第30話 羊だと自覚すべきでは?
翌朝、習慣通りに早起きしたミリアは、布団をかぶって丸くなっていた。商会会長が持たせてくれた超高級品だ。ふわふわで軽くて年中使える。これだけは王太子に負けないかもしれない。
ジョセフに告白された。ごめんなさいをすると、友達になりたいと言われた。
「私はとっくに友達だと思っていたのに!」
廊下で用もなく雑談して、放課後に時々お茶するのって友達じゃないの? 単なる貴族のつき合いだったってこと? 全然話してないアルフォンスでさえ友達だと思ってたのに! 三人の中ではジョセフが一番仲良しだと思ってたのに! これでギルバートにまで友達じゃないと思われてたらどうしよう。泣きたい。
……じゃなくて。
攻略対象の一人に告白され、友達になり、呼び捨てを許し、愛称で呼ぶことを約束し、二人で仲良くお茶会を楽しんでしまった。
馬鹿だ。
告白と婚約解消に動揺している間に畳みかけられ、押しに屈してしまった。向こうが友達だと思っていなかったのなら却って都合が良かったのだ。謝罪だけ受け入れて友人になるのは拒否するのが正解だった。
「あーー」
布団をかぶったままベッドの上をごろごろと転がる。左右に一回転ずつしても落ちる心配はない。
貴族だ爵位だなどと考えずに、ジョセフ個人のことを考えてみる。
ジョセフのことは嫌いではない。話は合うし、話題も豊富だ。さり気なく褒めてくれたりして、女を喜ばせることが上手い。さすが遊んでいるだけはあるな、と思う。ミリアが翻弄されるのも、その経験値がなせる技なのだろう。ミリアの経験値もゼロではないとはいえ、散々つまみ食いしているジョセフとは比べようもない。
そう、相手は遊び人なのである。友人としては嫌いではないが、恋人としてはどうなのか。他の女性を見るなとは言わないが、浮気する男は無理だ。
昨日のジョセフは真剣に見えた。へらへら笑っている顔がキリッとしていて、それこそ騎士のようだった。あのときは一杯一杯で考えられなかったが、今思うと相当かっこよかったと思う。指先にキスをされたことを思い出して顔が熱くなり、うひゃー、とミリアはまた転がった。
いやいや、と頭を振る。顔にだまされてはいけない。相手は自分の外見が武器になることを知っているのだ。ジョセフならその強力な武器を使いこなしているに違いない。ここぞという所で繰り出してきたのだ。
だが、例えイケメンでなかったとしても、あんなに真剣な顔でまっすぐ告白されればぐっとくるものがある。抱きしめていいかと訊かれ、駄目だと言った時のあのつらそうな顔と言ったら……!
「ぅあぁぁ……」
布団を深くかぶり直し、うめき声を上げた。
ジョセフが止まってくれてよかった。あんな顔で切羽詰まった声を出されたら、流されてたかもしれない。
そう思ってから、はっとし、だめだだめだと頭を振り直す。
いくら真面目な顔をしたところで相手は遊び人。本気だとしても移り気の激しい恋多き男なのかもしれない。誘いに乗ると痛い目に合う。自分の物にした途端にぽいっと捨てるのが目に見えているではないか。
だいたい婚約解消なんて嘘に決まっているのだ。昨日は真に受けてしまったが、確かめる術はない。第三者の前で軽はずみに口に出すことはできないし、面と向かって婚約者に聞くわけにもいかないのだから。そんなことをミリアが言い出せば、またとんでもない噂が捏造されることだろう。
そして、横に置いておいたジョセフに付属してくる貴族やら爵位やらを思考に戻すと、なおさら、ないわー、と思うのである。
将来性は抜群だが、伯爵夫人の仕事がミリアに向いてなさすぎる。以前、ジョセフが跡を継がなければ騎士の妻だと思ったが、ジョセフの兄弟は妹だけなのを思い出した。婿養子をとる手もあるにはあるが、順当にジョセフが爵位を継ぐだろう。
ミリアは共働きを希望している。せっかく身につけた知識を無駄にしたくないし、家事に埋もれるより、働いている方が性に合っている。できれば文官になりたいが、商会に就職するのでもいい。表立った仕事でなければ女にも務まる。
社交界の人脈を築き、家を切り盛りするのを仕事ととらえるなら、貴族の夫人も共働きと言える。近衛騎士の妻ともなれば、領地経営にも関わるかもしれない。営業と総務とマネジメントといったところか。
ミリアはこのうち営業がひどく苦手だった。愛想がよくない。敬語が苦手。気が回らない。感情が顔に出る。フレンドリーと言えば聞こえがいいが、平民相手ならプラスに働くことがあっても、貴族相手には通用しない。しかもこれだけ悪い噂が立っているのに、伯爵夫人になったところで輪に入っていけるのだろうか。いけるわけない。
王太子妃よりいいんじゃないか、と思ったこともあるが、比較対象が間違っている。伯爵夫人がいいわけない。
もしジョセフが家名を捨ててスタイン家に平民として入ると言ったら……やめよう。考えるだけ無駄だ。
浮気は絶対にしないと誓って、婚約者がいいと言ったら、卒業するまでの間だけならつき合ってやってもいい。
