第三話 シリウス親衛隊
メリッサにしつこく絡んでくる貴族令嬢達に理由を聞くために、シリウスは、直接話を聞くことにした。
その令嬢とは、特進クラスの『ボス令嬢』である、クリスティーナ・ギルバルト公爵令嬢だ。
ギルバルト公爵は王都に拠点を構える『中央貴族』の一つであり、この国政を補佐する宰相でもある。ギルバルト公爵はバーモント国王のいとこに当たる。すなわちカルタルス辺境大公とは、仲はともかく近しい縁であることは間違いない。
因みにシリウスが庶子であることは、王家のごく一部しか知らない匿秘事項である。
「クリスティーナ嬢。少し聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
「!!!」
「……クリスティーナ嬢。どうかしたのか?」
「あっ……あのっ……シリウス様からわたくしにお聞きしたいことって……」
何故かクリスティーナ嬢は、頬を赤らめ、視線を逸らし、明らかに挙動不審な動きを見せる。
「君とカルティナ令嬢、クロエ令嬢の三人が、メリッサ、いや、雑草女にちょっかいを出しているように見えるのだが、それはなぜなんだ?」
すると、クリスティーナ嬢は、あからさまに嫌な顔をして、扇子を広げた。
「あぁ……。そのことでございますか」
「アイツは平民だが、それなりに頑張っているぞ。君たち令嬢達はアイツに何か迷惑なことでもされたのか?」
「ええ。この前、席替えをお願いしたのですが、断られたのです」
「えっ!?当たり前だろ?席は学力順なのだから」
「平民のくせに、成績がいいなんて許せませんわ!!しかも愛しのシリウス様のお隣だなんて、羨ましすぎる!!」
「愛しの?……俺が?」
「ええ、わたくし達は、『シリウス親衛隊』を結成いたしましたの!!鉄の結束ですわ!!」
正直、ドン引きした。いつの間に?
「わたくし達はシリウス様を尊う会なのですわ!」
「いや……俺の知らないところで、俺の会なんて作らないでくれよ!!っていうか、お前達、既に婚約者がいるだろう?」
するとクリスティーナ嬢は、ハラハラと倒れるふりをした。後ろのクロエ嬢とカルティナ嬢が支える。
「そんなこと言わないで下さいませ。それはそれ。これはこれでございますわ!」
(さっぱり意味わからん!)
「ただ、わたくし達は、シリウス様のお側にいて、拝顔するだけで幸せなのです。それにまだ婚約者がいらっしゃらないのでしょ?だから、邪魔するものなど誰もいない。それがまた、いい!!」
クリスティーナは、目を潤わせて身ぶり手ぶりを加えながら、熱く語る。
「白銀のさらりとした髪に長いまつげが憂いを帯びて素敵。アイスブルーの瞳は凍った泉のようにきらめいて美しい。すっとした鼻筋に薄い唇、スタイルはスラッとしていてまるで、氷の貴公子。凛とした姿勢にわたくし共は、メロメロにさせられておりますわ」
「おっ、おい!言い過ぎだろ。こんなの聞いたら、婚約者は面白くないだろうな」
「いいえ、大いに楽しんでこいと仰って頂けましたわ!」
(まじかよ……とんでもないのが出てきたもんだ)
「なぁ、『シリウス親衛隊』のボスは君なのか?」
「ええ、わたくしでございますわ」
「親衛隊は何人いるんだ?」
「昨日までで、四十五名ほど」
「入学して間もないのに、なんでそんなに集まるんだ?」
「だってシリウス様ですから……」
(答えになってない……)
クリスティーナ嬢は、赤髪のツインテールの縦ロールをぶるんとなびかせて頬を赤らめた。
「なあ、君がボスなら、メリッサにちょっかい出すのは止めさせてもらえないだろうか?」
クリスティーナ嬢が、眉をひそめた。
「まさか、シリウス様。あの平民のことを!?」
疑り深い視線でシリウスを凝視してくる。少し赤すぎる唇が、への字になっていて、こっちのほうが怖い。
「まっ……まさか、そんなわけないだろ?それよりも、クリスティーナ嬢は、俺の頼みが聞けないのかい?君は、俺の顔が好きなんだろ?言う事を聞くのであれば、いくらでも俺の顔を見せてやるよ」
「はい!そういうことなら、聞きます。聞きますとも!!シリウス親衛隊にちゃんと言い聞かせますので、ご安心ください」
(……こんな約束をして大丈夫かな?)
