第14話 危険なので行きません side エドーワード
その日の昼休み。
ジョセフの行動に刺激されたエドワードは、居てもたってもいられず、カフェテリアでミリアと同じテーブルに着いた。
これからはカフェテリアに来ると言うと嫌そうな顔をされたが、他の生徒との親睦を深めるためだ、ともっともらしい理由を上げると、渋々納得した。
ミリアは食べることが大好きだ。幸せそうに食事をするミリアを見ていると、エドワードまで幸せな気持ちになる。
ミリアはジョセフに対して露骨に冷たい態度をとっており、それがエドワードに溜飲を下げさせた。
だが、お詫びにとデザートを譲られ、ミリアはあっさりとジョセフを許してしまう。
チョロいな~、とジョセフが軽口を言うと、ジョセフの腕をぺしぺしと叩いたミリアが、今回だけですからね、と眉をつり上げた。
その光景を見て、エドワードの胸がずきりと痛む。
ちょっとした触れ合いだ。
令嬢にあるまじきことだが、平民にはよくあることなのだろう。ミリアはなんとはなしにその行動をとる。
だが、エドワードにしたことはない。
アルフォンスにもだ。
思い返せる限りでは、ミリアがそんな行動とるのはジョセフに対してだけだった。
学園内でミリアが接するのは、エドワード達くらいしかいない。
王太子に手を上げるなどとんでもないことだ。
アルフォンスは軽口でミリアを怒らせるようなタイプではない。
必然的にジョセフしか残らないのだが、それがよりにもよって先ほどミリアを赤面させた男だという事実が、エドワードに突き刺さった。
エドワードがミリアに声をかけるとき、アルフォンスとジョセフは概ね行動をともにしていて、四人で会話をすることが多い。
ミリアがジョセフに特別な感情を持ってなどいないというのはエドワードの願望で、本当は密かに想っているのではないか。
……馬鹿げている。
軽く頭を振ると、アルフォンスが懐中時計を取り出した。机仕事に向かわねばならない時間だ。
書類と格闘するくらいなら、こうしてミリアとずっと話していたい。
だが、そうはいかない。
「ミリア嬢、もっと話をしていたいのだが、そろそろ行かねばならない」
ため息混じりに言って立ち上がる。
すると、ミリアがぱっと顔を明るくした。
がんっと頭を殴られたような衝撃を受けた。
いつものことだ。
ミリアはエドワードの誘いにつき合ってくれているだけ。自分からは近づいてこない。
食後にどこかへ行っているのは知っている。
他人の目が気になるのもあるだろう。
決してエドワードのことを嫌っているわけではない。今だって同席を許してくれ、会話を楽しんでいたではないか。
そろそろ席を立ちたいと思っていただけなのだ。
そうわかってはいたが、ミリアへの気持ちが募っているエドワードにとって、離れがたいと思っている相手に離席を喜ばれるのは堪えた。
たまらず立ち上がったミリアの横へと回り、その手を取った。
「また一緒に昼食をとってくれるだろうか?」
「……お時間が合うときでしたら」
遠回しな断りの文句。
次に誘った時に気が向いてくれるのを願うことしかできない。
楽しみにしていると告げ、その言葉が心からのものなのだと伝えたくて、甲に口をつけた。
手を引っ込められると思ったが、驚きに目を丸くしたミリアはエドワードに口づけを許している。
それをいいことに、エドワードは口を離さず、ミリアを見つめた。
このまま引き寄せて抱きしめてしまいたい。
その衝動は、アルフォンスの呼ぶ声で止められる。
名残惜しかったが、少しでも意識してもらいたくて、ちゅっと音を立てて口づけを終えた。
これ以上は精神が持ちそうにないと、にこりとミリアに笑みを向けたあと、急ぎカフェテリアを出た。
王族や、すでに爵位を継いだ貴族のために用意されている執務用の建物へ向かう途中、アルフォンスとジョセフに責められた。
「やりすぎですよ」
「俺が言えることじゃないけどさー」
