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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・弐章 交々者事・いろんな ものこと ありまして
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第拾話 森中旅事・あるひ もりのなか

 なんだか夕依ちゃんの性格がぶっ飛び気味。初登場時からここに至るまで大人しくしてた筈なのに、どうしてこうなった。

 盛大に捻れた樹の群生する森の中を、3人は歩く。捻れてるところまでは草原の木と何ら変わりないのだが、実際にはこの森の木の大半が別の種類である。

「実は、私…この森通るの、初めてなの」

「奇遇だな、俺もだ。…話に聞くのと実物を目にするのとでは大きく違うものだな」

 足を動かしつつも、どこかひきつった顔の夕依と華月。2人の視線は前方よりやや上方へと向けられている。そしてその先には、群れて実る真っ赤な実がたくさん。ここの木、年がら年中実を付けているのだ。

 がしかし、それだけならばこの2人にこんな表情をさせるのに不十分だろう。そう珍しい話でもない。問題は、この木の実の表面にそろって浮き出ている模様にある。

「…全部、こっち見てる気がする…」

「やめろ、やめてくれ。本当に見られている気がしてくるではないか。…あれだ、よくあるモナリザの怪談みたいなものだ、そう思え…」

 実の上部にいい塩梅で並んだ2つの窪み、その下で少しだけ頭を出す突起物。更に下には緩やかなU字を描く溝が刻まれ、縦に長めな実の輪郭と細かく枝分かれしたヘタ部分が外形を整える。

 …この森の木の実、人間の顔にしか見えない、ということで有名なのだ。しかもその色は真っ赤な上、ちょうどぴったり人面サイズ。不気味なことこの上無い。

 夕依は長い旅暮らしで、華月はすぐ近くに住むが故よく話だけは聞いていた。そのときは、とにかく不気味だったと連呼する体験者を訝しく思ったりもしたものだ。

 しかしなるほど、これは見てみれば分かる。頭上から無数の顔に見下ろされる光景は色々と圧巻で目に悪い。

「うーん。あれ、食べれるのかな」

「…試してみたら?」

 そして、着眼点が他とは一次元違う通常運転な双羽。夕依の言葉に頷くと、すぐに箒を駆って木の実のなる高さまで飛んでいった。清々しいまでの有言実行っぷりである。

「…そう言えば…毒とか、無いわよね。…あの実」

「知らずに言ったのか貴様は」

 最近なんだか扱いの酷い双羽である。

「しかし、まあ安心しろ。あの実に毒などそういった類のものは無いそうだ。…どのみち食うことはできんだろうが、な」

「…?」

 一応地元の人間ということで、華月の方が情報量も多かったらしい。夕依は双羽を毒殺せず済んだことに安心しつつ、彼の言に首を傾げた。

 …3秒ぐらいでその疑問は解消したが。

「んじゃ、頂きまーがっ…!? …!!」

「…と、いうわけだ。堅すぎてまず普通には食えん」

「そういうことね…」

 思わず木の実を取り落とし、空中で器用に悶絶する双羽。思い切りかじりついたため、かなり痛かったらしい。そして、それを横目で見つつ解説する華月と納得する夕依。やはり双羽の扱いはこんなもんだ。

 ちなみに落下した木の実は、ゴンと鈍い金属音をたてて地面へとめり込んだ。そりゃ歯が立つワケが無い。

「痛いよー…」

 うぅ、と涙目の双羽がゆらゆら戻ってくる。そして夕依の隣にぺたんと着地し、そのまま歩き始めた。双羽が箒に乗らず歩くとはコレは重傷だ、余程痛かったらしい。

 …気が付けば、夕依の手はその頭をぽんぽんと撫でていた。何故だろう、違和感が無い。

「何をしているのだ貴様らは」

「……」

 そのまましばらく撫で続けていると、さすがに見かねたのか華月がツッコミを入れてきた。少し慌てて手を離す。

 いや、本当に何していたのだろう。双羽はと見ると、先の涙目はどこへやら。にこにこと満面の笑みを浮かべている。

「さて、貴様らそこでわけの分からんことをしていたから気づかんかったのかもしれんが…アレは、何だ」

 華月が森の奥を指さしたので、これ幸いとそちらへ目を向ける。白い固まりがいた。

「…何、アレ?」

「俺が今聞いたところだろう。知るか」

 具体的には、“どっからどー見ても何者かが真っ白な布を頭から被ったと思しき物体”がヒョコヒョコ踊っていた。黒く目が書き込んであるあたり、何だろう、幽霊の扮装なのか。素晴らしいまでにこの森とミスマッチだ。

