を現した鬼が、こちらを振り向く。その目に意思は無く、しかし何となく目的だけが浮かんで見えた。…曰く、敵は潰す、と。

「…!」

「来るわねぇ」

「く、来るって…うわ!?」

「走ってきやがった! しかも速ええ!」

 案の定右手に握られていた金棒を振り上げ、しかし無言のままこちらへ突進して来る赤鬼。こういったパワータイプ相手には、まず初撃を巧く流すのが定石だが…

「ちょ、ちょっと待て、なんでこっちに!」

「うわ、わわわわ!」

 …背後には、どーもガラの悪い割に荒事向きでなさそうな男共が。一時とはいえ世話になったこのチンピラたちを、そう無碍にするのは朝美の良識が許さない。

「さて、と」

 ならば仕方無い。最善でなくとも、次善。まだ手はある。

 敢えて右足を前に出し、左手を地に付き右手は腰溜めに。ぐ、と体重を落として重心を安定させ、次に右足へと荷重を掛ける。そのまま体を右に捻り、右足、腰、肩、右手と連なる線を意識し…

「あっ、まずい、姐さ…」

「せぇいやっ!!」

 左足を前に踏み込みつつ、体を捻っておいた反動で右手を前へ。同時して、拳周囲に斬撃魔法を展開。蒼い流星の如き渾身の突きは、大質量に任せて振り抜かれた金棒を軽く押し戻した。

「…!?」

「ふぅ。ま、こんなもんねぇ」

「…やべぇ。俺らこんな人相手に喧嘩売ったんだな」

「姐さんと俺らの間の、絶対に越えられない壁を再確認した気がする」

「もしかして、今生きてるのって割と奇跡?」

 後ろで失礼なことのたまってる奴らは置いておいて。得物を叩き返され、どうにもご機嫌ナナメな赤鬼の目をぐっと見据える。まだやる気は存分にあるようだ。

「アンタたち、早くどっか行きなさい」

「え、でも、姐さん置いて…」

「邪魔だ、って言ってるのよ」

「…っ。よし、逃げるぞ!」

「くっそ、男としてコレはどうかと思うんだが!」

「しょうがないだろ、俺たちと姐さんじゃ次元が違うんだよ!」

 こちらの意を汲み、全力で逃げ去る3人。あれだけ喋って、よく舌噛まずに走れるものだ。

「ご苦労さん、と」

 ふと見れば、赤鬼の視線があちらを追っている。どうもより多人数に反応しているらしい。ああ言った手前、こちらへ引きつけておくのが礼儀だろう。

「アンタの相手は、アタシのはずだけど。無視してんじゃないわよ?」

「…!!」

 気迫に反応し、赤鬼はこちらに向き直る。

 その動作を油断無く注視しつつも、朝美の五感はこの街全体に広がる喧噪を捉えていた。どうやらこの怪物騒ぎ、ここだけで完結するものではないらしい。

「まあ、とりあえずコイツ潰して、と。色々考えるのはそれからねぇ」

 朝美の体全体を、淡く青白い揺らめきが包み込む。先の迎撃は“砕く”つもりで放った。それが“押し戻す”効果となったことより考えるに、どうやらこの鬼、相当に頑丈な相手らしい。ならば、こちらもそれなりの攻撃力でもって応戦するべし。

「…!」

「行くわよ」

 路地裏の一角にて。大質量と破壊の閃光が激しく交錯した。


……


 とある建物の屋根の上。街の騒ぎから一段離れたこの場所に、ツンツンヘアーと黒マントを風になびかせる男が独りいた。…この事件の首謀者、白河 貴斗である。

「おいおい、“赤鬼”がやられた!? んな強いヤツもいるのかよ、この街は…」

 街中の喧噪を聞きつつ、彼は感覚に伝わる魔土偶たちの情報を整理していた。今までに破壊されたのは5体ほど。内ふたつはちょっとした知り合いの手による所行だ。

「…ちっ、3体目、か。流石にペース早すぎんじゃねぇのか、おい」

 虎型魔土偶からの交信が、たった今途絶した。直前に交戦していたのは、件の知り合い“夕依”とその連れだ。

 彼女も貴斗の知る頃より腕を上げているようだし、何よりあの連れが不気味でしょうがない。箒の魔法の機動性から察するに、あの少年も来訪者なのだろうが…

「ちっ、予定変更だな。なるだけ早く時計塔で待機する予定だったが…あいつらから先に潰すか」

 立ち上がり、今現在夕依たちのいると思しき方角を見る。

 …少し、躊躇いの情を感じた。腐っても知り合い、直接やり合うのは避けていたのだ。

「…やっぱり手は出せねぇよなぁ…。仕方ねぇ、あの手でいくか」

 渋々、ある魔法を準備する。これは相手を選ぶため、使えない可能性も大きい。もし使えなければ知人との直接対決となるわけだが、それはそれでいいとも思った。彼だって、できればこんなことはしたくないのである。

「迷ってても進まねぇ…行くぜ!」

 他を切り、決意を胸に、黒衣の男は地を蹴るのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