……どれだけ上から目線なのか。今度は自分に、ないわー、と思った。令嬢としてもどうかと思うし、そんなことをしたら父親に泣かれそうだ。ジョセフのこと言えない。ついでにエルリックにも叱られそうだ。
いい加減布団にくるまっているのも暑くなってきて、ミリアはベッドから下りた。
自分は押しに弱い。それは認めよう。知ってた。
ジョセフにも弱い。理由はわからないが体が反応してしまうものはしてしまうのだ。認めたくなくても認めるしかない。そして昨日告白されたことでジョセフを恋愛対象として見るようになってしまった。
しかし、まだ好きではないし、伯爵夫人にもなりたくない。
結論。全力で逃げる。
「おっし!」
ミリアは鏡を見て気合いを入れた。
朝、校舎に向かっている途中で、なんか変だな、とは思っていた。いつも以上に白い目で見られている気がする。ミリアに無関心な生徒もいたはずなのだが、途中で会った全員が全員ミリアに反応していた。
ジョセフとの茶会がバレたのか。告白はジョセフかミリアが漏らさなければ誰も知り得ない。ミリアが黙っているのだから広まるとしたら犯人はジョセフだ。
もしも告白のことが噂になっているのなら。あれか、冗談だったのに本気で断られたよー、ってやつか。承諾しても断っても嘲笑われるとかずるいんだよな、あれ。
ジョセフを疑いたくない、と沈んだまま講義室に入ると、ミリアに聞こえるように陰口を叩く令嬢のおかげで状況を把握した。昨日のお茶会のことではなかった。告白のことでもなかった。
ジョセフとマリアンヌが婚約を解消した。
昨日の話は真実だったのだ。
ジョセフの女遊びがあまりにもひどいので、とうとうマリアンヌが破談を言い出した。男爵家から伯爵家に申し出るくらいだからよほど腹に据えかねたのだろう。伯爵もジョセフの行動を鑑みて承諾した。
……とのことだった。そして、マリアンヌがぶち切れる直接の原因となったミリアに非難が集まっているわけだ。
おかわいそうに、とジョセフの心情を慮った声もあったが、かわいそうなのはどう考えてもマリアンヌだ。それとミリア。ジョセフは自業自得なのだから。
これでジョセフを縛る枷はなくなってしまった。婚約者がいないのなら一応男爵令嬢であるミリアと恋人同士になろうが求婚しようが世間的には自由である。ユーフェン伯爵家的には知らないが。
負けられない、とミリアは気合いを入れ直した。
が、その日ジョセフからの攻撃はなかった。
エドワードは休憩時間ごとに廊下に逃げ出すミリアを追ってくる。ジョセフはエドワードと仲直りをしたらしく、アルフォンスと共にそれについてきて、ミリアが捕まれば会話に参加した。しかし、特に何かアプローチをしてくるわけでもなく、いつも通りの態度だった。
ミリアのそばにいないときは、どういうことか、と他の生徒に詰め寄られ、その度にマリアンヌに振られたと苦笑を返していた。本当に振られたらしい。ミリアからすれば、こんな浮気性の男相手によくここまで我慢したな、と思うのだが、ジョセフを慰める声が意外に多かった。
爵位の力かと思いきや、令嬢からの同情の声は、後釜に座ろうという魂胆からきているようだ。よく見ればみな目がギラギラとしている。あそこの彼女、婚約者いなかっただろうか。優良物件に狼が群がっているような構図だが、ミリアには狼に羊が群がっているようにしか見えない。どうせ美味しい所だけぺろりと食べて捨てられるだけだぞ、と他人事のように心の中で忠告しておく。
令嬢に囲まれたジョセフを見ていると、なんだか碌でもない男に見えてきた。そうそうジョセフはこういう人間だったな、と目が覚めたような気分だ。今朝の自分はちょっと熱に浮かされていたらしい。結婚はおろか、恋人としても、ないわー、と改めて思った。
結局、誘いもなければ二人きりになることもなく、ジョセフの方から話しかけられることすらなく、その日の放課後を迎えた。
自分の決意が無駄になったような気分だが、何もないのは良いことだ。意気込んでは拍子抜けし、その隙をつくように事件が起こってきたのだ。ここで気を抜いてはいけない。
誰か他の令嬢に目移りしないだろうか。ジョセフと結婚したい令嬢があんなにいるのだから、好みに合致する令嬢もいるだろう。破談に動揺して手近なミリアで済ませようとしたのなら良い気はしないが、恐慌状態だったのならばやむを得まい。昨日の告白は間違いだったと言われても怒ったりせず、新しい恋を全力で応援しようではないか。
そんな事を考えながら図書館の門をくぐった。いよいよ恋愛シリーズの最終巻を読むのである。昨日はジョセフにつき合っていて来れなかった。謝罪だというから承諾したが、エドワードの誘いだったら断っていた。
うきうきしながら本を取り、居心地のよさそうな席を見つけて座る。両片想いの二人がいよいよ想いを通じ合わせるのだ。万が一泣いたときのためにハンカチをテーブルの上に出しておいた。




