いのちの章
登場人物紹介
猫家族
■ サリー
三毛猫の女の子。好奇心旺盛で、勘が鋭く、危険を感じる嗅覚に優れている。いつも少し心配性だけれど、それは仲間を大切に思っているから。この旅をとおして、「守ること」と「愛すること」の意味を、少しずつ自分の言葉で知っていく。
■ ミック
サリーの弟。やんちゃで直感型、いつも体が先に動く。けれどこの旅では、樹霊の根を繋ぎ、森の記憶を全身で受け取るなど、誰よりも深いところで「いのち」に触れる体験をする。少しずつ、大人への階段を登り始めている。
■ とうちゃん
車椅子に乗った、サリーとミックのとうちゃん。車椅子を含めた総体が、とうちゃんという存在だ。「成長のしっぽ」を持ち、隠形術や灯りなど様々な力を使いこなす。疲れることもあるけれど、それは弱さではなく、みんなと同じ道を、同じように歩こうとする意志のあらわれ。旅の終わりに、自分の「影」と静かに向き合う。
■ かあちゃん
もくもくさんの力を借り、愛するとうちゃんとサリー・ミックを「もしもの世界」へ送り出した、すべての始まりの人。いつも静かで、いつも覚悟している。「ここで待っている」という、たった一つのココネが、とうちゃんの心に深く刻まれる。
なかまたち
■ ミーゴロ
ぶっきらぼうで口が悪いけれど、本当は誰より仲間思い。「おっさん、おならはするなよな」など、緊張した場面で思わず笑いを生み出す、なくてはならない存在。
■ ぴょん太
1冊目から続くうさぎの仲間。人間に森を壊された過去を持ち、深い傷を抱えながらも、仲間と前へ進んできた。「不殺の剣」を受け取り、守ることの意味を胸に刻む。
■ クロベー
陽気で感情豊か。驚くと目玉が落ちそうな顔をして数メートル吹き飛ぶ。エンとともに「もしもの世界」に残り、かあちゃんを守る役目を担う。
■ アウ
博学な鳥。「わたくしは初めての経験をしましたぞ」など、どんな状況も観察し続ける冷静な語り部でもある。
樹霊たち
■ よれよれさん
枯れかかった茶色い森に住む老いた樹霊。かつては緑あふれる森の守り手だったが、兄・もくもくさんと数百年離れ、力も根も弱り果てている。「与えすぎること」の悲しさを体で知る存在。
■ もくもくさん
よれよれさんの兄。力強い根を持つ樹霊で、「自立すること」の大切さを信じている。弟とは哲学的に対立しながらも、深いところで繋がっている。ミックを通じて、数百年ぶりに根が届く。
エン(円のエン)
お母さんを猟師に奪われた子グマ。「害獣」と呼ばれ、命に線を引かれてしまった子グマ。よれよれさんともくもくさんから与えられた名前は「円」。自分で大きな円を描けるほど元気に育ってほしい、という願いが込められている。そして仲間たちの子ども会議では、ミックが「エンの『がい』は害獣の害じゃない、碍子の碍だ!」と叫んだ。電線と電線を繋ぐ碍子のように、命と命を繋ぐ存在だと。「ぼくの……お名前は……?」と小さな声で問う姿が、この物語の核心にある。
キルル
森の妖精。1冊目でぴょん太の心の魔物と闘う場面にも登場した。いつもは穏やかだが、かあちゃんのポケットに隠れながら一部始終を見届け、とうちゃんが「同じ過ちを繰り返そうとしている」と感じた瞬間、ブルブル震えながら飛び出し怒りをぶつける。小さいけれど、誰より真剣。
ドンちゃん
……ドンちゃんは、ドンちゃんです。それ以上でも、それ以下でもない。(次の冒険で、きっとわかるよ)
【プロローグ】
この物語を手に取ってくれたあなたへ。
ねえ、「異世界」って行ったことある?
……ないよね。
でも、もし本当に異世界があるとしたら――
そこに住む誰かにとっては、ぼくらのこの世界こそが「異世界」なのかもしれない。
たとえば。
草花の声が聞こえない世界。
動物たちの気持ちがわからない世界。
本当は何を感じているのか分からないまま、
ぼくらは言葉で伝えようとしている。
「嫌われたらどうしよう」
「わかってもらえなかったらどうしよう」
そんな不安を抱えながら。
もしかしたら――向こうの世界から見たら、少しだけ不思議で、どこか寂しい世界に見えるのかもしれないね。
でも、これから話すのは、そんな世界とは、ほんの少し違う場所の物語。
その名は――「もしもの世界」。
そこでは、すべてのいのちが「心音」でつながっている。
言葉じゃなく、心そのもので伝わる声。
そして、ほとんどの生き物には「しっぽ」がある。
そのしっぽは、心を隠せない。
嬉しいと揺れて、怖いと震えて、嘘をつけば、すぐにばれてしまう。
「そんなの、ちょっと嫌だな」
そう思った?
……うん、そう感じる気持ち、わかるよ。
でもね。
心をごまかさずにいられる世界は、思っているよりずっと、あたたかい。
この物語は、「つながること」が少し怖いと感じている人へ。
そして――
ほんの少しだけ、勇気を出してみたいと思っている人へ。
これは、ぼくたちの「しっぽの世界」の物語。
そして――また、あの世界に行くことになりそうなんだ。
ミックより
第一章 そして、また冒険が始まろうとしていた
「もしもの世界」から帰ってきてから、毎日が少しずつ変わっていった。
道ばたの草花が「おはよう」とささやき、
木々の歌声が風にのって聞こえてくる。
通りかかったいつものワンコに、「敵意はないよ、こんにちは」と、
挨拶すれば、もう吠えられることもない。
ふと気づけば、自分のしっぽが感情に合わせて勝手に震えたり、
太くふくらんだりするようになっていた。
でも、一番変わったのは――とうちゃんかもしれない。
今までは、いつもそばで笑ってくれていたのに、
最近は部屋にこもってばかり…。
ドアを叩いても開けてくれないし、やっと出てきたと思えば、
「さっ、ご飯にすっか」といつもの笑顔でごまかされる。
でも、どこか笑顔が……少し硬いようにサリーには見えた。
「とうちゃん、何してるの?」と尋ねても、
にっこり笑ってはぐらかすばかりだ。
「勉強さ。トレーニングかな。もうすぐ終わるから――そのとき教えるよ」
勉強?トレーニング?
