第廿玖話 周街戦端・まちを おおう
漁業“都市”ニテイフキ、というだけあって、この街はなかなかに大規模だ。よって、そこには様々な施設が存在する。
メインストリートには喫茶店やら飲食店やらが立ち並び、またその種類も郷土料理からファーストフードちっくなモノまで様々。目立たなかったが、どうも賭博場と思しき施設があったりもした。今までの町の標準が“娯楽の場=酒場”であることを考えれば、コレは驚くべきことだ。生活への必要最低限から脱したそれらの要素は、かなり“現代的”と言えるだろう。
とはいえ、まあ実際の生活水準としては、“魔法”の存在が両者の差を大きく縮めている。見た目中世っぽいにも関わらず、この世界の大抵の街に上下水道が完備されているのも、そんな超常技術のおかげだ。
…してもって、そんなニテイフキの余裕っぷりを象徴する施設へと、たった今双羽たちは到着したところであった。
「どう、カナちゃん?」
「……」
夕依の目の輝く様子が振り向かずとも伝わってくるが、まあそれも致し方ない。今目の前にある施設、これはなんと“図書館”なのである。かなり賑わっているらしく、メインストリートに面したこの入り口は盛大に人でごった返していた。
…しかしまあ、言ってしまえばただの図書館。何驚くことがあるのか、と言いたくなることだろう。だが、覚えているだろうか。この世界には、“立本屋”なる立ち読み専門店が存在するのだ。つまり、“置いてある本を自由に読ませる”ことが商売として成り立つというわけであって。そんな中、大量の蔵書を無料で公開、また貸し出しまで行っているこの施設。それがどれだけ驚嘆に値するものなのか、理解するのは極簡単な話である。
「ね。やっぱり、カナちゃん気に入ると思…」
「…双羽、1の刻にココ集合ね。それじゃ」
「…ったんだけど、ね」
言いたいことだけ言って、そそくさと図書館へ向かう夕依。予想通り気に入ってもらえたのは嬉しいが、何かちょっと悲しかった、なんてことは無いと言えば嘘になる。まあ、彼女にとって今の双羽と本の重要度比率がそんなものだという、ただそれだけの話なわけだが。
「…ん、ちょっと歩こっかな」
どうせここで待ってたって暇なだけ。料理の本とか漁ってみるのも良いかもしれないが、今はそんな気分ではない。せっかく待ち合わせ時間を指定してくれたことだし、こちらはこちらで少しメインストリート周りを彷徨いてみることにした。
…図書館への行き道途中にも思ったことなのだが、どうもこの街、喫茶店が多い。具体的には、喫茶店っぽい雰囲気の店率が高い気がする。軽食食べつつ店内でゆっくりする、そんな感じ。もしかすれば、偶然メインストリートのここら辺りがそうなだけかもしれないけれど。
「…ニイザリス? …えーと、卵料理…なのかな?」
店の前に出されているメニュー表なんかを、端から順繰りに眺めてゆく。中には写真付きのものとかあったが、この世界にそんなハイテク存在するのだろうか。…いや、実は写真技術って結構歴史とか古いらしいし、そのくらいあるのかもしれない。
「や、まあ、どーでもいいけどさ」
店を冷やかしながらメインストリートを南下し、ある程度のところで折り返す。道の片側の店を見てきたので、次はその反対側を見てゆくのだ。
そうやって図書館の入り口にまで戻ってきたわけだが。街中央の時計塔を見るに、まだ半刻ほど時間が残っているようだ。さて、どうするか。
図書館に入ってもいいだろう。次はメインストリートを北上してみるというのもアリだ。これだけ大きな街、暇を潰す手段などいくらでも…
「グオォォォォッ!!」
突如、響いた雄叫び。咄嗟に周囲を確認しつつ、音の発生源であろう後方へと目を向ける。
「…えーと、何かのアトラクション、じゃないよね…」
立派なたてがみに包まれた、土気色の獅子。ひとつの家屋ほどもあろうかというそんな物体が、メインストリートのど真ん中に鎮座していた。ついさっきそこを通ったときには影も形も無かったのである。“今、突然”現れたのだろう。
…極普通にそんな想定をするあたり、双羽も大分魔法というものに馴染んできているようだ。
「グォァァァッ!」
「って、ぽけっと観察してる場合じゃないよね」
