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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・参章 遥狭異界・いがいと せまいぞ このせかい
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第拾捌話 船底遭遇・ふねの そこで こんにちわ

 客船前部の職員用階段を一段とばしで駆け下り、角を曲がる。前方には船体に沿って軽く湾曲した廊下が伸びていた。後はこれを船尾まで直進すれば、指定された貨物室だ。

 はじめは全員で放送室へ向かっていた華月たちだったが、その後の放送で貨物室の方も重要だと判断。そこで二手に分かれ、片方はそのまま船底へと降りてきたのだ。

「はぁ、はぁ…ちょっと、待って…」

「…体力無いな、貴様」

 軽く息を整えていると、手すりに乗りかかるような体勢で夕依が降りてきた。華月の全力ダッシュに付いて来たため、息絶え絶えである。

「しょうが、ない、でしょ…走る、速さが、違う、のよ…」

「別に無理して喋らなくても良いぞ。どうせここからは急がん。少し休むか?」

「そう、させて、貰う、わ…」

 壁に背中を預け、荒い息を整える夕依。たかが船といえ、甲板から船底階までは4、5階建ての建物相当である。それだけの距離を男性の全力ダッシュに付いてきたのだ。彼女もその年代の少女としてはスタミナのある方だろう。

 言っておくが、何も別に好きで船内全力疾走していたわけではない。というか、船後部へ行くのにわざわざ前部の職員用階段使ってるのだってちゃんと理由がある。まあ隠すことでもなし簡潔に言おう。混んでいるのだ、後部の階段は。

 そもそもこの船、前部に機関室や操舵室等の乗員室、後部に客室類が配置されている。通常一般人の訪れない船底以外は大体この基本構造通り。よって、乗客用の昇降階段は後部に2組、合計4つしか存在しないのだ。少ない気もするが、構造上の問題とかあるのかもしれない。

 そこに、先の放送。許容量以上に人間の押し寄せた階段は、完全にその機能を停止させていた。それを避けてこちらの職員用階段を使ったのである。

 …因みにこの場所、本来ならば一般客立ち入り禁止エリアだ。よって当たり前に掛かっていた鍵なのだが、これは華月の魔法で難無くクリアしてしまった。立派な犯罪行為な気がするものの、今は緊急事態、つまり仕方無い。あと、急いでいたのも途中で“乗員に”見つからないためだったりする。

「…ふぅ。…行けるわよ」

 夕依の息も整ったようだ。

 さて、ここからは隠密作戦である。とりあえずやることは、貨物倉庫を偵察し、相手の規模と程度を把握すること。あと、具体的な目的も。もし仮にそれがこちらのやることを阻害しなければ、このまま指示に従うというのも手なのだ。そのためにも、こちらの一般乗客とは違う怪しい動きを相手に悟られたくない。

 双羽の方は逆に放送室を襲撃し、あわ良くば占領する手筈である。いざという時、迅速な情報伝達手段である船内放送を掌握していること。これは大きなアドバンテージとなるからだ。これは双羽自身の作戦でもある。

 因みに彼曰く、この役目は逃走に適した箒魔法が適任なんだとか。特に否定するわけでないので了承したが、どうも双羽には別の目的があったような気がしなくもない。最初の放送の時も、『もしかして、この名前って…いや、いくら何でもまさかそんなことは無…くも無い、かなぁ…』とか何とか呟いていた。相手に心当たりでもあるのだろうか。

 …まあ、今そんなことを気にしていても始まらない。先ずはやるべきことを、だ。

「一応注意しておくが、相手に見つからんようにな」

「分かってるわよ。…呪術・路傍の石…」

 もごもごと呟く夕依。す、と存在感が薄くなる。意識を逸らせば、そこにいることを忘れてしまいそうな。そんな希薄な気配。

 華月は知る由も無いが、双羽と夕依が出会ったときにも使われていた魔法だ。

「ほう、そんなこともできるのか。まあ俺も似たようなものだがな。…“隠”せ」

 手のひらに“隠”の文字を書き込み、発動。自分では効果を確認しづらいが、今他人が華月を視認することは難しいだろう。気配云々ではなく、ただ単に対称へ焦点を合わせにくくするという仕組みだ。まあ、結果としての効果は似たようなものだが。

「行くぞ」

 足音に気を付けつつ、廊下を進む2人。華月の場合見えなくなってるのは姿だけなので、音で居場所がバレる可能性もある。その点、気配丸ごと消してる夕依は気楽なものだ。普通にすたすたと歩けて羨ましい。まあこの先の貨物倉庫には乗客が押し寄せてる筈なので、あまり音とか気にし過ぎたところで仕方無いのかもしれないが。

 そのまま廊下を進み、貨物倉庫の入り口が見えるところまで辿り着く。予想通り、そこには溢れんばかりの人の波。この船こんなに人が乗ってたのか、と感心してしまう程のイモ洗いっぷりだ。これでは盗賊団の姿なんぞ見えやしない。

