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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・壱章 先立旅発・なには ともあれ たびだちを
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第弐話 遭遇黒套・であいは くろまんと

 ただひたすら広がる青い草原、そのど真ん中に、木が一本立っていた。

 別に珍しいものではない。この草原ではごくごくありふれた木だ。あたりを見渡せば、所々にぽつんと生えているのが見えるだろう。少々変わった螺旋形状ではあるものの、この種の木ならばこれが普通なのだ。

「フフフ…」

 …ただし残念ながら、不気味な笑い声を響かせているのはこの種の木としても普通ではない。

「…獲物、発見…」

 …もし仮にこの声に気づいた者がよく見れば、声の主はすぐ見つかっただろう。明らかに違和感満載な黒い物体が、木の中腹に腰掛けている。もう少しよく見れば、それが黒いマントに身を包んだ小柄な人物であることも、はっきりと見て取れるはずだ。

 ただし、何も知らない人間がこの光景を見ても、恐らくは何の違和感も感じない。今、黒マントの人物の“影”は極限まで薄くなっている。よく存在感が無くてスルーされがちな人がいるだろう。これは、その極端なものだ。知らぬ人間がちらと見た程度ではもはや認識すらされない。

「…もうちょっと近づいたら、まず…あれで仕掛けて…」

 …で、何故この黒マントがこんなとこに潜伏しているのかといえば、まあ趣味とかそういう話ではない。有り体に言えば、金を稼ぐためだ。

 この黒マント、実は旅暮らしである。して、旅するためには金がいる、これ常識。よって、この場所で金になる“獲物”を待ちかまえていたわけだ。ただし、その“獲物”は野獣や獣の類ではない。…人だ。無論普通の人でなく、“来訪者ウィクマケティ”と呼ばれる者たちではあるが。

 来訪者とは、本来“こことは別の世界”からやってきた者の総称だ。が、そもそも、こことは違う世界なんぞというものの存在を知る者はごく少数。一般に使われる“来訪者”は少々意味合いが違う。そしてその来訪者という言葉がどういう意味か説明するためには何故来訪者が金になるかという話からなのだがそれはとある国が彼らに懸賞金を長くなるので以下略。

 初めに戻ろう。つまり、懸賞金目当てで来訪者を捕えようと黒マントはこんなところに潜伏し、飛来する影に歓喜していたわけだ。この辺り一帯は割と危険な野生動物が彷徨いているため、普通の旅人はまず通らない。ただ、この場所は地理的に様々な要所間の近道となっているのだ。そのため、“普通でない”旅人、つまり来訪者がやってくる可能性が高い。しかもまた別の理由により、遭遇するであろう来訪者は十中八九“熟練度の低い”来訪者なのだ。

 そして黒マントの目論見通り、通常の飛行魔法の限度を超えた速度で飛来する人物を発見することと相成ったのだ。その性能から相手が来訪者であることが、その不用心な行動からこの世界への不慣れさが見て取れる。狙う獲物で間違いないだろう。

 …もうそろそろ、こちらの射程内である。

「…悪夢・万足百足(よろずむかで)

 呟きつつ、右手を空の影へ向ける。特に何かが光るわけでも、飛び出すわけでもない。が、一瞬の後、空飛ぶ何者かが“見えない何かに反応して”急停止するのを確認。

 まずは第一段階、成功である。


……


 目覚めた場所を離れ、気まま空の旅を続けている双羽。変わり映えしない景色には流石にそろそろ飽きてきたため、箒の動かし方をいろいろ試してみる。念じた通り動くというよりは、この箒が体の一部となっているような感覚だ。歩くのにいちいち足の動きを意識しないのと同じく、前進を意識すれば何となく前へ進む。まだ多少動きがぎこちないのは、さながら付けたばかりの義足の様。多分、慣れればさらに微細な操作が可能になるはずだ。

 曲がってみたり、回ってみたり、横滑りに縦回転、宙返り飛行ぐらいまでは一通り試してみた。現在は後ろ向き飛行の練習中。箒が自動で姿勢の微調整をしてくれるためか、思っていたよりはやりやすい。それでもやっぱり見えない方向に進むのは中々に難しく、集中力がいる。できるだけの高速飛行を頑張ってみたところ、1分ほどで箒がガタガタと揺れ始めた。さて一旦安定させようと前を向いた時、それはそこにあった。

「わわわっ!!?」

 いつの間にか目前に迫っていた赤い巨壁に驚きつつ、反射的に急停止を掛ける。箒の操作を練習しておいて助かった。そう思いながら顔を上げた双羽は、たっぷり一秒ぽかんと間抜け面をさらすことになる。