早速暴れ始めている獅子。爪が伸びたり火ぃ吹いたりとやりたい放題だ。早くも周囲の建物がいくつか瓦礫へと早変わりしている。やっぱり止めた方がいいだろう。
…が、こんな大衆の目前で箒魔法を使うわけにはいかない、らしい。かといって、どこかへ動こうにもパニックに陥る群衆をかき分けて、となると容易でないだろう。さて、どうする…
「あれね…この騒ぎの、元凶」
「あ、カナちゃん」
…と、隣にふと現れる夕依。流石の彼女も読書を中断してきたようだ。
「や、でもね、あれだけが元凶ってワケじゃ…」
「…私の時間を、邪魔したのは…アイツなのよね…?」
「え…っと、カナちゃん?」
「…呪術・もつれ足…」
元気よく暴れていた獅子が、4本もある足をもつれさせ、盛大にすっ転んだ。
「…呪術・強制リバウンド」
そのまま自重で崩壊してゆく。何だか威力が高いような気もするがどうだろう。アレか、怒りで威力が倍増とかそういうのか。
「…じゃあ、私はもう一回本読んでくるから…」
…して、そそくさと図書館内へ戻ろうとする夕依。
「はい、ストップ」
「んぐ!?」
とりあえずマントのフード持って止めておく。なんたって、まだ終わってないのだから。
「な…何するのよ双羽!?」
「や、ちょっと待とうね? そんで耳澄ませてみようか」
「…耳?」
気をつければ、聞こえてくる。周囲で巻き起こる、怒号、騒音。よく見れば何カ所か薄い土煙も上がっている。
「…これは…」
「今ので全部じゃなかった、ってことだね。まだあっちこっちで暴れてるみたいだけど、カナちゃんどーする?」
別段この町に思い入れがあるわけではないのだ。今のようにヒーロー役なんてやる義理は無い。戦える人間なんて、こんな世界のこんな街ならまあ少なくない数存在するだろう。
荷物纏めて撤収するだけなら簡単。華月や朝美にしたって、荷物を置いている宿で待てば合流は容易い。
「ま、逃げるのが一番かな。ここで頑張ったってしょうがないし…」
「…ゴメン、双羽。私やることあるから…先、行ってて?」
…とまあ、ここで逃げの一手を選択するための理論を組み上げていたワケなのだが。どうも、端から夕依にそんなつもりは微塵も無かったらしい。説得する間も無く意志を固められてしまった。
予想通りとはいえ、嬉しいものではない。なるたけ、危険に近づいたりはして欲しくないのだけれど。
「…大丈夫、すぐ合流するから…」
「はぁ…あのね、カナちゃん。それ、死亡フラグ、っていうんだよ?」
「……」
「そだよね。アレ、“魔土偶”だったもんね。そりゃまあ、カナちゃんが大人しく撤収するなんて思ってないよ」
「…なんで…」
「見てたら分かるけど?」
華月との合流時に何度か名の出てきた“白河”という人物。そして、その名を聞いた夕依の反応。そこから考えれば、あの小屋の守護者やってた土人形の関係者であることは自明。で、さっきの獅子はどう見てもそのお仲間だった、と。
まあ、少々サイズが大きかった気もするが。あと、最初撤収しようとした時は素で気づいてなかったらしい。本の虫にも程がある。
「ま、目の前で怪獣映画されるのもアレだしねー」
「双羽…」
「街の人たちも大体避難しちゃったみたいだしさ、さくっと倒しちゃおうよ!」
「…移動は任せたわよ」
「ん、任されましたっ」
右手に隠した箒を通常サイズに変更し、ついでに高度を落とす。夕依が跨ったのを確認し、その前へと勢いよく飛び乗る。肩に、軽く手が掛けられた。
「…んじゃ、行くよー!」
空高く飛翔し、ざっと周囲を見回す。そう狭くはないこの街の、ほぼ全域が土煙に包まれていた。一カ所に1体としても、魔土偶の数は3、いや4桁に達するだろう。
頭の隅にそんな思考を回しつつ、もっとも付近より立ち上る戦火の出元へと箒の先を向ける。まずは街を守る騎士役だ。数として意味が無くとも、あの土人形を壊して回ればそのうち到達するはず。
十中八九この騒動の中心にいるであろう、“白河”という人物に。
「しっかり掴まっててねー!」
勢いよく、直近の魔土偶の元へ。夕依を気遣いつつも、出せるだけの速度をもって、迫る。
…風切る体の奥に、何か引っかかりを感じる双羽であった。