「どうする、金峰。貨物倉庫に入るのは無理そうだぞ」

「…壁に…穴でも、空ける?」

「なんだそののっけから物騒な案は。船壊してどうする」

「あら、確かにそうねぇ。いい方法かと思ったんだけど」

「仕方…無いわね。…いっそ、入り口に詰まってる人を…」

「だから何故貴様はそう発想が物々しいんだ。もう少し様子を見てから決めても…ん?」

 …いや、ちょっと待とう。今、明らかにおかしいセリフが混じってはいなかったか。

「でもあそこ入っとかないと困るのよねぇ」

「ああそうか。…で、貴様は誰だ?」

 ゆっくりと振り向き、いつの間にやら背後に立っていた人物を見据える。ざっくばらんな黒髪を散らした長身の女性。誰だ。

「…! …いつの間に…?」

 遅れて気づいた夕依が、驚きに目を見開きつつゆっくりと後退る。華月だって、会話に参加してこなければもっと気づくのが遅れただろう。

「まま、質問はひとつづつ、ってねぇ。あ、因みにここ来たのはついさっきよ。なんか会話してる2人組居たから、何かな、って」

 何だ言って、律儀に答える女性。ちょっと順番が逆のような気もするが、そこは気にしない。

「どうも回答を有り難う。…ということで、もう一度聞こうか。貴様は、誰だ」

「人に聞くときゃ自分から、ってよく言うけどアタシはあんまり気にしないしねぇ」

 やっぱり気にしないらしい。

「アタシの名は、アサミ。名前のまんまだけど、今回シージャックしたアーサミー盗賊団の団長よ」

「ほう?」

「…!」

 ぴし、と一瞬体を強張らせ、即座に戦闘態勢で距離をとる夕依。華月もそれとなく構え、警戒を強める。対してアサミはえらく余裕だ。何か秘策でもあるのか。

「まあ、それよりも。アンタたち強そうねぇ」

「…それよりも、って…」

「あ、もしかしなくてもアンタたち、来訪者でしょ」

「…! …なんで、そう思うの…?」

 何故、分かったのか。特に不審な行動はしていないはずだが。

「なんで、って、さっきから変な魔法使ってるでしょうが。アタシの目は誤魔化せないわよ?」

 そういえばこの女性、はじめから夕依を認識していた。つまり魔法が効いていない、もしくは何らかの方法で魔法の効果を潜り抜けたということだ。ならば、奇妙な魔法を使っていることにも気づくだろう。そこで、確信を根本にカマを掛けてきたわけだ。夕依はそれに見事に引っかかった、と。

「しかしな、言わせて貰おう。…それに何の意味がある?」

「大有りよ。なんたってやり合う大義名分ができたじゃないの」

「…やり合う?」

 それまたおかしなことだ。華月たち襲撃された側が盗賊団へ挑むのならいざ知らず、彼女がこちらとやり合いたがる意味は無い。懸賞金目当てでもなさそうだが。どういうことだろう。

「いまいちそちらの言っていることが見えんのだが…」

「そうねぇ。乗客の人巻き込むのもアレだし、あっち行ってくれる?」

「…もう一度言おうか。意味が分からん」

「んじゃ、5数えたら攻撃するわよ」

「おい」

 なんかもう会話が成り立っていない。

「5、4、」

「おぉい」

 …まずい。このアサミとかいう女性、本当にやるつもりだ。しかも来訪者と知って挑むのだから、それなりに実力はあるはず。何も無しに受けるわけにもいかない。

「3、2、」

 手のひらに“防”と書き込もうとしたが、ふと悪寒がして止める。これは、まず場所を移動すべき。

 なんか展開について来れてない夕依を引きずり、とりあえず指定された方向へ離脱。華月だって乗客の皆さんを巻き込みたくはない。

「1、」

 隠れる場所は無し、どこかに文字書く暇も無し。…もっと温存しておきたかったのだが、しょうがない。アレを、出そう。

「、0、ったぁ!」

「…“防”げ、防符!」

 大きく振り抜かれたアサミの手元から、何か青白いものが迸る。同時、華月の懐から取り出された紙の束が散り、それぞれに描かれた“防”の文字が薄く輝く。一泊置いて、両者激突。相殺し合ったのか偶然なのかは知らないが、綺麗に両方吹き飛んだ。

「へぇ、やっぱりやるじゃないの」

「そいつはどうも」

 華月としてはわりかしフルパワーに近い防御だったのだが。一撃で吹き飛ばされるなんて想定外も良いところだ。

 …というかそもそも、何なのだろうこの状況は。なんで華月は攻撃されているのか、答えてくれそうな人はいない。

「んじゃ、次いくわよ、次!」

「ぬお…!」

 またも放たれた青白い何かを、今度は夕依ごと枝分かれした廊下に飛び込むことでやり過ごす。目標を失った攻撃は、華月たちの代わりに廊下の内壁を切り裂いた。一撃でなんか激戦後の光景みたくボロボロになった壁を見、アレは絶対に食らってはいけないものだという認識を強める。

「…聞いて良い?」

「なんだ」

 やっとこさ、夕依が復活したようだ。余りにフルボッロな壁に驚いたためかもしれない。

「…なんで、私たち…襲われてるの?」

「さあな。…しかし、分かっていることがひとつあるぞ」

 とりあえず廊下を奥へ進む。逃げたってしょうがないのだが、アレはそう何回も受け止められない。

 ならば先ずは、良いポジションを確保することから。当面の目標は、廊下の途中に放置されたあの大きな木箱だ。かなり頑丈そうだし、“堅”とでも書き込んでやればしばらくは保つだろう。

「あの人の…名前?」

「それを含めればふたつか。いやな、まあ簡単なことだ。…とりあえず、一度奴をなんとかしなくては」

「…それもそうね」

「だろう。ということで、やるぞ」

「はぁ…」

 どうも相手さん、話を聞いてくれそうもない。ならば、先ずは倒すのみ。話し合いとか他の手はそれからだ。

 お互いに戦闘の意思を確認しつつ、ついでに飛んでくる青白いのも確認し、揃って木箱の裏へ飛び込む2人であった。


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