その約束がいけなかったのか、彼の周りには『シリウス親衛隊』なるものが常に付きまとうようになった。
トイレに行く時も、食堂に行く時も、金魚のフンのようについてくる。さすがにこれは不味いと思い、何とか巻いて逃げだした。
「そうだ、メリッサの癒しの場所へ行こう」
シリウスは、そそくさと鬱蒼とした東屋で、メリッサがお昼ゴハンを食べに来るのを待ち伏せしてみる。
「シリウス様!ここにいらしたのですね」
「げっ!!クリスティーナ嬢……と親衛隊の皆さん」
十人の令嬢たちがゾロゾロと来るではないか!!
「シリウス様、お昼まだなのでしょう?サンドイッチなるものを作らせたのですが、ご一緒にいかが?」
いつの間にか、小さな東屋は令嬢たちでぎゅうぎゅう詰めになり、ハーレム状態に。
そんなとき、運悪くメリッサが来た。
「あっ……」
「……チッ」
メリッサはシリウスを見るなり、舌打ちをして足早に去ってしまった。
(女子をはべらせた俺を見て、メリッサはどう思ったのだろう)
シリウスはショックを受けつつ、暗い気持ちでクリスティーナ嬢のサンドイッチを親衛隊の皆さんと一緒に食べた。
(まさか、俺に追跡魔法をつけていたりして……)
「なぁ、クリスティーナ嬢。なんで俺がここにいるのが分かったんだ?」
「あぁ、ゼフィロス様に教えてもらいましたの」
「ゼフィロス?どこのクラスだ?」
「うちのクラスの、ほら分厚い眼鏡をかけた、オタクっぽい男ですよ」
「嫌よね〜、ダッサイやつでしょ?」
「目も合わせないあの子ね〜」
「あまり喋らない暗い子でしょ?」
その話を聞いて不審に思った。
「なんでそんな奴が、お前に俺の居場所を教えたんだ?」
「さあ?さっき見かけたとか言って、向こうが勝手に話しかけてきたの」
(おかしい……根暗な奴がこんな派手な女に声をかけるわけがない)
――そして、さらなる事件は起きた。
翌日、メリッサの机が荒らされ、教科書が酷く破り捨てられていた。ノートもゴミ箱にぞんざいに捨てられていたようだ。
教室のみんなは遠巻きに見ているだけで、誰も近寄ろうとはしない。
落ち込んでいるかと思って、ひと声かけようとしたが、メリッサはシリウスを無視して、黙々と散らばった紙くずを拾っていた。
(まさか。親衛隊?さすがにこれはやりすぎだろ)
シリウスは、廊下にいたクリスティーナ嬢にこのことを問い詰めた。
「まぁ、わたくしは存じ上げませんわ!!」
後ろの取り巻きの、二人も首を横に振った。
「ほかの親衛隊にも、メリッサに、ちょっかい出すなと言ったんだろうな?こんなことが続けば、強制的に親衛隊は解散させるぞ!!」
メリッサの悲しげな背中を思い出すと、自然と冷気のような魔力が漏れ出した。
「申し訳ございません!シリウス様!!でもっ……でも、本当に知らないのです!!」
「シリウス親衛隊は、関与してないんだな?」
「はっ、はい〜!!天に誓って、シリウス親衛隊はこんな下品なことしておりません!!」
クリスティーナ嬢は茶色の瞳を潤わせ、シリウスをまっすぐ見つめた。
「だったら、犯人探しに協力してもらおうか?」
「はい、今日中にも、犯人をあげさせてもらいますわ。お任せください!」
クリスティーナ令嬢の情報網は、想像以上だった。本当に放課後には犯人を捕まえてきたのだ。
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「シリウス様、やっと捕まえましたわ。この子たちは親衛隊のメンバーではございませんでした!」
放課後の教室でシリウスとロイドと親衛隊の皆さま四十五人と、犯人が二人。
ロイドはいなくてもいいのだが、「どうしても残りたい」ということで残っている。
シリウス親衛隊のほとんどが王都に拠点を構える中央貴族の令嬢と隣接領の令嬢達だ。
「なぜそんな真似をしたんだ」
犯人の一人は、織物業で一代を築き、最近子爵を爵位されたブルギーヌ子爵家のマリエッタ令嬢。もう一人は、商業都市として財を成しているというヒーゼルト伯爵家のエミリー令嬢。両家とも地方貴族だ。
マリエッタが震えた声で一言呟いた。
「……メリッサが、気に食わなかったからですわ」
「……お前達が破り捨てたノートは、アイツが日々時間をかけて、勉強した証のノートだ。努力の結晶だ。その結晶を、それを見ず知らずのお前たちに破り捨てられたんだ」
