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【Web版】乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい  作者: 藤浪保
第一部

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第75話 勝手に決めないでください

 席に戻ってきたとき、ミリアからの言葉はなかった。アルフォンスはちらりと目線を上げたが、目は合わない。


 表情も仕事の進みもいつも通りで、どうやら機嫌は直ったらしい、とアルフォンスは安心していた。


 のだが、そうではなかった。


 アルフォンスが話しかけると、ミリアから、一言、二言の返答しか返ってこない。ほぼ()()のどちらかだった。


 アルフォンスが手を止め顔を上げても、ミリアは手を止めないし顔も上げない。いまだ怒っているのがありありと伝わってきた。


 普段からそれほど仕事中に話すわけでもないのに、してはいけないと思うと途端に居心地が悪くなる。


 アルフォンスは一度入ればどこまでも集中できる(たち)だが、一言もなく黙々と、というのは案外疲れた。ちょっとした会話が息抜きになっていたのだと知った。


 そろそろ時間か、と窓へと目を向けた時、ミリアが立ち上がると同時に、ばさりと書類をアルフォンスの前に置いた。


「終わりました。帰りますね」


 一度書類に落とした目線を上げると、すでにミリアは後ろを向いてた。


「ミリア嬢?」


 アルフォンスの呼び止めた声は無視される。


 確認結果の説明がなかったと思ったが、書類をめくって見れば、報告書が現れた。


 書く方が面倒だろうに。


 そうしてでも口を()きたくなかったのだと思うと、先ほどの失態がずしっとアルフォンスにのし掛かった。


 ミリアの丸っこい字で、一つ一つ丁寧に書いてある。何よりわかりやすかった。作法は雑だし繊細な指の動きが必要な刺繍は苦手。全体的に大雑把(おおざっぱ)な性格なくせに、こういう所は細かい。


 順番に確認していたアルフォンスは、一枚の報告書を前に手を止めた。ローレンツ王国の字ではない。北の隣国、シャルシン国の文字で書かれている。


 元になった書類を見れば、それもシャルシン国語で書かれていた。ミリアはそのままその言葉で書いていたのだ。


 シャルシン国は、王都よりも北にあるフォーレンから最も近い隣国だ。ローレンツ王国にとって最も国交の深い友好国でもある。


 スタイン商会の支店も多い。ミリアは商売上の必要性でシャルシン国語をマスターしたのだろう。交流があるため、国内でも操れる者は多いが、一介の平民が身につけているのは(まれ)だろうと思われた。


 スペルミスも文法ミスもない。


 ミリアは失敗ばかりのアルフォンスからどんどん遠ざかって行くのに、ミリアが欲しいという気持ちはどんどん大きくなっていくのだった。





「ミリア嬢に会いたい……」


 翌日の皇子(クリス)との茶会で、唐突にエドワードがこぼした。


「殿下」

「会いたいならまた呼び出せばいいだろう」


 アルフォンスはクリスの前で突然言い出したことをとがめたが、クリスは気を悪くすることなく言った。


「呼んだところで来てくれないのだ。わたしの誘いには応じてくれないことが多い」

「どうして? 王太子の呼び出しだろう?」


 エドワードがしょんぼりと言うと、クリスが無神経に聞いた。エドワードが、ぐっ、と言葉を詰まらせた。


「ははっ、嫌われているのか」


 さも楽しそうにクリスが言った。


「嫌われてなどいない!」


 エドワードが不作法にも叫んだ。実はその言葉にジョセフの心が(えぐ)られていたのだが、それを知るのはアルフォンスだけである。


 そしてアルフォンスはアルフォンスで気まずい思いをしていた。


 ジョセフに言われた通り、三日に二日はミリアと顔を合わせている。ジョセフとの茶会が保留になれば、毎日会うことになる。ミリアは恐らく、アルフォンスを避けたいと思っていても、依頼された以上は、と今日も来るだろう。


 エドワードに近づけたくない思いはあるが、ジョセフには悪いな、という気持ちはあった。


「ではボクが呼ぼう。ミリィはきっと来てくれる」

「駄目だ!」

「何で?」

「それでミリア嬢が来たらショックだからだ!」

「うわ、ちっさ」

「何だと!?」


 二人の口調は完全に崩れていた。クリスの気分を害しているわけではなさそうだが、アルフォンスは気が気ではない。将来的に国のトップになる二人だ。仲違(なかたが)いなどされては困る。


 そこに救世主が現れた。


「何を言い争っているの?」

「兄上!」


 サロンに足を踏み入れたのはギルバートだった。


「ギルバート殿、お体の調子はいかがか」

「心配ありがとう。動き回れるほどには回復したよ」


 ギルバートの口調も砕けていたが、クリスはギルバートに一目(いちもく)おいているらしく、丁寧に接していたのだった。同い年で王太子であるエドワードの立場がないが、本人はギルバートを尊敬しているので気にしていない。