サリーとミックは首をかしげる
二人の頭ではちんぷんかんぷんだった。
***
そんなある日。
散歩の途中で出会ったのは、グレーの毛並みが鈍く光る、
少し太ったボス猫のミーゴロだ。
大きな体に、鼻先の古い傷跡。
それが歴戦の証らしい。
少し怖そうだが、どこか憎めないボス猫だ。
その隣には、
金と銀のオッドアイを持つ手下の黒猫、クロベーもしゃがんでいる。
ミーゴロは、二人を品定めするようにからかった。
「お前ら、最近やけに楽しそうじゃねぇか。
ニャンかいいことでもあったのかよ?」
鼻をひくひくさせながら、二人の周りをぐるりと回る。
「見てよ、このしっぽ! ホラホラ!」 サリーとミックは、
白く輝くふわふわのしっぽを、誇らしげに振ってみせた。
だが、ミーゴロもクロベーも「何をやってんだ?」と言いたげな、
冷めた顔をしている。
「どこがだよ。何も変わっちゃいねぇぞ」 ミーゴロはそう言うと、
ぺろりとしっぽを舐めた。
「ひぇーっ!ま、またなめたぁ」 二人は驚いて飛び上がった。
「味も匂いもいつも通りだ。夢でも見てんじゃねぇのか?」
不思議そうに首をかしげるミーゴロを見て、二人はふと気づいた。
そういえば、とうちゃんのヘルパーさんにも見えていなかった。
ミーゴロにも見えていない。
もしかして、このしっぽの輝きは……
「もしもの世界」に行った者だけにしか見えてない、
「どうして?……なんで、見えてないの?」
そう考えたとたん、不安が胸に広がった。
互いのしっぽを見直すと、あんなに美しかった白い光はしだいに薄れ、
まるで最初からなかったみたいに消えた。
「たっ、大変だ! とうちゃんのところに帰ろう!」
ミックの顔が真っ青になる。
サリーも震えてしゃがみこみ、
頭を抱えて「……怖いよ」とつぶやいた。
ミックは落ち着かなくてはと自分に言い聞かせて、
冷静を装うとしたが「やっぱ無理!」と
二人で必死に励まし合い、家へと駆け出した。
そのとき――。
ズドゴーン! パパーン! 森の奥から、
大地を揺るがすような音が響き渡った。
あまりの衝撃に二人は転び、急いで耳をふさいだ。
恐る恐る顔を上げると、
森の入り口で黒い影がうごめいている。
消えたはずの二人のしっぽが、
今度はオレンジと赤の光を交互に放ち始めた。
それが何を意味するのか、ミックには分からなかった。
だが、もう一度森に目を凝らすと……。
「な、なんだあれ……えっ! ま、魔物……!?」
それは紛れもなく『魔物』だった。
でも……その魔物を生み出したのは、猟犬でも猟師でもなく、
もっと別の何かのような気がした。
あの嫌な感じ……思い出すと吐きそうになる。
ミックの足も耳も、ガタガタと細かく震え出す。
そこへ、声が届いた。
「気をつけろ! 今の音はクマ狩りかもしれない!」
「えっ、ク、クマ……!?」 驚くサリーだったが、
その声の主が「とうちゃん」だと気づいて少しホッとした。
けれど、周りを見渡してもとうちゃんの姿はない。
声は直接、心の中に響いてくるのだ。
「そこは危ない! 頭を低くして、すぐ帰ってきなさい!
そのしっぽの色は――危険信号だ!
外からは見えないから、落ち着いて!」ミックはハッと息を呑んだ。
しかし、逃げようとしたその瞬間。
森の陰から、低く、長い地鳴りのような声が漏れてきた。
『アウゥ……ウゥ〜ゥ……』 絶望に満ちた、悲しい叫び……
サリーとミックは、吸い寄せられるようにおっかなびっくり歩み寄った。
一歩、二歩。
足音だけがやけに大きく響く。
『アウゥ……ウゥ〜ゥ……』
低く、引きずるような声。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
サリーの手が、そっとミックの服をつかんだ。
そのまま、視線を上げる。
――動けない。
そこにいた。
大きすぎる影。
黒い毛並みの奥で、ゆっくりと息が揺れる。
「……っ」
声が出ない。
次の瞬間――
「ク、クマだーー!!」
第二章 生きるために、“逃げる”は負けじゃない
血に染まった母グマの胸の下から、
小さな子グマがもぞもぞと顔を出した。
母グマは深い傷を負いながら、
命がけで子を守り、ここまで逃げてきたのだ。
息も絶え絶えな母グマは、それでも我が子を愛おしそうに見つめ、
かすかな声で言葉をつげた。
「……生きて……まっすぐに……」
その瞳は光を失いかけていたが、最後の力を振り絞るように、
子グマだけでなくそこにいた全員へ希望を託す。
「に……にげ……て……っ……」 そして、母グマは静かに目を閉じた。
子グマは「ママー! ママーッ、起きてよ、起きてー! わーん!」と、
母のそばから離れようとしない。
この時、風が止まり、鳥たちも歌うのをやめた。
ミックは膝をついた「なんで……なんでだよー」と感情が飛び散った。
ただ、クマくんの泣き声だけが森に響き渡っている。
サリーもミックも胸が締め付けられる思いで、必死に語りかけた。
「行こう、一緒に行こう! 生きるんだ、逃げるんだーっ!」
その時だった。
「――間に合ったか」
声がした。
振り向くと、そこにいた。
とうちゃんだ。
「とうちゃん……!」
張りつめていた何かが、一瞬だけゆるむ。
だがすぐに、猟犬の吠え声が迫る。
「来るぞ。逃げるぞ!」
猟犬たちの足音と、激しい吠え声がすぐそこまで迫る。
剥き出しの牙が光り、荒い鼻息を鳴らしながら、
一直線に近づいてくる。
(ああ……だめかもしれない。追いつかれる……!)
だが、とうちゃんは落ち着いたキリッとした声で、
「さあ、逃げるぞ!」
とうちゃんとサリー、ミックのしっぽがするすると伸び、
自然と互いに絡み合った。
すると、まばゆい白光が生まれ、
体が森の色に溶けていく。
猟犬たちはなおも激しく吠え立て、
周囲をしつこく嗅ぎまわっている。
「チッ、逃したか……ほれ、こっちだ!」
猟師がしびれを切らし、猟犬を引っ張った。
猟犬たちの気配が遠ざかると、子グマとサリー、ミック、そしてとうちゃんは家に向かってまっしぐらに走り出した。
しかしその瞬間。
地面がぱっくりと割れ、巨大な黒い穴が口を開けた。
とうちゃんが「これは……もしもの世界が呼んでいる!」と叫んで
勢いのついたサリーとミックは止まれず、子グマと一緒に穴の中へ
吸い込まれていく。
「とうちゃーん! 助けてー!」
叫び声に応えるように、とうちゃんの車椅子が“シュポン!”という、
小気味よい音を立てて、小さくなった。
そのまま、とうちゃんも穴の中へ飛び込んでいく。
「大丈夫かー!」 とうちゃんが声を張り上げると、
暗闇の底からミックの震える声が返ってきた。
「ま、真っ暗だよー!」
風切り音がとうちゃんの耳を掠めていく。
(これは、かなりの深さだな……)とうちゃんは直感した。
「そうだ……しっぽだ……光だ!」と言って念じた。
その時、とうちゃんのしっぽが、ほのかに白く光り始める。
「サリー! ミック! 光だ! しっぽの光を出せーっ!」
「ど、どうやってーっ!?」
「『光を出せーっ!』って、心の中で思いっきり叫ぶんだ!」
暗闇に響き渡る声。
すると、その先で小さな光がひとつ、ふたつと灯った。
「すげーっ、光ったあ!」 ミックが喜びの声を上げる。
サリーも涙混じりに叫んだ。
「し、しっぽが光ったよー!クマくんも一緒だよーっ!」
サリーはクルクルと回転しながら落ちていく中でも、
子グマの手をしっかりと握りしめていた。
ふと、暗闇の中に別の声が混じっていることに気づく。
「うわあああ!」 「落っこちたあああ、ニャァァー!」
どこかで聞いたことのある声だ。
さらに、闇の奥で金銀に光る「二つの目」のようなものが見えた。
「だ、誰……? 誰なのーっ!?」
問いかけた瞬間、ふわりと浮くような感覚を持ったが、
全員そのまま、そこで、意識は闇に落ちた。
第三章 茶色い“よれよれさん”という樹霊の話
気がつくと、そこは枯葉の積もる茶色の世界だった。
あちこちに巨大な冷たい倒木が転がり、
そのすべてに分厚い苔がこびりついている。
乾いた匂いが森中を支配し、負のオーラで包まれ、
風が吹くたびにカサカサーという音が鳴り響く。
まるで深い森の底に迷い込んだような場所だ。
サリーが目を開けると、
まだ目を回している子グマが自分にのしかかっていた。
「お、重たぁい……クマくんどいてー……」
サリーは近くで倒れていたミックに声をかけた。
「おーい! ミック、大丈夫?」
ミックは目覚めてすぐに目にした風景に、息を呑んだ。
「真っ茶色の世界……。ここ、また“もしもの世界”なの?」
*****
とうちゃんも、まだ車椅子の上で気を失っている。
そして驚いたことに、そこにはミーゴロとクロベーの姿まであった。
ミックが目を丸くして「ど、どうして……?」と口にする。
「どうしてじゃねーよ。お前らが猟犬に追いかけられてたからよ。
クロベーと助けようと思って飛び込んだら……落ちたんだよ!」
ミーゴロはめずらしく少し照れくさそうに顔を背けた。
クロベーも目をこすりながら「ここ……どこニャン?」と
不思議そうな顔で起き上がってくる。
彼らは仲間がピンチなのを見て、放っておけなかったのだ。
あの暗闇で聞こえた騒がしい声の正体は、やはりこの二人だった。
やがて、とうちゃんも意識を取り戻すと、みんなの元へ駆け寄った。
「みんな無事か? 良かった、良かった。
おっ……ミーゴロにクロベーもいるのか。
これは楽しい旅になりそうだな」と、
とうちゃんは事の重大さに気づいていないのか、
それとも初めからこうなることを知っていたかのような落ち着きぶりだ。
サリーとミックは疑いの眼差しでとうちゃんを見上げるが、
ミックが「ぷっ」と吹き出した。
「まさかねぇ。いや、ないない!」 ミックは疑念を振り払うように笑った。
サリーもつられて笑ったが、その瞳の奥にはまだ小さな疑問が残っていた。
しばらくすると、どこからともなく頭の上の方で声がした。
それは、悲しげで弱々しく、直接心に染み込んでくるような響きだ。
「す、すまんのう。皆が落ちてくるゆえ、
怪我をせぬよう無事に着地させようと思ったのじゃが……
どうやらわしの『気』が強すぎたのか、
調節が効かず、皆を気絶させてしまったようじゃ」
あの、瞬間的に体がふわりと浮いた感じがしたのは、
今の声の主が助けてくれたのだとミックは思った。
その声を聞いて、とうちゃんが「もくもくさん……?」と
つぶやくように言った。
見上げると、重なり合った枯れ葉の隙間から、青空がわずかに覗いている。
そして静かに声が胸に響くように降りてくる。
「わしの名は『よれよれ』じゃ。さっき誰か『もくもく』と言ったな?
