最終話 奇跡の宝物
性的描写あり
「俺は……お前のことが苦手だった」
「……それで?」
「はじめはそのおしゃべりな口を塞いで平伏させたかったというのが本当のところだけど……」
涙を流しているメリッサを見るのがつらくて、そっと涙を指ですくう。
「俺の家柄と容姿で言い寄ってくる貴族令嬢とは違って、平民のお前はずっと真面目に勉学に励んでいた。それが身分関係なく、実力勝負で俺自身と対抗しているかと思うと……だんだん愛おしく思えてな」
「はぁ?愛おしく!?こっちは必死で――」
メリッサは手を振り払ったが、その手を離したくなくて、強く握り返した。
「この学園でお前だけだった。何のしがらみもなく、おべっかもなく、ただ一人の人間として、俺を真っ直ぐに見つめ返してくるのは」
「えっ……」
「だから、お前をわざと煽っていた」
(シリウス親衛隊のことはもう言うまい。これは、俺の責任だ)
ランプに照らされた蜂蜜色をした瞳がとても愛くるしくて、宝石箱に閉じ込めたいと思った。誰が何と言おうと、メリッサはいい女だ。
「だって、ロイドは?竹馬の友じゃないの?」
「アイツは、俺じゃなくて親父に忠誠を誓っている。だから昔から、俺を出世の道具としか見ていないんだ」
(そう、ロイドは別に俺じゃなくてもいいんだ。出世ができれば、誰だって……)
「今更だけど、四年間、お前にしつこくして悪かったと思っている。あと、大怪我させたことも、心から謝りたい。だから、メリッサ。俺を許せとは言わない。だけど、傍にいさせてほしいんだ」
シリウスの話をメリッサは目をそらさずに聞いてくれた。怒るわけでもなく真剣に……。それだけでも有難かった。
「お前が大怪我をした時、お前を失ったらどうしようという焦りと、絶望感に苛まれた。きっとお前は、もう俺の方を見てくれない。隣にお前がいないだけで、胸が痛くなった。居ても立ってもいられなくて、嫌がられるとは分かっていても、お見舞いの品を贈った。このドレスもわずかな望みをかけたんだ」
シリウスは、ゆっくり立ち上がるとメリッサを優しくベッドに座らせた。そして自分もその隣に座る。
「ははっ……お前がゼフィロスのドレスを着ているのを見たときは、胸が張り裂けそうなほど、苦しかったし、悲しかったよ。俺が選んだこのドレスは、同情で贈られたと思われてたしな」
メリッサはシリウスの話を聞き終わると、深いため息を吐いた。
「植物ハンターの仲間にしてもいいけど、条件がある。一つ、私にウソをつかないこと。二つ、素直に謝れるようにすること。三つ、無駄な見栄を張らないこと。これが条件よ。これを破れば、即解散だから」
「いいのか?」
「何が?」
「こんな俺でも……お前の特別になれるだろうか?」
「えっ!?私の特別になりたいの?」
(まさに奇跡だ。今、奇跡が起きている。卒業後もメリッサの傍にいられるなんて誰が予想できるだろうか)
「……ねぇ、これから始まる未知なる冒険のパートナーになる気はある?」
信じられない一言をメリッサが放った。
「えっ……今、何って?」
「だ~か~ら~!植物ハンターのパートナーになる気はあるかって聞いたのよ」
たちまちシリウスの口角が崩れて、喜びが溢れ出した。
「ある。大いにある!頼む、俺を植物ハンターのパートナーにしてくれ!」
「まっいいか!それじゃあ、決まり!よろしくね、シリウス!」
メリッサはシリウスと固い握手をした。あまりにも嬉しすぎて、掴んだ手を引き寄せ、メリッサに抱きついた。そして、脇腹を持ち上げ、小さな部屋でぐるぐると回った。メリッサは意外と軽く、意外と楽しそうに笑ってくれたのでホッとした。
選んだドレスを身に纏ったメリッサがとても綺麗すぎて……。感動しすぎて泣けてきそうだ。
(もう、俺は素直になってもいいんだ。嬉しいって叫んでもいいんだ!)
