第85話 仲直りです
第二騎士団の団長は質問に質問を返すミリアに業を煮やし、昼食後にまた来ると言って出て行った。
一度脅しともとれる事を言われたが、団長自ら発言を訂正していた。それ以外は特に何もされていない。どうやって口を割らせるつもりなのだろう。時間の無駄でしかない。実は団長という役職は暇なのか?
それはさておき、お昼ご飯も大変美味しかった。朝食も昼食も昨夜の夜食より格段にグレードアップしている。
容疑者として勾留されているのに、こんなに良い思いをしていていいのだろうか。くさい飯とまではいかなくても、使用人と同じくらいの質にはなるかと思っていた。
お腹がいっぱいになってソファでうとうとしていたミリアは、ノックの音で目を覚ました。
「ミリア? 入ってもいい?」
「ギル!? いいよ。もちろん」
団長かと思ったらギルバートだった。
ミリアはよだれを垂らしていないことを素早く確認し、扉に駆け寄った。
「ミリア、大丈夫?」
「ギル! 会いたかった」
ミリアは入ってきたギルバートに抱きついた。それをギルバートが柔らかく受け止める。
ぱたりとドアが閉まる。
「よかった。元気そうだね」
「ギル、ごめんなさい。私、大嫌いなんて言って。それに、手紙、くれたのに、ずっと開けてなくて……。封筒たくさん入れてくれてたんだね」
「ううん。僕の方こそ酷いこと言ってごめん。許してくれる?」
「もちろん」
「僕のこと、嫌いじゃない?」
「うん。好きだよ」
「……僕も、ミリアのことが好きだよ」
ミリアを抱きしめる力が少し強くなったが、それでも親愛の抱擁の域を超えることはなかった。
「ギルバート殿下」
「ひゃっ!? あっ、あっ、あっ、アルフォンス様!?」
突然聞こえてきた咎めるようなアルフォンスの声に、ミリアは驚きの声を出してギルバートから飛び退いた。恐らくギルバートの後ろから入ってきたのだろうが、全く見えていなかった。
アルフォンスへの想いや昨日のキスのことは整理がついた。だが、ギルバートに抱きつくという行為は、アルフォンスからすると噴飯ものだろう。なにせ相手は第一王子サマなのだから。
しかしギルバートが不服そうにアルフォンスを見たので、苦言を呈する事はなかった。大切な友人との抱擁くらい見逃して欲しい、とミリアも思った。
「ミリアに協力してもらいことがある」
「協力?」
ギルバートがミリアの背中に手を添えて、ソファへと誘導した。
ミリアの正面にギルバートが座り、その隣にアルフォンスが座る。
「これを」
アルフォンスが手に持つ書類の束をミリアの前に差し出した。
「これ……!」
「本部から見つかった裏帳簿だよ。写しだけどね」
「私が見ちゃっていいの?」
「ミリアが持って来いって言ったんでしょ?」
「そう、だけど……」
午前中、ミリアが団長に向かってキレて見せたのはこのためだった。
書記役がミリアの発言を逐一書き取っていたから、報告が行くと思ったのだ。エドワードに。
そして、それなら伝わると思ったのだ。……アルフォンスに。
アルフォンスならわかってくれると思った。調査をするならミリアが一番適任だと。
しかし、まさかギルバートが来るとは。
ミリアはちらっとアルフォンスを見てから、ギルバートに視線を戻した。
「来たのがエドじゃなくてごめんね?」
「え? ううん。ギルの方がずっと嬉しいよ?」
ギルバートはぱちっと瞬きをした後に目を閉じ、ふぅぅっと息を吐いた。
「協力してくれる?」
「うん。もちろん」
ミリアはギルバートに頷いた。異議があろうはずもない。
「じゃあ……カリアード、あとはよろしく」
「はい」
「え? ギルは?」
てっきり一緒にいてくれるものと思っていたが、そんなわけはなかった。
「僕は繋ぎ。第一王子の命で動いているって示しておくために来たんだ」
「ギルの命令って、王太子様は?」
ミリアが首を傾げると、ギルバートが苦笑いをした。
「エドは……うーん、言いにくいんだけど、皇子が帰ったばかりだから……」
「忙しくて、私の事には構っていられない、と?」
「エドもミリアのことは気にしていたよ。むしろ、公務なんてどうでもいいって言ったくらいで。決してミリアのことをないがしろにしているわけじゃ……」
慌てたギルバートがおかしくて、ミリアはくすくすと笑った。
「わかってる。気を使ってくれてありがとう。エドワード様には王太子の仕事をしてもらわないとだからね。私ごときのことで、王太子サマのお手を煩わせるわけにはいかないよ。ギルはお仕事や体調、大丈夫なの?」
「僕の仕事は問題ないし、体調も万全だよ。それより、私ごとき、って自分を卑下して欲しくないな。みんなミリアを心配しているんだから」
ギルバートが眉を寄せ、怒った顔をした。
「……ごめんなさい。ありがとう」
「それにね、実際のところ、ちょっと厄介なことになってるんだよね」
ギルバートは眉を寄せたままだが、今度は怒っているのではなく、困った顔だった。
「厄介なこと?」
「スタイン商会が業務を停止してるんだ。物流や店舗や人材派遣まで軒並み。支部長の指示がないと動けないって」
支部長まで逮捕されているのか。
従業員たちならやりかねないと思った。
元孤児も含め、従業員の待遇が良いからみな商会を気に入っている。会長や支部長が捕まったとなれば、無罪を主張してストライキを起こすくらいするかもしれない。
支部長がいないと動けないというのは方便だ。末端がいちいち指示を仰ぐものか。必要なのは大きな契約の決裁くらいだ。
