第拾玖話 紙札蒼斬・おふだ だったり あおかったり
多少背後を気にしながらも全力ダッシュ、突き当たりの角を右側へジャンプ。翻ったマントを掠めるようにして青白い閃光が迸るが、そんなもの気にしない。次の角を左に曲がった白衣を目に捉え、追随して滑り込む。見れば前を走っていたはずの華月は歩を止め、壁に向かって何やらゴソゴソしていた。
「…何してるのよ」
「壁の補強中だ。流石に逃げるのにも飽きたのでな、ここらで反撃開始といくぞ」
「そうね…」
短く答え、そっと角から頭を出す。どうやらまだアサミは向こうの角まで来ていないらしい。存外ゆっくりとした足音が聞こえるのみだ。…彼女が姿を現せば、その時が戦闘再開の合図である。
「まあ幸い、奴の魔法とその特性、あと性格等は大体掴んだ。次からは、そうやられっぱなしということにもならんだろう」
「それなら…いいけど」
まあ、先程からかれこれカップラーメンの待ち時間10個分は逃げ続けている。そろそろ走り回るのにも限界が来ていたところだ。ここらで腰を落ち着けた方がいいのかもしれない。
「それで…どうするの?」
「まあ、基本は今までと同じだな。俺があの魔法を捌き、その内に貴様が攻撃を仕掛ける。今回は壁にも相当な補強を掛けておいた。先と違うのはそこだ、これである程度は耐え切れるだろう」
あのアサミを相手取るにあたり、とにかく脅威なのが彼女の魔法、その攻撃特化した性能だ。あの青白い閃光自体は、どうも“斬撃”を射出しているものらしい。で、まあこれはいい。問題は、華月の渾身の防御を一撃で消し飛ばすその威力、そしてついでの如く廊下一本ボロボロにする攻撃範囲、これだ。この特徴のせいで夕依たちは防戦、というか逃走一筋になってしまっている。
無論、弱点だってちゃんとあるにはある。あの蒼い閃光、操作性が妙に大雑把なのだ。おかげで華月の防御札を用いた“逸らし”が活躍しているわけだが、それも前述の広範囲特性が補ってなお余っている状態。狙いを絞ろうにも、余波がわりかしシャレになっていない。決定打こそ無かったものの、華月、夕依共にあちこち傷だらけだ。あまり芳しい状況ではない。
「壁を盾にして、防御と攻撃を役割分担…結局は同じじゃないの?」
「いやまあ待て、誰もそれだけとは言っていない。ついさっき貴様に言ったあの作戦もあるだろう。他にもいくつか仕掛けてはいるぞ。…なんせ、見るからに搦め手に弱そうな雰囲気だからな」
「…あまり、考えてなさそうよね…」
今さっき会ったばかりの人物だけに何とも言えないが、これは2人の共通見解だ。あれだけ戦闘向きな魔法なら色々とやりようもあるだろうに、ひたすら真っ直ぐこちらへ撃ち込むのみ。バカとか何とかいうよりも、愚直とか武人気質とかそういうものに近い感じがする。
「さて、お出ましだ。まず仕掛けるか…」
向こうの曲がり角へ姿を見せたアサミをみとめ、小声で指示してくる華月。まあ無駄なことだとは思うのだが、んなこと彼にだって分かっているはず。
「…呪術、金縛り」
ちらと廊下の角から向こうを覗き、歩いてくる女性に照準を合わせて魔法を発動…するが、当たり前のように避けられる。今までと同じだ。特に見えたりする類のものでもないのに、しっかりかっつり回避されてしまう。
「そこねぇ。ていやっ!」
気合いと共に放たれた閃光を見、慌てて頭を引っ込める。直後華月が投げ付けた紙切れによってその軌道は逸らされ、結果として天井が一部薄くなった。なんか破片落ちてるし、上を人が歩いたら底抜けそうな気もする。
「ちっ、コイツも少なくなってきたな。何か別の手を考えるか…」
懐から取り出した紙束と睨み合い、ひとり思考を回す華月。様々な漢字一文字と複雑な模様の書き込まれたその紙切れ、彼の新兵器である。その名も“札”。今のところ、初めに使った“防符”と今閃光を逸らすのに使っている“曲符”のみ夕依は確認している。もちろん他にも色々あるだろう。華月の魔法、その最大の弱点である発動の遅さと付随する連射性の低さを補う強力な武器だ。
ちなみに実は文字周りに刻まれた模様とか適当で、ものとしては紙に書かれた文字を魔法として発動させているだけ。非常に簡単な仕組みである。よって量産が簡単というのも利点のひとつとは制作者の談。あと模様付けたのは男のロマンらしい。よく分からない。
「全く、いつまで逃げてんのよ。ちょっとはやり合う気無いの?」
「…そもそもそちらが勝手に仕掛けてきたのだろう。このまま見逃してくれさえすれば文句は言わんが」
「うーん、そりゃ無理ねぇ」
「そうか…ならばまあ自業自得だ、多少の強攻策には目を瞑ってもらおうか」
廊下の角越しに言い合いをするというのもなかなかに滑稽な図だ。しかもセリフの応酬しつつも攻撃の手を緩めないあちらさんのせいでツッコむ暇さえ無い。器用なものである。
