第拾弐話 夜宿賊戦・ばとるやどー
気がつけば戦闘ばかり。閑話的なの書くのって苦手です。
丁度双羽が宿屋の主人に心の中で謝罪していた頃。未だ夕依たちの寝る部屋へと忍び込む影がふたつあった。
「しっかり寝てる…」
「…寝てやがる!」
丁度幼稚園児ほどの体格。双子としか思えないほど似た顔。…いや、よく見ればソレが人の顔でないことに気づけるはずだ。その身に赤と緑、色違い一色づつの服を纏うこの2人。
「あの少年、いきなり外行くもんだ…」
「…いやもう焦ったけどな。でもこいつらはしっかり寝てて助かったぜ」
どういう原理で動いているのかは知らないが、おそらく生物ですらない。人形だ。しかもどうやら華月たちを狙って侵入してきたようである。
ふたつあるベッドそれぞれに一体づつ忍び寄ってくる人形。赤いやつの振り上げた腕はいつの間にか鋭利な大鎌に変化している。緑の方はでかいハンマーだ。質量保存の法則どこいったとツッコみたい。
「さて、ここまでの旅…」
「…ご苦労さん、そしてさようなら!」
言葉と共に、巨大なハンマーが落下してくる。明らかに本体よりハンマーのが大きいだろ重心どこだよ、と再度ツッコんでいる場合でもなさそうだ。
上半身を捻り、ベッドから転がり落ちる。残念ながらハンマーが粉砕したのはベッドの骨組みのみ。…流石にこのベッドは弁償か。これだけ粉微塵だと修理とかそういう以前の問題だろう、新調するしかない。
「…ぬう、俺のせいではないのだがな…」
「…起きていただと!?」
驚いたように叫ぶ緑色。なるほど、先からワンテンポ遅れで喋っていたテンション高めなのがこちらか。
「こいつら、起きてやがった…」
「…起きてやがったな!」
見れば、夕依も同様鎌を回避したらしい。向こうのベッドは見事なまでにまっぷたつ。一晩でベッドふたつ弁償とかギャグにしたって酷い。いや、あれだけ見事な切断面なら接着すれば…いや、無理か流石に。
「金峰、ベッドの弁償は折半という方向でどうだ」
「…絶対、今、真っ先に言う台詞としては…間違ってるわよ、ソレ」
金の話は重要だと思うのだが、どうだろう。先にしておいて大抵損は無い。
まあ、話す相手がいないのでは意味も無いわけで。とりあえずベッドの弁償額についてゆっくり検証できる時間が必要だ。それにはあの人形、邪魔である。
「こうなっちまえばしょうがない…」
「…まともに前から、戦うか!」
ざっとこちらから距離をとり、背中合わせになる人形ふたつ。向こうの戦法、互いに隣接することで精度を高めた連係攻撃、と見た。まあ余り関係無いが。
「俺たちの連けヘエッ…!?」
「…呪術・強制リバウンド」
「…んな!?」
突然赤色が床に沈む。夕依の魔法だ。というか、そんなところで足止めるのだからそちらが悪い。あと、相方がやられたからといって戦闘中余所見するのはもっと悪い。
床を蹴り、素早く緑色へと駆け寄った。驚いてこちらを見るが、まずその反応からして遅すぎる。
「…“重く”なれ」
「…うごっ! お、重っ…!?」
“重”の字を書き込み緑の動きを止める。書き込む場所は、もちろん額。様式美である。あと重くしたのも夕依に合わせただけだ。動きを封じる以外特に意味は無い。
自重でズブズブと床に沈み始める人形2体。まだ口は開けるようである。ならばその出元とか色々答えてもらおう。
「さて、俺はこの人形共に聞くことがあるが。金峰、貴様はどうする?」
「私は…大田宮手伝うけど」
「ふむ…」
…素直でないというかなんと言うか、何だろう。先から聞こえてくる金属同士の打ち合い音、これを聞く度にちらちらと動く視線。何も言わず行けばいいものを、この年代特有の何かだろうか。面倒な。
「…いや、邪魔だな。金峰、貴様はこの部屋の外へ出ておけ」
「え、だから私も…」
「邪魔だ、と言っている。戸は閉めておくからな、出ておけ」
「ちょ、ちょっと待…」
まだ何か言っているようだったので、問答無用、扉の外へ押し出す。バタン、と音をたてて戸を閉め、振り返って人形2体の埋まるところまで近づいた。
…しばらくし、たたたと廊下を駆ける音が聞こえてきた。全く、めんどくさい。
「さて、まずは貴様らがどこで作られたか、というところからだ」
「…そんなもん話すかって」
「“回”れ」
「ギュオォォ…!?」
「…だ、大丈夫か相棒!」
「さて、話すか?」
ドリルよろしく高速回転する赤をひとまず無視し、尋問を開始する華月であった。
……
相対するのは、女性。アリアという名前らしい。丈の長い和服のような服装に片手持ち両刃剣が一本と軽装だが、それがその強さに一片の曇も落とさないのは身をもって体験済みだ。なんせ現在、箒を縦横無尽に駆使してなんとか防戦一方を保っている状態なのだから。
「剣をそこまで受け切るとは中々の腕ではないか侮っていたぞ」