あれはわしの兄じゃよ。……もう数百年も、連絡をとっておらんがのう……」
サリーもミックも目を丸くして叫んだ。
「す、数百年!?どういうことー!?」
──樹霊の兄弟の話──
よれよれさんは、ぽつりぽつりと昔話を始めた。
それは、遠い昔のこと。
かつて二人はとても仲の良い兄弟だったという。
よれよれさんは「みんな、寄っておいで」といつも楽しそうに招くので、
いつの間にか多くの生き物たちが集まり、
“よれよれさん”と慕われるようになった。
サリーが小さくたずねた。
「……もし、おなかすいたって言ったら……どうなるの?」
「昔は――枝に一瞬で果実を実らせて分け与えていたのじゃよ」
そして、どんな悩みもすぐに解決してやっていた。
皆は悩みもせず、何も考えることなく「幸せ」に暮らしていた。
けれど、頼られすぎたよれよれさんは頑張りすぎてしまい、
やがて限界を超えて枯れ始めてしまったのだという。
望みを叶えてやることができなくなると……
周りの草木も動物たちも、途端に希望を失い、やる気をなくしてしまった。
誰かが倒れても、誰も支えようとはしない。
「よれよれさんが何とかしてくれないのが悪いんだ」と、
皆が他人事のように思い込んでしまうようになってしまっていた。
「……気づいた時には、もう遅かったのじゃ」
よれよれさんの声は、かすかに震えていた。
「わしは、皆を助けているつもりだった。
だがのう……気づけば、誰も自分で立とうとしなくなっておった」
枯れ葉が、かさりと音を立てる。
「……わしが、奪ってしまったのじゃな」
ミーゴロはしらーっとした顔で
「俺はよ、元々野良だったから、
魚屋の前で欲しそうな顔をしていると
魚のしっぽとか投げてくれたしよ、
それがない時はメザシを盗んで食っていたけどな」
「この間はサリーのご飯を盗み食いていたニャー」とクロべー。
かつてはここも、もくもくさんの森と同じように緑豊かで、
風が歌い、花が笑う場所だったというのに。
――
一方、兄のもくもくさんは、どんな悩みもまずはじっくり聞き、
すぐには解決しなかった。
皆と共に考え、助け合う中で答えを見つけていく。
どうしようもない時だけ、そっと手を差し伸べる――そんなやり方だった。
一人一人が対等で、たくましくなっていく。
「他者が生きられなくなるということは、自分も生きられなくなることだ」
もくもくさんの学校でそれを学んだ皆が、互いを大切に守り合っているからこそ、あの森は今も生き生きとしている。
実は二人は、かつて根と根で繋がり、助け合っていた。
だがある日、もくもくさんは、よれよれさんに警告した。
「よれよれよ、そのやり方では皆がお前を頼るばかりで、誰も救われぬ。
自分の足で歩もうとしなくなる……
それは、本当の幸せではないのではないか?」
だが、当時のよれよれさんは聞き入れなかった。
「我には幸せを与える力がある! その何が悪いというのじゃ!」
もくもくさんは、それでも再び語りかけた。
「己の力を誇示してはならぬ。幸せとは与えられるものではなく、
それぞれが恐れや迷いと向き合いながら、自らの手で掴み取るもの。
互いを認め、信じ合うからこそ尊いのではないかのう?」
しかし、よれよれさんは「わしは間違っておらん!」と耳を貸さなかった。
そして数百年が経ち――今、ここには茶色く乾いた“よれよれさんの森”が広がっている。
――
「よれよれさんの話、ちょっと難しかったけど……
僕、わかったような気がするよ。
よれよれさんは、みんなを助けたかったんだよね」
サリーがつぶやくと、
ミックもポツリと言った。
「……だからって、みんな甘えすぎなんだよ。
よれよれさんに頼りすぎだよ。よれよれさんも大人気ないぞっ」
よれよれさんは深いため息をつき、カサカサと音を立てる枝を見上げた。
「……そうかもしれんのう……」
その時、ずっと黙って話を聞いていた子グマが、ぽつりと口を開いた。
「ぼく……お名前がないの。お母さんも、呼んでくれなかった……
お名前をつけてください。お願いします」
涙を浮かべて手を合わせる子グマに、
サリーは口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。
第四章 クマくんの名前としっぽの力の秘密
クマくんは、少し間が悪いというか、空気が読めないのかもしれない。
「……今、それ言う?」
ミックが思わずつぶやいた。
クマくんは、きょとんとした顔でこちらを見ている。
無理もない。
ついさっき、お母さんと別れたばかりで、
猟犬に追われて、
あげく、こんな場所に落ちてきたのだ。
それでも――
「ぼ、ぼくのお話…聞いて……お名前、ほしい」と、もじもじさせ、
小さな声で、そう言った。
「よれよれさん、さっきさ――助けてくれたよね?」
「だったら……名前くらい、つけてあげてよ〜」
ミックがよれよれさんを見上げ、いたずらっぽく言ってみた。
よれよれさんは枝を震わせ、かすれた声で力なく答える。
「さっき、だいぶ力を使ってしまったからのう。
それに根が切れたまま数百年……
切れた根を探すのは困難じゃ。無理じゃ……無理……」
そんな弱気なよれよれさんに、とうちゃんが声をかけた。
「そんなことはありませんよ。
これだけ手数が揃っているんだ。みんなで探しましょう」
そう言って「ミーゴロもクロベーも手伝って!」と探し始めた……
その時だ。
あの“月明かりのような小さな輝き”だったはずの――
一度は消えてしまった。――とうちゃんのしっぽが、
いきなり**ボワン!**と巨大化して現れた。
これには全員、「うわー」っと腰を抜かさんばかりに驚いた。
クロベーにいたっては、目玉を落としそうな顔をして、
数メートル後ろにすっ飛んでいった。
サリーとミックも、あまりのかわりように思わず尻もちをつく。
とうちゃんは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「……とうちゃんも、こんなに大きくなるとは思わなかったんだ。
どうやら、事によっては大きくも小さくもできるらしい」
「どうして……黙っていたの?」 サリーが頬を膨らませて不満をもらす。
「ごめん、ごめん。集中してトレーニングを重ねるうちに、
こんなになってしまったんだ。
実はこのしっぽ、いろんなことができるらしいんだ。
そして……これで『もくもくさん』とも話ができる……」と、
しっぽをピンと立てて見せた。
ミックは考えた。
そういえば、猟犬に追われていた時、
とうちゃんはいつの間にか助けに来ていた。
森に溶け込むような隠形術を作れたのも、
真っ暗な穴の中で灯りになったのも、
すべてはとうちゃんの「しっぽの力」だったのだ。
「とうちゃん、ずるいぞー! もっと早く教えてくれたらよかったのに!」
ミックもサリーに加勢して、少し怒ったような顔を作った。
けれど、サリーはすぐにワクワクした表情に変わり、身を乗り出した。
「それじゃあ、今、もくもくさんとも話せるの?」
その声をさえぎるように、よれよれさんがおどろきの声を上げた。
「ちょっ、ちょっと待った! そのしっぽをどこで……!?