「……シリウス様。あの平民を庇うのですか?」
マリエッタ令嬢の声色が低くなり、目つきが変わった。
「おい、お前。誰に向かってそんな目をしてるんだ?」
シリウスが溢れ出る怒りを押さえ込み、鋭い眼光で睨みつけた。すると二人は涙目を浮かべ、ブルブルと手を震わせる。
「申し訳ございません。わたくし達は、シリウス様をお慕い―――」
「お前達。まさかと思うけど、『シリウス親衛隊』を貶めるためにこんなことをしたのか?お前達が改革派の貴族だってことは分かっているんだ。親衛隊のほとんどが中央貴族で王党派がほとんどだからね。この悪行を『シリウス親衛隊』になすりつけようと?」
すると、四十五人の令嬢たちが一斉に扇子を叩く。その音が教室に響くと、二人は小動物のようにビクッと震え上がった。
「そっ、そんな、政治的な意図はございません」
二人の令嬢は恐れ慄いた。
「特に、お前。マリエッタ。お前は成り上がりの新興貴族だったな?」
マリエッタ令嬢は、下唇をギュッと噛み締める。
「貴族の資質とはなんだ。答えろ」
キョトンとした表情をした二人。
「意図が分かりませんわ」
「まさか、答えられないと?」
シリウスはさらに眼光が仄暗くなった。
「……きっ、貴族とは力ですわ。国王から賜った権力ですわ。経済を発展させ、市場を回し、国を発展させる権力を持つ選ばれし者が貴族ですわ」
「はっ、それはそなたのお父上の功績の話だろ?君自身のことを聞いているんだ。君は貴族なんだろ?」
「私はブルギーヌ子爵の娘。血縁者でございます。貴族の子は貴族です。それ以外に何者でもない」
「それでは、お前自身は貴族の品格というものを一度も考えたことがないというのだな?」
「えっ!?品格……ですか」
「権力のある父親の傘の下でアホみたいに愚行を繰り返し、平民に何をしても罪に問われないと、勘違いしている馬鹿な貴族が存在するから、貴族は国民に嫌われやすいんだ。いいか、メリッサは貴族ではない。平民だ。大衆のなかの一人なのだ。お前は何もわかっていない。実質、大勢の平民達が働いて経済が動いているのだ。我々貴族は、それに甘んじているだけだ」
「それが何だって言うんです?それを束ねるのが貴族ですわ」
「それは、人徳のある貴族の話だ。決して、愚行を起すお前ではない!!」
シリウスの言葉の強さに、周りの令嬢たちは水を打ったように静まり返った。
「お前の態度は、国民に対しての態度と同じなのだ。力のある貴族なら品格を持て!!貴族は特別な権力があるからこそ、人格者でなければならない。国民の見本にならなくてはならないんだ。よく考えてみろ。お前の行いは美しいのかどうか!!」
「うっ……申し訳ございませんでした!!」
マリエッタ令嬢とエミリー令嬢は、深く頭を下げたのだ。
「いいか、ここにいるものよく聞け!これからメリッサを傷つけたりする者を見かけたら、ここに連れてこい!説教してやる!!」
――この余計な一言がいけなかった。
これを聞いた令嬢達は、彼に説教されたいがために、メリッサにちょっかいを出すものが増えてしまったのだ。厳しく言い放っても、頬を染める令嬢が続出した。
(思ってもない展開になってしまった。世の中、そう上手くはいかないものだ)
「格好つけて言ったものの、効果はあまりありませんでしたね」
脳筋ロイドの言葉にカチンとしながらも、悩む日々が続いた。
『シリウス親衛隊』が、これ以上愚行を繰り返さないために、シリウスはわざとメリッサにきつい態度を取ることにした。それを見た令嬢たちは安心したのか、たちまち機嫌がよくなり、メリッサへの嫉妬や妬みが以前と比べて減少した。
しかし、それと同時にメリッサへの追跡魔法が解除されてしまったのだ。彼女の放課後の行動が全く分からなくなった。
シリウスは親衛隊を巻いて、一人鬱蒼とした東屋で寝っ転がる。
(世の中そう上手くいかないものだ………。しかし、ここで諦める俺ではない。どうにかして、メリッサに……)
「シリウス様〜〜!何処にいらっしゃるのぉ〜!」
(げっ、クリスティーナ嬢だ。隠れろ!)
なぜかシリウスは、忙しく隠れる毎日を送る羽目になった。
最後まで読んでいただき有難うございます!
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第四話は、明日の21時に投稿します。(2話ずつ投稿)




