第39話 女の戦いです
放課後。いよいよ勝負のお茶会だ。
ミリアを追いかけ回していた令嬢たちは、ローズ主催のお茶会があることを知っているため、絡んでくることはなかった。中には出席する令嬢もいる。今頃ミリア同様、身支度を整えているのだろう。
マーサに服を持ってきてもらい、正式なコルセットの紐ををぎゅうぎゅうに引っ張ってもらう。マーサのたくましい腕から繰り出される力は凄まじく、ミリアは息もできなくなるのではというほどに締められた。
身支度を終えると、お茶会に参加するに相応しい、ちゃんとしたご令嬢が出来上がっていた。化粧もしっかりしてもらい、いつものミリアとは一味も二味も、なんなら五味くらい違っていた。
ドレスは空色で、お尻の部分を膨らませたバッスルスタイル。上半身から前に垂らした布を左右に割って後ろのリボンでとめていて、ドレープがきれいに出ていた。このドレープを幾重にも重ねたり、スカートより色味を濃くしたり、いくつもリボンを付けたりするのが一般的だが、ミリアのドレスは一重、同一色、後ろのリボン以外の装飾なし、のシンプルに尽きた。
髪は夜会の時のように編み込み結い上げているが、元々ミリアは髪型を派手にしていないので、ジョセフの言う通り、それで丁度よかった。髪飾りは最小限にして、ドレスと同じ色のドレスハットをつけていた。
当初は落ち着いた若草色にするつもりだったのだが、助言をもらった翌日の昼食を一緒にした時――図書館の出来事があった日でもある――に、アルフォンスに空色を薦められたのだ。
アクセサリーの宝石はダイヤモンド。折角だからと、ハロルド領でカットされたダイヤを使ったものを、王都のスタイン商会支部に用意してもらった。
ローズの真意を見極める格好の機会だ。転生者かどうかはこの際どうでもいい。王太子妃になりたいのか、その一点がわかればいいのだ。もしそうなら協定を結ぶ余地が生まれる。
ボロクソに言われる覚悟はした。ご令嬢方だもの、罵るといっても限度がある。過剰な暴力をふるわれることもない。せいぜい平手打ちだろう。
ミリアはこれから戦場に赴くのである。ドレスは女の戦闘服とはよく言ったものだ。
ミリアは開始時間よりもやや遅れてハロルド家の屋敷に着いた。時間前行動をするのではなく、やや遅れるのが正しいマナーだそうだ。
お屋敷はさすが侯爵家といったたたずまいだった。王都の貴族街は土地が限られているため、邸同士が隣接しているのが普通だが、ハロルド邸は屋敷そのものだけでなく敷地にも余裕があった。別邸でこれなのだから、領地の本邸はさぞかし広大なのだろう。鹿狩りのできる森が含まれているかもしれない。
侍女を従えたミリアは、出迎えの使用人に案内されてサロンへと足を踏み入れた。他の参加者はすでに揃っていて、席はすべて埋まっていた。ローズの隣以外。誰だ少し遅れて行けと言ったのは。
「ようこそいらっしゃいました、ミリア様」
「お招きありがとうございます、ローズ様」
アルフォンス直伝の完璧な淑女の礼だ。彼に対してはもやもやした気持ちを抱えたままだったが、指導してもらえたことは心底ありがたかった。
ローズに促されるまま席に着くと、すぐに紅茶が運ばれ、お茶会は始まった。
ローズはバラ色のバッスルドレスを着ていた。一見ミリア同様に一色のように見えるが、よくよく見れば、スタイルが美しく見えるように、場所によってわずかに濃淡がついている。表に刺繍はないが、ドレープで隠れたところに薔薇をモチーフにしたワインレッドの刺繍が入っていて、ローズが動くとちらりと見えた。こんなところでお洒落を演出するとは、さすが未来の王妃である。
ミリアはローズによって参加者に紹介され、それぞれの名前を教えてもらった。アルフォンスからの情報通り、ローズ本人とリリエントを含む参加者十人のうち、七人が学園の生徒、三人が年上の伯爵令嬢だった。マリアンヌは出席していない。
みなミリアに好意的で、会話は和やかに進んだ。女性だけの集まりらしく、本音をうまくくるんで表面上の穏やかさを保っているに過ぎないのだが、この程度ならミリアにも覚えがある。伊達に女を長くやっている訳ではない。