それは……それは『成長のしっぽ』。
使う者によって無限に成長すると言われる、伝説の秘宝ではないか!」
よれよれさんは声を震わせながら、一気に語り始めた。
「わしらが若かりし頃、語り継がれた方がおった。
樹海神という、この星の森を創造された、
それはそれは尊いお方じゃ。
そのお使いの方が、『この森を守る勇者に与えよ』と、
残していかれた大切なもの。
じゃが、その力は強大すぎる。悪用されれば世界の森をも破壊しかねん。
ゆえに、もくもくとわしで封印しておったはずなのじゃが……」
(とうちゃんが、勇者……?) (それとも、もくもくさんのイタズラ?)
サリーとミックにはさっぱりわからなかった。
だが、これほど重大なものを、もくもくさんがイタズラで渡すはずがない。
では、なぜ、とうちゃんに?
よれよれさんは目を細めて言った。
「サリーよ、ミックよ。不思議に思うておるだろうが、
わしら樹霊はな、あらゆる境界を越えて、
気になる者たちをずっと見守っておるのじゃ。
このしっぽの力を授かる資格……
それは、自分に素直であること、強欲でないこと、
そして前に進もうと努力し続けること。
何より、すべての命を守ろうとする強い信念を持っておることじゃ」
よれよれさんは、諭すように続けた。
「いいか、絶対に武器にするでないぞ。
守ること、すなわち安全に逃げるためだけに使うのじゃ。
生きるための手段としてな。
もし、いい気になって使い方をおろそかにすれば、
持つ者の意思と関係なく、しっぽの意志で動いてしまうのじゃ。
君たちのとうちゃんは、
邪神というものが全く見受けられんから大丈夫じゃろうが……
して……お前たちのしっぽにも、その力は宿っておる。励むのじゃぞ」
よれよれさんは少し気が抜けたような顔をしながら話し続ける。
「……それから、初めて『もしもの世界』に来た時のことを覚えておるか?
あれは、とうちゃんのパートナー……
つまり、お前たちの『かあちゃん』が、
もくもくの力を借りて、愛するとうちゃんと君たちを呼んだのじゃよ」
三人にとって、それは巨大な岩が落ちてきたような衝撃だった。
「えっ……かあちゃんが、僕たちに会いたくて?
そっか、あの本棚にあった本の光は……そうだったんだ!
やっぱり、とうちゃんとかあちゃんって、すごいんだな……」
サリーは、少しだけ「愛」という言葉の響きが、わかったような気がした。
「あ、あのさ、ぼくたちのしっぽにも、とうちゃんのしっぽの力があるって言ってなかった?」とミックが自分のしっぽを撫でながら怯えるように言った。
サリーは一瞬、沈黙していたが、ふっと、さっき、よれよれさんが言っていた言葉をたどるように……
「う、うんそうだね……たしかに」と、自信なさげに言う。
「あの……」
小さな声だった。
「しっぽのことも大事だけど……」
――
「ぼくの…お名前は……?」
第五章 もくもくさんのエネルギーがよれよれさんに届く……そして……
陽はすでに森をオレンジ色に染め、山のかなたに隠れようとしていた。
足元の草花が「また明日ね」と囁くように、その花びらを閉じ始めている。
みんな、暗くならないうちにと一生懸命に汗を流しながら、
積もった枯れ葉を掻きわけていた。
ふと、ミックの頭に一つの疑問が浮かぶ。
「根が切れているのに、どうしてもくもくさんの森のことがわかるの?」
よれよれさんは、少し困ったような、それでいて愛おしそうな顔で答えた。
「もくもくの力は強いからのう。離れていても心は感じるし、
鳥たちも、あやつの様子を教えてくれるのじゃよ……」
サリーとミックには、あまりにも壮大すぎる話で、
頭がパンクしてしまいそうだった。
その時だ。
地上五メートルほどの高さをふわりと浮いていたとうちゃんが、
空から叫んだ。
「おーい! よれよれさんともくもくさんを繋ぐ根は見つかりそうかぁ?」
そうだ、今はそんな場合じゃない。
ミックたちは大切な「根」を探している真っ最中だったのだ。
ミックは自分の頭をコツンと叩き、テヘッと舌を出して首をすくめる。
「探せって言われてもニャー、どんな形かさっぱりわからないニャ……」
クロベーが慣れない敬語を使いながらブツブツと独り言を言い、
ミーゴロと一緒に、山のような枯れ葉を両手で必死に掻きわけている。
とうちゃんの車椅子はさらに高く舞い上がり、森のこずえを抜けた。
そして、ピンと立てたしっぽをアンテナのようにして、
もくもくさんとの交信を試みている。
サリーも一生懸命に枯れ葉を掻いているが、
全身枯れ葉まみれで、まるで“枯れ葉だるま”のようになっていた。
すると、よれよれさんが大きな枝をゆっさゆっさと揺らしながら言った。
「少しじゃが……もくもくと繋がっておった根を光らせる。
そ、それを探すのじゃ……」 か細い声だったが、必死さが伝わってくる。
ミーゴロが、ちょっと不機嫌そうに声を上げた。
「おいおい、じいさん、そんなに枝を揺らすニャ!
せっかく掻き出した枯れ葉がまた積もっちまうじゃねえか!
そもそも、そんなに大事な根を切っちまったんだよ〜」
ミックは困ったように笑いながらミーゴロをなだめた。
「ミーゴロ、そんなこと言うもんじゃないよ。
よれよれさんだって一生懸命なんだからさ。
根は切ったんじゃなくて、古いから切れちゃったんだって!
邪魔をしようなんて思ってないんだよ」
ミーゴロは「わかったわかった」という仕草を見せ、
再び枯れ葉に爪を立てた。
しばらくすると、空からとうちゃんの声が降ってきた。
「もくもくさんと連絡が取れたぞーっ!
今から『光の根』を送ってくれるそうだ。
サリー、ミック! しっぽを地面につけて、
『もくもくさん、ここだよ』って強く念じてごらん。
それを目印にやってくるはずだ!」
その瞬間、サリーとクマくんの足元で、何かが淡く輝いた。
今にも消えてしまいそうな、か細く小さな黄色い光。
「あった……!」 サリーが歓喜の声をもらす。
みんながその光の周りに集まり、一斉に枯れ葉を掻き出した。
「あった、これだろ! よれよれさんの光の根!」
クロベーとミックが、見つけた根をくわえて引っ張り出そうとした。
よれよれさんは慌てて叫んだ。 「そんなに引っ張ってはいかん!
もっと丁寧に、そーっと扱っておくれ……
もう力がないんじゃ、折れてしまうかもしれん……!」
「あ、ごめんなさい。くわえるなんて失礼だったね」
サリーが少し得意げに言うと、ミーゴロが豪快に笑い飛ばした。
「お前だって今、思いっきり引っ張ろうとしてたじゃねーか!
