第48話 考えすぎだと思います side アルフォンス
ミリア・スタインは元平民だ。
父親のフィン・スタインは、孤児から行商人の徒弟を経てスタイン商会を立ち上げたやり手の商人だ。数年前にローレンツ王国第二の都市フォーレンへ本部を構え、今や王国屈指の商会となった。
各地に荷を運んだ経験があるからか、特に流通に力を入れており、輸出入にも強い。各地の領主と直接交渉し、関税の割引などを条件に、街道整備が進んでいない地域の工事を自前で行うほどだ。
その結果、国内での荷や人の移動が活発となり、経済発展に貢献したとして、四年ほど前に男爵の一代爵位を得た。
スタイン商会の評判は良い。いまだ会長自ら目利きをすることもあるという商品の質がいいのはもちろんだが、従業員の教育が行き届いていて、接客態度が良く話が早い。読み書き計算といった基本的な教育は、地方の店の見習いに至るまで徹底されているということだった。
元平民という身分、商人という職業、そして商会本部が王都にないことから、スタイン男爵および商会を軽視する貴族は多い。
だが、実は王宮ではたびたび問題提起がなされている。なぜなら、スタイン商会には貴族が介入できていないからだ。
他の大きな商会の経営には貴族が関わっているが、スタイン商会は貴族の支援を必要としないまま、急速に成長してしまった。
それなりの数の従業員を抱え、資金も潤沢で、商品売買と流通を担っている。そして基礎教育と張り巡らされた情報網。
ヒト、カネ、モノ、情報を手にしているスタイン商会は、王国の重大な脅威となり得た。
一度商会が反旗を翻せば、国家の転覆までとはいかなくとも、小さくない打撃を受けることになるだろう。武力こそないが、流通をストップさせ、信頼と情報網でもって各地の平民を扇動されでもしたら、制圧までには相当な時間を要する。
そのため、商会がフォーレンに進出する頃、付け入る隙はないかと徹底的に調査が行われた。
しかし、叩いても叩いてもスタイン会長はもとより、商会にもやましいことは出てこない。従業員の犯罪や支部単位の不正は発覚しても、会長や商会に責任を問うような事実は見つからなかった。
特に奴隷売買の疑いが強かったが、結局は単なる寄付と孤児の引き取りでしかなかった。志願した孤児に教育を受けさせ、従業員として雇い、正規の給金を払っているなど、美談以外の何物でもない。
叙爵の真の理由はこれだ。介入できないのなら貴族社会に取り込もうとしたのである。実力主義派からは男爵では不足ではないか、世襲にすべきではないかという意見も出たが、貴族主義派の反対により一代男爵となった。
貴族派の主張には、商会の成長は会長個人の能力によるものだというのもあった。すなわち、ワンマン会長がいなくなれば立ちゆかなくなるだろうということだ。
だが、会長は徐々に仕事を部下に任せており、子女にもその才が受け継がれていることがわかってきた。長女ミリアは貴族となる前から父親の補佐の一人を務めていたし、ここ一年ほどで長男エルリックにも活躍が見られている。
その後の商会の成長により、脅威の提起がなされるたびに、爵位を上げるべきなのではという議論もまた続いていた。
スタイン家が貴族の仲間入りを果たし、ミリアが学園に同学年で入学すると聞いたとき、アルフォンスは期待をしていた。あのスタイン家の令嬢ともなれば、教養も作法も人並み以上に身についた立派な淑女なのだろうと思った。
そうして会ってみれば、期待はずれもいいところだった。平凡な顔立ち、簡素な服装、品位の欠片もない言動。世話を焼き輪に引き入れようとする侯爵令嬢に対しても、そして王太子に対してまでも、礼儀を全く払おうとしない。
アルフォンスが見てきたどの令嬢よりもひどかった。元平民という出自を考慮しても許容できる限界を超えていた。当然、学園内の全ての生徒に軽視され、交流する価値がないと判断された。
