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【Web版】乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい  作者: 藤浪保
第一部

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第82話 私も驚きました side アルフォンス

 アルフォンスは、王宮から馬車で帰宅する途中で、スタイン商会の孤児売買の一報を聞いた。使用人がミリア・スタインの情報を集めている嫡男の意を汲み、屋敷に戻るよりも前に知らせるべく、馬を出したのだ。


 またいつもの調査か、と思った。


 だが念のため王宮に戻ってみれば、孤児院の孤児ではなく、貧民街の孤児をさらって売買した証拠が出たという。スタイン商会本部の従業員は拘束済み、各支部の主だった従業員まで拘束し、関係資料を押収したとのことだった。


 フォーレンだけならともかく、王国中で一斉に行動を起こしたのなら、証拠自体は前からつかんでいて、時期を見計らっていたのだろう。


 アルフォンスはぶるりと震えた。


 王国は、ついにスタイン商会に喧嘩を売ってしまった。


「ミリアは!?」

「遅かった」


 執務室に駆け込んできたエドワードにジョセフが声を上げると、エドワードが立ったまま執務机に両手を突いて項垂(うなだ)れた。

 

「ミリア嬢の寮の部屋に騎士団が。ミリア嬢の確保に成功したと、さっき……」

「騎士団!? 商会関係者だからか!? ミリアは関係ないだろう!」

「いや、ミリア嬢は、商会の経営に深く携わっている。ミリアも人身売買に関わっていると疑惑が……」

「んなわけねぇだろっ!」

「わたしだってわかっているっ!」


 ジョセフの剣幕に、エドワードが机を、だんっ、と拳で叩いた。


「二人とも、ここで言い争っていても仕方がありません。ミリア嬢は王宮(ここ)で取り調べがあるでしょうから……」

「ミリア嬢っ!」

「ミリアっ!」


 終わった頃に行きましょう、という提案を聞く前に、二人は執務室を飛び出して行ってしまった。





 待つまでもなく、ミリアの取り調べはいったん終わっていて、ミリアはすでに留置部屋へと移動させられていた。


「そこをどけっ」


 エドワードが廊下を歩きながら扉の前の騎士へと命じた。


「エドワード王太子殿下!?」

「なぜここに……」

「開けろ」

「困ります、エドワード殿下!」

「うるさいっ! どけと言っているっ!」


 エドワードに剣を向けるわけにも力づくで止めるわけにもいかず、騎士たちはエドワードの突破を許してしまった。


「ミリア嬢!」

「ミリア!」

「エドワード様、ジョセフ様、……アルフォンス様」


 ミリアの目は()れていた。


 皇子(おうじ)との別れを惜しんで泣いたのだろうか。


 夕方、皇子が夕方帰国の()についた。アルフォンス達の前にドレス姿で現れたかと思うと、突然帰国すると宣言し、ミリアに別れの挨拶(あいさつ)をしてきたと言った。


 ドレスを着て学園の寮へ侵入したそうだ。体形が小柄で男くさい顔をしていないため、女装をしていても違和感がなかった。


 こちらから会いに行けばいいと言っていたが、実行するとは思わなかった。ミリアの幼馴染らしい一面を見た思いだ。一体どうやって門をくぐり抜けたのか。護衛もつけずに無茶をする。


「今さっき証拠を確認した。……申し訳ないが、わたしはミリア嬢をかばうことができない」

「馬鹿を言うな! だからミリアが関わっているわけないだろ!?」


 エドワードがミリアの両手を取り、ジョセフがその手を振り払ってミリアを横から抱き込んだ。


 ミリアは嫌な顔をしない。


 押さえ込みキスを迫ったジョセフには、しばらく会わないと言っていたはずだ。それでも許しているのは、突然の事態に戸惑っているのもあるだろうが、ジョセフを信頼しているからなのだろう。アルフォンスが()れるのは嫌がるのに。