「…せめて、そーいう褒め言葉だけでも抑揚付けて言って欲しいよ…」
「以後気をつけよう」
たん、と軽い音を残してアリアの姿が消える。いや、そう見えた。静から動への速度変化が余りにも瞬間的、かつ大きいため人間の目と意識が追いつけないのだ。結果として消えたよう映る。
で、そこまで分かっていれば対処法は単純。一度視界を左右に振る。実際消える速度ではないため、中央に引き寄せられた意識を広げてやれば捉えることは可能だ。
実際に凝視されてる人間が消えようと思えば、移動による衝撃波を耐え切るような化け物でなければならない。そもそも、そんな速度を出せる時点で十分人外だ。まあ、消えたように見せるだけでも若干人間を卒業する必要はあるのだが。
「はっ」
「てぇいっ!」
がきん、と音がして、双羽の左下方から跳ね上がった剣を箒が遮った。逆袈裟、というやつだ。確か。
「たあっ!」
「ふん」
やられっぱなしではジリ貧だろう。受けた箒をそのまま回転させ、相手の剣を持つ手を狙う。当たり前のように逸らされ跳ね上げられたうえで突きが返ってきたが。普通ならこれだけで確実に死んでる。
「てやっ」
「ふ」
跳ね上げられた箒を反転、叩き落として突きを遮断。慣性の法則無視な双羽の箒だからこそできる荒技だ。コレがあるからこそ、彼はこんな半人外相手に粘ってられるのである。
「やはり受けられるがならこれはどうだ」
「おわっ!」
す、と半歩下がるアリア。そこから残像を幻視しそうな速度でこちらの右側面へ。異様な早さの足払いが迫る。
足払い、と判断した時点で双羽は上へ。箒を利用して滞空時間を延ばし…
「はあっ」
「のわぁっ!?」
空に浮く双羽の足元から、直角に跳ね上がる剣先。おかしい、あの剣はさっきまで普通に水平軌道を描いていたはず。じゃあ何だあの慣性の法則無視な動きは。そんなのこの場にふたつもいらない。
慌てて箒を真横にし、突き出す。ギリギリのタイミングで、金属特有の衝撃が走り。そして双羽の右上から振り下ろされる両刃剣。
「…っ!!」
箒を自身に体当たりさせる勢いで後退する。咄嗟に上体を捻ったのだが、右肩が熱い。あと赤い。しっかりかっつり斬られてる。
今の一撃、二刀流などではない。下から跳ね上げた斬撃が箒を捉えた瞬間、その場で体を反回転させたのだ。言うなれば、胴廻し回転切り、である。
…などと言うのは簡単だが。これは先の説明に修正が必要だろう。半人外だとか人間卒業しかけとかいう次元じゃない。こいつは歴とした人外だ。
「今の連撃で仕留められんとは」
「いてて…」
幸い斬撃自体は肩骨で止まったらしく傷はそこまで深くない。しかし、出血がわりかしシャレにならない感じだ。今すぐ意識がブラックアウトとはいかないものの、処置無しならその内倒れること請け合いである。
「しかしこれで時間の問題だな」
「いちいち言わなくたっていいじゃんか…」
実際言葉として聞くとゲンナリしてくる。箒が利き手で扱うものでもなかったのは不幸中の幸いか。
「さてどうだ」
「っとと!」
それでも不利は覆せない。防戦一方この極み。跳ねる度響く痛みに顔をしかめる。
左方から来た大降りの一撃を受け流すと、剣は勢いそのまま右上へ。そこから反転し、右上、真下、そして突きの三連撃が双羽を襲う。後半受けるのを諦め、大きく跳ぶ双羽。
地に足を着いた瞬間、視界が漆黒に染まった。
「わっ!?」
ちょっとした血液不足、それに起因する視界のブラックアウト。一瞬のことではあるものの、双羽の着地を阻害し、かつよろめかせるには十分。手練相手の隙としては、十二分。
踏鞴を踏むその視界に、研ぎ澄まされた剣先が迫る。
「…やっちゃた?」
「つまりこれで終わりか残念だな」
いちいち剣を振り上げたりはしない。一度突き出された切っ先はアリアの前進により再度脇に溜められ、そこから最短経路をもって双羽を貫くべく走る。
「…呪術・金縛り!」
「おっと」
す、と身をかわすアリア。軽く地を蹴り、間合いを取る。その顔が微かな笑みを浮かべたのは見間違いでないだろう。ゆっくりと起き上がる双羽を庇うような位置取りで、黒いマントが翻った。
…なんとなくこう、立ち位置が逆のような気もする。お約束とかそういう単語的に。
「カナちゃん。ありがと」
「双羽、血、出てる…」
「ん、大丈夫だよ。…今のところはねー」
一度深呼吸して鼓動を鎮める。どくん、どくん、と響く度、どこか力が抜けるような錯覚。やはりこれ以上血液を失うのは非常によろしくない。
「なるほど2対1かそれもいいな本気を出そう」
今までので本気でなかったというのか。正直気が滅入る。
…が、双羽の状態はお世辞にも万全と言い難い。狙うべくは、短期決戦。
「んじゃカナちゃん、行くよっ!」
VSアリア、第2ラウンド開始である。