「良いわよ、何するつもり?」
「誰が敵にそんなこと教えるか。身をもって知るがいい」
「ケチねぇ」
「ケチでも何でも良いがな。…これでも食らえ」
突然身を乗り出した華月は、アサミに向かって何かを投げつけた。いくつも重ねられていたであろうそれは、空中で分裂するとそのまま廊下の向こうへと散らばる。空を切り、結構な速度で飛ぶ細長いシルエットは…
「…か、紙飛行機…」
「無論ただの折り紙ではないがな」
明らかに不穏なこの紙飛行機群に対し、しかしアサミは冷静だ。自分の方へと飛んでくるものだけを確実の魔法で撃ち落とす。精度こそ悪いものの、ただの紙なんぞ余波が触れた時点で真っ二つ。そうやってアサミを避けるように広がった紙飛行機たちは。
「…“爆”ぜろ、爆符」
突如、爆発した。どうも書かれていたのは“爆”の字らしい。札・遠距離Ver.とでもいったところか。
流石のアサミもこれには少し驚いたようで、もうもうと立ち上る土煙から一歩引いたところで立ち止まる。…この、タイミング。
「今だ、金峰」
「…凶運・頭上注意」
予め決めてあったタイミングで、夕依の魔法を発動。当たり前のようにアサミは回避行動をとろうとして、戸惑う。恐らく魔法の照準が自身でなく下方へズレていることをいぶかしんだのだろう。だがそれでいい、止まってくれることにこの攻撃の意味はある。
「え、ちょっとそれアリ?」
そんな彼女に向けて、いや違う、そんな彼女の足下の床めがけて、先程爆発させず煙に巻かれていた残存紙飛行機が雨の如く落下した。床に対して発動した“運悪く上から何か降ってくる魔法”に従い、空を漂う紙飛行機は落下軌道を描いたわけだ。いくら夕依の魔法を確実に避けてくる反射といえど、これは避けきれない。
「それって反則じゃないの、ねぇ」
「芸が無くて済まんが…“爆”ぜろ、爆符」
ドウン、と。廊下の遙か向こうまで響くような音を立て、煙はさらに広がる。ただ砂地とかでもないこの場所ゆえ、大した視界妨害にはならない。どうやってかあの爆発を受けきったらしいアサミの姿もばっちり見えてる。
ならば、狙える。
「…呪術・金縛り」
「いったー、って、あら、動けない」
これで何とか動きを封じ…
「んじゃ、もうちょっと本気出すわよ?」
「え、本気って…きゃあっ!?」
突然夕依の体にものすごい負荷がかかる。アサミが、金縛りに抵抗しているのだ。しかもあれ、きっと腕力だけでやっている。人間じゃない。
「あらら、思ったより堅いじゃないの」
「…っ、これ、もう保たないわよ…」
「十分だ。…“縛”れ、縛符!」
華月の号令に反応し、廊下の隅っこに仕掛けられていた札が一斉に飛び出した。それらは瞬時にしてアサミに張り付き、体を覆っていく。それにつれ、夕依は体にかかる負担が軽減されていくのを感じた。
「あっちゃ、これは流石に無理ねぇ。全く動けないわ」
「…済まんな、金峰。今しばらくその魔法を続けておいてくれ。正直俺の縛符のみでは止め切れる気がせん」
「一応…まだ、しばらくは…続けられるけど」
似たような魔法効果の重ね掛けでようやく動きを封じているこの状態。どちらかが気を緩めれば面倒なことになりかねない。そこのところ念頭に置き、慎重にアサミの縛りつけられた場所へと向かう。
「大丈夫よ、降参降参。別に放されたからってもう暴れないから」
「信用はできてしまうのがなんだが、そう簡単に解放するのは無理だな。貴様を使ってこの騒動そのもの止めさせる必要がある」
元々それは選択肢のひとつでしかなかったのだが、アサミが問答無用で仕掛けてきたためこれ一択となってしまったのだ。今更盗賊団の指示に従うというのも変な話だし、この人質をネタに彼らと交渉、通常航海に戻させるのが今現在のベストである。
「うーん、でも仲間が捕まるのは嫌ねぇ」
「観念しろ」
「アレ以外居場所無いのよ。人捜してるんだけど、それにも足とか必要だし」
「事情は分かるが、こちらにもこちらの都合がある」
「そうなのよねぇ。困った困った」
いまいち困ってなさそうな口調だが、表情が陰っているあたり割と本気か。それを見、さてどうしよう、なんか心証悪くなってきたぞと腕を組む華月。しばらくその真似して首をひねってみたが、夕依の発想力じゃ良い案は出ない。
そんな彼女は、特に何というわけでなく後ろを振り向いた。強いて言うなら首をひねることに飽き、新しいことをしてみただけだ。が、おかげさまで夕依はとても珍しいものを見ることができたのだった。
「…だよね、居ると思ったよ何となくそう思ったけどやっぱり聞こう、お姉ちゃん、なんでここにいるのさ!?」
いわく、頭を抱えて叫ぶ双羽なんぞというレア風景、そう見られるものでない、と。
…場面転換が無い。ついでに脈絡も無い。キャラクターが制御できない…