褒めるところがあるとすれば頭の出来だけだ。学力テストの成績はよかった。最初の試験のときには次点のアルフォンスを大きく引き離し、最高点を叩き出した。
これには誰もが度肝を抜かれた。学園の成績など何の足しにもならないと手を抜いたアルフォンスでさえ、自分よりも高い成績を取る生徒がいるとは思っていなかった。それ以来手を抜いたことも、ミリアに首位を譲ったこともない。
ミリアのことを知るにつれ、アルフォンスは怒りを覚え始めた。ミリアがスタイン家の令嬢であるとどうしても認めたくなかった。
替え玉なのではないかと何度も疑ったが、母親譲りだという珍しいピンクブロンドの髪を偽ることはもとより、有名なスタイン家の長女を装ったところですぐに露呈するのは明らかだ。
エドワードがミリアを構おうとするのには参った。ミリアは王太子が交流するに値しない。言動に影響を受けでもされたら困る。下手に関わることで、他の貴族から侮られる恐れすらあった。
ハロルド家は中立派だが、ミリアにかまけてローズをないがしろにすれば、ハロルド侯爵を敵に回し、貴族派にくら替えされかねない。財務大臣に追随して貴族派となる家も出るだろう。実力派の現王の権力が弱まればエドワードの立場も悪くなる。
なのに、アルフォンスがどれだけ口を酸っぱくして言っても、エドワードは耳を貸そうとはせず、ジョセフもミリアを面白がるだけでエドワードを止めようとはしてくれなかった。
再三のアルフォンスの制止もむなしく、王太子はミリアを直々に茶会に招待してしまったのだが、それをミリアが断ったのには眩暈がした。
喉から手が出るほど欲しがっている貴族は大勢おり、学園という特殊空間にあってさえ容易に手にできない破格の待遇だ。放り棄てるなど誰が予想できようか。
動揺したエドワードが別日程を提案したときには、黙らせようとして思わず殴るところだった。なぜ王太子の方から譲歩しているのか。重ねてミリアが断ったときには、眩暈どころか吐き気までした。
エドワードは周囲の反応やアルフォンスの憂慮など気にもかけず、断り続けるミリアを粘り強く誘い続け、ついにミリアは承諾した。それが渋々といった様子なのが癪に触った。しかも着替えもせずに来ると言う。
一体王族を何だと思っているのか。これが国民の大多数を占める平民の意識だと思うと、民のためと心を砕く国王や貴族への侮辱とさえ感じた。
にも関わらず、当の王族はミリアの承諾を喜び、ジョセフとともに菓子の選定を始める始末。寛容にもほどがある。
茶会が始まったら始まったで一つ一つの仕草が気にくわない。カップとソーサーがぶつかる音がするたびにイライラが募った。
この茶会の後、エドワードはさらにミリアにのめり込んでいく。
ミリアの本当の笑顔を私もさせる、と世迷い言を吐いたときにはどうしようかと思った。王都でミリアを見かけたらしいが、本当の笑顔とはなんだ。ミリアなら茶会のたびに下品に大口を開けて笑っているではないか。
ジョセフの悪ノリが加わり、アルフォンスの手に負えないと危機感を抱いたとき、ある疑念が生まれた。
ミリアの言動は意図的なのではないか、と。
そう考えてみれば、合点がいくことばかりだった。
振る舞い全てが貴族らしくなく、エドワードの周りにはいないタイプで、物珍しさで気を引いた。学園内で孤立し、王族の責務とばかりにエドワードは世話を焼こうと近づいた。
そこであえて素っ気ない態度を取ることでさらにエドワードの興味を引く。
ダンスができないと言って練習相手にさせようとしたり、刺繍が苦手だと言って包帯だらけの手を見せて同情を誘ったり、エドワードの知らない平民の生活を語って聞かせたり。
全てがエドワードを籠絡するための謀なのではないだろうか。エドワードはまんまとそれに引っかかっているのかもしれない。
