第80話 情報がありません
ミリアは王宮内の一室に留め置かれることになった。
部屋は一つしかないが、高級な調度品で整えられた部屋だ。扉の外には騎士が二人立っている。部屋から自由に出ることはできない。
つまり、勾留されているのである。何とも豪華な勾留所だ。
口裏を合わせる恐れがあるから、とマーサとは引き離されたままだ。王宮の侍女をつけるかと言われたが、マーサでなければいない方がいい。
ミリアは無駄にふかふかのソファに座って腕と脚を組むと、背もたれに背を預け、天井をにらんだ。行儀はとても悪いが、頭の中だけで考えるにはこれが一番だった。
アニーが自白したことは第二騎士団長から聞いたことだが、正しいと仮定する。これがはったりだったとして、釣られて漏らすような事実はないから、ミリアに不利益は生じない。ならば真実と仮定するのが合理的だ。
その上で、自分の潔白を証明するにはどうしたらいいのだろう、と考える。
指紋鑑定ができない。DNA鑑定なんてもっと無理だ。筆跡鑑定をしっかりやってもらえば、偽造だとわかってもらえるだろうか。
だが、手紙が偽造だとわかったところで、ミリアの嫌疑が晴れるとは思えなかった。なにせ商会から証拠が出たというのである。経営に深く関わっているミリアがいくら知らないと言ったところで、共犯の疑いは残るだろう。
奴隷売買は悪質であれば死刑もありえる。それほど厳しく禁止されている。何人売ったことになっているのだろう。共謀罪の刑罰はどのくらいなのか。
最悪、婚約破棄を前に処刑エンドになるかもしれない。
そんなのは嫌だ、と思った。ここまで頑張ってきたのに、無意味にバッドエンドだなんて有り得ない。受け入れられるわけがない。
いや――無意味とは限らないのではないか。
もしこれが、悪役令嬢が主役の物語であったなら。
孤児を売買する悪徳商人の罪が暴かれ、好き勝手に学園を荒らしていたヒロインが退場すれば、王太子との婚約破棄の恐れはなくなる。
ああ。
やっぱり。
ここは乙女ゲームの世界ではなく、悪役令嬢モノの物語の中なのだ。
ミリアはヒロイン。ただし主人公ではなく、真の主役である悪役令嬢が幸せになるための、舞台装置。
ミリアは運命を変えることに失敗したのだ。
きっと本来は、卒業パーティの婚約破棄発言からの悪役令嬢による反撃になるはずだったのだろう。
ミリアが抗ったため、未来が変わった。だが、運命を変えるまではいかなかった。
悪役令嬢が主役なのであれば、ミリアに攻撃してきたのはローズではないのかもしれない。だって主役がそんな性悪女なわけがない。
だとしたら誰だろう。
一番怪しいのはリリエントだが、嫌がらせが始まったのは、アルフォンスとの仕事を知られたのよりもずっと前だ。
……駄目だ。
ミリアは首を振った。
今考えるべきは容疑の事だ。嫌がらせの犯人なんてどうでもいい。まだエンディングは来ていないのだから、助かる道がないか考えなければ。
重要なのは、本当に奴隷売買が行われていたのか、ということだ。
出たと言うからには出たのだろう。商会本部から。裏帳簿が。
裏帳簿が……?
調査のたびに事前確認したあれらの帳簿が表の帳簿でしかなかったと考えると、気が遠くなりそうになる。
ミリアが偽造の書類で陥れられたのなら、父親だってあり得る。
だが、実際にそんなことが可能なのか?
相手はフィン個人ではなく、スタイン商会だ。男爵令嬢の部屋にこそっと忍び込み、侍女を通じて偽の証拠を隠しておく、などという幼稚なレベルの話ではない。
商会の方が出入りが激しい分、偽造した記録を紛れ込ませるのは簡単だろう。
しかし、売買の記録を矛盾なく作ることなどできるだろうか。その辺の肉屋で買い物するのとはわけが違う。商会の取引だ。
だからこその裏帳簿なのだろうが、自分の目を誤魔化されたということが、ミリアには信じられなかった。
まあいい、裏帳簿とやらがあったと仮定しよう。
裏帳簿は表には出せない本物の帳簿のことだ。奴隷売買のことも全て記載してある。それを取り繕うために、表の偽帳簿を用意する。ここには奴隷売買のことは書かない。
とはいえ、まるっと削除すればいいわけではない。
孤児は貧民街からさらって売れば元手は無料のように思える。だが現実には、そこに、探し、さらい、運ぶ手間が含まれている。
それを帳簿上で表すとどうなるか。かかった費用を売上から引いて、残りを利益とすればいい。偽帳簿上は、費用、売上、利益を全く書かない。金額だけなら簡単だ。
だが実際は。
探すには人手がいる。さらって運ぶのにもだ。その間、その従業員の勤務表はどうするか。別の仕事を入れたことにする? 休暇にする? まあ、それでもいい。
では運ぶのには何を使ったのだろうか。まさか子供を徒歩で移動させるわけはあるまい。商会には馬車も荷馬車もある。それを使ったならば、その記録が残る。どこかの馬車を借りるなら領収証がないと経費が落ちない。他の仕事と一緒に使った? ふむ、それもいいだろう。
