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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・弐章 交々者事・いろんな ものこと ありまして
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第拾壱話 新町新事・いかと ほんと たたかいと

…なんだか短いです、いつもに輪をかけて。

 沼地を発って早5日、双羽たち一行はそこそこ大きな町にいた。町の正中線を貫くメインストリート、そしてそのど真ん中に鎮座する時計塔が特徴である。地図と案内板に拠れば、町の名は“ナウェサ”というらしい。

 幸い時計の形式は針による円盤指示だったので読めない事も無い。動力は魔法と聞いたが、そんなもの外見には関係無いのである。

「うんうん、読めればいいもんね」

「…何言ってるの。置いてくわよ」

 今回は夕依の用事にお付き合い、華月はとってある宿屋で留守番だ。平和な町ではあるらしいが、外に出るときは2人以上が望ましい。忘れがちだが彼ら、一応は追われる身なのである。

 エサンに比べて全体に木造建築の目立つ町並みを進む。メインストリートには石が敷き詰められてそこそこ歩きやすい。まあ町間の街道なんかよりマシ、という程度ではあるが。双羽たちの元いた世界のアスファルト舗装などとは比べるべくも無い。

 メインストリートのあちこちには露店が出ていた。町の雰囲気が落ち着いていること、造りがしっかりしていることからして常設だろう。そのうち一軒、適当に見つけた店へと立ち寄ってみる。鉄板の上には烏賊っぽい生き物の串焼きが並べられていた。

「うーん…テウェヨの姿焼き? これ、おいしいの?」

「…この町の…名産、ね。食べたこと無いけど…見た目は、ちょっと…」

「うーん、やっぱりちょっと造形に難有りだよねー」

「…おい、君らただの冷やかしよりも質悪いってこと自覚してるか…?」

 焼いている商品を眺めながら正直に感想を持らすと、店主っぽい人に苦笑される。確かに少し申し訳なかったので、一本買うことにした。

 烏賊っぽいと言いつつも、これが烏賊でないのは確かだ。まあ足が13本に目が3つで頭部がT字型になってる烏賊というのもかなり珍しいだろう。しかもこれ陸上生物らしい。一度生息風景を見てみたいものだ。

 テウェヨの生態的謎に挑みつつ、上からカジってみる。

「…あれ、おいしいよ、これ」

「そう。…良かったわね」

 海産物特有の独特な旨味が、いい。同じく特有のクセもあるが、それを補って余りある…いやこれ陸上生物だったか。

「カナちゃんも食べるー?」

「…私は、いいわ」

「んじゃ、全部食べちゃうよ」

 どうも夕依はこの見た目が気になるらしい。こんなに美味しいのに、勿体ない。一度食べればヤミツキ間違い無しの逸品だ。特産だか名産だか銘打たれているのも納得の味、値段。いやホント素晴らしい。

 こうして双羽が食の素晴らしさに目覚め始めた頃。ようやっと目的地が2人の前に姿を現した。少し周囲より大きめな店構え、そして同じく大きめな看板。そんでもって一見ガラス張りに見えるほど大きな窓も特徴か。

「ここよ」

「えーと、“ラーシュバジ立本屋”…立本屋?」

 看板に書いてある言葉には、聞き慣れない単語が混じっている。まあラーシュバジとかいうのも大概耳慣れない響きではあるのだが、まあこちらは固有名詞だろうということで自己解決。問題はその後に付いてる立本屋というヤツだ。貸本屋なら聞いたことあるのだが。

「…立ち読み専用の本屋、よ。時間で、お金を取るの」

 なるほど、つまるとこ漫画喫茶みたいなものだろう。中にはイスも見えるため、ずっと立っていなければならないというわけでもないらしい。いやまあ当たり前か。しかし実際ずっと立ちっぱなしの客が見えるあたり、どこの世界でも本の虫というヤツは似たような性質を持っているようだ。

「…本読むのは、苦手?」

「嫌いじゃないよー。そんな好きでもないけど」

 暇潰しとして本を読むのならよくあるが、他の何かに対して読書を優先させようとは思わない。まあその程度。苦手とは言わないが好きとも言えないだろう。

 ちなみにどうも夕依は読書大好き人間だ。おそらく。傍目には何ら変わらないが、立本屋を前にして少しばかり目が輝いている。あと多分これ言ったら怒られる。

「それじゃ、私はここで少し調べ物するから。…適当に本読んで待っておいて」

「はーい」

 店の戸をくぐる。いらっしゃいませー、というカウンターからの明るい声に、2人入る、と夕依。それではこちらに、と差し出された半透明な板に手を乗せる。どうやらこれがタイマー代わりらしい。出るとき差し出せば時間換算で精算できるようだ。