ワッハハハ!」
とうちゃんが上空からみんなに指示を出す。
「よれよれさんの根は見つかったね。さあ、もうすぐもくもくさんの根がやってくる。そうしたら、二つの根をしっかりくっつけるんだ!」
サリーとミックはしっぽを地面に押し当て、
「もくもくさん、ここだよ……」と心の中で叫んだ。
すると、二人のしっぽが磁石に吸い寄せられるように、深い森の奥を指した。
ザザザァー!
枯れ葉を巻き上げながら、一直線の光がこちらへ突き進んでくる。
それは白銀とも青白ともつかない、圧倒的なエネルギーの塊だった。
まるで「光の龍の頭」のような姿をした、もくもくさんの根が現れたのだ。
サリーとクマくんはあまりの迫力に、近くの木の陰へ飛び込んだ。
「みんな、わしらのためにご苦労じゃったのう……」
地を這うように響いてきたのは、もくもくさんの、
優しくて懐かしい、遠くて近い声。
木の陰からその様子を見ていたサリーは、目を潤ませて呟いた。
「もくもくさんの……声だぁ……」
「よれよれは、もう気力を使い果たす寸前じゃ。
ミックよ、そのか細く光るよれよれの根を、わしの根に繋ぐのじゃ。
少し衝撃があるかもしれんが、大丈夫じゃて……」
ミックは想像以上の光景に息が止まるほどだ。
(「衝撃」ってなんだろう……)
不安に襲われながらも、震える体で「うん、わかった」と答えた。
ミックは、よれよれさんの小さな根と、
もくもくさんの力強い根を両手に持ち、
「う〜ん、もうちょっと……なんだけどな」
サリーが「がんばれー」と声を上げる。
そーっと、そーっと引き寄せ……
「僕がやらなければ、僕がやらなければ……」と呪文を唱えるように……
「い、行くよー……っ!」自分に言い聞かせるかのように繋ぎ合わせた。
二つの光が触れた瞬間、世界が鼓動を止めた。
電気が頭の先からしっぽの先まで突き抜けたような衝撃と共に、ミックには、根の奥深くに眠っていた“森の記憶”が流れ込んできた。
よれよれさんが若かった頃、緑が風に揺れ、動物たちが笑い、
旅人たちが木陰で休んでいた―― 数百年の風景が、フィルム映画を早回ししたように駆け抜けていく。
――
ミックの視界は激しくねじ曲がり、ぐにゃぐにゃとした色彩の中に溶けて行った。……そして、どこか遠くで、懐かしいぬくもりを感じている。
第六章 子グマの名前と命の境界線
ミックは、よれよれさんの幹にある、
温かな洞窟のような場所で目を覚ます。
最初に目に飛び込んできたのは、かあちゃんの姿だった。
ミックはかあちゃんの膝の上で、ふわふわのしっぽで、
かけ布団のようにかけられ、守られていた 。
懐かしいかあちゃんの匂いに、ミックは「かーあちゃん……」としがみついて甘えた 。かあちゃんは優しくミックの頭を撫で、
「頑張ったわね。ほら、よれよれさんも元気になったわよ」と微笑んだ 。
外に出ると、そこは昨日までの茶色い世界とは別世界だった。
若々しい緑の葉がさやさやと歌い、空気はどこまでも澄み渡っている。
「ミックがやったんだ! これ、すごいよ!」 クロベーが跳ねるようにやってきて、とうちゃんの膝に駆け上がった。
サリーもミーゴロも、みんな集まってきてコロコロと笑っている。
ミックがとうちゃんの膝から降りて駆け出そうとした時、何かにつまずいた。それは、細い根が太い根に絡みついている。昨日ミックが必死で繋ぎ合わせた、もくもくさんとよれよれさんの根だった。
「ミックよ、ありがとうな。おかげで出直しじゃ」
よれよれさんが嬉しそうに葉を揺らした。
ミックは深呼吸をし、はたと思い出して尋ねた。
「あのさ、よれよれさん。クマくんの名前、どうなったぁ?」
よれよれさんは思い出したように目を細めた。
「そうじゃった。あの子の名は……『円』じゃ」
「エン? どうして?」と首を傾げるサリー。
すると、森全体からもくもくさんの深く優しい声が響き渡った。
「エンは何も知らぬこどもじゃ。この世界の輪の中で学び、経験を積むことが必要じゃ。この世界がエンの親代わりになるということじゃな」
すると、よれよれさんが誇らしげに付け加えた。
「自分で大きな『円』を描けるほど元気に育ってほしい……
そんな願いを込めてわしが名付けたんじゃ」
すかさず、もくもくさんの声が降ってくる。
「おいおい、よれよれよ。それを言い出したのは、本当はわしのセリフじゃなかったかのう?」 「……おっと、そうじゃったかな。まあ、兄弟のよしみで、わしの手柄にさせておくれ。フォッフォッフォ!」
「でもさ、なんでエンなの?」 なおも尋ねるサリーに、
とうちゃんが静かに語りかけた。
「サリー、あの子は人間の世界では『害獣』なんて呼ばれて、
命に線を引かれてしまった。
でも、その境界線は決して超えられない『壁』じゃないんだ。
新しい世界へ進むための『扉』なんだよ」
ミックも「壁?……扉?意味わからないよ」
「エンにとって、その残酷な線を、今度は僕たちが『円(輪)』として繋ぎ直してあげるんだ。この輪の中にいれば、エンはもう一人ぼっちじゃない」
ハッとしたサリーが手を打った。
「わかった! エンちゃんが、いつもこの輪の中にいるっていうことだね!」
「ぼく、エンっていう名前好き。ありがとう」 エンが嬉しそうに笑う 。
その姿を見つめ、よれよれさんは亡き母グマへ想いを馳せた。
その時、サリーとミックのひそひそ話が漏れ聞こえた。
「ダンゴなんていう名前もよかったよね」
「しっ、サリー!」 すると、近くにいたクロベーがニヤリと笑った。
「……聞こえちゃってるよ、二人とも。コントロールしなきゃダメだニャ」
「ええっ!?」っと驚く二人の前に、ぴょん太が飛び出してきた。
「わっ、びっくりしたぁ、ひさしぶりー」
「ひさしぶりーじゃないだろう〜。それじゃあ、スピーカーでナイショ話してるのと同じだよ!この世界には**『心音』**があるんだから!」
ぴょん太が教えてくれたココネ。
それは音ではない、心から溢れ出す「魂の響き」だ。
テレパシーよりもずっと根源的なその響きは、何ひとつ隠し事ができないほど、他者と完全に繋がっていることを意味していた。
とうちゃんが真剣な顔をして話す。
「隠し事ができないってことは、
みんなとおおらかに繋がっているってこと……。
だから、自分の心に責任を持たなきゃいけないんだ。
それが、自分の『境界線』という個体を守ることになるんだよ」
とうちゃんの言葉に、サリーとミックはしっぽをギュッと握りしめた。
ぴょん太と再会の喜びで大騒ぎになる森の中、みんなのココネは、美しく輝く一つの大きな「円」になって響き渡っていた。
―夜の焚き木を囲んで子ども会議―
その夜、よれよれさんの原っぱでサリー、ミック、ぴょん太。ミーゴロ、クロベー、エンの六人で焚火を囲んで雑談をしている時、エンが何気に言った。
「あの……ボクって、害獣なの?……害ってなぁに?」
「……」みんな一瞬で動きが止まった。
エンは、みんながよそよそしくなったことで、
きっと悪いことなんだと思った。
お母さんがいなくなったことで、どうしたらいいかわからない。
帰るお家もない。まったく先が見えない不安は計り知れなかった。
その悲しみがエンの全身から滲み出て、焚き火の火の粉が舞い上がる。
そしてそれは、ココネが虚しく夜空に散っていく。
――静寂をまとわりつかせたまま、それをはらうかのように……
「違うぞ、エン!……エンのがいは、碍子の碍なんだ。」ミックは立ち上がり、続ける。
「エン、碍子というのはな、白くて丸い、あの陶器でできたやつだよ。
電線をしっかり支えて、電気が逃げないように守ってるんだ」!
