第111話【番外編】好きなところ
※卒業後、あまり時間がたっていない頃です。
その日ミリアは王宮のお茶会に出席していた。王太子殿下の開くお茶会である。仕事はルーズベルトにぶん投げてきた。
ミリア以外の出席者は、王太子、第一王子、王太子の婚約者、と肩書きだけでいえばとんでもない面々なのだが、要はエドワード、ギルバート、ローズである。卒業すれば二度と関わらないだろうと思われた彼らと、こうして定期的にお茶会をすることになろうとは、人生とは不思議なものだ。
王宮の庭園は、毎日庭師がせっせと手入れをしているお陰でとても整っている。トピアリーには一分の隙もなく、開花を終えてしおれた花弁は一つ残らず摘まれていた。
ミリアはこういう人工的なフランス式の庭園よりも、自然なイギリス式の庭園の方が好みだが、たまにはこういうのもいい。
「ところでミリア様は――」
ミリアがピンク色のマカロンを手に口を開けたとき、左隣のローズがミリアをちらりと見た。
嫌な予感がして、ミリアはマカロンをくわえるのをやめた。
「アルフォンス様のどこがお好きなのかしら?」
「ぶっ」
やっぱりぶっこんできたー!
吹き出したのは向かいのエドワードだ。右隣のギルバートも口を手で覆って横を向いている。
「ローズ! それをここで聞くか!?」
エドワードが文句を言い、ギルバートもうなずいた。
ミリアも同感だった。この二人は卒業パーティーでミリアに求婚してふられたのだ。なのにミリアが選んだ――と思われている――相手のどこが好きかなどと聞くなんて。
「あら、お二人は気になりませんの?」
「……なる、な」
「なる」
エドワードがごくりとのどを鳴らしてミリアを見た。ギルバートは真剣な目をミリアに向けてくる。
「でしょう? ――さあ、ミリア様、アルフォンス様のどこがお好きなのか教えて下さいませ」
「ミリア嬢」
「ミリア」
「いや、そんな、アルフォンス様の好きな所なんて……」
ミリアは、言えませんよ、と手を振りながら言おうとした。
推しなのだから「全部!」と答えるのが正しいのだ。が、ここでもそれを言うわけにはいかない。言ったら盛大な惚気だと勘違いされる。
だがここでミリアははたと気がついた。そういえば自分はアルフォンスの一体どこが好きなのだろうか。
アルフォンスと聞いて最初に思い浮かべるのはその目だ。吸い込まれそうな深い緑の瞳。冷たく見えるその目を、アルフォンスが極々稀に柔らかく細めるのを最近知った。
次に思い浮かべるのは髪だ。太陽の下ではきらきらと輝き、ランプの火の下ではつやつやと光る細い銀色の毛。後ろにくくったしっぽはとてもきれいだし、首を傾げてさらりと流れる前髪は触りたくなる。
不機嫌そうに寄せる眉。高くすっと流れる鼻梁。薄く赤い唇。細くとがったあご。それぞれが完璧な位置に収まって、奇跡的な容貌を作り上げている。
第一印象は、ずいぶん整った顔の男だな、だ。
今でも、つくづく顔の整った男だな、とよく思う。
ということは。
「………………顔?」
ミリアは自分でも首を捻りながら答えた。
それを聞いた三人は顔を突き合わせてこそこそと話し始めた。
「意外ですわ」
「意外だね」
「顔ならわたしだって悪くない」
「エドワード様はアルフォンス様とは方向性が違いますわ」
ピッとローズが指を立てる。
「エドワード様は正統派、ジョセフ様は筋肉系軽薄男、ギルバート殿下は儚げな美少年、そしてアルフォンス様は中性美人です」
「系統が違うと言われるとどうしようもないな」
「ユーフェンだけ言い方がひどくない?」
「気のせいですわ」
三人がひそひそとしている間も、ミリアは一人考えていた。
指が細くて長く、繊細そうなのに意外にごつごつとしている手が好きだ。しっかりと抱きしめてくれる腕も好き。ミリアの名を呼ぶ落ち着いた声も――たまに妙に甘く聞こえて困ることはあるが――好きだ。
長い足で姿勢良く歩く姿も好きだし、本を片手に考え込んでいるところも、訓練で剣を握っているところも、ティースプーンで紅茶をくるくると混ぜているところも好き。
「……てことは、体?」
ぽつりと呟いたミリアの言葉に、エドワードとギルバートはぎょっとした。
「どういうことですか!?」
「今のは聞きたくなかった……」
「落ち着いて下さいませ、お二人とも」
なぜかギルバートに食ってかかるエドワードと、両手で顔を覆うギルバート。その二人をローズがなだめる。
「ミリア様は顔だけでなくアルフォンス様の全体的な見た目が好みだとおっしゃっているのです」
「納得がいかん」
「ミリアが見た目を重視するとは思わなかった」
「わたくしもミリア様は内面を見る方だと思っていましたわ」
ローズはミリアの腕に手を添えた。ミリアが現実に引き戻される。
「ミリア様はアルフォンス様の外見だけがお好きなのですか?」
「え? いえ、そういうわけじゃ……」
ない、と思う。
ならどこが好きなのかと問われると答えに詰まってしまう。
と、そこへ、突然別の人物の声がかかった。
「私の話ですか?」
まさかの話題となっている人物、アルフォンスの登場である。
「あら、アルフォンス様、どうされたのですか?」
「会議の帰りに廊下の窓から見かけたものですから」
聞いたのはローズなのだが、アルフォンスは目を丸くしているミリアを見て答えた。
「今、ミリア様がアルフォンス様のどこがお好きなのかお聞きしていた所ですわ」
それ本人に言っちゃうの!?
