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【Web版】乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい  作者: 藤浪保
第一部

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第25話 何やってるんですか side ジョセフ

 ジョセフの決意はあっという間に瓦解(がかい)した。意志の弱さに自分でも笑えるほどだった。図書室(ギルバートの所)から講義室にやってきたミリアを見た瞬間にもう駄目だったのだ。


 ミリアがいつも以上に満たされているように見えて苦しくて仕方がなかったが、視線は自然にミリアを追う。


 自分を見て欲しい。声が聞きたい。触れたい。触れて欲しい。


 講師に指名されて淡々と答える声ですらジョセフの心を揺らした。


 これまでミリアに意識を向けていたのは、情報収集などではなかった。いや、ミリアの心を手に入れるためという動機もあることはあるのだが、そういった理屈の上の行動ではなく、自然と向いてしまうのだ。


 何とはなしにこちらを見たミリアと目が合ったような気がした。


 自惚(うぬぼ)れに嫌気がさす。


 周囲を囲む令嬢たちが、自分を見たと騒ぐ気持ちがよくわかった。そうあって欲しいという強い願望が、そうに違いないという確信にすり替わるのだ。


 放課後もミリアを追いかけたかったが、またギルバートと会っているかもしれないと思うと足が動かなかった。二人が寄り添っているところなど見たくない。ミリアがギルバートの腕に手を置き、見上げて(ほほ)を染めるところを想像し、顔がゆがんだ。


「ジョセフ様? お体の具合でも悪いのですか?」


 話をしていた令嬢の一人が、心配そうにジョセフを見上げた。


 そんなことない、と笑って誤魔化す。

 悪いのは体の具合ではない。




 ミリアを見続ける日々が続いた。


 自分から話しかけることはできなくなった。エドワードが話しかけるときだけわずかに言葉を()わし、茶会に同席はしても聞き役に徹した。


 アルフォンスは何か言いたそうだったが、エドワードはジョセフの変化に気づいていない。


 そして、ミリアも気づいていなかった。


 ミリアにとってジョセフはその程度の男なのだという事実を突きつけられて、気分が落ち込んだ。


 


 休暇開始の前日にはパーティが開かれる。


 いつもよりも着飾ったミリアを見て、やっぱり王都で見かけたときの方が可愛かったな、と思った。


 エドワードとローズのダンスを皮切りにパーティは始まった。二曲目にジョセフが婚約者(マリアンヌ)と踊ったあと、ミリアを見れば様子がおかしかった。


 真っ先に駆けつけたエドワードが、具合が悪いのか、と聞いていたが、そういう顔には見えなかった。


 まるで、自分たちを恐れているような目だった。


 ジョセフはたじろいだが、ミリアのことを案じる気持ちの方が(まさ)った。エドワードの言うようにもし気分が悪いのだったら、救護室に連れて行かなければならない。


 抱き上げればそのまま連れ去ってしまいそうだったが、ミリアは帰ると言って自分の足で退出して行った。




 冬の休暇の間、ジョセフの心は()いでいた。


 ミリアに会いたいという気持ちはあったが、顔を合わせずにいることで、心をかき乱されることもなかったからだ。フォーレンにいるミリアと、王宮に引きこもっているギルバートが会うことはないとわかっていたことも、ジョセフの安心材料の一つだった。


 ジョセフはミリアに言われた通り、剣術の鍛錬(たんれん)に没頭した。集中して剣を振っているとより心が落ち着いた。ミリアへの気持ちは変わらないが、極度の不安や(よこしま)な思いは消えていく。


 さらなる安寧(あんねい)を求めて、父親の近衛騎士団団長に頼んで訓練に混ぜてもらった。実力の差は圧倒的だった。訓練を共にしているなどととても言えるものではない。休憩時間のお遊びで叩きのめされるような有様(ありさま)だった。