「あははっ、あはははははっ!あぁ〜あ、こんな大逆転があったとはな!地獄から天国へ来た気分だ。これからもよろしくな、メリッサ!」
仮面が崩れ落ちて、解き放たれた気分だ。
「あっ、シリウスが、私の名前を初めて言った!」
「これからは、たくさん君の名前を呼ぶよ。メリッサ、メリッサ、メリッサ」
「しっ、声が大きい!!あと、目が回る。シリウス〜〜!!」
完全に目が回ってぐったりしたメリッサは、シリウスに横向きに抱きしめられたまま、ベッドに転がった。そのまま抱きしめて眠りたい。
「ぅ゙〜〜っ。シリウスやりすぎ!!」
「あぁ、すまん」
「……あと、また背中のボタン外すのを手伝って」
シリウスが上半身を起こした。
「俺のドレスが気に入らないのか?」
「違うよ!これを着たままだと、苦しくて寝れないでしょ!!私もう眠いし、夜着に着替えたいの」
「えっ、あっ……もう着替えるのか」
もうドレスを脱ぐのかと正直がっかりした。が、別の欲望も芽生え始めた。
メリッサは立とうとしたが、目がまだ回っているのか、よろけてしまった。危ないと思って、シリウスは、メリッサをベッドに優しく座らせる。
「ほれ、後ろを向いて。俺が外してやるから」
「……慣れたのかな?随分、余裕があるわね」
「ふん!余裕なんて……ないかもな。俺も男だから」
「ん?」
シリウスは、背中のくるみボタンを一つ、一つ、外すたびに再び胸の鼓動が高鳴った。
「ネックレスも外してね。高いものなんでしょ?」
「……分かった」
サファイアのネックレスを外しながらも、シリウスはメリッサが今すぐ欲しいと思った。この腕の中で愛らしい姫を抱きしめたい。
「メリッサは、『順序』は大切にする方なんだよな」
「何に対しての?」
「恋愛」
「そうだよ『順序』は大切だよね」
「順序が飛び越えるのはだめなのか?」
「例えば?」
「…告白をしたその日に、その……関係を持つとか?」
(できれば、このまま襲いたい……)
「告白をした日に?う〜〜ん。それはさすがにないよな。でも、互いに好きすぎるなら別だけど。でもこれって一般論だよね?」
「えっと、そうだな」
「……シリウス、まさか、今から襲うつもりじゃないよね?」
(まずい!!バレたか?)
ネックレスを外したシリウスは、震える手でくるみボタンをゆっくり外しはじめた。
「まさか、襲うわけない」
「嘘ついてないもんね」
「あぁ」
「ハンターの三箇条に誓って言えるよね?」
「……嘘ついたら?」
「もちろん解散だよ」
(それは、ズルいよ。メリッサ)
「襲ってもいいかな?」
「……だめに決まってる」
「ハンターの三箇条は、メリッサも従うよな?」
「嘘つかない、過ちはすぐに謝る、無駄な見栄を張らない。私、どれにもはまってないよ?」
「……俺に襲われたくない?」
(襲われたいと言ってくれ)
「襲われたくない。痛そうなのは嫌だから」
「じゃあ、キスは?」
「したことないし、分からない。もう、外した?」
(まだ、奴に触れられてなかったのか!ちょっと待て、良いこと思いついた!)
「いや。まだ、ボタンが三つ残ってる。キスをしてくれたら、ボタンを一つ外すよ。さぁ、どうする?」
「ちょっと調子に乗ってない?いやらしいよ?」
「こんな綺麗な背中を見て、何も思わない男は、性機能がおかしいんだ」
「性機能って、性機能って!!シリウスが性機能って言った!!」
変態を見るような目でこっちを見てくる。
「どうする?キスしたら、ボタン外すよ、しなかったら、外さない」
「意地悪ね……じゃあ、一回だけ……」
(えっ!?受けてくれるのか?)
シリウスが目を閉じると、メリッサはシリウスの右頬に唇を落とした。まさかの出来事に鼓動が激しくなる。
「やっ、約束通りにボタンを外してよ」
メリッサは、そっぽを向いた。
シリウスは、この状況を楽しみたくて、わざとくるみボタンを焦らすように外した。
「約束通り、ボタンを一つ外したよ。あと、二つあるけどどうする?」
「あと二回もキスするの?」
(いや、今度は要求を高く設定してみよう)
「いいや、あと一回はハグ。最後はディープキス」
「シリウス、いい加減にしなさいよ!」
「メリッサは、怖がりなの?恥ずかしがり屋なの?」
「いや、怖いとかでは……」
「三つ、『無駄な見栄を張らない』じゃなかったかな?」
(頼む、俺の挑発に乗ってくれ!)
