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【Web版】乙女ゲームのヒロインは婚約破棄を阻止したい  作者: 藤浪保
第一部

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第11話 面倒なのでご遠慮します side エドワード

 ミリア・スタインは元平民だ。近年もっとも勢いのあるスタイン商会の会長、フィン・スタインの第一子で、父親が男爵の一代爵位を授けられたことで貴族の仲間入りを()たした。母は亡く、三歳下に弟がいる。


 その娘が学園に入学すると知ったとき、(たみ)の生活を知るいい機会だと思った。


 エドワードの周りにいるのは貴族ばかり。侍女や侍従までもが貴族だ。王宮の下働きは平民だったが、話しかけても恐縮しきっていてまともな答えは返ってこなかった。


 接する貴族が連れている侍女たちのほとんどは平民だったが、教育の行き届いた彼女らは、元から裕福な暮らしをしている家の出身だった。市井(しせい)の生活には(うと)い。


 その点スタイン家は、今でこそ貴族同様の生活をするだけの財力があるが、幼い頃は小さな町で家族三人で(つつ)ましく暮らしていたと聞く。地方に足を伸ばすこともままならないエドワードにとって、うってつけの情報源だった。


 貴族になりたてのミリアは、血統主義の貴族たちに冷たく扱われるに違いない。場合によっては近くに置いて守ってやらねばならない。エドワードと親しいことが知られれば彼らの目も変わるだろう。それが王族の務めだと思った。


 学園で見た彼女は、平民の娘そのものだった。お(しの)びで行く王都の平民街にいる娘たちによく似ていた。


 作り笑顔をしていても感情がすぐに顔に出る。貴族令嬢のようにすました顔をしない。父親はやり手の商人と聞いたが、商談の才能は受け継がなかったらしい。腹のさぐり合いは不得手(ふえて)だった。


 刺繍(ししゅう)はできない。ダンスもできない。茶会へ参加したことさえない。


 日常生活における最低限の作法は身につけていたが、言葉遣いはなっておらず、振る舞いについては本当にひどいものだった。


 目上の者に対する一律の行動しかとれなかったのだ。平民であればそれでいいのだが、貴族は階級社会だ。相手の爵位に応じて対応を変えなければいけない。特に王族であるエドワードに対しては、特別の礼儀を払う必要があった。


 あまりにもひどいので、最初の一年は放課後に礼儀作法の教師をつけていたほどだ。


 (あん)(じょう)、他の令嬢達から遠巻きにされ、ミリアはすぐに孤立した。


 初めはローズが気を()かせて世話を焼いていたが、数日()ってミリアが学園での生活に慣れてくると、それもなくなった。ミリア自身、孤立を望んでいるようだった。


 とはいえ、父親が死ぬまでは貴族として生きなくてはならない。社交界から爪弾(つまはじ)きにされれば商会の事業にも影響が出るだろう。貴族はどこで繋がっているかわからないものだ。


 なんとかしてやらねばという気持ちと、平民の暮らしに興味があったのもあり、入学から一月後、ついにエドワードはミリアに話しかけた。


 そのときの反応は忘れられない。


 講義室で熱心に教本を読んでいたミリアは、家名を呼ぶと一拍遅れて顔を上げ、エドワードを確認して目を丸くした次の瞬間、ひどく嫌そうな顔をした。


 すぐに作り笑顔に変わったが、見逃しようもなかった。


 エドワードが誰かに声をかけると、恐縮されたり、緊張されたり、喜ばれたりと反応は様々だが、嫌がられたのは初めてだった。王太子たる自分の声を受けてありがたがらない者がいるなど思いもしなかった。


 あまりの衝撃を受けたエドワードは――王族として情けない限りだが――ミリアとの会話をあまり覚えていない。学園には慣れたか、というようなことを言ったと思う。名前で呼んでいいという許しを得たことだけは記憶している。