ミリアは唖然とした。
「それは興味がありますね」
アルフォンスはまたもミリアを見て言って、ミリアとギルバートの間に座った。椅子は使用人がさっと用意した。気が利くが、余計なお世話である。
「それで、ミリア嬢は私の事を何と?」
「アルフォンス様の外見が好みなのだそうです」
「外見ですか」
アルフォンスがローズに聞き、ローズがさらっと暴露した。
ミリアは顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かしていた。誤魔化す言葉が出てこない。せめてミリアがいない時に言って欲しかった。
「アルフォンス様はミリア様のどこがお好きなのですか?」
ちょぉっっ!!
ミリアはばっとローズに顔を向けた。
なんてことを聞くのだ。何を言われても恥じ入るしかない。それどころか何一つないこともあり得る。
「そうですね……」
アルフォンスはあごに手を当てて考えるそぶりを見せた。
それは思ったよりも長かったのだが、一同は大人しく待った。
ミリアだけは、時間が経つにつれて落ち込んでいく。つまりは熟考しないと出てこないということだ。
ほらやっぱり。ないんだきっと。一つも。
「ミリア嬢が――」
アルフォンスはミリアの目をじっと見た。
「ミリア・スタインだからでしょうか」
ミリアははっとした。
「さすがですわ」
「アルのくせになんと気の利いたことを」
「なかなかやるね」
感心する三人。
「ありがとうございます」
ミリアが頬を染めてアルフォンスに笑いかけた。
アルフォンスはその顔に満足したようにうなずいて、それでは戻りますので、と言って席を立った。
ミリアはその背中を見つめながら、アルフォンスの言葉を胸中で反芻していた。
――ミリア嬢がミリア・スタインだから。
つまり、アルフォンスはミリアをスタイン商会会長の娘であることを認めてくれているのだ。
学園で初めてミリアの知識を必要としてくれた人。そしてアルフォンスは今もミリアを必要としてくれている。
自分にも人にも妥協を許さない厳しさの一方で、努力も結果もきちんと認めてくれる。そういうところが好きだ。カリアード伯爵家の一員としての誇りを持っているところも、仕事へ真摯に向き合う姿勢も。
そんなアルフォンスに認めてもらうことがこんなに嬉しいだなんて、アルフォンスは知らないのだろう。
ミリアの笑顔を見て、ローズは、ごちそうさま、と言い、エドワードとギルバートは悔しがっていた。
*****
執務室へと戻りながら、アルフォンスは幸せな気分に浸っていた。
アルフォンスが自分の想いを伝えた時に、ミリアは嬉しそうに笑ってくれた。
ミリアがミリア・スタインだから。それはつまりミリアの全てが好きだということだ。例えそれが、他人に嫌われるよりは好かれる方がいいに決まっている、という一般論からであったとしても、想いを受け入れてくれるのだとわかって嬉しかった。
それに、ミリアはアルフォンスの外見を好いてくれているという。
顔のせいで厄介なことに巻き込まれることが多かったが、それがミリアに好かれているのなら、この顔に産んでくれた母親には感謝したい。
以前ミリアは想いを寄せている男がいるようなことを言っていた。あの時ははぐらかされたが、既婚者か婚約者のいる男だ。相手のいない男であれば、ミリアを選ばないわけはないのだから。
心は手に入らなくても、視線だけでもミリアを独占したかった。他の男に目移りしないくらい、ミリアを夢中にさせたい。
アルフォンスは今まで自分の容姿を武器にすることはなかったが、ミリアが好きだというのなら、活用しない手はない。さらに理想に近づけるように努力しなければ。
痩せた男が好みなのか。筋肉質の男がいいのか。髪の長さは。服装は。髪の色にこだわりがあるなら染めたっていい。
まずはミリアの好みを調査しようとアルフォンスは決めた。
後日、何気なさを装って聞かれた好きな体格や髪の色を適当に答えたミリアは、髪を黒く染めようとしたアルフォンスを慌てて止める羽目になった。