「はっはっは、私はこの森の主だ、命が惜しければ荷物を置いて去れー」

 そして、喋った。しかも一言目の内容が、コレ。ついでに酷く棒読みである。何がしたいのか、はよく分かった。しかし残念ながら、その他色々がさっぱり不明のままだ。

「…大田宮。コレ、どうするのよ」

「選択肢は、1・無視する、2・埋める、3・消すの三択だな。他には思いつかん」

「はっはっは、やめたまえ、そんなことをすれば罰が当たるぞ…って、消す!?」

 思わずツッコんでくるあたり、言動にそぐわぬ常識の持ち主なのかもしれない。しかしそうすると、次はこの状況の謎がよりいっそう深まるわけなのだが。

 あと、“埋める”は別に構わないらしい。

「ちなみに俺は3推奨だ」

「…私は1で」

 でき得る限りこの手の人間と関わり合いたくない。

「ふむ、ならば把臥之はどれにす…と、どうした把臥之?」

「…?」

 そう言えば。こんな状況で真っ先に口を開きそうな双羽が、今回に限り全く言葉を発していない。具体的には木の実をかじった後ぐらいから。

 見てみればその双羽、顔色を真っ青にしてブルブルと震えている。ただでさえ小柄なのが更に一回り小さくなってしまったようだ。

「…お…お…」

「…お?」

「お、お化けー!!」

 突然叫び声をあげる双羽。そのまま、ばしゅっとものすごい速度で前にいた華月の背へと隠れる。

 どうやら彼、怖いらしい。この白いのが。どう考えたって、あの木の実の方が余程気味悪いと思うのだがどうだろう。

「はっはっは、そうかそうか、この私が怖いか」

 さて、ここでこの状況を喜ぶのがひとり。件の白いヤツだ。

「はっはっは、さて貴様、命と荷物、どちらが惜しい…?」

「う…ぅ…」

「はっはっは、そうだな、まずは貴様を食ぶぎゃっ!?」

「…邪魔」

 なんだか調子に乗り始めた白いのをやくざキックで蹴り飛ばす。華月が双羽の防護壁役に忙しいため、これは夕依の役目だ。

 顔面に蹴りが直撃したらしい白いのは、もんどりうってそのまま一回転。木の根に頭をぶつけて転げ回っている。多分押さえているのは鼻だろう、見えないのでよく分からないが。

「はっはは…痛でぇぇ」

 頭から被っている布が邪魔なのか、足をバタバタさせるだけで起きあがる気配が無い。その裾から見えるのが裸足であることになんとなく嫌な予感を感じつつ、夕依はその布を一気にはぎ取った。

 その下には、海パン一丁でもがく細身の青年が…

「…!!?」

「はっはっは、おおぅ」

 手に持った布を取り落とし、ピシリとその場に固まる夕依。後ろの香月たちは夕依の陰になって状況が見えないのか、特に反応は無い。

「はっはっは…? …ほう」

 急に動きの止まった夕依を訝しげに見る海パン野郎だったが、そのうち何かに納得したかのように手を叩く。その音に夕依はちらと反応したのだが、気づかないようだ。

「はっはっは、なるほどよーく分かったぞ、今になってこの私の恐ろしさを理解して身がすくみゴベ」

 皆まで言わせず、夕依の体重を乗せた右足が海パン野郎の顔面を踏み抜いた(非常に危険なのでよい子は真似しちゃダメ)。その顔に表情は浮かんでいない。悲鳴すら上げず沈黙する海パン。

 …これを見た双羽、後に“このときのカナちゃんはお化けなんかより数倍怖かった”と語っている。


……


「はっはは…ぬうう…」

 日が沈み、残光は木々に遮られ、早くも暗やみに包まれた森の一角。未だズキズキと痛む頭を押さえる海パン野郎がいた。自前のテントの中である。

 ちなみにこのテントを出れば、前には2つ別のテントが並んでいるはずだ。片方はあの白衣の男、もう片方はあのおっかない少女と少年の共同テントである。

「はっはっは、失敗したな…」

 自作の幽霊装束で旅人を脅かして路銀を得る計画だったのだが、のっけから頓挫してしまった。

 あの後気が付くと、何故か拘束されたまま紐で引っ張られていたのだ。この後もう一度出直して襲撃されてもうっとおしい、とのこと。まあ確かにまったくその通りではある。自分でもこんなのに周囲うろつかれれば面倒と感じるだろう。