ではでは途中はどこに滞在したのだろうか。入荷後即出荷? それでもいいかもしれないが、商品は汚れて痩せた子豚ちゃんである。ならば洗って太らせてから売った方がいい。
少なくとも二、三日は食べさせて、見た目を良くしてから売るだろう。フィンならやる。服装の趣味はまっっっったく理解できないが、これだけはわかる。ミリアだって同じ商人だ。絶対やる。
その間どこにいたのか。商会支部にいれば記録が残る。宿泊するなら領収証が必要だ。どちらも人間一人は消せない。馬車に滞在していた? うーん、まあ、それもありか。
さてさて他にもたくさんあるが、とにかく、ある程度の大きさのある程度の値段の商品というものには、何だかんだとかかる。手間が。
手間=金である。そして金がかかるところには記録が残る。しかもそれが人間となればなおさらだ。勤務表、荷馬車の領収証、宿屋の宿泊名簿、以下略。
それらを全て他の仕事と一緒に処理してしまうこともできる。
が、一度きりの取引ならできても何度もはできない。発覚を恐れるなら同じ都市でさらい続けるわけにはいかない。つまり定期的なものに紛れ込ませることは不可能。
そうすると、少しずつ他の仕事とまとめられずにあふれて個別に記録が残る物が出てくる。その小さな違和感を積み上げていけば、偽帳簿から不正が炙りだされる。
アルフォンスの手伝いは、それの簡易版、一枚の書類内の違和感を見つける作業だ。
国の調査では、宿屋の宿帳までひっくり返して整合性を確認する。税務調査と同じようなものだ。
その調査で疑問を持たれたときに答えられるよう、ミリアも同じ調査をしていた――訳はない。そんなことはさすがに一介の平民にはできない。権限も労力も足りない。
スタイン商会は収支計算にはうるさいのだ。誤魔化すとすぐバレる。会長が超がめついからなのだが、だからこそミリアの調査は成り立つ。
国が奴隷売買に的をしぼっているのなら、ミリアもそうすればいい。孤児院のある街で同じ従業員が関わっている取引だけをチェックするのだ。
ターゲットが貧民街に代わっても同じだ。貧民が出るのは貧富の差があるから。ある程度大きな街に限られる。そしてそういう街には孤児院があることが多い。
その街はチェック済み。つまりは対象外。
とすると、残った街の孤児をさらえばミリアの目を誤魔化し得た。つまり奴隷売買があった可能性はある。
――が、そのことが、逆にフィンがやるわけはないという確信をミリアに抱かせる。
なぜなら、街が少なければさらえる人数も限られる。
そうなると採算が取れなくなる。いくら国で禁止されている人身売買とはいえ、商会の大きな取引ほど高額とは欠片も思えない。超高額になるなら相手だって海外から調達したほうがいい。
採算が取れない上に発覚するリスクは大きい。フィンが取引に応じる可能性はゼロだ。
うん、ごちゃごちゃ考える必要はなかった。人身売買は有り得ないな。
仮定は崩れた。
つまり――商会も嵌められた。
そして、証拠の裏帳簿とやらを丹念に確認すれば、きっと証明できる。
とはいえ、ミリア自身がが証拠を確認するのは不可能だろう。内情を知っている人間が調査に加わるのが一番手っ取り早いはずだが、疑われている身だ。司法取引的なことはできるのだろうか。できないだろうな。
証拠を崩せないのなら、アニーに自白させるしかない。しかし、すでに罪を告白したのだから、騎士団はアニーの取り調べの手を緩めるに違いない。だとすると、アニーがボロを出す期待はできない。
アニーはなぜこんな事をしたのだろうか。侍女が一人でできるような話ではない。誰かに命じられたのだ。
アニーは、ミリアがフォーレンから連れて来たマーサとは違い、ミリアが学園に来てから王都で雇われた侍女だ。スタイン家への忠誠がどの程度なのか、特別親しくはないミリアにはわかりかねる。裏切りを持ち掛けられ、お金で心が動いたのかもしれない。
命じたのは誰だ。スタイン家の使用人の誰かなのだろうか。それとも商会の誰かか。全く外部の者なのか。
ミリアの部屋にあった手紙や報告書を偽造するのはアニーだけで可能でも、商会の裏帳簿を作るのは一人では無理だ。実行犯は必ず他にいる。恐らく複数。
そしてそいつらは、スタイン家の使用人か商会の従業員の中にもいるのだ。それもある程度上の立場の人間だろう。
王都にある別邸や、フォーレンの本邸、商会本部にいる使用人と従業員を思い浮かべる。
全員を知っているわけではないが、親しい者もいる。職位が上なら長く勤めている可能性が高い。その中に裏切り者がいるかもしれない、と思うと苦しかった。
命じた人間はといえば、庭園でミリアに貧民街のことを囁いた令嬢が最も怪しい。となれば、彼女が親しいローズやリリエントも怪しい。
……誰も彼もが怪しいではないか。
やはり、情報が少なすぎる。




