第二話 贈られた色
それは――夜会の、少し前のことだった。
王宮の一室。
静かな空気の中で、リディアは一着のドレスを見つめていた。
深い青。
夜のように落ち着いた色。
だが光を受けると、内側からほのかに輝く。
まるで、静かな湖面のように。
「……綺麗」
思わず、言葉がこぼれる。
そのドレスは、ただ豪華なだけではなかった。
無駄を削ぎ落とした線。
身体の動きを計算した裁ち。
装飾は控えめでありながら、要所に施された細やかな刺繍が、静かな存在感を放っている。
そして――
胸元と裾に散りばめられた、青の宝石。
主張しすぎない。
だが確かに視線を引き寄せる。
(……この色)
リディアは、そっと触れる。
ひやりとした感触。
そして、すぐに気付く。
これは――
カイルの瞳の色だ。
その時。
「気に入りましたか」
背後から、低い声がした。
リディアは振り向く。
そこに立っていたのは、カイルだった。
いつもの落ち着いた表情。
だがその視線は、まっすぐにリディアを見ている。
「……カイル様」
わずかに、息が揺れる。
カイルはゆっくりと歩み寄る。
「夜会用に」
静かに言う。
「用意しました」
その言葉に、リディアの指先が止まる。
「私に……ですか?」
確認するように問い返す。
カイルは迷わず頷いた。
「ええ」
短い言葉。
だが、その意味は重い。
リディアはドレスへと視線を戻す。
その美しさだけではない。
そこに込められた意図を――
感じ取ってしまう。
「……とても、素敵です」
静かに言う。
だが、その声はわずかに震えていた。
カイルはその変化を見逃さない。
「そうですか」
ほんの少しだけ、表情が和らぐ。
そして――
「その色が、一番似合うと思いました」
自然に告げる。
飾らない言葉。
だが、それだけではない。
リディアは気付いている。
これは偶然ではない。
選ばれた色だと。
「……この色は」
小さく呟く。
言葉にするのをためらう。
だが。
カイルは先に答えた。
「私の色です」
静かに。
はっきりと。
逃げ道のない言葉だった。
リディアの心臓が、大きく跳ねる。
その意味は明白だ。
「あなたに、纏ってほしい」
続ける。
その声は、どこまでも落ち着いている。
だが――
その奥にあるものは、強い。
「私の隣に立つ方として」
一歩、距離が近づく。
「相応しい姿で」
その言葉に、リディアの視線が揺れる。
拒む理由はない。
だが。
その意味は、あまりにも大きい。
(……私は)
胸の奥で、何かが静かに定まっていく。
逃げる選択肢は、もうない。
いや――
最初から、選ぶつもりなどなかった。
リディアは顔を上げる。
まっすぐに、カイルを見る。
「……では」
一拍。
静かに息を整える。
「このドレスで、参ります」
その言葉は、ただの了承ではない。
受け入れる意思。
そして――
隣に立つ覚悟。
カイルは、その意味を理解する。
ほんの一瞬だけ、瞳が柔らぐ。
「ええ」
短く答える。
それだけで、十分だった。
その後。
リディアは、再びドレスに視線を落とす。
深い青。
静かな輝き。
その色はもう、
ただの美しい色ではなかった。
(……カイル様の色)
そっと胸に触れる。
心臓の音が、少しだけ早い。
だが――
不安ではない。
ただ、確かに感じている。
自分が、変わっていくことを。
そして。
その変化を、受け入れていることを。
静かな部屋に、
小さな決意が、確かに生まれていた。