「……いいよ、やってやるよ!」
(えっ!?いいのか?嘘!?)
恥じらいながらもメリッサがシリウスと向かい合せになると、胸を押さえつつ、細い片腕を背中に回して、ハグをしてきた。シリウスも腕を回してメリッサを抱きしめる。……体温が熱い。小さな腕で背中にしがみついてくれるのが可愛くて仕方がない。メリッサの熱い吐息が首筋にかかり、顔が熱くなった。
そして、小さな鼻先に触れ、大好きな蜂蜜色の瞳を見つめると、息を漏らしながら、口づけをする。柔らかくプルンした唇の感覚に理性が燃え尽きそうになった。
(小さくて、可愛すぎて……のぼせそうだ)
シリウスは、メリッサの潤んだ瞳に誘いをかけた。メリッサは恥じらいつつも、少しずつ受け入れてくれる。
熱い吐息、舌の触感。初めての感覚。
シリウスは、祈りにも似たキスをメリッサに注いだ。メリッサも夢中になったのか、全てを受け入れるかのように、シリウスの首に両腕を回してきた。その悦びを噛みしめながら、最後のボタンを震える手で外した。甘くて深いキスが終わると、幸せに満たされたシリウスは、ベッドの上に沈み込んだ。
(あぁ、メリッサ……ようやく……ようやく)
涙で滲んだ世界に、メリッサが顔を覗き込んできた。色っぽく微笑むメリッサの頬がピンク色に火照っている。シリウスは、彼女の三つ編みの紐を、そっと解く。
「綺麗だ、メリッサ」
「シリウス……」
シリウスはメリッサが初めてだった。
彼女の全てを愛おしむように、慈しむように、優しくこの腕に包み込んだ……。
――――陶酔するような甘美な海
呑み込まれながら、揺らめきながら、ゆっくりと深い世界へ落ちていく。
落ちていく……落ちていく……。
深い、深い、命の深淵まで……堕ちていく。
シリウスの心根に広がっていたのは、光さえ届かない凍てついた虚無の宇宙だった。
だが今、指を絡め、汗ばんだ肌を重ねるごとに、その暗闇がメリッサという熱に侵食されていく。
動くたび、彼女が声を漏らすたび、絶対的だった孤独の境界線が融け、崩れ去っていった。
心の空虚は、彼女の吐息、体温、その存在の全てに埋め尽くされていった。熱い柔肌の感触がこの身を焦がし、彼女無しでは生きられないほどの渇望感が生まれてしまった。まるで禁断の果実に手を出したかのようだ。
視線を落とすと、涙を一筋流した彼女は、頬を赤らめ、名前を呼んで微笑んでくれた。
「シリウス……」
その頬にキスをして、零した涙を口にする。
「愛してる、メリッサ……」
――――暗闇の中に、静寂が訪れた。
小さな寝息と温かな希望を離さないように、この腕の中で、しっかりと、壊れないように、大切に囲う。
(あぁ、メリッサ。……やっと、やっと、この手のなかに……。ずっと、これからも愛している)
❇❇❇❇
まだ夜明け前。部屋の中は肌寒い。全裸のシリウスは起き上がると、備え付けの魔法ストーブにスイッチを入れた。
メリッサは布団に包まり、すやすやと寝息を立てている。
「風邪をひかなきゃいいのだが……無理させてしまったかな?」
シリウスは、メリッサが寒くならないように毛布をかけ直す。
今でも夢のような出来事に体中がふわふわしている。メリッサをこの手で抱けたことが嬉しくて、つい暴走してしまった。
「初めてなのに、……我慢できなくてすまん」
シリウスは、メリッサの頬に軽くキスをすると、床に脱き捨てたシャツを1枚羽織った。
ふと、机の上に一枚の小さな手紙が置かれているのに気がつく。
封は切られている。一体誰からの手紙なんだ?
