第51話 甘いのは友人にだけですよ side アルフォンス
冬の休暇の間中、アルフォンスは宰相補佐である父親にしごかれた。自分では出来のいい方だと思っていたが、所詮若造で、井の中の蛙でしかなかったことを痛感した。
四苦八苦しながらも充実した日々を送りながら、ある日エドワードの執務室へ書類を運んだついでに休憩を取ったときのこと。
アルフォンスの口から、先日馬車でミリアと顔を合わせたことが滑り出た。
あのときのミリアの姿を思い出すだけで顔がゆがむ。なのになぜわざわざエドワードに話したのか自分でもわからなかった。印象が強烈すぎて誰かに吐き出したかったのかもしれない。
結局、派手で別人のようだったとしか表現できなかったのだが、エドワードはアルフォンスの心中を察したのか、少し不機嫌になっていた。
休暇明けの初日に講義室でミリアの姿を見て、アルフォンスは自分でも意外に思うほど安堵した。いつものミリアだった。簡素すぎると思っていた服装は、あの華美すぎるドレスよりも遥かにましだった。趣味が変わって毎日視界に入られるような事にならなくてよかった。
休み前に悩み続けていた疑念も解消していて、アルフォンスの心は安らかだったのだが、それはジョセフの奇行によって破られる。
突然ジョセフがミリアの肩に腕を回したのだ。正確には肩というより首だろうか。ジョセフが平民の挨拶と言ったとおり、平民がやっているのをアルフォンスも見たことがある。
しかし、いくらなんでも元平民と言えども、男女がそれをするのはいかがなものか。ミリアを怒らせてはいけないというギルバートの言葉を思い出し、アルフォンスは焦った。
ミリアが嫌悪感を抱き、学園の生徒に無闇に触られたと騒ぎ出したらどうするつもりだ。
ミリアはジョセフに抵抗しているが、ジョセフは離れようとはしなかった。エドワードの制止の声も無視だ。迷惑そうにしているだけで、心の底からミリアが嫌がっているわけではなさそうなのが救いだった。
しかし、あろうことかジョセフはミリアを抱擁しようとまでした。アルフォンスがジョセフの腕をつかんで事なきを得たが、いくら何でもやりすぎだ。
本人は冗談のつもりだったようだが、ミリアは目立つことが嫌いだ。エドワードだけでなくジョセフまで監視対象にするのは御免被りたい。
すると今度はエドワードがやらかした。
二日連続でカフェテリアのミリアに押し掛け、一日目は食事後にミリアの手に長い口づけをし、二日目はローズが同席を希望するという、二つの事件を引き起こしたのだ。
これらはミリアの怒りを買い、エドワードが避けられるという事態に発展した。
二人が距離を置くことはこれ以上ミリアを怒らせることはないという意味で望ましかったが、それでもアルフォンスは気が気ではなかった。
広まった悪い噂は当然スタイン男爵にも伝わるだろう。ミリアも男爵に不満を言っているかもしれない。
しかもエドワードが本気でミリアを好きになっていることが判明した。
エドワードには婚約者がいて、彼女以外に正妃はあり得ない。ミリアにその気がないことも見てわかっているだろう。不毛な想いなのだから、さっさと諦めるべきだ。
すると追い打ちをかけるように、ジョセフがエドワード以上の大事件を起こした。
衆人環視の中、嫌がるミリアを力づくで抱擁したというのだ。
アルフォンスはその場におらず、後から伝え聞いた。最初は耳を疑い、どうせ誇張されているのだろうと思ったが、人前で無理矢理抱きしめたというのは事実だった。
なぜこうも次々とミリアとスタイン家を怒らせるようなことをするのか。
ジョセフは自主謹慎することになったが、そんなことでミリアの怒りが収まるはずはない。交流があるとはいえ、婚約者でもない男に無理矢理抱きしめられたのだ。
ジョセフが女性をそんな風に扱うのは初めてだった。つまりは我を忘れるような行動だったわけで、ジョセフまでもがミリアを好きになってしまったということなのだろう。
ミリアは次期国王とその乳母兄弟で近衛騎士となるジョセフを魅了してしまった。第一王子にも妃にしたいと言われるほどに気に入られている。
スタイン家が国を乗っ取ろうとしているという疑念はもう持っていないが、商会とミリアがその気になれば、成し得てしまえるのではないかと思った。
馬鹿馬鹿しい。
アルフォンスは首を振った。
エドワードとジョセフには婚約者がいる。二人だっていくらなんでもそこまで考えなしではないだろう。
それに、騒動を起こせばミリアに嫌われるのだから、二人がミリアを想っているのならこれ以上事態は悪化しないと思われた。
そんなアルフォンスの思考とは裏腹に、次の日からエドワードが朝と夕方に花のプレゼントと朝の迎えを始めた。花はまさかの薔薇だ。
噂はエスカレートしていき、エドワードと世継ぎを作っているらしいという声まで聞こえてくる。面白おかしく言われているだけで誰も信じてはいないが、これはさすがにスタイン男爵も黙っていないだろう。
不躾な視線を浴び続けているミリアはうんざりとした顔をしていた。見るに見かねてアルフォンスが提案した個室でのランチに承諾するくらいだ。
そこでアルフォンスは一筋の光明を見い出す。
ミリアがジョセフとの抱擁に嫌悪感はなかったと言ったのだ。令嬢としてそれもどうかと眉をひそめてしまったが、ここはミリアの寛容に感謝するしかない。