「お客さまにご迷惑が……」
あぁぁ、とミリアは両手で顔を覆ってうつむいた。
違約金やら損害賠償やらも怖いが、何より信用が失われるのが怖い。
「そんなわけだから王宮としても早急に対処すべきと判断している。有罪ならその根拠を示してスタイン商会に業務再開を求めるし、無罪なら容疑者を早く解放したい。それで僕が担当することになった」
「とんだご迷惑を……」
「でもミリアは無罪だと思っているんでしょ?」
「当然!」
項垂れていたミリアはぱっと顔を上げた。
「正直僕もそう思っている」
「第一王子が肩入れするのは駄目なんじゃないの?」
「味方はできない。けど、冤罪を晴らすためなら協力するよ。だからミリアも協力して」
「うん」
自分では確認できないと思っていたから、この申し出はミリアとしてもありがたかった。
ミリアが大きくうなずくと、ギルバートは立ち上がった。両腕を広げて近づいて来て、ミリア、と呼んだ。
「ギル?」
どうしたんだろうと思い、ちらりとアルフォンスの方を見た。アルフォンスはギルバートに合わせて立ち上がり、ソファの前で渋面を作っている。
ギルバートの方から呼んでいるのだからいいだろうと、ミリアはギルバートの腕の中に収まった。
ああ、ギルの匂いだ。
さっきは再会の喜びで興奮していたから感じなかったが、図書室でかけてくれていた上着と同じ匂いがふわりと香っていた。
体温が気持ちいい。ギルバートの腕の中はとても落ち着いた。昼食後の習慣なのもあって、少し眠たくなってくる。
すりっとミリアが頬をギルバートの肩口に寄せると、ギルバートの、はぁ、という熱いため息がミリアの首筋に落ちた。
ギルバートはミリアの両肩に手を乗せて、優しく体を離した。
「ミリア、こんなときに側にいてあげられなくてごめんね」
「大丈夫。ギルは十分よくしてくれてる」
自分で冤罪を晴らすチャンスをもらえただけで十分だ。
「私のこと、信じてくれてありがとう」
ミリアが笑いかけると、ギルバートはぱちぱちと瞬きをしたあと、当たり前だよ、と吹き出した。
「ミリアが人身売買なんてするわけないでしょ」
「そうだけど……」
疑いをかけられている今、掛け値なしに信じてくれる人がいるのは心強かったのだ。
「何か困ってることはない?」
あっ!
ギルバートに聞かれて、ミリアはばっと勢いよく離れた。両手で自分の顔を挟みながら後ずさりして距離をとる。
昨日と服が一緒なんだったぁぁぁっ!
え、くさくなかったよね? 大丈夫だったよね? ああ、でも汗くさいかも。昨日の夕方そのまま寝ちゃったし……。あぁぁぁぁぁっっ!!
「どうしたの?」
ギルバートが不安げに聞いた。
「……着替えが、欲しいの。あと、できたら湯あみがしたい、です」
自分で言うのはとてつもなく恥ずかしかった。けど、今日だけならともかく明日も同じだなんて耐えられない。
ギルバートは額に手を当ててため息をついた。
「ごめん、気遣ってあげられなくて」
「い、いえ、お構いなく……」
いや、構ってくれないと困るんだけど。でも勾留されてる身なのだから、わがままかもしれない。
「ちゃんと手配するから」
眉を下げたギルバートの言葉に、ミリアはほっと息をついた。
「あとは何かある?」
「うーん……マーサがどうしているのか心配」
「ああ、そうだね。乱暴な扱いはされていないはずだけど」
「アニーは?」
「そっちも心配なの?」
ギルバートは眉をひそめた。
「心配っていうか、理由が知りたい、かな。どうしてあんなことをしたのか。お金が欲しかったのか、それとも何か違う理由があるのか」
アニーは手当てがもらえるなら夜番の方がいい、と言っていた。お金に困っていたのだろうか。どんな理由にせよ同情する気はないが。
「罪が確定するまでは勾留されたままだよ。もう一人の侍女と扱いは変わらない。今回はミリアたちとその侍女の証言に食い違いがあるから、取り調べも続く」
「そっか」
ミリアが納得してうなずくと、ギルバート殿下、とアルフォンスがもう一度名前を呼んだ。
「わかった」
ギルバートは首を振ってアルフォンスに答えた。
「もう行かないと。また来るよ」
「うん」
「カリアード、あとは頼んだ」
「はい」
ギルバートが名残惜しそうに手を振って部屋を出て行った。
ミリアは扉の前まで見送り、扉が閉まったところで、ぐっと顔を引き締める。
「ミリア嬢」
アルフォンスの呼びかけに応じ、ミリアは体を向けてアルフォンスを真っ直ぐに見た。
帝国の皇子が帰国したためか、アルフォンスは刺繍や飾りが控えめな濃緑色のベストとジャケットに身を包んでいた。最近はずっと華美な服装ばかり見ていたので特に落ち着いて見える。
後ろでくくっている銀色の髪はつやつやしていて、気まずそうに伏せている目を前髪が少し隠していた。
じっくりと見てみれば、憂いのある表情というのもなかなか良いいものである。目の保養というのはこういう時に使うのだろう。
アイドルや俳優を見るようなミーハーな感覚でいれば、高揚感はあれど、つらい気持ちはなかった。
よしよし。せっかく二人でいられるのだから、この時間を楽しもう。
アルフォンスは、ミリアを見ないまま、口を開いた。
「昨日のことなのですが――」
「アルフォンス様」
目を向けたアルフォンスにミリアはにこりと笑い、有無を言わさぬ口調ではっきりと言った。
「昨日の図書館でのことは、お互い忘れて、なかったことにしましょう」




