第廿陸話 黒道無終・くろくて ながい
双羽の報告した“道のようなもの”。それが地上から視認できるようになったのは、ちょうど丸一日歩き通した後であった。それから一度沈んだふたつ太陽も、再び天上に昇り盛大に大地を照らしている。昨日の晩は冷え込んだのだが、今はそこそこ暑い。季節の変わり目なのか、もしくは地球で言うところの砂漠みたいな気候なのか。どちらにせよ、あまり長い間野宿生活を続けるわけにもいかなさそうだ。
「えーと…に、て、い、ふ、き…って読むんだよね、これ」
「アタシにもそう読めるわねぇ」
地上から目的地を確認した、その翌日。つまりこの陸地に漂着して2日間が経過した頃。一行はその道らしき筋に到達した。
見渡す限りの荒野に、遙か地平線まで延びる黒い一筋。幅は広めの車道ほどもある。この辺り一帯は全体的にモロモロとした土質なのだが、この黒い部分だけ固めた粘土のようなものが敷き詰められていた。
そして、ぽつねんと突っ立ったひとつの看板。到達した場所からそれなりに離れていたのだが、キョロキョロと周囲を見渡していた双羽が発見した。さすが、徒歩2日先の構造物を目視で捕捉しただけはある。
「ニテイフキ、か。聞いても意味が思い浮かばないあたり、こいつは固有名詞なのだろうな」
その看板まで歩き、全員が書かれている内容を読み上げたところで初めの台詞に戻るわけだ。
「これ、看板だから…町の名前じゃない?」
「んじゃ、こっちに歩いていけばニテイフキって町があるって事だよね」
「これが本当に道なら、ねぇ」
「…実は雨が降った跡でした、とでもいうのか? 無論確実というわけではないが、十中八九人工の通路だろうな、これは」
華月の言う通り、まあこの黒い筋は道だろう。そこはいい、むしろ歓迎すべき事だ。
…問題は、その行き先がどっち見ても延々地平線まで続いていることぐらいか。元居た世界の先進国なんかならともかく、車も電車も無いこの世界でこの長さ。さらにここ数分、誰も通っていないし通る気配も無い。本当に、今現在機能している道なのだろうか。
「…まあ幸い、目的地と思しきものができたわけだ。とりあえずはこの道に沿って移動するとしようか」
「うん、やっぱそれ一択だよね。無理矢理真っ直ぐ行ったってしょーがないし」
進路変更、果ての見えない黒筋に沿って荒野を進み始める一行。常に行き先が示されている分、ここ数日の旅路よりかは数段気楽である。
「ホントにちゃんとした町とかあればいいよねー。もう保存食飽きちゃったよ」
「そーそ。いい加減、荒野も見飽きたし。こう同じ景色じゃねぇ」
「私は…そろそろ、体洗いたい…」
ここ最近、漂流含めて野宿が続き気味だ。多少なら気にもしないが、ここまで連続するとなれば話は別。何だかしちゃいけない臭いとかする気がするのは、いくら旅人といえ正直女性としてどうかと思う。
…まあ、周りはんなこと気にしそうにない連中ばっかりなわけだが。把臥之姉弟は言わずもがな、華月にしたってあの白衣一張羅を見れば一目瞭然。んな事に気を使う必要が見当たらない。むしろ、そのせいで余計身嗜み関連の感覚がルーズになってきている今日この頃な気もしたり。
「そう言えば、こっち来てから風呂に入った覚え無いわねぇ。そゆーのって、この世界にもあるのかしら?」
「まあ、似たようなものは存在するな。そこまで習慣として定着しているわけではないようだが」
風呂といっても立派な浴槽なんぞあるわけでなく、ちゃちな五右衛門風呂に近い。人ひとりがギリギリ入れるような木製の樽に、湯を張っただけのものがほとんど。無論沸かすという考え方も無く、冷めれば全部捨てるのみ。宿によっても設備が有ったり無かったりだ。
では、通常ならばそのあたりどうしているのか。まあ、野宿なら川とかで沐浴になるだろう。これが宿になると、なんとシャワーが使えたりする。一般的には、火の魔法道具で湯を沸かし、風の魔法道具で気圧を操作して吸い上げるという仕組みだ。魔法って便利である。
「ふーん。あるんなら、一回ぐらい入ってみたいわねぇ」
「…そうだな、久しぶりに風呂に入るのも良いか。ならば、そういう宿を探さんとな」
「宿付きのお風呂に行かなくてもさ、銭湯みたいなのもあるんだよ。知ってた?」
魔法道具とは、いわばこの世界の“機械”に相当する。とはいえ、流石に一般家庭でそうほいほいと備えられているものでもない。それは先述のシャワーにしろ同じ事。
…よって大抵の町には、そんな一般住民向けに大衆浴場が設置されているのだ。浴場といってもシャワーのみのところがほとんどだが、まあ特に問題など無いだろう。
「銭湯、だと。それは初耳だ…が、ところで把臥之、何故貴様はそんなこと知っている」
「キヅキにあったもん。カナちゃんに連れてってもらったんだよー」
「む、あの町にそんなものが…近い割にあまり行かなかったからな。ニテイフキ、という町にそれがあればいいのだが」
「大丈夫…だと思うわよ。普通、町や村には…一軒ぐらいあるから」
「ふふ、それは今から町に着くのが楽しみねぇ」
何故かそのまま、しばらく風呂の話題で盛り上がる一行。まあこれも珍しいことではない。年齢、性別ともにバラバラな集団故、共通の話題というものが少ないのだ。趣味からして料理、読書、ものづくり(最近)、スポーツと統一性が無い。因みに誰のがどれかは推して知るべし、である。