「ミリア様がつけてらしてるネックレス、素敵ですわ」
そう言ったのは、ローズの隣に座るリリエント。彼女は明るい黄緑色を基調に、濃い緑のドレープやリボン、レースなどを使ったドレスを着ていた。こちらもバッスルスタイルだ。
アルフォンスの見立ては正しかった。リリエントとドレスの色が被ることにならなくてよかった。主催者であるローズとさえ被らなければいいのだが、ローズと並んで爵位の高いリリエントと同系色になるのも、あまりよくはない。
ジョセフのももちろんそうだが、アルフォンスの助言は、この場に来るにあたり無くてはならないものだった、と改めて思った。
「あら、ハロルド領のダイヤではなくって?」
リリエントの言葉に、ローズはたった今気がついた、とばかりに言った。それが嘘なのをミリアは知っている。ローズはミリアが招待の礼をした時から目を止めていたのだ。
「はい、お店で一目惚れしてしまって」
このミリアの言葉も嘘である。わざわざ取り寄せたのだから。
「あら、ミリア様はお店で宝飾品を購入なさるの? わたくしはいつも、店主がわたくしに似合う物を、と屋敷に持ってきた物から選びますのよ」
「わたくしもですわ」
リリエントが言うと、ローズやほかの令嬢も同意する。
店主お薦めの品というのは利益率の高い品とほぼ同義なのだが、それを口にするほど愚かではない。似合う物を持って行くのは確かだ。何かしら気に入ってもらわなければ、今後呼んでもらえなくなるのだから。
それに、侯爵令嬢のローズやリリエントにとっては、店主が多少利益を上乗せしたところで、懐が痛むことはないのだろう。
「リリエント様のネックレス、とてもお似合いですね」
ミリアは、お返しに、とばかりにリリエントを褒めた。
胸元にあるネックレスに嵌まっているのは、小指の爪ほどの大きさのエメラルドだ。派手好きのリリエントにしては随分小ぶりの石だったが、全く傷が入っておらず、希少性の高い一級品だった。
ミリアは色味から国外の産出地を割り出し、頭の中で値段をはじき出した。これをお茶会に着けてくるのだから恐ろしい。
「アルフォンス様からの贈り物ですの」
「まあ、素敵だわ」
「瞳の色と同じ宝石を贈るなんて、リリエント様は愛されていらっしゃるのね」
得意げに言ったリリエントに、令嬢たちが口々に羨望の言葉を述べた。
「頂いた時、アルフォンス様が手ずからつけて下さって、よく似合う、と褒めて下さったのですわ」
キャーッと黄色い悲鳴が上がった。
あのアルフォンスが――褒める?
ミリアの知るアルフォンスは、褒め言葉など口にしそうな男ではない。相手がミリアだったなら、「とても綺麗ですね。宝石が」とでも言いそうだ。一体どんな顔をして言ったのか。頬を染めて笑ったりしたのだろうか。想像して寒気がした。こわい。
いやいや、誰しも恋人にしか見せない顔がある。アルフォンスでさえ例外ではなかったというだけのこと。あんな涼しい顔をしておいて実はドMだったりすることも、ないとは言い切れない。
腐った想像をしそうになって、ミリアは頭を振った。命の恩人、というか、三次元の人物をそういう目で見るものではない。ここを現実と呼んでいいものかという疑問は置いておく。
出されたお菓子はマドレーヌだった。しっとりとしていて、ブランデーの香りがかすかにした。王太子のお茶会で舌が肥えているミリアでも、今までで一番美味しいと断言できる味だった。
どこの店のものか知りたいと思っていたら、聞く前にローズが教えてくれた。
「うちのパティシエが作りましたの。お口に合いまして?」
非売品だった。
この味を独り占めできるなんて羨ましい。
「はい。今までで一番美味しいです」
「あら、嬉しいですわ」
ローズがにこりと笑った。
「エドワード様のお茶会には最上級の品が出てくるでしょう? 舌の確かなミリア様にそう言って頂けたなら、パティシエも喜びますわ」
周りの会話がぴたりと止まった。
来た。ついに来た。
エドワードのことは話題にならないのではという予想もあったが、ローズ自ら出してきた。
「そうですね。エドワード様が用意して下さるお菓子はどれもとても美味しいです」
