第二話 王女の視線
王宮夜会の翌朝。
アルヴェルン伯爵邸には、まだ重い空気が残っていた。
昨夜の出来事は、すでに社交界中に広まっているだろう。
王宮の夜会での婚約破棄。
しかも大広間の中心で。
父であるアルヴェルン伯爵も昨夜の夜会には出席していたが、帰宅後、リディアから改めて事情を聞いていた。
リディアは静かに紅茶を口に運びながら、小さく息をついた。
(……やはり、こうなりますよね)
怒りも、悲しみも、不思議と湧いてこない。
ただ一つ、思う。
これで――婚約者としての義務からは解放されたのだと。
その時だったーー
屋敷の外で馬車の音が止まる。
やがて執事が、やや慌てた様子で客間へと入ってきた。
「お嬢様。王宮より使者がお見えです」
リディアは思わず瞬きをする。
「王宮……?」
執事は頷いた。
「はい。王女殿下より、お嬢様へ招待状を預かっているとのことです」
――王女殿下。
思いもよらない名に、客間の空気がわずかに変わる。
同席していた父である伯爵も、驚いたように眉を上げた。
「……王女殿下が、リディアを?」
「はい、旦那様」
執事は恭しく、使者から受け取った一通の封書を差し出す。
王家の紋章が刻まれた封蝋。
間違いなく、王宮からの正式な書状だった。
リディアはそれを受け取り、ゆっくりと封を切る。
そこに記されていたのは――
第二王女アリアナ・エルフィリア殿下からの招待。
王宮への来訪を願う、丁寧な文面だった。
(……どうして、私に?)
昨夜の出来事が、脳裏をよぎる。
その日の午後ーー
リディアは王宮へと向かう馬車に乗っていた。
石造りの王城が近づくにつれ、胸の奥に小さな緊張が生まれる。
やがて馬車は王宮の中庭で止まった。
侍従に案内され、静かな一室へと通される。
扉が開かれる。
そこにいたのは――
金の髪を持つ少女。
昨夜、二階の回廊から夜会を見ていた人物。
アリアナ・エルフィリア王女だった。
王女は椅子に腰掛けたまま、静かにリディアを見つめる。
そして、小さく微笑んだ。
「昨夜の夜会――見ていました」
柔らかな声だった。
「あなた、とても面白い方ですね」
その言葉に、リディアは一瞬だけ目を瞬かせた。
それが――
リディア・フォン・アルヴェルンの人生を大きく変える出会いだった。