 まず視界を埋めたのは、真っ赤な鉄板だ。これを双羽は壁と認識したわけだが、実態は少々異なっていた。鉄板は節を作って長く繋がり、地上から双羽のいる程度の高度まで伸びている。節からはそれぞれ一対の中折れ丸太棒。上を見れば、先端には巨大な黄色いハサミ。どこかで見たことのある、このフォルム。もちろん虎じゃない。

「ムカデ…」

 そう、ムカデだ。少々大きすぎる気もするが、まあ形状そのまま縮めればそう珍しくない多節のアイツになるだろう。だいたい縮尺にして1:1000といったところか。…やっぱりデカすぎる。

「変な虎もいたし、変なムカデがいたっていいんだけどさ…」

 しかし双羽も落ち着いたものだ。先の虎のせいでどこか感覚が麻痺しているのかもしれない。…そのお陰かどうかは知らないが。

「…あれ?」

 双羽は、とある違和感に気づく。これだけ大きければ当然なぎ倒されているであろう、草原の草だ。無論、ムカデの胴体はぽつぽつ生える雑草を横へ押しのけ鎮座している。しかし、当然この巨大生物が移動したときに残るであろう跡らしきものが、無い。違和感はまだある。さっき双羽は後ろ向きに飛んでいた訳だが、だからといってこの巨体の移動音に気づかないなんてことがあるだろうか。こいつの登場は、いささか突然すぎた気もする。

「じゃ、確かめよっか」

 箒の先をムカデに向け、少し前傾に構える。ムカデはゆっくりと首を伸ばしてきたが、遅い。滑るように飛び出した双羽は、ムカデにぶつかる寸前、箒を横向きにした。そのまま横滑りを応用し、ドリフトよろしくムカデの側面ぎりぎりをかすめ飛ぶ。

 もしムカデが“実体であるならば”、真っ赤な甲殻には位置を微調整された箒の先端が激突したはずだ。しかし、箒は止まらない。これで双羽は確信を得る。

 お次は真っ正面からの、突撃。結果、双羽は無傷でムカデを貫き、あれだけ存在感を放っていた巨大ムカデはぱっと霧散した。

「やっぱりねー」

 ムカデは、幻。疲労が見せたにしてはリアルすぎるあの幻想は、先の虎と同じくこの場所故のものなのだろうか。

 …とりあえず、この場所から離れよう。そう判断した双羽の目に、またも訳の分からないものが映った。ああ

「あ、蟻…??」

 数え切れないほどの、蟻の大群。いつの間にやら完全に包囲されている。しかも先のムカデほどでないにせよ、皆巨大だ。一匹につき車一台分はある。それが“空中から”ワラワラと押し寄せてきた。

「…蟻って、空歩けたっけ…?」

 まあ、普通は蟻に限らず空中なんぞ歩かない。羽蟻が飛んでいるならまだしも、地を這うと同じ動作で空をわらわら歩いてくる蟻なんて聞いた事も見た事も無い。がしかし、ここは虎が角張ってたりムカデが消えたりするような場所だ。もう何があったっておかしくはない、とも言えるだろう。

 もちろん、あの蟻もムカデと似たようなものだという可能性はある。あるのだが、それを確かめるためにあのワラワラ集団に突っ込むのはいかがなものか。あくまで単体だったムカデとはわけが違う。もし仮に本物だったりすれば目も当てられない。

 ならば逃げるのみだが、水平面上360°包囲されているため逃走先は上か下。どちらでもあんまり変わらない。

「んじゃ、木があるし下!」

 どこまで昇れるか判然としない上空より、地形の活用が可能な下方に活路を見いだす。地面に降りてしまってはこちらの利点である機動力が損なわれるため、ちょうどぽつんと生えていた木の中腹めがけて全速力の直滑降。

 直後、ちょうど目標としていた地点に、人がいた。現れたのでない、今、いることに初めて気づいたのだ。黒いフード付きマントで頭まですっぽり隠れた、見るからに怪しい人物。

「え、誰?」

「な、なんでこっち来るの! …呪術・金縛り!」

「わっ!?」

 ぴしっという幻聴と共に、突然双羽は停止する。全身の筋肉が、見えない力に押さえ込まれたような感覚。体の自由がきかない。

 …が、停止したのは双羽だけであった。箒は、止まらない。

「え、ちょ、なんで止まらないの…!?」

「いや、そんなこと言われても」

 予想外の事態だったのか、固まる黒マント。そしてそもそも動けない双羽。そのまますっ飛ぶ箒。

 なんだかぐぐっと体感時間が引き延ばされて、相手の姿とか色々とよく見える。マントの影からちらと顔が見え、ああ、女の子だったんだ、ということに気づく。

 …数瞬後、両者はきれいに正面から激突したのであった。


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