 ミリアのことを知った今ならわかる。

 あのとき彼女は、王太子の相手をするのが本気で面倒だと思ったのだし、名前で呼ぶ許可は令嬢の決まり文句として言ったのだ。


 そのときから、ミリアのことを元平民の男爵令嬢という肩書きではなく、ミリア・スタイン個人として興味を持つようになった。


 とはいえエドワードも暇ではない。学園生活と並行して王太子としての政務をこなしていたし、貴族たちとの交流もおろそかにできなかった。


 ミリアもエドワードと積極的に関わる気がなく、二人の間の距離は遅々として縮まらなかった。


 ときおり講義室や廊下でエドワードが呼び止め、一言二言会話をするところから始まり、アルフォンスとジョセフを交えて簡単な雑談をするようになり、すれ違うときに、ごきげんよう、とミリアが自分から挨拶(あいさつ)をするようになるまで一年かかった。


 エドワードを名前で呼ぶようになり、放課後の茶会の誘いを承諾するまでさらに半年。


 ……これまた信じられないことに、ミリアは王太子直々(じきじき)の誘いを、いともあっさりと断る。他に用があるわけでもないのに、だ。


 初めて誘ったときのこともよく覚えている。


「ミリア嬢」

「なんでしょうか、殿下」


 朝、講義室で壁に並んでいる棚に手を伸ばしたミリアを呼び止めた。


「三日後に茶会を開く。招待しよう」


 ミリアは棚へ向き直って教本を引き抜くと、首を(かし)げた。当日の予定を思い返しているのか、斜め上を見ている。


「ご遠慮します」


 視線をエドワードに戻したミリアは、理由も言わずに断った。


「用があるのか?」

「今はありませんが、できるかもしれないので」


 王太子の茶会よりも重要な要件が、この三日のうちに入るとでも言うのだろうか。


 ミリアは本を胸に抱え、用は済みましたか、とばかりに見上げてきた。

 

「ほ、本日! 本日の午後ならどうだ?」

「ご遠慮します」


 今度は即答だった。


「他に予定が?」

「特には」


 予定がないのに断るのか。


 エドワードの目を真っ直ぐに見てくるミリアの顔には、今度こそもういいですか、と書いてあった。


「ぶっ」


 突然した異音に横を見ると、ジョセフが口に手を当てそっぽを向き、肩を震わせていた。

 その隣では、アルフォンスが薄く口を開いて固まっていた。絶句するアルフォンスを見たのは何年ぶりだろうか。


「……時間があるならば来るといい」

「お茶会のマナーには自信がないんです。失礼があっては大変ですから」


 大した理由もなく招待を断ることは、ミリアにとっては失礼にあたらないらしい。


「気にすることはない。参加するのはこの四人だけだ」

「では三人でどうぞ」


 ミリアは(かたく)なだった。


「ぶふっ」


 ジョセフが身を折った。耐え切れなかったようだ。


 エドワードがそれきり口を閉ざすと、ミリアは声を殺しきれていないジョセフに冷たい視線を送りつつ、エドワードの横を抜けて行った。

  

 その後、茶会にはたまに来るようになったが、ランチは一度きりだし、ダンスの誘いは(いま)だ受けてもらえていない。


 翌日以降の約束はしない。すべては当日のミリアの気分次第だった。まるで猫だ。


 ミリアが王太子に取り入ろうとしていると悪評が立ち始めたのがこの頃だ。ミリアを貴族達になじませるのが当初の目的だったはずが、逆にさらに孤立させる結果になっていた。


 しかし、ミリアはエドワードへの態度を変えなかった。


 まさか噂を知らないのではと心配してそれとなく告げると、そうらしいですね、と他人(ひと)(ごと)のように言ったっきりで、気にとめている様子はなかった。


 悪評にあるような、エドワードの立場を利用しようとしたことはない。家業に便宜(べんぎ)をはかって欲しいと頼まれれば、多少は聞いてやるつもりだったのだが、何一つ言ってこなかった。というか、頼みごとをされること自体が(まれ)だ。それも、講義で解らないところがあるから教えて欲しい、といった些細(ささい)なものだった。