アルフォンスの呆れた声に、ジョセフがうんうんとうなずく。
「その通りだ。ジェフには言われたくない。だいたいお前は――」
「俺は許してもらったからね」
「私の話を遮るな!」
兄弟同然に育ったとはいえ、王族の言葉に割り込むとはつくづく無礼な男だ。
元はといえばジョセフの行動が原因ではないか、と再び怒りがこみ上げてきた。
そんなエドワードに、ジョセフが真面目な声を出した。
「あれは怒ってると思うぞ」
「怒っているでしょうね。周囲の心証も最悪でしょう」
「……軽率だったと思っている」
エドワードはうなだれた。
昼休みの間に、カフェテリアでの出来事は学園中の生徒が知ることとなった。
とっさの行動だったが、エドワードの気持ちが知れ渡るのは都合がよかったし、ミリアはこれも気にしないだろうと高をくくっていた。
アルフォンスの言葉は正しかった。
エドワードはやりすぎたのである。
それを思い知ったのは二日後だった。
翌日、ミリアは流布する噂をものともせずに平然としていた。
反省はしたものの、前日の出来事に味をしめたエドワードは、再度カフェテリアでミリアと同席を果たした。
隣の席に陣取り、時間が合えば、と言ったミリアの言葉を逆手にとって強引に許可をとりつけたのである。
今日は食事を終えたら早めに席を立とう、と決意する。
そこへ、リリエントとマリアンヌを連れたローズがやって来た。
「わたくし達もご一緒してよろしいでしょうか?」
今はアルフォンスが離れているが、四人で食事をするつもりだった。六人掛けのテーブルに七人は座れない。
「ローズ……」
個室を常用しているローズがカフェテリアで同席を申し出たことに動揺し、とっさに断りの文句が出てこなかった。
その隙を突いたかのように、ミリアがテーブルの上のトレイを持って立ち上がった。
「私、別のテーブルに行きますね! みなさん、ごゆっくりしてください」
「あら、ごめんなさい。わたくしったら、お邪魔してしまったかしら」
「待っ――」
引き止めるエドワードの声もむなしく、ミリアは離れた別の席へと行ってしまった。
「ご一緒してよろしいですわよね?」
追いかけたかったが、そうローズに言われ、エドワードは了承するしかなかった。この状況で婚約者を無碍にすることはできなかったのだ。
割り込んできたローズを断るつもりだったエドワードの意志とは裏腹に、ミリアが同席を断られたことになっていた。
ローズは、エドワードの婚約者は自分であることを周囲に再認識させ、調子に乗っている――ように見える――ミリアを牽制するために来たのだった。
婚約者としての地位を確固たるものにしているローズがこんな行動に出るとは思っていなかったが、以前アルフォンスに言われ続けていた言葉を思い出す。
婚約者を蔑ろにしすぎた。エドワードは婚約者としてローズを大切にしており、王太子妃になるのはローズ以外にありえないのだ。ミリアを王太子妃にするつもりはない。
そのことを周囲に理解させるまではミリアと距離を置くべきかもしれない、とエドワードは思った。
なのに、翌日もカフェテリアでミリアを探していた。
だが、その日以来、ミリアはカフェテリアに来なくなった。
やりすぎた。
二日連続で騒動を起こしたエドワードを厄介に思ったのだろう。講義の合間の休憩時間はあからさまに避けられ、放課後もすぐに出て行ってしまう。
昼食を庭園でとっていることはすぐにわかった。
だが、エドワードはそこに行くことができない。
拒絶されていることは明白なのだ。ここで押し掛ければ、二度とまともな会話はしてくれないだろう。すでにその状況なのだが、これ以上ミリアの不興を買えばそれこそ取り返しのつかないことになると思った。
立場を利用すれば呼び出すことは簡単だ。
しかしそんなことをすれば、嫌々応じた挙げ句、徹底的に嫌われるだろう。正面から拒絶の目を向けられたら、受け止める自信はなかった。