……わかる?」
エンは黙ってミックを見つめている。
その瞳には焼き火の火の粉が美しく映っていた。
サリーも立ち上がり、「そうさ、エンとぼくらが創る輪は、
大事なんだよ。とーってもね。」
肘枕をして聞いていたミーゴロが、起き上がって、
「そうだっ、エンは害獣なんかじゃニャイ!。
それにしても、お前ら、なかなか良いこと言うニャ。
俺もジーンとここに来たぜ」と胸をたたいた。
クロベーとぴょん太は、いつの間にかエンの両側にいて寄り添っている……
エンは「ぼく……ひとりぼっちじゃないんだ……」
焚き火が優しくパチパチと火の粉を舞い上げている。
少し離れて様子を伺っていた、とうちゃんはそおっと涙をぬぐっていた。
仲間とは信じ合えたから支え合えるっておもうのだった。
第七章 命の章 ―― 未知は……始まり ――
何日が過ぎたのか、それすら分からなくなっていた。
笑い声が絶えない平和な日々が続いていた。
そんなある日のこと。
とうちゃんと、サリーとミックがよれよれさんに呼ばれた。
「なぁ、ひとつ頼みがあるんじゃが……」
あまりにも神妙に言うので何事かと思うとうちゃんたち。
「どうしましたか?僕らにできることでしたら何でも言ってください」
「もくもくとも言っておったんじゃがのう。
実はその道をずーと西へ行くとな、もくもくの道とぶつかるのじゃ」
サリーが「そういえば行ったことないなぁ」と空を見上げる。
「その接点にな、ちょっとした、ほったて小屋があってのう。その先に誰も行ったことがないんじゃ。わしらの『ココネ』さえも届かん」
とうちゃんが「でも、歩いて1日と半分くらいですよね」と言うと
「えーぇ、そんなに遠いの?」とミックが駄々をこねるように言う。
つかさずサリーが「かけていけば一日でいけるよぉ〜」と言った。
「ま、まぁいいとして。そこに何があり、それは何なのかを調べてきて欲しいんじゃ。わしらが知らんものなどないと思うておったのじゃがな……」
「少しみんなで相談する時間をください」と、とうちゃんは話を持ち帰った。
その夜、とうちゃんたちは菩提樹が茂る木の下に、ミーゴロとクロベー、エン、ぴょん太を呼んで、話し合いをおこなった。
どうして、とうちゃんたちが行く必要があるのか?という話が長く話された。
「とうちゃんってさ、いつも冷静じゃん……
難しい事も的確な答えを出すよニャ」と、ささやくようにクロベーが言う。
「そりゃーそうでしょ。ぼくらのとうちゃんだもんねー」と胸をはるミック。
「だから、その……勇者のだっけ?しっぽを受けたからじゃねぇの?」と言うミーゴロの意見で、みんなの気持ちが落ち着いた。
「けどさ、誰が一緒に行くんだニャ?」とクロベーが言うと、
「そりゃーさ、みんなっしょ?……だって仲間なんだから。」とぴょん太が草葉を喰みながらつぶやいた。
とうちゃんは「よーし、分かった!みんなで行こう」と決心をかためるのだが、自信があったわけではない、ただ樹霊の兄弟たちも知らない場所に興味が湧いただけのことであった。
エンちゃんは、みんなの輪のすみっこでスヤスヤと寝息を立てている。
――
翌朝、もくもくさんのところに行き
「きのうのお話おうけします。
ただし、誰と行くかは、僕に決めさせてください」と少し強めにいった。
「おぉ、そう来ると思っておったぞ!
そこでじゃ、森の知恵者フクロウの“アウ”を同行させてもらえぬかのう」と
言い終わるとすぐに、もくもくさんの枝葉の中からのぞいていたフクロウがパタパタと騒々しく降りてきた。
「わたくし、アウと申します。この森の地図はわたくしの頭に全部入っております。余談でございますが、食べ物が毒かどうかも見分ける技も持っております。どうかわたくしアウもご同行させてくださいませ」
とうちゃんは「こちらこそ、よろしく!」と仲間を歓迎するのだった。
さっそく、出かける用意をみんなでしていると、
もくもくさんの声が聞こえてきた。
「出かける前に渡したいものがある。今ドンちゃんが持って行ってくれたから受け取ってくれ」持たせるもの?とうちゃんは、首をかしげた。
まもなくドスンドスンと言う足音が聞こえて、
こちらに向かってきたのはカバのドンちゃんだ。
「もくもくさんったら.いきなり言うんだもん。はぁ〜はぁぁ……」
大汗をかきながらドンちゃんは背中にくくりつけてある荷物をおろした。
一の袋には、もくもくさんの木の実がいっぱーい。
二の袋には、水筒のような竹筒が五、六本
三の袋には、『しっぽの使い方』という本と、どんぶり一杯くらいの粘土が入っていた。
説明書にはこう書いてあった。
一の袋。一粒食べれば一日、腹は減らぬ。
それは「生きよう」と思う心を、そっと支えてくれる実じゃ。
二の袋。この竹は水筒じゃ。中身がなくなれば振るとよし。また元に戻る。
これで遊ばぬように……大変なことになる。
三の袋。この本の意味はとうちゃんを含め、サリーとミックよ、まだ本当のしっぽの使い方を知らぬじゃろう。ひまな時読むとよし。
この粘土、作りたい物を念じて作ると、動植物問わず念じた物になる。これも遊ぶでないぞ。何かあったら「ウッチョン、ペペンのポイ」と念じよ。元の粘土になる。
とうちゃんはニヤリと、覚悟を隠すように笑みを浮かべ、共に旅する子たちを見回した。
「とうちゃん、なにやってるんだよぉ、みんな準備できてるよー」と
サリーが呼ぶ。
ミーゴロが来て……
「おっさん、早くしろよ。その荷物、一つ俺が持つよ」と木の実が入った袋を肩に担いだ。一瞬、意外と重たいのかよろめいたが、大丈夫だと先を急ぐ。
とうちゃんは、自分の荷物を“車”椅子に背負い、
二の袋と三の袋をひざに乗せた。
こうして一行は、それぞれの役目と想いを胸に、
未知の森へ向かって歩き出した。
***
進むにつれ森は深みを増し、道は細くなり薄暗くなってきた。
みんなは倒木もヒョイヒョイと飛び越えて行くのだが、なぜかとうちゃんが遅れている。それに気づいたエンが「みんな!待ってー、とうちゃんが遅れてるよぉ」と叫んだ。
すると、ぴょん太が一気にとうちゃんの所まで飛んで行った。
「何やってるんだよぉ〜。おじさんの椅子はスーッと行けるんだから、
スーッと飛んで行っちゃえばいいじゃん」もっともなことを言う。
しかし、とうちゃんの様子がいつもと違う。顔は青ざめ、額から汗が流れ落ちている。そうとう疲れているのがわかる。
「なんでとうちゃん疲れてるの?」心配そうに下から顔をのぞき込むミック。
サリーは思った「そういえば、とうちゃんは大人なんだ」なんで気が付かなかったんだろうと。
ミックも気づいた「とうちゃんは歳なんだ。いままでなんでも先頭に立って来たから忘れてたぁ」
「と言うわけで、みんなさーん、お年寄りがここにいますので、ゆっくり行きましょうー」と無神経なクロベーである。
ぴょん太が「とにかく先を急がないといけないから、
みんなでとうちゃんを押して行こう」と言う。
「よっしゃぁ、おっさん、オナラはするなよな」と、また、よけいなことを言うミーゴロ。
そのおかげかみんな元気に笑うのであった。
一行は、とうちゃんを囲んで完全に一塊になって進んで行く。
深い森を進むにつれ、あっちこっちからココネが聞こえてきた。