「そーいえばさっき双羽がキヅキって言ってたけど、それもどこかの町?」
「うん、カナちゃんと会ったとこのすぐ近くなんだ」
「へぇ。つまりアレねぇ、夕依ちゃんと双羽の馴れ初めの地、ってとこかしら?」
「…朝美さん…」
「…否定したいけど、言葉の使い方は間違ってないんだよねー」
「ちなみに俺が住んでいた場所のすぐ近所でもあるぞ」
「アンタにゃ聞いてないわよ」
「だろうな」
…南の草原で双羽と出会って、今でほぼちょうど1ヶ月。それが早1ヶ月なのか、まだ1ヶ月なのか。大きな出来事だけ並べればテンポの緩い日々だった気もするが、実際は何でもない旅の途中にも色々あった。
夕依の独り旅ではあまりそうでもなかったのだが、どうもこの箒少年と出会ってからアクシデントの勃発率が高いような気がする。盗賊とか何かよく分からない生き物とかから逃げ回ったのだって、1度や2度ではない。もしかすると10や20でも足りないかもしれない。
「…双羽って…割と、疫病神よね」
「えっ…と、カナちゃん、急に何かな?」
「何故に今そういう台詞が出るに到った」
「ま、言いたいことには割と同意するけどねぇ」
「ちょ、お姉ちゃん! なんでそこ肯定しちゃってるの!?」
「因みに俺もそこだけに関しては賛成だ」
「わぁい、まさかの孤立無援…って何さこの流れ」
「…知らないわよ」
「あれ、多分カナちゃんが発端だったと思うんだけど…」
よく分からない話をする内に、周囲には所々緑色の草塊が増えてきた。土の質が変わったようには見えないのだが、何だろう、ちょっとした地下水脈でもあるのだろうか。どのみちこの荒原風景に変化が訪れるのならば、喜ばしいことではある。
「ちょっと景色変わってきたわねぇ。ちょっと草原っぽくなってきたんじゃない?」
「…まあ、まだ見えるのは似たような背の低い草ばかりだがな」
「中に何か隠れてたりしないかな?」
言うや否や、どこから取り出したのか手頃な石を、近くにあった草むらに放り込む双羽。また余計なことを、と思ったがまあ無害そうなので何も言わない。
「うーん、じゃあ次こっち!」
どうも反応無しという結果は不本意だったらしく、その標的は別の草むらへと変更される。これだけ生命の気配の無い場所で、その行為にいかほどの意味があるのかとか思わないことはないけど止めもしない。双羽の余計な行動からしていつものことだ。
「ほいっ!」
「またよく分からんことを。そんなことしてもだな、どうせ草むらがバクっと…は?」
「あ…うーん、ちょっと予想外」
…どーにも不穏な空気を感じ、華月と双羽、その視線の先を辿る。あったのは、緑の草むら、っぽい体毛を全身に生やした細長い、なんというか、まあミミズみたいな生き物だった。体の太さは人ひとり分、後半地面の中なため長さは不明。顔と思しき部分にはただ大きな口と歯が覗き、目とかそういうものは見当たらないけど動いてるし多分生き物だろう。あと、気づけば周囲のあちこちの地面から同じのが顔を出していた。どうやら草むらに擬態していたらしい。双羽の投げた石に反応したのだろうか。
「アレねぇ、毛虫が近いかしら」
「ゴカイ、って確かあんなのじゃなかったっけ」
「…その議論は、どうでも良いから…逃げない?」
「奇遇だな、金峰。俺も同意見だ」
ちょうど久々のご馳走を喜ぶ感じで、草ミミズ(夕依命名)たちはうなり声を発した。発音器官を持つことを考えると、見た目に反して脊椎動物の一種なのかもしれない。こちらの世界にその分類があるかどうかは知らないが。
「…幸いこの道の先を塞いでいるやつはいないようだな。そのまま走るぞ」
威嚇か何だか知らないが、上半身をゆらゆら揺する草ミミズたちの間を走り抜ける。時折こちらに反応してくる個体には、華月もしくは朝美から強烈な一撃をお見舞。そうやって、黒い筋をなぞるように移動していくのだ。たまに地面の下から奇襲を仕掛けてくるヤツもいたのだが、どうも黒い筋部分は貫けないらしく、大概不発に終わっていた。
「それにしても多いわねぇ」
「あの辺り…草が、無くなってる…?」
「なるほど、少しばかりの安全地帯というわけか」
「それは嬉しいニュースだね、っと!」
だんだん出現も疎らになるミミズを蹴散らし、一行は黒い土の広がる部分へと到着。だいたい一定幅を保つこの筋だが、たまにこうやって広くなっている箇所も存在するのだ。今回の場合、とりあえずの休憩場所としては使えそうである。
「絶対安心、ってわけじゃないけどね」
「しかしまあ、こう距離があると襲ってくる様子も無さそうだ。交代で見張りを立て、少し休もうではないか」
「…賛成」
黒い土の真ん中に屋根だけのテントを立て、しばらくの休息をとる一行。因みに初めの見張りは双羽だった。ジャンケンによる公正な審査の結果とは、本人の語るところである。
…こうした休憩を挟みつつ、夕依たちは広野を進んでゆく。夜も同様に見張りを立て、交代で周囲を警戒した。幸い草ミミズは感覚が鈍いらしく、ある程度近づかなければ反応してこない。それでもその密集度合い故、小戦闘は頻繁に発生する。おかげさまで、延々続く偽草原地帯を突破する頃には道の発見から早5日が経過していた。
一度そこで大きく休息をとった一行が大きな建物群を遠目に発見するのは、それから更に丸一日経った頃である。