シリウスはいけないことだと思いつつ、魔法ランプの明かりを付けて、封筒から手紙を取り出した。
すると、ぐしゃぐしゃになった手紙が、二つに折りたたまれていた。シリウスは、手紙を広げてランプの側で読んでみる。
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『拝啓、メリッサ様』
わたくし、クリスティーナと申します。『シリウス親衛隊』のリーダーでした。
改めて、あなたに謝りたくてペンを取らせていただきました。
この度、令嬢達からの嫌がらせ、誠に申し訳ありませんでした。当初わたくしも、シリウス様のお傍にいたくて、あなたに席替えを要求したのを今でも恥ずかしく思っております。
一年生の時、あなたの教科書が破られた事件、覚えてらっしゃいますか?あの事件の裏では、シリウス様が犯人探しに動いてくださいましたのよ。私たちに犯人探しを依頼してくださって、犯人はすぐに見つかりましたの。
犯人の令嬢二人はシリウス親衛隊ではなかったけれども、あなたへの嫉妬や妬みからの愚行でしたのよ。
シリウス様は、怒りに震え、わたくし達親衛隊に「メリッサには手を出すな。手を出した者は、説教してやる」と仰ったのよ。そうしたら、シリウス様に説教されたくて、愚行に走る令嬢が後を絶たなくなりましたの。
あれには、シリウス様も頭を抱えていましたわ。
しばらく悩んだシリウス様は、あなたに厳しい言葉を投げつけるようになったの。それは、あなたへの嫉妬心から目を逸らせるための苦肉の策でした。自ら嫌われ役を買って出たのですよ!
ああ見えて、シリウス様は頭脳明晰な割に案外不器用なお方なのです。
現に彼が厳しい態度を取るようになってから、あなたに絡んでくる令嬢が減っていったでしょ?
あなたが魔法勝ち抜き戦の時に、大怪我をなさったときのシリウス様は、死人のような顔つきでしたわ。大袈裟ではなくて本当に。
あなたは知らないでしょうけど、クラスの皆はシリウス様を責め立てたわ。教科書を破られたり、机を捨てられたりして……。それでも彼は休まなかった。まるで、罰を受ける受刑者のように見えましたの。あのときは、心がとても痛かった。
あなたが復帰した時も、わざと冷たい言葉を放って、あなたをクラスの仲間に同情させるよう仕向けたのよ。本当は死ぬほど心配してたくせに。
だから、メリッサ。シリウス様はあなたに本気なの。シリウス様が言ってたわ。あのドレスはわずかな希望だって。わたくしだって、あなたがシリウス様が贈ったドレスを着るとは思えない。だけど、この手紙を読んで改めてほしいの。
わがままな願い事だとは十分に分かっている。わたくし共のせいで、彼は何度も心にもない言葉を、あなたに投げつけてしまったわ。やむ得ないこととは言え、そのことで彼は心を削るような苦しみに苛まれていたのよ。
あなたは自業自得だと思うかもしれない。
でも、わたくしが言うのもおかしいけれど、シリウス様は誰よりもあなたのことを愛している。この愛は本物よ。
『シリウス親衛隊』のリーダーとして最後のお願い。どうかシリウス様を幸せにしてほしい。苦しみから解放させてあげたいの。だって、わたくし共はシリウス様のファンとして楽しい夢を見させてもらったのだから。
クリスティーナより
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シリウスはこの手紙を読み終えると、あどけない寝顔を見せるメリッサを、だたじっと眺めていた。
「こんな俺を許して受け入れてくれたのも、メリッサが、この手紙を読んでくれたお陰かもしれない……。クリスティーナ嬢に感謝しなくてはな。メリッサ、これからは遠慮せずに、お前を愛せる……」
シリウスの顔に笑みがこぼれる。
再びベッドに潜り込むと、後ろから包み込むように、メリッサを優しく抱き寄せた。柔らかで、華奢で、温かい。
シリウスは美しい若草色の髪にキスをする。
まるで奇跡の宝物を見つけた冒険者のように……。
〈終わり〉
最後まで読んでいただきありがとうございました!もしも、面白かったら、評価とブックマを頂きましたら嬉しいです。
22時半に
『ミューロの休日〜幼馴染みのメリッサとカフェでお喋りの花を咲かせます〜』短編を投稿します。良ければそちらも観ていただくと嬉しいです。