「行くな〜」「帰れなくなるぞ〜・・・」という警告にも似たココネ。
サリーは「どうしてー行ってはいけないのぉ……」と叫ぶと。
森の住人たちが一斉にココネと地声を同時に言って来るので、さっぱりわからない。サリーはもう一度「ひとり一人言ってくれないかなぁ」と叫ぶのだが、またも同じ結果に。困っていると、足元に冷気が漂ってくるのを感じていた。
ガサガサと草むらがゆれる。
なんとも言えないこのおもくるしい空気が一行をつつんだ。
その時、白蛇がヌルリとサリーとミックの足にからみついた。
二人とも悲鳴をあげる。
白蛇は「その悲鳴は何だ?……私が蛇だからか?この身なりだ。仕方ない……」
サリーが慌てて「ち、違うよ。君がいきなり出てくるから……」
白蛇は「この先に行って帰ってきたものはいない、未知の世界だ。
だから、私たちは危険なところだと思っている。
森の精として告げる、この先に……行くな!」
と……、その時、スーッと白い光が通り過ぎたような気がした。
その白蛇の話を聞いていたとうちゃんが……
「ご心配ありがとうございます。でも私たちはもくもくさんの命を受けて調査に行かなくてはならないのです」
すると白蛇はおどろいた顔をして、
「あの樹霊のもくもくのことか?」と聞き返した。
「そうです、そのもくもくさんの命を受けて、
ここまでやって来たのです」と、とうちゃんが言うと、
森のココネは静まり返った。
白蛇は、とうちゃんの目をジッと見て「……何があっても助けにはいけんぞ……気をつけるのだぞ。あそこは邪気も感じなければ正気も善意も感じぬ……気味が悪いところだ……」と言い残し、長く先が割れた舌をペロペロっと出しながら霧が立つ森の中にヌメリヌメリと後退りしで消えていった。
上空からパタパタとアウが舞い降りて、せきばらいをひとつして胸を張って言う。「えー、皆様、白蛇に遭遇するということは大変ラッキーなことでありまして……」「何がだよ、こちとらションベンちびるところだったんだぞー」と、言ってしまってから照れるミーゴロ。
「イヤイヤ、ジパングという国では白蛇の夢を見ただけで富を得られるとかいう言伝えがあるくらいでありまして、はい。」
「言い伝えね……」と、またまたサリーは深刻気な顔をして前に進んで行く。
白蛇に足をすくわれ、一時はどうなることやらと思った一行だったけれど。
とうちゃんの体力もみんなのおかげで、すっかり元気になっていた。
もう夕暮れを迎えようとしているのに、どこからもココネが聞こえてこない。
いつもだったら「おやすみ」「うん、また明日ぁ」という挨拶がどこからともなくきこえていたのに……。時々、「キィー、キキィー」という声が聞こえて来る……
第八章 命の章 ―― 影との和解、そして ――
一行はようやく一軒の小屋へと辿り着く。それは一見どこにでもある崩れかかった古びた小屋であった。
道は小屋の横へと続いており、ミーゴロとクロベーが「なーんだ」とばかりに先を急ぐ。しかし、二人は見えない壁に突き飛ばされた。
「な、なんだ?今、何かに突き飛ばされたぞ!」
ミーゴロはお尻を撫ぜながら言う。
クロベーも「イタイニャー、今、誰かに殴られた……なんでニャ?」
肩や胸を舐めながら不思議そうに言う。
アウも空から近づき、羽先でトントンと確かめるように叩いてみると、冷酷に拒絶するかのように宙を転がるように吹き飛ばされた。
アウは「わたくしは初めての経験をしましたぞ。
たぶん。これは結界というやつですなっ」と、
視野を広げるように片目づつ瞳を動かしている。
とうちゃんは、かつて読んだ本の中に記されていた修行僧が何人からも邪魔されないように結界を張ったという話しを思い出した。誰かがここで、外界を断絶して修行を続けているのだろうか……と思うのであった。
空に黒い雲が集まりはじめ、天を割るような大雨がザーっと降り始めた。
一行は逃げるように小屋の中へと足を踏み入れる。
––––––––––––––––––
ドアをあけたその中は外観とは裏腹に、内部は広く、あっちこっちに灯されたロウソクが温かく室内を照らしていた。
そして、いつの間にか、かあちゃんが立っていた。
「あれ?なんで?ここにいるの?」とミックもサリーも聞く。
「私、心配で、心配で、あなたちを……
もくもくさんにお願いして見送りに来たのよ」
「どこで僕たちを追い抜いたの?」と、不思議そうにミックが聞く。
「とうちゃんが落としてきたココネをたどってきたのよ。空間移動でね。
そして、白蛇さんとお話しいていた時に先回りしたの」
「あ、あの時の白い光は……かあちゃんだったんだね」とサリーがとうちゃんにココネで言うと、とうちゃんは静かにサリーの肩に手を置いた。
「じゃーこれってかあちゃんが用意してくれたの?」とクロベーも聞いた。
かあちゃんは黙って首を横に振った。
じゃー、一体、誰が……気味が悪い謎が残る。
「皆さん、長旅お疲れ様。ここにあるものは、好きなだけ召し上がってください。今まで、そしてこれからも、御健闘をお祈りしています」キルルから一葉の手紙が添えてあった。
ぴょん太が「え、キルル?ぼくが心の魔物と闘っていた時、助けてくれた、
あの森の妖精だね」と驚いている。
「きっと、もくもくさんのココネがキルルに届いたんだね」と、飛び跳ねる。
そして、腹ペコで疲れにたえかねた仲間たちがテーブルに着こうとした。
その時、サリーが叫んだ。
「毒かもしれない!」
全員の動きが止まる。
だが、ミックが「ここに書いてあるじゃないか。キルルが食べなって!」と、
飲み物を一気にのんだ。
静まり返る室内。ミックの動きが止まる……。
全員が息を呑んだ次の瞬間、ミックは顔を輝かせて叫んだ。
「こんなに美味いもの、飲んだことがない!!」
緊張は解け、クロベーたちがパンにかぶりつく。
しかし、サリーだけはパンをかみしめながら、周囲を注意し続けていた。
言いようのない違和感が、サリーの胸をざわつかせている。
サリーはとうちゃんに向かって「ココネ」を絞った。
「誰かが何かを言っている。遠くて、弱い声だよ」
とっさに、とうちゃんが入口のドアを開けようとした。
その時、どこからともなく、しかし決定的な宣告が響き渡る。
『もう帰れない。ここから先は進むしかないのだ。
ただし、六人だ。六人しかこの先へは行けない』
とうちゃんは叫んだ。「とうとつに、あなたは誰だ、誰なんだ!なぜ六人?」
「この先の世界は、ほとんど誰も足を踏み入れたことがない。
制限なく向こうの世界へ通せば悪も増え、
やがて否が応でも汚れてしまう……」
「ここにいるのは8人もいるんだぞ……だったよね……」
数を数えるのが苦手なミックが言う。
だが、その後、返答はない。代わりに見つけたのは、汚れたとうちゃんの車椅子に似た椅子。蜘蛛の巣だらけの見覚えがある本棚……
そして柱に刻まれた、ミックの筆跡に似た「サリーのバカ」という落書き。
「これは一体どういうことだ?こ、この落書きは……
ついこのあいだ、サリーとケンカしたときに書いたものだ」
ミックは声を震わせ、両腕で肩を抱いた。
「ここは……僕らの家だ!!」と、サリーが叫んだ。
「なんでとうちゃんの車いすがあるの?
