第五話 四年後……ゼフィロスとの対決
暴力的な描写あり
―――季節は巡り巡って、学園生活もとうとう四年目の冬を迎えた。シリウスは四年生で、十七歳になった。
入学時は、165センチぐらいだったのに、四年間でかなり逞しくなり、この間、脱衣場で身長を測ると186センチになっていた。
身長は伸びたが、前腕筋、上腕二頭筋、大胸筋、背筋、直腸筋、大腰筋、大腿四頭筋……。どれもロイドに勝てる気がしない。
いつも『男らしさは、筋肉から』とロイドが毎回、大浴場でうるさく自慢してくるので、シリウスは部屋でこっそりと、筋トレをして筋肉を鍛えている。
シリウスは、一年生の途中から声変わりをするようになり、テノールボイスから、徐々にバリトンボイスへと変化していった。『シリウス親衛隊』からも神ボイスなどと言われ、正直戸惑っている。
一年前に前任の生徒会会長から任命され、現在、生徒会会長をしている。「神ボイスで、学園の皆を導いてくれ」というふざけた理由だった。
なんだかんだ言って、きちんと仕事をこなすシリウスは、生徒会に忙殺されて、正直メリッサどころではなかった。むしろ、その方が有難かった。
❇❇❇❇
ある日の夕方。辺りはすっかり暗くなり、シリウスとロイドは、木枯らしと冷たい北風にさらされながら、男子寮へと急いで向かっている時だった。
「シリウス卿、ロイド卿!」
男子寮の前で、ゼフィロスが一人立っていた。
「……ゼフィロスか。何の用だ」
「明日の魔法勝ち抜き戦。本気で貴方と戦いますから」
「なに!?俺様を無視して、何を――」
「黙れ、ロイド」
(こいつは、いつも目立たないように力の加減をしていたのは知っている。だからこそ、こいつの上限が知りたい)
「分かった。俺も加減はしないからな」
「あと、メリッサは、渡しませんよ。これから告白をするつもりですから邪魔だけはしないでください」
そのひと言に、ゼフィロスの決意のようなものを感じた。
(なんて、煩わしい奴なんだ!!)
****
そして翌日。薄曇りの寒空の下、朝早くから魔導演習場で、魔法理論学の実演「魔法勝ち抜き戦」が始まった。
特進クラス、二十人をAブロックからDブロックに分けて、朝早くから対戦する。各ブロックを勝ち残れば、午後には準決勝だ。
シリウスは、Cブロックで順当に勝ち上がったが、同じブロックにゼフィロスがいた。あいつに勝てば、準決勝だ。
「僕が勝ったら、優勝はメリッサに手渡します。貴方はご自分の領地へ早々に帰るがいい」
今日はやけにゼフィロスが煽ってくる。
「では、二人とも、準備はいいわね。では、試合開始!」
地理担当の先生が号令をかけた。
「先に言っておきます。僕は花を使った魔法が使えるんです」
ゼフィロスの右手に不思議な蔓の杖が現れた。それを一振りすると、周りの景色が一辺に変わってしまった。
「幻影結界術って知ってる?」
シリウスは驚いた。幻影結界術はとても高度な術のうえ、無詠唱で展開できるものではない。ゼフィロスの魔術の力はすでに王宮魔法師並みか、それ以上か。
周りは見渡す限りの広大な野原と爽やかな青空。
野原には、色とりどりの花が咲き乱れていた。風に乗って甘い花の香りがする。
「懐かしいでしょ?」
「……どうしてここを」
「子供の頃の景色を君に贈りたくて」
ゼフィロスが蔓の杖を振りかざし、地面を突いた。
すると風景が変わり、草むらが高く生い茂ったところにみすぼらしい小さな家が一軒。一人の小さな男の子がその家へ入っていく。
シリウスはゼフィロスがいることを忘れ、小さな家の窓ガラスをそっと覗いた。
「!!!」
ベッドでふさぎこんだ母親と男の子。男の子の小さな手には、握り締めたであろう潰れかけたベリーの実。
一方、母親の方はベリーブロンドの髪がすっかり艶をなくし、薄紫の瞳は翳りを見せていた。天井を呆然と眺めては、微動だにしない母親。男の子が笑顔で話しかけても、無視するばかりだった。
「あれは、昔の俺じゃないか!!」
「そうです。昔のあなたと死んでしまった母親ですね」
「今更、こんなもの見せて、俺を動揺させる気か?陰湿だな」
怒りに震えるシリウスは、眉間にシワを寄せ、鋭い眼差しでゼフィロスを睨みつけた。
「君の母親。どうしてふさぎ込んでいたか知ってるかい?」