 これではエドワードにかばわれる未来が冗談ではなくなってしまう。本当にかばわれてしまったら、ミリアは何と言うだろう。


 何やってるんですか、とため息をつくミリアを想像し、笑みが浮かんだ。それを騎士に見られ、余裕があるな、とさらにしごかれることとなる。




 ミリアへの想いを心に秘め、ジョセフは学園生活最後の半年の初日を迎えた。このまま気持ちを押し隠し、何も行動を起こすことなく卒業まで過ごそうと思った。


 朝、講義室でミリアを見ても気持ちが高ぶることはなく、ジョセフはほっとした。


 話がしたかったが、次の休憩時間になってもエドワードにはミリアの所に行く様子はなく、話しかけてくる令息たちの相手をしていた。彼らの話はまるで面白味がなく退屈で、共に輪に入っているアルフォンスも同じ様に思っているだろうが、これも貴族同士の付き合いというものだ。


 つまらない身内の自慢話を聞き流しながらミリアを見ていると、珍しくローズがミリアに話しかけていた。リリエントとマリアンヌも一緒にいる。ミリアは笑顔を浮かべながら丁寧に受け答えしているが、内心は面倒に思っているに違いなかった。


 ジョセフはふとミリアに悪戯(いたずら)を仕掛けてみようと思った。こっちは(むく)われない気持ちを抱えているのだ。少しくらい良い思いをさせてもらってもいいのではないだろうか。


 その場からそっと抜け出してミリアに近づき、ミリアが上手に会話の輪から外れたところを見計らって、首に腕を回した。男同士でするように、肩を組んだのである。


 ミリアの髪からいい香りがしてどくりと心臓が跳ねたが、何食わぬ顔でミリアに、久しぶり、と言った。


 驚いたミリアが振り向くと、ジョセフの手がミリアの首に触れた。肌のなめらかさを感じ、再び心臓が跳ねる。


 ミリアはぐいぐいと(ひじ)で押しやろうとするが、嫌がっているというよりは迷惑がっている様子だったので、ジョセフは平民流の挨拶だと言って離れなかった。エドワードの制止の声も無視する。


 男女で肩を組んだりしないのはもちろん知っている。


 こんなに近くにいてジョセフはどきどきして仕方がないのに、ミリアには動じている様子が全くなかった。それが悔しくて、悪戯をエスカレートさせた。


 ミリアの肩を引いてくるっと回し、ジョセフの方へと体を向けた。ミリアを胸に抱こうと両腕を広げる。


 その腕をアルフォンスがつかんだ。


 ここまでか、と(いさぎよ)く引くことにして、標的をエドワードに変えた。これで誰もが悪ふざけと思うだろう。


 ローズがミリアに小言を言う後ろで婚約者(マリアンヌ)が悲しそうな顔をしていて、ちくりと胸が痛んだが、心の中で、卒業までは自由にさせてもらう、といつもの言い訳をした。


 ミリアがにらんできたので、お返しにとばかりに、席に戻る前にミリアの耳元で(ささや)きを落とした。


「ドキドキした?」


 百戦錬磨のジョセフの渾身(こんしん)の一撃だったが、どうせこれも効かないんだろう、と寂しく思った。


 しかし、ジョセフの予想に反して、ミリアは顔を紅潮させた。うつむいていても、耳や首元まで真っ赤に染まっていれば丸わかりだった。


 かっと頭に血が(のぼ)った。


 どうしてそんな反応をするのか。まだジョセフにもチャンスがあるのではと錯覚してしまう。


 完全な自爆だった。


 講義の間、ジョセフは高鳴る鼓動(こどう)を沈めるのに注力した。高揚が顔に出にくい体質でよかったと思った。




 昼休み、なぜかエドワードがカフェテリアに行くと言い出した。急にどうしたのかと思いながらアルフォンスとついていけば、きょろきょろと見回したあとに、窓の方へと進んでいく。


