第93話 デートですよね!?
次の日の放課後、ミリアはそこそこいいドレスに着替えてから正門に向かった。
アルフォンスはすでに馬車の中で待っていて、ミリアが到着するとエスコートしてくれた。
カリアード伯爵家の馬車は、スタイン男爵家のものよりもずっと上等で座り心地がよかった。
「着替えたんですね」
向かいに座るアルフォンスが目を細めて言ったので、ミリアは死にそうになった。てか死んだ。
しかしこれでも笑われているのである。どうせなら思いっきり鼻で笑ってほしい。勘違いしそうになるから。もうちょい顔の筋肉を動かしてくれまいか。
そんなに変な格好だろうか。学園にいるときよりもずっとましだと思うのだけれど。もっといい格好してこいということか。それとも意識してんじゃねぇよってことか。あああぁぁぁ……。
だってデートじゃん! デートだよねこれ!?
つき合ってなくても男女が一緒に出かけたらデートだよね!?
推しとデート。ハグ権の次はデート権が当たってしまった。もう一生分の運を使い果たしたのではないだろうか。
なのに笑われるって言うね。ひどくない?
「お待たせしてごめんなさい」
「いえ」
言葉通り、待たせたのが悪かったかなとも思った。
王太子とのお茶会は着替えろと言っていたくせに、侯爵家のお茶会も着替えろと言っていたのに、伯爵令息とのデートでは待たせてはいけないのか。ややこしい。
まあいいや、とミリアは考えるのをやめた。
前回馬車に乗り合わせたときは、ミリアはこれ以上ないというくらいケバい服装だったわけだから、今更多少のことで動じるアルフォンスが悪いということにする。いいじゃないか、あの格好で隣に立つわけじゃないんだから。
アルフォンスは女性の扱いに慣れていた。さすが婚約者がいただけはある。いや今もいるんだけど。複雑な気分だが、これなら皇子も満足するだろう。
焼きたてのアップルパイは絶品だった。美味しすぎてほっぺたが落ちるかと思った。これは確かに持ち帰れない。冷めたら味が変わってしまう。
アルフォンスはいつになく饒舌で、たくさん話をしてくれた。王国の経済について議論したりと色気のない話題ばかりだったが、思いっきり意見を言えて楽しかった。
ただ、クリスや婚約者の話はいっさい出なかった。
愚痴くらい聞くのにと思い、ミリアから何度か水を向けたのだが、アルフォンスは顔を硬くするばかりで話そうとはしなかった。
つらい事をすぱっと忘れたかったのかもしれない。誰しも現実逃避はしたくなるものだ。ミリアが本の世界に逃げ込むように。
それ以外はアルフォンスは概ね満足そうにしていた。やはりアルフォンスは隠れスイーツ男子だったのだ。
*****
その日アルフォンスは朝からそわそわと落ち着かなかった。ダメ元で二人で王都に出ようと提案したら、ミリアが了承してくれたのだ。
昨日ミリアに様子が変だと言われたときは、内心ぎくりとした。ミリアへの想いを気取られてしまったのかと思った。
知られたら間違いなくミリアは逃げるだろう。少なくとも二人で執務室にいるのは嫌がるようになると予想できた。
そうなれば、ミリアを帝国に留めることも完全にできなくなってしまう。いまだ全く算段はついていないが、それでも可能性を潰すわけにはいかなかった。
アルフォンスはジョセフとミリアがぎこちなくなっていることに気がついていたし、それはもっともだと思っていた。互いの呼び方は変わっていなかったが、明らかに会話が減っていた。
ああはなりたくない。
毎回ミリアと別れる前に抱擁を交わすのもやりすぎかもしれない、と何度も思っている。が、一度ミリアの感触を知ってしまうともうやめられなかった。
日に日に口づけがしたいという気持ちが大きくなっていく。ミリアに叩かれたあの時、もっと深くしておけばよかったと馬鹿なことを考え始めるほどだ。
抱擁だけではあきたらず、もっともっとと求めてしまう。ジョセフのことを笑えないと思った。だがあんな愚を冒すわけにはいかない。
ミリアが口づけまで許してくれたというのに、とアルフォンスはジョセフを憐憫の目で見た。
それでもジョセフにはギルバートによってミリアとの婚姻が約束されているのだ。
これも阻止しなければならないが、こちらもいい案が浮かばない。ギルバートに直談判をしたところで一笑に付されるだけだ。
それに、どうせ誰かの物になるのなら、ジョセフがいいとも思った。ミリアに対する行為は許されることではないが、ミリアを想っていることは明白で、基本的にはいい男なのだ。
……ミリアにジョセフの魅力について力説した過去の自分を殴りたい。あのときジョセフとの二人きりの茶会をセッティングしたことも。