下手に否定しては何かあると言うようなものだ。肯定し、それを何てことも無いのだと示す。
「わたくしは中々エドワード様のお時間を頂けませんの。ミリア様が羨ましいですわ」
「殿下は元平民の私を気遣って下さっているだけです。ローズ様のことをよくお話しされていますよ」
「まあ、どんなことを仰っているのかしら。恥ずかしいわ」
ミリアがにこりと笑ってついた真っ赤な嘘に、ローズは頬を染め、両手で顔を挟んで目を伏せた。本当に恥じらいでいるように見える。これが演技だとしたらオスカーものの女優だ。
「でもミリア様は、毎日エドワード様からお花を贈られているのでしょう? わたくしにはちっとも贈って下さらないのよ」
「はい。毎日朝と夕方に。平民の暮らしが知りたいと仰るのでお話しているだけなんですが、そのお礼にと下さるんです。最初は薔薇だったんですよ。びっくりしました。前に私が好きだって言ったの覚えてたみたいで」
一日二回。毎日。当初は薔薇だった。
隠そうとすればローズはそこを突いてくるだろう。だから先にこちらから言ってしまう。これで全部だ。攻撃材料はない。
最後に、勘違いしちゃいますよね、と苦笑しておく。
だが、ローズは一枚上手だった。
「イヤリングも贈られたのですってね。ピンクダイヤの」
令嬢たちが視線を互いに交わした。これまでのことは知っていても、イヤリングのことは初耳らしい。リリエントまで聞いていなかったようだ。
一体どこからその情報を入手したのか。ギルバートも知っていた。浮気をするならバレないようにやって欲しい。
ミリアは内心の驚きを隠しきれなかったが、かえって、イヤリングとは何のことだろうか、という顔になった。
「……いいえ? 頂いていません」
ここで嘘をつくと見破られると思った。だから本当のことを言った。贈られそうにはなったが、もらってはいない。
ローズはミリアをじっと見ていたが、ミリアがマドレーヌに目を移すと、わたくしの勘違いのようですわね、と言って目を伏せ紅茶のカップに口をつけた。
エドワードについてはここで終わりかと思った矢先。
「ローズ様ったら、ミリア様に嫉妬してらっしゃるの? エドワード様がミリア様をお好きになったからといって、お気になさることありませんわ。婚約者がローズ様なのは変わりませんもの」
ぶっこんできたー!!
やれやれと妹を言い含めるような様子で言ったのは、リリエントだ。今まで噂においても、なんとなく気に入られているようだ、といったふわふわした表現でしかなかったのに、エドワードがミリアのことを好きになったとはっきりと言い切ってしまっていた。
ミリアは吹き出しそうになったマドレーヌをごくんとのどに押し込んだ。ナプキンで口を押さえている令嬢もいる。ローズは涼しい顔でこくりと紅茶を飲んだが、内心穏やかではなさそうだ。
「それはエドワード様のお心次第ですわ」
「いいえ。男爵令嬢であるミリア様ではせいぜい側室……いえ、平民だから愛妾かしら? どちらにしろ、ローズ様が正妃になるのは間違いありませんわ」
ローズは寂しそうに笑ってみせたのだが、リリエントはその意を汲めなかった。否、汲まなかった。
王太子の婚約者、王太子妃、王妃、正妃。そういった地位にこだわるのであれば、リリエントの言うとおりだ。ローズ以外に適任はいない。
「ミリア様もまさか正妃になれるとはお思いになってらっしゃらないでしょう? それとも、国母になりたいのかしら?」
側室であっても、世継ぎを産み、王の母となることはできる。現に王太子は側室の子だ。
「まさか! 私はエドワード様のお妃様にだってなれません。とんでもないことです」
全然、全く、微塵も考えてない、という表情で手と顔を振っておく。
「ミリア様もこう仰っていますもの、ご安心下さいませ。正妃はローズ様で間違いありませんわ。エドワード様に愛されていなくても、よろしいではありませんか」
リリエントは優しくローズに微笑んだ。
その首元には、婚約者から贈られたのだという婚約者の瞳の色のネックレスが光っていた。
ローズの口元が、ひくりとひきつった。