昼食後にどこへ行っているのか。
放課後は何をして過ごしているのか。
調べさせればすぐにわかるが、ずっと知らないままでいたのだ、探ったと知ればミリアは良く思わないだろう。そんな些細なことさえ怖かった。
欲しくて欲しくてたまらないのに、振り向かせるどころか、どんどん離れていってしまう。
すぐそばにいるのに話しかけることすらできない。視界にミリアが入るだけで苦しくて仕方がないのに、目は自然と姿を追ってしまい、耳は鋭く声に反応する。
関係を修復したくとも、何をどうすればいいのかがわからない。このまま卒業を迎えてしまったらと思うと、胸がかきむしられるようだった。
たった数日で、エドワードは気が狂いそうになっていた。
そんなときだ。ミリアがジョセフの腕の中にいるのを目撃したのは。
焦りでいらいらしながら講義室へ向かっていると、廊下の先にミリアがいた。特徴的なピンク色の髪は自然とエドワードの目を吸い寄せる。
そのミリアがジョセフの胸に抱かれているのを認識し、目の前が真っ暗になった。
ジョセフはミリアの背中に腕を回し、絶対に離れないとばかりに力を込めていた。いき過ぎた悪ふざけなどではないことは明らかだった。
そしてミリアは、両手をジョセフの胸に当ててしなだれかかり、頬を赤く染めていた。
やはりミリアはジョセフを……。
なぜ、よりによってジョセフなのか。
ミリアに話しかけ、誘い、その笑顔のために労力を惜しまなかったのはエドワードだ。ジョセフなどその場にいただけではないか。
同じ時間を過ごしていたはずなのに、こんなにもミリアを想っているのに、どうしてエドワードではなくジョセフなのだ。
ジョセフはいい男だ。それはエドワードも知っている。軽薄だが、いざとなれば真面目な面を見せる。女性に優しく、誰とでも仲良くなる。剣術に優れていて、かといって教養がないわけではない。見目も家柄もいい。
ミリアが想いを寄せてもおかしくはなかったが、認めることはできなかった。
震える足で二人に歩み寄る。
衆人の前だ。やめさせなければならない。
エドワードがたどり着く前に、ジョセフがミリアに何かを言い、ミリアがくたりと脱力した。ジョセフはしっかりと支えているが、ミリアに力が入っていないことは一目瞭然だった。
エドワードが手に口づけを落としても、ミリアは驚いただけで顔色を変えなかった。なのにジョセフは言葉一つでミリアの心を動かす。
絶望に心が黒く塗りつぶされるが、脱力しきる前にぐっと踏ん張ったミリアが声を上げた。
「いい加減に――」
エドワードの行動は速かった。
ジョセフの腕を力づくで引きはがし、ミリアを奪ったのだ。
「お前、自分がやっていることがわかっているのか!? 嫌がる令嬢を無理矢理抱きしめるなど、紳士の風上にも置けぬ!」
本当に嫌がっていたのか定かではなかったが、ミリアが大人しくしていることが、エドワードの言が間違っていないことを示していた。
茫然としていたジョセフの顔が、みるみる蒼白になっていく。
「……ごめん、ミリア嬢。どうかしてた。ごめん。頭冷やしてくる」
ミリアの答えを待たず、ジョセフは去っていった。
咎めることもできなかったが、そんなことはどうでも良かった。
腕の中にミリアがいる――。
どさくさ紛れではあるが、ミリアは拒絶せずに身を任せてくれている。体に歓喜の震えが走った。
「殿下、そろそろ……」
「あ、ああ! すまない」
ミリアが身じろぎをしたので、エドワードは名残惜しく腕を解いた。
体を離すと逆にミリアの体温と柔らかさを強く意識してしまい、顔に血が集まっていく。
口元を手で押さえ、気まずさに目をそらした。
「殿下、急がないと講義が始まります」
「そ、そうだな!」
ミリアは平静に戻っていたが、今はそれでもよかった。
もう絶対に離さない。
誰にも触れさせない。
ミリアが手に入るなら、全てを投げ打ってもいい。