 ミリアはエドワードの手を自分から取って話しかけた。


 次にジョセフがミリアの手にキスをし、今度は後ろからミリアを抱きしめた。鎖骨あたりに回る手にミリアが手を重ねると、ジョセフがミリアに何事かをささやいた。


 順調そうで喜ばしいはずが、なぜか釈然としない気持ちがあった。


 ふと、ミリアがアルフォンスに目を向けた。


 目が合った途端、ミリアは顔をしかめ、後ろから抱くジョセフの腕を両手で握った。ジョセフがそれに(こた)えて力を込めたのがわかった。


 アルフォンスの眉間に力が入る。


 突然令嬢の唇を奪うなど、自分らしくもない。馬鹿なことをした。寝ぼけた無意識の行動だったのは言い訳になりえない。


 ジョセフでさえ嫌がったのだ。相手がアルフォンスでは相当気持ち悪かったに違いない。もしかすると涙の理由は自分への嫌悪感のせいかもしれない、と思った。


 せめて謝罪をせねばと足を踏みだしたとき、部屋のドアが薄く開いた。


「カリアード、話がある。来い」


 廊下にいたのはギルバートだった。機嫌が悪そうだった。この騒ぎだ、無理もない。


 アルフォンスは一度ジョセフに抱え込まれるミリアに目を向けてから廊下へ出た。


「ギル……っ!」


 後ろでギルバートの名を呼ぶミリアの声と、駆け寄る足音が聞こえたが、扉にたどり着く前に、騎士がすばやく閉めた。


 少し離れた位置で廊下の壁にもたれていたギルバートはかすかに笑みを浮かべていた。


 大嫌いだと言ったというミリアが愛称を呼び、駆け寄ろうとしたのだ。ギルバートは許されたのだろう。


「とんでもない事になった」


 そばに寄ったアルフォンスに、深刻な顔つきになったギルバートが声を落として言った。いつもの柔らかい空気がなく、口調が厳しい。


「誰の仕業(しわざ)ですか」

「まだわかっていない」


 ギルバートがため息をついた。


「スタイン商会に喧嘩を売る()れ者が本当にいるとは」

「どうしますか」

「どうもこうもない。(すみ)やかに冤罪(えんざい)を晴らし、首謀者に謝罪させる。フィン・スタインに何か特権をよこせと言われるだろうが、応じるほかないだろう」


 頭が痛い、とギルバートは額に指を添えた。


 アルフォンスもギルバートも、スタイン商会による貧民街の孤児の売買は誰かに仕組まれたものだと確信していた。


 ミリアと同様、商売として割りに合わないと考えたからだ。ギルバートはそれに加え、会長(フィン)の人柄も考慮している。


「ミリア嬢のことはどうしますか」

「このまま王宮に留めることになる。くれぐれも丁重(ていちょう)に扱うようにと命じておかねば」

「拘束して連行したようですね」

「説明を尽くせば自室の捜査と同行に応じたろうに」


 ギルバートはぎりっと歯を食いしばった。


「第二騎士団と第三騎士団、どちらもエドとわたしに一言も報告せずに動くとはな」

「縄張り争いと(こう)を焦った結果でしょう」


 第三騎士団は王国全体の治安を担当している。王都のみを管轄とする第二騎士団とは違い、拠点が各地にあり大所帯だ。


 今回、フォーレンのスタイン商会本部や各支部の検挙は第三騎士団が行い、王都のスタイン商会の支部とスタイン家別邸、そしてミリアの寮の部屋は第二騎士団が譲らなかったのだ。


「重要案件の報告もできん無能は要らん。団長(あたま)をすげ替えることも考えねばならないな」


 スタイン商会の調査だけならいい。だが、奴隷売買の証拠がでたとなれば大事(おおごと)だ。その一報さえないのは無能と言われても仕方がなかった。


「これからどうしますか」

「まずは自白したというアニーという侍女を調べろ。その先はフォーレンからの報告を待ってから考える」

「承知しました」

「そろそろエドを部屋から出せ。王太子が長居するとミリアにとってもよくない」


 頼んだぞ、とギルバートは去って行った。

 

 ギルバートの顔色は悪かった。体調がすぐれないのだろう。無理に無理を重ねている。


 皇子が帰国して楽になるかと思いきや、今度は王国の一大事であるばかりかミリアが巻き込まれている。心労はいかばかりか。ミリアに許されたことが少しは救いになるといいが。


 アルフォンスは扉を守る騎士に、エドワードを引っ張り出すと伝えて扉を開けさせた。


「殿下、そろそろ……」

「ああ」


 エドワードはアルフォンスに手を振った。


「ミリア嬢、わたしは信じていないわけではない。それだけはわかってほしい」

「はい。わかっています。エドワード様、よろしくお願いします」

「ミリア。俺も、万全を尽くすから。待ってて」

「うん」


 ミリアはジョセフとエドワードと抱擁(ほうよう)を交わしていた。


 アルフォンスのことは一度も見なかった。




 明日以降のために色々と準備をしていて、アルフォンスの帰宅は日付が変わるころとなった。


 だが父親はまだ起きていて、帰るなり重要な話があると執務室へと呼び出された。

 

「父上、もう一度、おっしゃって頂けますか?」


 話を聞いたアルフォンスは激しく動揺していた。


「お前とリリエント・ミールとの婚約が解消された」

「なぜ、ですか?」

「帝国の第一皇子が婚姻相手にと望んだからだ」

皇子(おうじ)、が?」


 婚約解消の理由としては申し分なかった。どちらの(とが)でもない、第三者の介入。それも帝国の皇子が求めたのなら、双方はうなずくしかない。


 ミール侯爵は喜んで娘を差し出すだろう。宰相補佐のカリアード伯爵とその息子である王太子側近のアルフォンスを手にするよりも、ずっと益がある。


 リリエントはこれ以上にないほどに舞い上がっているだろう、と思った。


 ローズよりも、遥かに上の場立場になるのだから。ローレンツ王国の王太子の婚約者と、帝国の第一皇子の婚約者。天と地の差だ。


 アルフォンスは頭では冷静に考えを巡らせていたが、精神的な部分での衝撃は大きかった。


 リリエントとの婚約の解消。


 決められた未来だった。王太子(エドワード)の側近となるのと同じくらい動かしようのない未来だった。


 第一王子(ギルバート)が王位継承権を第二王子(エドワード)に譲ると宣言したときも、実際にエドワードが立太子したときも、相当の衝撃は受けたものだが、これほどではなかった。