加えて、ミリアは第一王子とも交流を持っている。入学して早々にギルバートと接触し、たびたび図書室で共に過ごしていることは把握していたが、優しく寛容なギルバートのことだから、孤立したミリアに対し、エドワード以上に同情したのだろうと放っておいた。
聡明なギルバートに限ってあり得ないと信じたいが、もしもギルバートまでもがミリアに懐柔されているのなら。
アルフォンスは背筋が冷たくなるのを感じた。
次期国王とその兄である第一王子。国のトップ二人をミリア・スタインに抑えられることになる。スタイン家は反旗を翻すどころか、今の体制のまま裏から国を操ろうとしているのではないか。
父親のカリアード宰相補佐には、ミリアを通してスタイン家の真意を確認しろと言われていた。王国や政治に不満はないか、叛意はないかといったことだ。
アルフォンスは、ミリアをより注意深く観察することにした。不自然な点はないか、証拠となるものはないか。
尻尾を出させるために、エドワードやジョセフを制止するのを控えた。何でもいい。企みが上手くいっているとほくそ笑む表情だけでも目撃できないか。
しかし、どんなにアルフォンスが目を凝らしても、かまをかけても、ミリアは一向に尻尾をつかませなかった。
最後の夏の休暇の直前、エドワードはミリアの本当の笑顔というものを引き出すことができたらしい。ある日の茶会の後に一人興奮していた。アルフォンスには判別がつかなかったのだが、いつもと違ったと言うなら違ったのだろう。
休暇を経て最終学年に入れば、目的を達したエドワードは落ち着きを取り戻した。そうなればミリアとの接点はおのずと少なくなるのだが、ミリアは変わらず誘いを断ることの方が多く、関係を保とうと努力する様子は見られなかった。
すると今度はジョセフの様子がおかしくなる。
今までであれば、日頃から周囲に目を配っているからなのだろう、廊下を歩くミリアを一番初めに見つけて声をかけるのはジョセフだった。それがエドワードに代わった。見つけてはいるようなのだが、話しかけようとしなくなったのだ。
四人で顔を合わせる時の口数も減った。ミリアに次いでうるさかったはずが、口を出さずにじっとミリアを見ていることが多くなった。
初めはジョセフもアルフォンスと同じ疑念を抱き、ミリアを観察しているのだと思っていた。だが、どうもそうではないらしい。ミリアを見て、何か言いたそうに口を開くが、何も言わずに口を閉じる。そういった不可解な仕草が増えた。
スタイン家が何かを仕掛けるのであれば、学園に在籍している間と踏んでいた。卒業後はエドワードとの繋がりが完全に失われるからだ。
問題は、それがいつか、ということだ。まだミリアに動きは見られないが、エドワードが完全にミリアの術中に落ちてしまう前に、策謀の証拠をつかまなければならない。
卒業まで残り半年となる冬の休暇が迫ったある日、焦ったアルフォンスはギルバートに面会を求めた。
すでにギルバートがミリアの手に落ちている可能性はゼロではなかったが、もしそうなら、どのみちアルフォンスにできることはない。第一王子がその気になれば、エドワードに代わり玉座に就くことも不可能ではないと思っていたからだ。
ギルバートは自室で政務を行っている。体調が悪化したときにすぐに隣の寝室で横になれるからだ。不調のときはベッドの上で仕事をするという。
「失礼します。アルフォンス・カリアードです」
アルフォンスが入室すると、執務机にいるギルバートが顔を上げた。
「久しいね、カリアード。エドについて相談があるって?」
「ええ。スタイン男爵家の長女、ミリア・スタインのことなのですが」
「ミリア・スタイン? ふぅん。聞こうか」
立ち上がったギルバートに促され、アルフォンスはソファに座った。待機していた侍従によって素早く紅茶の準備が整えられる。
「人払いをしたほうがいい?」
「できれば」
ギルバートが侍従へと目線を送ると、彼らは一礼して部屋から出ていった。