 ミリアとの交流について、ジョセフとアルフォンスの反応は真逆だった。 


 ジョセフは女性に優しいし、初めからミリアのことを面白がっていた。


 難色を示したのはアルフォンスで、ことあるごとにミリアに構いすぎだと小言を言い、婚約者のフォローをしろと言ってきた。


 ローズとの仲は良好だ。茶会や食事会は定期的にしているし、贈り物も欠かさない。


 王妃教育は順調に進んでいると聞いていて、教養も気品も申し分ない。エドワードを王太子として立ててくれ、王太子の婚約者としての立場をわきまえていた。


 少々気が強いが、権謀(けんぼう)術数(じゅっすう)がはびこる王宮で過ごし、側室を迎えることになればその付き合いもある。そのくらいの方が調度いいだろう。


 ミリアが王太子妃の座を狙っているのではという悪質な憶測も流れていたが、エドワードはローズ以外を妃として迎えるつもりはなかったし、ミリアにその気がないのも明白だった。あの娘はそういった厄介事(やっかいごと)をとことん嫌う。



 ある日、お忍びで王都に出ていたエドワードは、通りを歩いているミリアを見かけた。


 年下の少年を連れていて、髪の色を見ればそれがミリアの身内であることは明らかで、彼女の弟に違いなかった。


 そういえば、家族がフォーレンからやって来るのだと嬉しそうに話していたな、と思い出す。


 髪を馬のしっぽのようにざっくりと後ろで結び、町娘同然の服装をしたミリアは、学園にいるときよりも自然体に見えた。


 馬車に乗る足を止めて目で追っていると、弟に耳打ちされたミリアが、突如(とつじょ)満面の笑みを浮かべた。桃色の大輪の花がぱっと咲いたようだった。


 雷に打たれたかと思った。


 取り澄ました令嬢達とは違い、ミリアは感情のままによく笑う。何かを食べている時は幸せそうに笑うし、声を上げて笑い転げることもある。


 しかし、ここまで嬉しそうに笑った顔は見たことがなかった。


 それからエドワードは、自分もミリアに同じ顔をさせようと躍起(やっき)になった。


 ミリアが見たいと言った隣国のレースを取り寄せ、どこかの領で新しい工芸品が生まれたと言っていれば詳細を調べさせた。王都で流行の舞台の話が出れば自ら観に行ったし、ミリアの苦手な古典は何でも答えられるように学び直した。


 贈り物をしようにも高価な物は受け取らず、学園の外への誘いは絶対に受けてくれなかった。エドワードがミリアのために動いていることも知らなかっただろう。


 自分が暗にねだっているのだと気づいたら、きっと何も言わなくなる。だから偶然を(よそお)い、全てエドワードの経験として伝えた。


 あれほどうるさかったアルフォンスは、やがて何も言わなくなった。



 エドワードの念願が叶ったのは、最終学年になる直前、久しぶりに午後の茶会の約束を取り付けた日だった。


 すぐに王都で人気の菓子店へと人をやった。新作のケーキが出ると知っていたからだ。すでに売り切れていたが、パティシエに無理を言って特別に作らせた。


 切り分けられたケーキを見て、ミリアは期待に目をきらきらと輝かせた。


 それだけでも手に入れた甲斐(かい)があったと言うものだが、一口目を食べたミリアが、あのときのように大輪の笑顔を見せた。


 エドワードは両手で思わずガッツポーズをしていた。


 ついに自分がミリアに本当の笑顔をさせた。


 ぶるりと体か震えた。


 なかなか(なつ)かない猫が、やっと甘えてきたような心地(ここち)だった。


 それからもせっせと(ミリア)にえさを運び、ときおり見せる笑顔に顔をほころばせた。

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