えー、とうちゃん……」
ミーゴロが食べていたパンを落とし、硬直する。
そこへ、再び声が響いた。
『わたしは、とうちゃん……お、ま、え、だ、よ。
ここは六百年後のお前たちの家だ。
この先に進んで、もし帰ってこられた時、
ここは本当のお前たちの家になる』
一同えーっと、怖いものを見た時のような悲鳴をあげた。
パニックに陥るとうちゃんに、ミックとサリーが叫ぶ。
「『心に光を灯すには、影と向き合え』ってもくもくさんが言っていたぞ!」
「そうか……ここで、ずーと待っていたんだね。僕の影……
600年も長い時間と孤独の中で。」
その言葉に、アウの博学な知恵が重なる。
「これは森の祝福だ。もう、とうちゃんの中に帰ってくれ!」
とうちゃんは呼吸を整えながら……
「大丈夫、だいじょうぶ……もう分かっているから……
ちょっと、おどろいているだけです」
とうちゃんは少し考えた後、「これはぼくなんだ、ぼくが一人ぼっちにさせた分身だ。よく分からないけど……」と心を閉ざし、自分に言い聞かせた。
もう一呼吸して、「光も、影も、弱さも、全てが「自分」であると認める」と静かに言った。
「ごめん。長い間さみしかったよね。
さあ、だから……僕の愛おしい影よ。僕の中に戻っておいで」
その瞬間、辺りを圧迫させていた、
大気がだんだんと緩やかになって……消えていく。
この時、かあちゃんのポケットから、なんとキルルが飛び出して、
「おい!あんた、何がごめんねだ、何が愛おしい僕の影だ!
お前は同じことを繰り返そうとしているんだ!かあちゃんをどーすんの?
また置いて行くき?いい加減にしなさいよ!
アタシはね、かあちゃんのポケットに隠れて様子を伺っていんだからね!」
と、この間のキルルとは打って変わって、
ブルブルと震えながら怒りをぶつけた。
でも、かあちゃんは、これがとうちゃと永遠の別れになることを理解するために、空間移動を繰り返してやってきた。全てを覚悟した上で……
とうちゃんは、みんなに「僕は、同じ過ちをする気はないよ。ただこのままでは僕らの世界が終わってしまうような気がするんだ。だから、今やれることはやっておきたいんだ」と心の内を初めて語った。
「なんで、母ちゃんを置いていくの」と、サリーが不安そうに聞く。
かあちゃんには、かあちゃんにしか出来ない仕事があるんだと説明した後、
とうちゃんはエンとクロベーに「君たちはここの世界でたくさん学び、たくさん経験を積むんだ。いいね。」と告げ、二人の頭を撫ぜた。
不服そうな二人だったが受け入れるしかなかった。
クローベーもエンも大きな瞳が揺れている。
そして、「かあちゃんを頼む。大きくなるんだよ」と託すのだった。
いつも冷静だったかあちゃんが、泣き崩れながら、とうちゃんの心に、
「ここで待っている」と静かなココネを響かせた。
それが胸に入ってきた時、とうちゃんの動きが一瞬止まる。
表のドアが開き、エンは思った。「ここを出たら、ボクは頑張って大きくなって、かあちゃんを守る、新しい生活を作らなきゃ」と決心した。
その時、ポ〜っとほのかにエンのしっぽがピンク色に光った。
そして、クロベーと母ちゃんが静かにその場を去り、
表のドアの鍵がかけられた。
裏のドアが「ギギギーィ」と重々しい音をたてて開く。
部屋の中に入り込んでいた草花がぴょん太に声をかけた。
そして、預かっていた剣を返した。
「この剣にはいくつか魔法がかけてあるよ。岩や倒木は切れるけど、
生きているものは切ることが出来ない。『不殺の剣』にしてあるのよ。
何か困った時に念を込めれば役に立つよ。使ってみて」と付け加えた。
ぴょん太は「岩も切れるけど、生きているものは切れない……不殺の剣?」
複雑な思いを胸にして、丁寧に受け取った。
ミーゴロ、ぴょん太、そしてアウに促され、サリーとミックが出口へ向かう。とうちゃんと窓の外のかあちゃんは最後の一瞬、無言でうなずき合った。
とうちゃんが外へ出ると、ドアは静かに閉じられた。
とうちゃんが振り返った先にあったのは、
期待していた「世界」ではなかった。
そこには、どこまでも、どこまでも続く緑の草原が広がっている。
風が草原をなびかせ、吹き抜けていく。
「何にもないよ、草原だけだよ」
サリーが駆けてきて、とうちゃんの膝に飛び乗る。
アウは早々と大空を舞い、偵察していた。
「近くに森はないですなー」と告げる。
そして状況判断をする。
「わたくしが思うに、あの小屋の中から、ここに至るまで、時間と空間がねじり曲がり、混在しているということですなぁ……だから帰れな……」と言って、振り向けば、小屋は淡い光に包まれ、風に煽られるように、静かに消えていった。
あわてるサリーやぴょん太、ミーゴロに
「こうなったら、腹をくくるしかないな、みんな!」と、
発破をかけるとうちゃんであった。
過酷な運命を背負ってきた彼らの前に現れた、
何も書かれていない真っ白なキャンバス。
彼らは今、自分たちの世界を自分たちの手で描き始めるため、
その最初の一歩を踏み出そうとしていた……。
(了)
あとがき
この物語を読んでくれた子どもたちへ
エンに名前をつけてあげるまで、長かったね。
でも、それでよかったと思っています。
名前って、大切なもでしょ?その存在を認めるということだから。
この世界では、ある動物たちが「害獣」と呼ばれて、そこにいるだけで追いかけられることがある。その動物たちは悪いことをしたわけじゃない。ただそこにいただけ。生きているだけ。でも、人間が怖がって、距離を取り間違えて「害」というラベルを貼ってしまったんだ。
子ども会議でみんなが気づいてくれたこと、覚えてる?
「碍子みたいに、ちゃんと心に境界線を持って、繋がっていけたらいい」
言葉を変換し直しただけで、意味が変わる。そんなことで助かる動物たちがいる。人間もいる。
人間は互いのちがいを認め合っていられれば、きっと共生できるんじゃないかな?
怖かったら、辛かったら、悲しかったら、逃げてもいいと思うよ。
むしろ、逃げてほしい。
君たちはどっちだろうね?
この物語が、あなたにとっての「碍子」になれたらうれしいな。
**::**::**::**::**::**::**::**::
この物語を読んで大人の方へ
この物語を書きながら、ずっと考えていたことがあります。
過保護と放任。愛することと、手放すこと。守ることと、自立させること。
よれよれさんは「与えすぎた」。もくもくさんは「遠くで見守る」。どちらも、愛していたからこそ、そうなった。
正解はわかりません。ぼく自身も、ずっと整理できずにいた。そのもやもやを物語の中に持ち込んだら、不思議なことに、樹霊たちが出てきて教えてくれたのです。数百年かけて、根を繋ぎ直す方法を。
「害」という字について、少し触れさせてください。
人間にとって都合が悪いものには、「害」というラベルが貼られます。害獣、害虫、害草、魚も鳥も……。でもそれは、ラベルを貼る側の都合でしかない。エンに「碍」という字を選んだのは、「繋ぐために必要な存在」として、もう一度この命に名前を返したかったからです。
戦争のニュースを聞きながら、熊が射殺されるニュースを見ながら、この物語を書きました。どれも非常に辛い出来事です。対岸の火事ではなく、実はぼくたちのすぐそばにある小さな出来事や、心のあり方、考え方が一瞬にして事を大きくさせたり、小さくさせたり、解決させたりするのだと思います。
「逃げるは負けじゃない」。
これ以上、死なないでほしい。生き残ってほしい。たとえ逃げても、嘘をついても、生きていてほしいという、ぼくの願いを込めた、いや祈りですね。
命はひとつで代替えはありません。本当に守りたいと思うなら「生きろ」です。
この物語は、子どもたちへの冒険譚であると同時に、ぼく自身が樹霊たちと対話しながら、自分の影と向き合った記録でもあります。
読んでくださって、ありがとうございました。
しまむら じょう