シリウスは胸騒ぎがした。覚えている限りだと、小さい頃、お母さんは村の宿場で食堂の手伝いをしていた。はじめはイキイキと笑顔で働いていたはずなのに、途中から元気がなくなった。そして終いにはふさぎ込んでしまい、仕事はクビになり、生活が苦しくなった。あの時、元気がなくなった原因を考えていなかった。
小さかったシリウスは、生きるためにお母さんには立ち直ってもらいたいと一生懸命だった。花を摘んだり、ベリーを集めたり……。でも、お母さんは突然シリウスを残して死んでしまった。首吊り自殺をしたのだ。
「お前の母親は若くて美しすぎた。それが原因だ」
「どういうことだ?」
「お前の母親は、村の自警団らに宿場の酒場で凌辱されていたんだ。しかも大勢の男たちに囲まれてな。たぶん一度や二度じゃない」
「!!!」
「それでも母親は食堂で働き続けた。お前を食べさせるために。生きていくために。でも心が耐え切れなかったんだろうな」
――シリウスの心の奥に固く蓋をしていた遠い記憶が、ふと蘇った。
『……お前さえ生まれてこなければ、今頃、……いられたのに……』
お母さんが寝ている時にベッドで呟いていた言葉が脳裏に蘇る。
「嘘だぁぁ、やめろぉぉぉーーーー!!!!」
シリウスは髪を掻きむしり、膝から崩れ落ちた。
「お前さえ生まれてこなければ、この母親は辺境大公のお付きの侍女として幸せな人生を過ごせていただろうに」
ゼフィロスがシリウスの耳元で囁いた。
シリウスは近づいた声に反応し、手を振り払うが、そこにはゼフィロスがいない。
場面が急変し、シリウスは一人取り残された。
寂しさ漂う夏の夕暮れ。
虫の音が鳴り響く森の中。
楓の木の枝。
ぶら下がった母親とうずくまった男の子。
足元には真っ赤な彼岸花。
地獄の炎のように、一面に揺れている。
この情景にショックで心臓が止まりそうになる。
突然降り出す夕立。
雨が降っても小さな男の子は家に帰ろうともせず、ずぶ濡れになっている。
その時、ロープで首を吊った母親がグルンと体を向けて、苦しそうに呟いた。そして両手を小さな男の子へ向けたのだ。
『……お前さえ、生まれてこなければ……今頃……いられたのに……』
『……お前さえ、生まれてこなければ……今頃……いられたのに……』
『……お前さえ、生まれてこなければ……今頃……いられたのに……』
死んだはずの母親の唇が動いている。
「ヒュッ!!ハァ、ハァ、ハァ……クソッ!!」
一瞬で冷や汗を大量に掻き、胸の鼓動が激しい。膝から崩れ落ち、うずくまるシリウス。息が上手く吸えない。胸ぐらを掴み、今すぐ呼吸を整えようと必死になった。
(だめだ、冷静になれ。これは現実じゃない。今はゼフィロスと戦っているんだ。奴は俺の記憶を引き出して、精神攻撃を仕掛けている!!)
「――もう、楽になりましょう」
姿を消していたはずのゼフィロスが、いきなり目の前に現れた。
ゼフィロスの周りに、無数の彼岸花がメトロノームのようにゆらりゆらりと揺れている。しかも十や二十ではない。百本、いや千本以上の彼岸花が一斉に揺れている。
――楽になりたい。解き放たれたい。しがらみから消えてなくなりたい。
消えたい、消えたい、消えたい、消えたい、消えたい
消えたい、消えたい、消えたい、消えたい、消えたい
消えたい、消えたい、消えたい、消えたい、消えたい
あぁ、消えてなくなりたい。俺が最初から生まれて来なければ良かったんだ。俺は生きていてはいけない存在だったんだ。お母さんじゃなくて、俺の方が先に死ねば―――。
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね
その時、心の奥底でズキンと何かが引っかかった。
――鮮烈な蜂蜜色の瞳。花びらのような唇。愛らしい小さな耳。かきあげる若草色の髪がサラリと揺れる。
『今度こそ負けない。絶対に諦めないから!!』
メリッサの言葉が光の針のように闇の奥へと突き刺さる。
―――絶対に諦めないから!!
(メリッサなら、現状が絶望的でも諦めない)
―――今度こそ負けない。
(メリッサなら、どんなに負けても卑屈にならない)
――いつか、その傲慢貴族の鼻をへし折ってやる!
(あぁ、そうだ。メリッサなら、俺に真っ直ぐ闘志を燃やしてくれる……)
(メリッサが絶対諦めないなら……。俺も諦めない。生きることを止めない。メリッサのライバルとして、生きて生きて、生き抜いてやる。絶対こんな所で負けねぇ!!!)