 …それにしても、ベンフィード公国までの道のりは長い。

「はっは…さて、どうする」

 何を隠そう、彼もまた来訪者だ。ちなみに双羽たちが3人とも同種の人間であることにもなんとなく気づいている。あの年齢層だけであそこまでお気楽な旅ができるのは、彼が知る限り来訪者という人種ぐらいのものだ。普通ならもう少し気を張っているだろう。

 …彼は今、悩んでいた。初めは普通の旅人を襲撃する予定だったが、なんと遭遇したのは来訪者×3である。捕らえて換金すれば路銀なんぞ余るほど手に入るだろう。幸い彼の魔法は相手の動きを止めるのに向いているし、彼自身腕に覚えはある。

 問題は、今までそんなことやったことが無いという事だ。むしろ、それを避けんが為に今回のような手段を思いついたのであるからして。

「はっはっは、しかしやらねばならんのだ!」

 相手が来訪者であれば、逆に脅しという手段は通じないだろう。この連行にだって尤もな理由は付いていたものの、このまま町に着けば換金所行きかもしれない。それは嫌だ。

 ということで、決行。黒マントの少女は正直怖いし、あの白衣の青年には隙らしい隙も無かった。よって最初の標的はあの少年。

 忍び足でテントを抜け出し、少年の寝るところまで向かう。まずは奇襲で少年を無力化、できればそのときに黒マントの方も何とかしたい。最後は白衣のアイツだが、勝てるかどうか…

「…呪術・金縛り」

 ぴし、という幻聴を聞いた。体が動かない。そして後ろから聞こえてくる声、これはあの少女のものだ。

 またものっけから躓いた。なんと彼女起きていたのだ。しかも先手を取られたわけだが、ここはできれば油断しておいて欲しいところ。可能なことなら、このままただの盗人と思われていたい。幸い口なら動く。

「はっはっは、一体どうした、何か用か」

「…他人ヒトの寝床に、忍び寄っておいて…言うことが、それ…?」

 すぐには、動かない。やるならば、チャンスは一瞬だ。

「はっはっは、いや、中々に大きな懐をしてるようなのでな、つい手が…」

「…来訪者なら、私たち捕まえた方が…収入、大きいわよ」

「はっはは、いや、そこもバレていたのか行け、毒針っ!」

 会話中に用意しておいた魔法、“毒針”を後方めがけて多数放つ。一発当たれば、この動きを封じる魔法を中断させる程度のダメージを与えられるはず。案の定、放った直後に拘束が緩んだ。

「はっはっは、予定変更、まずは貴様から」

「…凶運・頭上注意」

「はっは…頭上?」

 釣られて、ふと視線が上を向く。お陰様で、彼は上空より飛来する真っ赤な顔面と衝撃のキスを交わすこととなった。

「はっゴフェ!?」

 落ちてきたのは、この森特有の人面木の実。不気味さと同じくらい堅さでも有名なソレが、なんとピンポイントで彼の頭上へと落下してきたのである。

 ゴゥン、と金属質な音を引き、彼の意識は暗闇へと落ちていった。

「……」

「おぅふ」

 …直後、目を覚ます。いや、強制的に覚まされた。なんとあの黒マント、背中を蹴り飛ばしたのだ。痛い。あと頭がぐわんぐわんいってて立ち上がれそうに無い。

「はっはは、何だね、負けた人間に何か用ぶっ!?」

「……」

 何故かまた蹴り飛ばされる。わけが分からない。

 そう思いながら見上げたそこには、なんだか非常に怖い顔があった。のち彼は語る、あの表情は彼自慢の幽霊装束などと比べてよい代物ではなかった、と。

「…なんか最近、色々とこう、溜まってるのよね。鬱憤が」

「はっはは…ソレは私のせいではないと思うが…」

「…このタイミングで、襲撃掛けるそっちが悪い」

「はは…んな理不尽ごふっ」

「……」

 彼は、悟る。なるほど自分の運命はこうだったのか、と。

「……」

「……」

「……」

 夜の森に、悲鳴が響き渡った。


……


「おはよー。…あれ、カナちゃんどーしたの?」

「ふむ、妙に機嫌が良いな」

「…そんなこと無いわよ…」

「ふーん。…あれ、そう言えばあの海パンの人どこ行ったんだろ」

「確かに、姿が見えないが…」

「…目的地が違うから、先に出る、って…さっき、言ってたわよ」

「ふーん」

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