 エドワードが声をかけてくる生徒たちを無視するので、ジョセフはそのフォローをする羽目(はめ)になった。全て、ごめん、の一言で流した。


 向かった先にはミリアがいた。以前ジョセフが見たのと同じ席に一人で座っていた。エドワードはつかつかとテーブルに近づくと、ミリアに同席を求め、返事をもらう前に正面に座ってしまった。


 ジョセフは驚いて立ち止まったが、エドワードの隣にアルフォンスが座ったので、仕方なくミリアの隣に腰掛ける。


 困惑するミリアに、エドワードは他の生徒との親睦(しんぼく)を深めるために今後はカフェテリアで昼食をとると言い出した。もちろんジョセフは初耳だ。アルフォンスは平然としていたから、事前に聞いていたのかもしれない。


 食事中、ミリアはほとんど自分のことは話さず、エドワード達の話を聞いていた。衆人環視の中だったからだろう。


 ミリアはジョセフの方を見ようとはせず、会話に応じる言葉もかなり冷たかった。先ほどのことを怒っているのだ。講義室であんなことをして注目を集めてしまったのだから、怒って当然だった。


 ジョセフは深く反省し、お詫びに、とデザートの果物(くだもの)を譲った。


 たちまちミリアの機嫌は直り、あっさりとジョセフを許してくれた。つい、チョロいね~、と軽口を言うと、今回だけだ、と腕をばしばし叩かれた。


 ここまで気安く接してもらえるのは、三人の中ではジョセフだけだ。怒られているというのに、ミリアから触れてくれるのが嬉しくてたまらなかった。


 ジョセフが近衛騎士たちに叩きのめされたことをおどけて話すと、ミリアはくすくすと笑ったあとに、ちゃんと訓練してたんですね、と言った。二人で茶会をしたときのことを覚えていてくれたのだ。


 アルフォンスが父親の政務を手伝った話をしたのが意外だった。いつもなら、それなりに忙しくしていました、くらいの事しか言わないのだ。よほど濃い経験をしたのだろう。


 食後の紅茶を飲んでいると、ミリアがそわそわし始めた。ギルバートの所に行きたいのだとわかって気持ちが沈んだ。またあの図書室で二人だけの時間を過ごすのか。


 ここにいる時間を引き延ばしたかったが、アルフォンスの時計を見たエドワードが退席を告げた。ジョセフだけ居座るわけにもいかない。


 残念に思っていると、立ち上がったエドワードがミリアの横へと歩み寄った。


 そして、ミリアの手を取り、また食事を一緒にしたいと言った。思わず、手を放せ、と言いそうになったが、ぐっとこらえた。


 ミリアは遠回しに断ったのだが、エドワードはそれを言葉通りに解釈し、楽しみにしている、と答えた。


 かと思うと――ミリアの手に口をつけた。


 危うく叫びそうになり、手で口を押さえた。周囲には呆気(あっけ)にとられたように見えただろう。


 ミリアは嫌がることなく、エドワードが口づけたままでいるに任せていた。


 なぜミリアは嫌がらないのだ。

 どうしてエドワードは口を離さないのだ。


 二人を引き離そうとしたが、ミリアを見つめるエドワードの目を見て、動けなくなった。


 ミリアに恋い()がれている目だった。


 何度も同じ目を向けられてきたから間違えようもない。ジョセフも同じ目をしているのかもしれなかった。


 何をやっているんだ。


 たまらず、目を覆って振り(あお)いだ。今度はエドワードの行動に(あき)れているように見えただろう。


 実際、呆れていたのだ。エドワードにも、ジョセフ自身にも。


 二人してミリアに()れるなど。


 本当、何をやっているんだ。




 執務棟へ行く途中、ジョセフはアルフォンスと二人で、やりすぎだとエドワードを責めた。


 ふざけたじゃれ合いに見えるよう振る舞ったジョセフとは違い、エドワードの行動はミリアに特別な感情があると言っているも同然だった。あれだけ長く手に口づけを落としたのだ、ただの友人だと思う者はいないだろう。


 これからミリアをどうするつもりなのか、エドワードに確かめなければならなかった。

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