「ギルバート殿、今ミリィを呼ぼうという話になったのだ」

「ミリア・スタインを?」

「ご存じか?」

「僕も学園の生徒だからね」


 エドワードは会話を聞きながら目を丸くしていた。ミリアとギルバートの交流を知らないからだ。


「兄上はミリア嬢と顔を合わせたことがあるのですか?」

「話したことはあるよ」


 ジョセフが口をゆがませた。呼び捨てにし、愛称で呼ばせ、二人きりで図書室(暗がりの中)で会う仲のくせに、と思っていたのだ。


 アルフォンスはそれに加え、ミリアに想いを寄せているくせに、と思っていた。


「ミリア嬢を呼ぶのは、賛成できないな」

「なぜか」

「王宮に招待するのは嫌がると思うから」

「わたしも兄上に賛成だ」

「さっきは断られるのが嫌だったんじゃなかったのか?」

「違うっ。ミリア嬢の嫌がることをしたくなかっただけだ」


 エドワードが言い訳をするが、負け犬の遠吠えである。クリスも断られるかもしれないので、負けているわけではないのだが。


「なら、ボクたちが行けばいい」


 ひらめいた、とばかりにクリスが言った。


「それはいけません」


 アルフォンスは慌てて否定した。


「僕もそれは賛成できない。クリス殿は正体を知られたくないんでしょう? 学園に行けば見慣れない人物がいると騒ぎになるかもしれないよ」

「兄上の言うとおりだ。ミリア嬢は目立つことを嫌うからな」


 なぜか得意げにエドワードが言った。


「ふぅん」


 クリスは納得していない様子だった。




 茶会のあと、ギルバートに呼び止められ、ギルバートの部屋に行った。


 疲れた、と言って、ギルバートはソファに体を沈めた。


「カリアード、あの話はどうなった?」

(かんば)しくありません。実行犯はわかるのですが、首謀者が出てきません」

「僕の方もだ」


 いくら調べさせても出てこない。周到に隠蔽(いんぺい)されていた。アルフォンスは実行犯の家の繋がりや最近の動きも洗い出したが、手がかりはなかった。


「将来の希望は聞けた?」

「ミリア嬢は卒業後、やはりフォーレンで商会の手伝いをするそうです。その後は文官になりたいと言っていました」

「そうか。何とか王宮に入ってくれないものか」


 ギルバートは思案顔だった。


「結婚相手による、と言っていました」


 ギルバートの顔がしかめられる。


「結婚相手、か。そうだね。王都にいなければ王宮にも入れられない。……ミリアは早々に結婚するつもりなのか」

「卒業すればすぐ成人ですから」

「他の男の物になるのかと思うと複雑なんだよ」


 ギルバートは苦笑した。


「やはり、こちらから誰かをあてがうのが最善だろうな。……となると、最有力はジョセフ・ユーフェンか。気が進まないけど。ユーフェン伯爵の娘に婿(むこ)をとらせて家を継がせれば、ミリアは国政に専念できる」

「ジェフは……」

「他の女性に目移りするかもしれない、かな? ミリアから目を逸らすなんて、僕からすれば考えられないけどね。まあ、ユーフェンはミリアの本当の価値を理解していないか」


 軽い口調で言っているが、ギルバートは本気なのだろう。それこそアルフォンスにはわからない感情だ。


「いえ、ミリア嬢に対しては、今までの女性とは違うようです。ミリア嬢一筋です。今後も目を移すことはなさそうです。ただ、ミリア嬢を怒らせたらしく――」


 目を逸らしたアルフォンスを、ギルバートがにらんだ。


「まさか……!」

「ええ、キスを迫ったそうです」

「ユーフェンめ……! カリアード、あいつを今すぐここに連れてこいっ!」


 ギルバートが立ち上がり、怒気を露わにした。それを自分に向けられるのは理不尽だ、とアルフォンスは思った。


「ミリア嬢は一度は受け入れたそうです」

「そう、なのか?」

「ジェフによれば、ですが」


 再びソファに沈んだギルバートは、額を手で押さえた。


「そうか、ミリアが……。実際聞くと(こた)えるな」


 ギルバートは数秒そのままうなだれた後、思考を切り替えた。


「怒鳴って悪かったね」

「いえ」

「ミリアにその気があるなら、僕が伯爵に話をつけよう。僕が持って行けば向こうも悪い返事はしないはずだよ」

「ミリア嬢に結婚の意志があるか、というと疑問です」

「一度ユーフェンを受け入れたんだよね?」

「それは、そうなのですが――」


 アルフォンスは目を伏せた。エドワードの茶会を気分次第で受けたり受けなかったりしていたミリアだ。これもただの気まぐれだということはないだろうか。


 いや、さすがにそれはない、とアルフォンスは首を振った。いくらミリア嬢でも、気まぐれで口づけを許したりはしないだろう。昨日はただ乗り気ではなかった、という可能性の方が高い。


 ミリアはジョセフを頼っているし、話も弾んでいるようだ。時間をおいて機嫌が直れば問題ないだろう。


 ジョセフを受け入れているミリアを想像することができないまま、アルフォンスは自分を納得させた。


「――いえ、何でもありません。ただ、ミリア嬢の意志は一度当人にも確認すべきでしょう」

「頼める?」

「私は……」


 アルフォンスは昨日の失態を思い出していた。聞いたところで、ミリアが素直に答えてくれるだろうか。


「お前もか……」


 全く、とギルバートはため息をついた。

 

「私は、少し気に(さわ)ったことを言ってしまっただけで……。機嫌を直しているかもしれないので、この後の様子で判断します」

「そうだね」


 ギルバートはもう一度ため息をつき、頼むよ、と言ってアルフォンスを下がらせた。


「どうにもならなくなったら……エドと結婚させるしかないか」


 扉の向こうでこぼれたギルバートのつぶやきは、アルフォンスの耳には入らなかった。

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