 …この店のシステムに感心してる間に、夕依は本棚の間をすり抜け姿を消してしまった。今更だがこの店、決行奥行きがある。

「じゃ、僕も何か適当に読んでおこうかな、っと」

 大体のジャンルによって分けられた本棚を物色し、目当ての料理の本を見つける。未だ野営続きなのでまともに料理できる機会はないが、まあこの世界の食を知っておいて損は無いだろう。本を読む、となったときから決めていたのだ。

「…ふーん、ほへー」

 わりかし熱心に読み始める双羽。本自体の質は元の世界より落ちるが、読みにくい程でもない。どうやらある程度の製紙技術はあるらしい。

 …さて、実はひとつ、彼は聞き忘れたことがあった。まあそこはなんとなく、と思っていたのが悪かったらしい。何か、と言えば店を出る時間について、である。本好きにこれを伝えず野放すなんて自殺行為である、と双羽が思い知ったのは、探しても探しても夕依が見つからず閉店時間になって諸共店を追い出されたときだった。

 魔動式街灯に照らされるメインストリートを歩きながら、二度と同じ過ちは繰り返すまい、と心に誓う双羽であった。


……


 夜。暗闇に沈み、その役割を一旦停止させている時計台。無論夜だからと止まるわけではないのだが、ライトアップされるとかいうことも無い。よって夜目の特別利くような人間以外には止まっていると同義だ。

 …そんな時計台の端、人影があった。通常、登れる場所ではない。つまり、この人間が通常ではない、ということ。

「町へ入ったのは3人だが今丁度2手に分かれているようだがどうする」

 その口から発されたのは、女性のものと思われる高く綺麗な、そして棒読みの言葉。そこに感情の色は見えない。一流の役者に棒読みを依頼したかのような、そんな声音。

 勿論今のは問いだ。ということは問われた者がどこかにいるはず。しかしそんな姿は見えない。そして、見えないままに返答だけがこちらへ届く。

「いや、どうする、って…」

「…そりゃまあ襲うに決まってるでしょう」

 こちらは若い男性、の声ふたつ。中々物騒な返事だ。しかし棒読みセリフの主にとっては予想通りだったのか、何も言わず視線を下ろす。街灯が裂く闇の中、連れだって宿屋へ入っていく後ろ姿。遠くに見える、アレが標的だ。

「…いややはりしっかり寝静まったところを奇襲する」

「いやあ、姐さん…」

「…性格悪いね!」

 2人一組で返ってくる返答。言ってることは適当だがこれも了承だろう。いや、了承しかするはずがない。

「少し待ち合図と共に襲撃する」

 ふ、と目を細め、宿を窺う。しかし、その表情にはやはり何も映らなかった。


……


 夜も更け、時刻にして2の刻少し前。むくりと起きあがる人影がいた。双羽である。

 宿は一室しか取れなかったため、夕依も華月も同じ部屋だ。ちなみに双羽の横では夕依が寝ている。体格を考慮し、ふたつあるベッドの片方に夕依と双羽で寝ることになった。何故か夕依は反対していたが、まあ妥当な案だということで最後は渋々納得していた。

「……」

 ぽけ、っとした目で部屋の入り口を見る。そのまま、ふらふらと部屋を出た。旅装のまま寝ているのでまあそこは問題無い。

 てこてこと廊下を歩き、階段を下り、宿の入り口に着く。そこで双羽は、ふう、と息を吐いた。伸ばした右手には、いつの間にか箒。目はしっかりと開かれている。

「ゴメンね、宿屋のおっちゃん」

 一言呟き、右手を一振り。ちゃちな宿のドアはその許容を越えた衝撃によって吹き飛んでゆく。双羽の細腕一本ならばびくともしなかったろう。しかし、人一人乗せて運べる物理運動量が加われば話は別である。

 吹き飛ぶ扉に追随し、宿の外へ飛び出す双羽。メインストリートから一本入った裏通り、この時間なので人っ子ひとりいない。

 …いや、いた。いい感じに飛んでいた扉を、手に持つ剣で叩き落とした人物が。

「ほう貴様は気づいたか」

「…誰さ」

「名を聞くならばそちらから名乗るのが礼儀というやつだろう」

「……」

 この人物の突きつけてくる、殺気。非常に久しぶりの感覚だが、どこか懐かしさを感じている自分が嫌だ。

 首を振り、きっと前を見据える。

「把臥之…双羽、だよ」

「アリア・ハンケイジというよろしくでは早速だが死んでもらおう」

「…ま、前置き無しっ!?」

 地を蹴り、一足飛びで双羽へと接近するアリア。とりあえず箒に身を任せて距離をとる双羽。片や使命、片やなんのこっちゃな状況の中、戦端は勝手に切って落とされた。

 …せめて落ちる前に一言欲しかったな、とは思わないでもない双羽であった。

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