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【Web版】乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい  作者: 藤浪保
第一部

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第20話 面倒なので遠慮したいんですってば side ジョセフ

 ミリア・スタインは元平民だ。


 優雅な立ち居振る舞いができない。言葉遣いはめちゃくちゃで敬語がまともに使えない。学園で一番身分の低い生徒なのに、おもねることはなく、へりくだることもなかった。


 人を使うことに慣れていない。身の回りのことは全部自分でやってしまう。家には使用人がいるのだが、寮に侍女の一人も連れて来なかった。


 その辺の男爵家よりもずっと裕福なのに、高価な物を欲しがらない。ドレスや宝飾品で自身を飾りたてることも、調度品をそろえて部屋を豪華にすることもなかった。


 それもそのはず、ミリアは学園に入る直前まで平民として暮らしており、父親のスタイン男爵が一代爵位を得て初めて貴族の世界に足を踏み入れたのだ。


 生活に余裕が出てきたのは父親が立ち上げたスタイン商会が大きくなってから。幼い頃は小さな町に住んでおり、八百屋(やおや)や肉屋の店主と値切りバトルをしてなんとか生活していたらしい。


 その子が学園に入学すると知ったとき、面白いことになりそうだと思った。


 ジョセフの周りには平民が多い。父親のユーフェン伯爵が近衛騎士団の団長で、平民出身の騎士は少なくないからだ。


 (おのれ)の身一つで出世できる騎士は、爵位や家業を継ぐことができず、適当な所に婿入(むこい)りもできなかった、次男以下の貴族と平民の両方に人気のある職業だ。


 ジョセフの父親のように爵位を持つ騎士でなければ身分こそ平民だが、ナイトの称号を得、変わらず貴族家の一員として扱われる。平民からも一段上の身分だと見なされていた。その子供は平民になるのだが。


 ちなみに、令嬢の場合は、貴族に嫁入りできなければ騎士の妻となることが多い。男爵令嬢や子爵令嬢であれば平民出身の騎士に嫁ぐこともままある。中には王宮の侍女として働き続け独身を貫く者もいた。


 ジョセフには妹しかいないので、自分が爵位を継ぐことが決まっており、また王太子(エドワード)の乳母兄弟として近衛騎士になることも決まっていた。


 元々周りに平民が多い上に、騎士となれば平民出の騎士とも付き合っていかねばならないこともあり、ジョセフは平民の生活や価値観を学ぶのを口実に、王都の平民街に入り浸っている。


 (きた)えた体を平民の服で包み、粗野(そや)な振る舞いをすれば、黒い短髪と黒目のおかげもあって、平民になりすますのは容易だ。イケメン過ぎる、という枕詞(まくらことば)はつくが。


 未成年であることと、さすがに伯爵令息が一人で夜にふらふらすることは自重し、酒場にこそ出入りはしないが、行きつけの食堂や店はある。


 市場を歩けば女性に声をかけられ、なじみの男と会えば挨拶(あいさつ)()わす。金持ちの三男あたりの放蕩(ほうとう)息子だと思われていた。


 まだミリアが貴族になる前、平民街でミリアを見かけたことがある。父親について王都に来ていたのだろう。


 そのときミリアは市場で買い物をしていて、店主と世間話をしながら品物を選んでいた。ちょうどジョセフと話をしていた人が、彼女はスタイン商会のお嬢様だ、と教えてくれた。


 お嬢様、という言葉の似合わない子だった。スタイン商会の娘ともなればお嬢様であることは間違いないのだが、どう見てもそこらの店の看板娘といった風情(ふぜい)だった。


 貴族令嬢となったあの子はどう変わったのだろうか。つんと取り澄まし、貴族然として作り笑顔の仮面をかぶるのか。それとも変わらず町娘のままなのか。


 結局、入学したミリアは、平民にちょっと毛が()えた程度にしか変わっていなかった。


 マナーは守るのだが、貴族たろうとする気がなく、今の身分は嫁ぐか父親が亡くなるかして平民に戻るまでの腰掛けだ、と言わんばかりだった。


 ローズを初めとした令嬢たちが話しかけても、聞かれた言葉に答えるだけで会話を広げようとしない。彼女たちが遠回しに茶会に誘っても、言葉の裏にある誘い文句に気がつかない。ミリアの性格からして察していない振りをしていたのかもしれないし、例え直接誘ったとしても何だかんだと断っただろう。