シリウスの手の震えが止まった。地べたからゆっくり立ち上がると、胸に手を当て、瞼を閉じた。自身の身体に氷の魔力を纏わせ、足元から薄氷が張りつきはじめる。氷の浸食はどんどん自身を凍らせていった。
「なんだ。つまらない。残酷な現実が辛すぎて、自ら氷に閉じこもったのか?」
シリウスが完全に氷で覆われると、そこから暴力的な冷気が流れ出した。その冷気は、泉のようにとめどなく溢れ出る。
やがて、空気中の水分が氷結し、ダイヤモンドダストを作り出した。宙に舞っていた葉っぱが瞬時に凍ると、跡形もなく塵となる。
すると、小さなシリウスも、楓の木で首を吊った母親も、一面に咲いていた彼岸花も、全て結界ごと氷漬けになった。そして結界内にいるゼフィロスが寒さで震えはじめたのだ。
「ふふっ。すごいね、君!こんなに寒い体験をしたのは初めてだっ!!!」
ゼフィロスはシリウスへ攻撃を仕掛けた。
「――荊棘の自責」
四方八方から荊の枝がシリウスを襲う!!
しかし、シリウスに届く前に凍りつき、粉々に散ってしまった。
閉じていた目をうっすらと開いた。その目つきはこの世の終わりのように恐ろしく、アイスブルーの瞳の奥が青暗く光った。
『――永遠に孤独な時間を。永久凍土』
小さく、そして低音で響き渡ると、地面から白い靄がどこからともなく現れ、更に気温を下げてきた。シリウスを中心に、結界内は無音で真っ白な世界になった。
「ははっ、僕は氷漬けにされたくないね。自分だけ凍っていなよ」
ゼフィロスが、杖を振って結界を解除しようとした。しかし解除できない。
「なぜだ、解除ができない!!」
ゼフィロスは、蔓の杖を振り続けた。しかし、その杖さえも凍りつき、手にくっついてしまった。
「ひっ、手から離れない!!」
白い靄は、やがて灰色の靄へと変わっていく。それは背すじが凍るほどの、【死の冷気】だった。
「やっ、やめろ!!降参だ!!終わりにしろ!!」
ゼフィロスは焦り始めた。ゼフィロスはシリウスの冷気から、底しれぬ【死の恐怖】を感じたのだ。
『お前は、俺の心の中を勝手に土足で踏み荒らした。触れてはいけないものに触れてしまった。このまま、知らない方が良かったのに……』
シリウスに止める気はない。
「悪かった!!興味があって、調査を依頼したんだ。庶子である君がどんな人生を送っていたのかを!!」
ゼフィロスは、無理やり杖を剥がした。
「いってぇぇぇぇーーー!!!!」
すると右手の皮膚が剥がれ、血が一気に噴き出した。あまりの痛さにしゃがみ込むゼフィロス。
『あぁ、俺は庶子だ。元はといえばあのクソ親父が侍女に手を出したのが悪いんだ。実家からも追い出された母親は、辛い思いをした。赤子を一人で産み落とし、町や村を転々としながら親子で食いつないできた。俺の母さんはひどい目に遭い、自殺した。……俺は餓死寸前で倒れているところを、クソ親父に拾われた。だから何だ。それがどうしたって言うんだ。これも救いようのない俺の人生の一部だ』
「悪かった、謝るよ。だから、これ以上冷気を出すな!!本当に、本当に……このままでは死んでしまう!!!」
『……そうかもな』
「おい、僕が死んでしまうと、この国に戦争が起きてしまうぞ!!それでもいいのか?どうなんだ!!」
『……拙い脅しだな』
ゼフィロスが突然、崩れるようにうずくまり、ヒューヒューと音を立てて喘息のように苦しみだした。急激な温度変化に耐えきれず、気管支が収縮したせいだ。ゼフィロスは、初めての経験にパニックを起こしかけた。
「ヒュゥゥ……ヒュゥゥ……た……すけ……て……」
『……喋りすぎだ』
《ドゴォォォーーーーン!!!》
凍りついた結界が、衝撃で揺れると、あちらこちらから、ひびが走った。前方が何やら騒がしい。
《バリバリバリバリ、ガシャァーーン!!!》
地理の先生が凍りついた結界を一部壊して入ってきた。外からの生暖かい空気が一気に入り込み、ゼフィロスは、安堵して腰を抜かしているようだった。
「この勝負、シリウス君の勝ち!だけど、やり過ぎよ!!ゼフィロス君。今すぐ医務室へ連れて行くわ」
『お先に……』
シリウスが動き出し、体に覆い尽くしていた氷をパキパキと粉々に砕いていく。それと同時に、凍りついた結界も一斉に崩れ落ちた。
キラキラと舞い落ちる氷の欠片を、ゼフィロスは地べたにしゃがみ込んで、それを呆然と見上げるしかなかった。
クラスの貴族令嬢たちのいつもの黄色い声援はない。今だ『死』の冷気が落ち着かないシリウスに恐れ慄いていた。
こうして勝ち抜いたシリウスは、決勝まで勝ち進み、メリッサと対峙することになる。
読んで頂き有難うございます!もし、面白かったら評価を頂けたら嬉しいです。
第6話は、明日の21時に投稿します!
明日も読んでくださいましたら嬉しいです!