もしそれでミリアがジョセフに想いを寄せることになっていたら、今の自分は胸をかきむしりたい思いにかられていただろう。
「なんだよアル。俺なんかしたか?」
「いえ。何も」
いつの間にかジョセフをにらみつけていて、食事の手を止めたジョセフに文句を言われた。
今日もミリアはここにいない。庭園に行ってしまったのだ。エドワードがもっと強引に誘えばいいのに。
そう思うものの、エドワードの誘いに乗られたら、それはそれで複雑だった。ギルバートに会いに図書室に行くミリアを見送るのは苦しいからだ。
図書室では暗い部屋で二人きりになる。第一王子なのだから使用人を連れて歩けばいいのに。何か間違いがないとも限らない。ギルバートはミリアのことを想っているのだ。
ミリアに求婚を断られたと言っていたが、ミリアにとってギルバートが特別なのは知っている。ミリアがギルバートの名を口にするときは楽しそうに笑う。
第一王子が本気でミリアを欲しいと思ったら、妃にするのは容易だ。ひとこと言うだけでいい。婚約者はいないのだから。
敵が多すぎる。そして強大だ。
ため息をつくと、エドワードに心配された。
放課後、学園の正門前に停めた馬車の中、アルフォンスはやきもきしながらミリアを待っていた。
本当に来てくれるだろうか。突然気が変わったしないだろうか。約束を忘れていたり……。
小窓からミリアの姿が見えたときはほっとした。しかも先ほどとはドレスが違っていて、髪型も少し変わっている。
自分と出かけるために着替えて来てくれたかと思うと顔が緩みそうになった。たとえアルフォンスのためではなくとも。
馬車に乗るのを手伝うために手を差し出すと、そっとミリアの小さな手が乗った。このまま引き寄せてしまいたい、と思った。
ミリアはカスタードクリーム色のドレスを着ていた。シンプルだが形が綺麗で、同系色の刺繍がびっしりと入っている。いつもよりも体の線がくっきりと出ていて、抱きしめた柔らかさを思い出してしまう。
胸元に小さなダイヤのネックレスが光っていた。ミリアにはこのくらいささやかな物が似合う。
エメラルドがついた宝飾品を贈りたい。自分の瞳と同じ深い緑色の。そしてミリアは自分の物なのだと喧伝して回りたかった。
「着替えたんですね」
そう言うと、ミリアは微妙な顔をした。
またにやけていたのだ。ジョセフの緩みきった顔を思い出して嫌な気持ちになる。そんなだらしない顔をミリアにさらしたくはないのに。
「お待たせしてごめんなさい」
「いえ」
似合っている、と言えばよかった。
アルフォンスは女性の扱いに慣れていない。どうすればミリアは心地よくいてくれるだろうか。
元婚約者と出かけた時は嫌々で何一つしてやらなかったし、褒め言葉など、あしらうときにしか使わなかった。
なのに、ミリアに対しては世話を焼きたくて仕方がなかった。馬車が揺れるたびに怪我をしないかひやひやするし、車酔いをしていないか心配になる。
変われば変わるものだと自分でも思った。
焼きたてのアップルパイを頬張るミリアは本当に可愛かった。口一杯詰め込んでいるわけでもないのに、リスを見ているようだった。
無くなってしまうのを惜しみつつ食べるものだから、もう一つ頼もうかと言ってしまったくらいだ。そんなに食べられないと拒否された。もっと見ていたかったのに。
話しているうちに経済理論の話になって、ミリアの造詣の深さに改めて舌を巻いた。どこかの本に書いてあったのですが……と出典は曖昧なのだが、出てくる意見はもっともだった。
皇子とも討論したことは何度もあるが、国の目指す方向性が違うため平行線を辿りがちだ。
しかしミリアとなら建設的な話ができた。話しているうちに、これはどうか、あれはどうか、と互いにアイディアを出し合って、仮定の話でも楽しかった。
ミリアとならこのローレンツ王国をもっと良くしていけるのに、と寂しくなった。これからのアルフォンスは帝国のことを考えていかなければならない。
ときおりミリアが、元婚約者や婚約者の話をしてきたのが不可解だった。現実を忘れて、ミリアの事だけを考えていたかったのに。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
どんなに名残惜しくとも帰宅の時間はやってくる。
帰りの抱擁ができないことがつらかった。個室をとったとはいえ、ミリアは嫌がるに違いなかった。
明日の放課後までお預けだ。
このまま家に連れて帰れたらどんなにいいだろうか。ミリアと婚姻を結べばずっと一緒にいられるのに。
店を出るとき、ミリアも残念そうにしてくれて、アルフォンスにはそれがとても嬉しかった。