 学園を出会いの場だととらえ、婚約者のいない貴族達はせっせと婚活に励んでいたりもするのだが、ミリアにはその気がなかった。


 他の令嬢と交流を持たない。婚活もしない。家業を売り込むこともしない。勉学に情熱を傾ける訳でもない。


 何を楽しみにして生きているのか、と思った。こんな人生では退屈で仕方ないだろう。 


 ジョセフを前にして全くの無反応であることも不思議だった。


 ジョセフは、貴族の間でも平民街でも女性に騒がれるのが(つね)だった。少なくとも初対面であれば女性は多少色めき立つものだ。自分の外見には自信があった。


 なのにミリアときたら、笑いかけても平然としていて、視線をそらそうともしない。視野に入っているだけでジョセフなど見ていないのだ。


 男のプライドに関わる問題だったが、違うタイプの色男であるエドワードやアルフォンスに対しても同じで、色恋(いろこい)沙汰(ざた)に関心がないのだと解釈していた。


 特にエドワードの王太子という肩書きは、人を()きつけることに絶大な効力を発揮するものだが、ミリアの方から話しかけることが皆無だった。


 それどころか、孤立したミリアを気にかけた王太子(エドワード)が話しかけても、他の令嬢たちにするように、いや、それ以上の塩対応だった。


 王族としての務めとばかりにエドワードが五日から十日に一度のペースで話しかけること一年。やっと雑談を()わすようになった。


 エドワードと行動を共にしている関係で、ジョセフも話をするようになった。ミリアの言葉と話し方と内容は町娘そのもので、普段平民と関わりのないエドワードは物珍しさに聞き入っていたが、ジョセフは話せば話すほど自分に関心を持たないミリアに興味が薄れていった。同じ女性なら、ちやほやしてくれる子の方がいい。


 再びミリアに目を移すようになったのは、会話が成立するようになったミリアを、ついにエドワードが茶会に招いたときのこと。


 三日後に開く茶会に招待する、という言葉に講義室がざわりとどよめいた。


 ミリアがエドワードに特別気にかけられているのは貴族たちの反感を買ったが、新参者を放ってはおけないのだろうと、周囲はそれなりに納得していた。王族への対応の杜撰(ずさん)さに非難の声はありつつも、ミリアに王太子に取り入ろうとする様子がないのが見て取れ、彼らの安心材料となっていた。


 しかし、茶会の招待となると話は別である。エドワードを招待するならばいざ知らず、エドワードが主催する茶会など、そうそう参加できるものではない。


 その誰もが(うらや)む招待を、ミリアはあっさりと断った。それも、今は予定がないがこれから入るかもしれない、という理由で。


 聞き耳を立てていた生徒たちは唖然(あぜん)としたし、ジョセフも同様だった。


 例え先約があったとしても、そんなものは躊躇(ちゅうちょ)なく蹴飛(けと)ばして予定を()けるべき最重要案件である。それを逆に蹴飛ばすとは。


 ここまでの塩対応は予想できなかった。


 エドワードもまさか断られるとは思っておらず、全く理由になっていないとんでも理由に狼狽ろうばいしたのだろう、こともあろうに、本日の午後ならどうだ、と聞いた。


 いくら(あせ)ったからといって、さすがに当日の招待はない。王太子との茶会といえば女性(ミリア)にはドレス等の準備が必要だろうし、エドワードだって何の手配もしていない。第一いきなりそんな時間が取れるのか。執務はどうする気だ。


 とはいえ王太子からのお招きである。未来は何があるかわからないかもしれないが、今日の今日なら逆に断る理由はないだろう。突然の茶会なら、多少身だしなみが(おろそ)かでも言い訳が立つ。


 だが、ミリアはそれを一刀両断にした。考えることすらせずに。しかも予定はないという。


 恐らく第二王子(エドワード)は、生まれてこのかたここまでひどい扱いをされたことはなかっただろう。その心境を想像したジョセフは、思わず吹き出してしまった。


 笑ってはいけないと思い、口を右手で押さえて耐えようとするのだが、お断りします、と一言で済ませたミリアの作りきれていない笑顔が脳裏にちらつき、(こら)えきれない。


 エドワードはなおも、時間があるなら来ればいいだの、自分たち三人しかいないから気を張ることはないだのと言っていたが、ミリアはそれらをすぱっと切って捨てた。


 食い下がるエドワードの声が震えていて、対するミリアの声はどこまでも平坦で、ジョセフはその落差に耐えきれず、右手で口を押さえたまま、左手で腹を抱えることになった。


 なんて面白い子だろうと思った。


 ここまで心を動かさない子が、恋に落ちたらどんな顔をするんだろう。


 今まで幾度となくやってきた恋愛ゲーム。

 今度のターゲットはミリアだ。


 期限は卒業まで。

 勝利条件はミリアがジョセフに恋をすること。


 見た目は効かない。

 王太子(エドワード)の地位と権力も効かなかった。

 高価なプレゼントもきっと効かない。


 さてどうやって攻めようかと、ジョセフは舌なめずりをした。




 こうしてジョセフはミリアとの一方的なゲームがスタートしたのである。

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