ほっとしたのもつかの間、昼食の最後に、エドワードがミリアにイヤリングを贈ろうとした。一見簡素でミリアに似合いそうな作りだったが、婚約者がいる身で宝飾品を他の令嬢に贈ること自体が問題な上に、使われている石がピンクダイヤだった。
一目でその価値を見抜いたミリアは顔をひきつらせ、固辞したのだが、代わりに花を受け取ることに承諾させられていた。
ミリアの反応を見る限りは許容範囲だった。だが、怒りのゲージは着々と貯まっているだろう。度重なるストレスで、いつ限界に達してもおかしくはなかった。
ジョセフが自主謹慎から戻って来た日。
昼食はジョセフを除いた三人で食べたのだが、食後に執務棟へ向かっている途中でジョセフに捕まった。
頼みがあると言われ断りたかったが、ミリアに謝罪をしたいというので話を聞くことにした。
「放課後、星の間に来てくれるように伝えてくれるだけでいいんだ。ミリアは侍女を連れていないから。かといって俺が直接誘うわけにもいかないだろ」
「伝えるだけって……」
なぜアルフォンスに同席を求めないのだ。
「まさかミリア嬢と二人だけでサロンで茶会をする気なんですか?」
「できれば……」
「あんなことをしておきながら、ミリア嬢と二人きりで会うと? それも密室で? 何を考えているんですか? ミリア嬢が了承するとでも? それを私に言いに行けと、そう言うんですか?」
そんなことを言えばミリアは怒り狂うだろう。使用人がいれば完全な二人きりとはならないが、いくらミリアの心が広いとは言え、さすがに許さないに違いない。
しかもそれをアルフォンスに言わせようとするのか。いい加減にしてくれと叫びたかった。
「え、いや、できればで、ミリア嬢が嫌なら、もちろん、二人きりで会うつもりは、全然っ」
取って付けたように言われたことに腹が立つ。
「なら、ミリア嬢がジェフと二人は嫌だと言ったら、私が同席します。これ以上殿下とジェフに暴走されては困りますから。いいですね?」
「あ、ああ、その時は頼む。助かるよ」
ここでジョセフはとんでもないことを言い出した。
「ミリア嬢が一人で来てくれて、俺の謝罪を受け入れてくれたら……告白しようと思う」
「……今なんと?」
「ミリア嬢に告白する、と言った」
「告白? ミリア嬢はジェフの遊び相手には不適切だと思いますが?」
「遊び相手になってもらう気はない。恋人になってもらう」
「恋人!」
はっ、とアルフォンスは笑った。
どうやらジョセフはミリアに嫌われたいらしい。
「平民ごっこですか? 求婚せずに恋人になってもらう……それを貴族の言葉で遊び相手と言うんです。ミリア嬢がそういう付き合いを好むとは思えません」
「いずれは求婚する。だけど今言っても即行で断られるだけだ。だから、まずは恋人になってもらう。平民流でもなんでもいい。ミリア嬢に男として意識してもらうためだ」
「いずれは求婚する? 婚約者がいるのに? 殿下よりも重傷のようですね」
「マリアンヌ嬢との婚約は解消した」
がんっ、と頭を何かで殴られたような衝撃が走った。
婚約を、解消した?
マリアンヌと?
何年も前に親同士で決めたことなのに?
「そんな……いつ……解消だなんて……」
「昨日。父上にミリア嬢が好きだと言って。コナー家も同意した。元々口約束だから、契約書があるわけじゃないが」
「あり得ない! 婚約を解消するなんて! そんなこと!」
アルフォンスにとって家と家の契約である婚約は絶対だった。不貞や経済的な理由でやむなく解消されることはあっても、相手が嫌いだから、好きな人ができたからと安易に解消できるものではない。
婚約を自分の意志で解消するなど、考えたこともなかった。
実際にはあるのだ。もっともらしい理由はつけていても、その実、どちらかの身勝手で解消されるということは。
だが、アルフォンスはそれを現実の物としてとらえていなかった。最も身近にいるジョセフが実行に移したことで、ようやく、そういうこともあり得るのだと理解した。
一瞬、うらやましいと思った。
アルフォンスはリリエントとの結婚が嫌で嫌でたまらないのだ。同じ家で一生過ごすなど苦痛でしかない。外に男を作って家に帰って来なければいいとさえ思っていた。
「おい、アル、何だよ急に!」
ジョセフの声で現実に引き戻される。
無意識につかんでいた胸ぐらを放した。
「っ! ……すみません。少し、驚いてしまって」
「大丈夫か? どうしたんだよ」
「すみません……」
アルフォンスは深く息を吸って興奮を抑えた。
「マリアンヌ嬢との婚約が解消されたのなら、私からとやかく言えることはありません。くれぐれも貴族として節度ある行動をお願いしますね」
「ああ、もちろんだ」
放課後、アルフォンスがジョセフの茶会の招待を告げると、ミリアはあっさりと一人で行くことを了承した。
翌日ジョセフから詳細を聞くと、ミリアは謝罪を受け入れたそうだ。あれだけのことを有名店のクッキー三十枚で許したというのだから、その寛容さには恐れ入る。
そして、恋人になることは拒否したが、友人になったという。今までと何が違うのかアルフォンスにはわからなかったが、ジョセフが喜んでいたので黙っていた。
ひとまずジョセフの件は落ち着いた。
エドワードは……どうしたものか。