 伯爵家に生まれた者として、絶対に抗えないものだという教育を受けてきたし、そう信じていた。


 嫌で嫌で仕方のなかった婚約だ。解消できればどんなにいいかと長く願い続けていた。


 婚約が解消され、しがらみから解放されて喜ぶべきところなのに、アルフォンスは荒野に突然放り出されたような心細さを感じていた。


 カリアード伯爵は動揺に瞳を揺らす息子(アルフォンス)を見据えた。


皇子(おうじ)はお前をご所望(しょもう)だ」


 は?


 一瞬、言葉が理解できなかった。


 突然使い慣れていない言語を使われ、頭の引き出しから言語体系ごと引っ張り出してこなければならない時の感覚に似ている。


「わたしを、皇子の婚姻相手に、ということですか? リリエント嬢ではなくて?」

「そうだ」

「それはどういう……」


 皇子は男色(だんしょく)家なのか? アルフォンスはなぜか男に言い寄られることがあった。返り討ちにした回数は両手の指では足りない。


 だとしても、愛人ならともかく婚姻相手にというのは子孫を残す意味でいかがなものか。帝国は一夫一妻制だろう。許されるのか? 第二皇子がいるから構わないのか。


「やはりお前も知らなかったか……」


 父親はため息をついた。


「私も先ほど聞いたときには耳を疑った。第一皇子は女性だ」

「女性?」


 皇子の姿が頭に浮かんだ。


 小柄な体格。男くさくない顔。帝国民男子にしては長めの髪。妙にドレスが似合っていたこと。


「帝国語には、性別を表す言葉が少ないだろう。皇子(おうじ)という言葉は、本来は皇帝の子を表すもので、その性別は示していない。こちらが勝手に男の子供だと訳しているだけだ。皇子の本当の名はクリスティーナ。クリストファーというのは対外的に使う偽名だそうだ」


 皇子は子供のころ、ミリアと一緒に風呂に入っていたと言っていた。


 ミリアは皇子(クリス)とは結婚しない、皇子(クリス)にもその気はないのだと断言していたという。その理由は二人によって伏せられていたが、それが皇子が女性なのだという事実であれば納得がいく。


 ……ミリアが下着姿だろうが全裸だろうが気にしないと言ったことも。


 全く気がつかなかった。


 皇子(おうじ)というからには皇子だと思うだろう。


 あの堂々とした振る舞い。威厳のある話し方。特に、あの機知に富んだ議論が女性にできるとはとても思えない。


 ……いや、ミリアだってできるではないか。女性だてらに対等で言葉を交わすことが。


 これもミリアの幼馴染らしいと言うべきか。似ているのは無鉄砲な所だけではないらしい。


「帝国は女性でも皇位が継げる。第一皇子は女帝となるだろう。皇配(こうはい)としてお前をお望みだ」

「ですが、私は殿下の――」

「王国の貴族が帝国の皇配になるのと、エドワード殿下の側近が残るのと、どちらが王国の益になるかは考えるまでもないだろう。我がカリアード家にとってもこれ以上の(ほま)れはない。なぜ喜ばない。お前はリリエントとの婚姻をあれほど嫌がっていたではないか」


 その通りだった。反論の余地はない。アルフォンス個人にとっても降って湧いた幸運だ。帝国の女帝の配偶者。大陸で成り得るこれ以上の地位はあるだろうか。


 だが、にわかに受け入れられることではなかった。


 リリエントとの婚約解消どころの話ではない。


 学園を卒業して宰相補佐(ちちおや)の補佐となり、成人し、エドワードの側近を務めつつ要職を目指す。


 そう思い描いていた未来が全て消え去った。


 荒野どころではない。足元が崩れて奈落に落ちていくようだ。


 ふとミリアの笑顔が浮かんだ。


「父上、申し訳ありません……。考えを整理したく思います」

「構わんが、整理がつこうがつくまいがこれは決定事項だ」


 決定事項――。


 もともと王国側としては拒否する理由も力もない。皇子(おうじ)が欲した時点で決定したも同じで、カリアード家とミール家が解消に同意し、カリアード伯爵がアルフォンスを差し出すことを了承したのだから、もう(くつがえ)ることはあり得なかった。


 アルフォンスは、解放と同時に、再び(かせ)をはめられたのだ。


「婚約解消と皇子との婚約は内密にするように。エドワード殿下に対してもだ。特に皇子との婚約はミール侯爵も知らない極秘事項だ。全ては帝国から陛下に正式に書簡が来たのちに発表する」

「わかり、ました」


 アルフォンスは覚束(おぼつか)ない足取りで父親の執務室を後にした。 


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