スキル《料理人》を持つ俺が下処理ばかりさせられている件
ここは、スキルや魔法が存在する世界。
かつて魔王がいたが、すでに滅ぼされている。
スキル《料理人》を持つ俺の朝は早い。
今日も、戦場に立つ。
相棒である包丁たちを並べる。
柄に緩みはない。
重さはちょうどいい。
刃先に欠けもない。
問題なし。
「……今日は数が多いな」
独り言が、自然に口からこぼれた。
急ぐ必要はない。
順番にやればいい。
まずは、扱える状態にするところからだ。
目の前のものは、まだ動いている。
このままでは、下処理に入れない。
先に、静かにする必要があった。
距離を詰める。
刃を入れる位置は、すぐに分かる。
迷いはない。
続けて、血抜きのために必要な箇所にも刃を入れる。
それを、何度か繰り返す。
視界から動くものがいなくなり、
次の作業へ進む。
まずは内臓を傷つけないように、
体を切り開いていく。
ここで雑に扱うと、後が台無しになる。
だから慎重に。
スキルのおかげで失敗することはないのだが。
取り出した内臓は食べられる部位もあるのだが、今日はとにかく数が多い。
肉をメインに処理を進めていく。
まだこのままでは使えない。
余分な部分が多く、形も整っていない。
だが、どうすればいいかは分かる。
考える必要はなかった。
手が、正しい位置を知っている。
鶏肉と違って、羽をむしる必要がないのは助かるが、それでも皮を剥ぐ必要はある。
脂で切れ味が落ちた包丁を何度も持ち替えながら進めていく。
さらに肉を大まかに分けながら作業台に並べていく。
筋が多い。
少し、手間がかかる。
しかし徐々に食材となっていく実感が俺を励ましてくれる。
ここからは骨を外す作業だ。
力は入れない。
骨に沿って、流れをなぞるように刃を動かす。
引っかかりがあれば、そこだけを丁寧に処理する。
骨に当たった刃が痛まないように注意が必要だ。
そこで一度、刃を止める。
「……まだだな」
余分が残っている。
用途に合っていない。
もう一度、同じ場所に刃を入れる。
今度は前よりも通りがいい。
無駄が消えた。
終わり。
次。
同じような状態のものが、いくつも並んでいる。
数は多いが、工程は変わらない。
重なっているものは分ける。
動きのあるものは、先に処理する。
順番を間違えると、後が面倒になる。
刃を動かし続ける。
一つずつ、正しく。
周囲は騒がしいはずだった。
だが、集中していると音は遠のいていく。
手元だけが、確かだった。
途中で何かを踏みつけて足元が少し滑った。
気にせず位置を直す。
作業に支障はない。
終わりは見えないが、問題ではない。
正しく扱えばいい。
それだけだ。
まだ使える部分と、そうでない部分が混ざっている。
一度に全部は扱えない。
仕分ける。
用途ごとに分ける。
すぐに使うもの。
後で使うもの。
このままでは無駄になる。
保存の工程も必要だった。
やがて、俺は顔を上げる。
周囲は、静まり返っていた。
さっきまで感じていた気配は、どこにもない。
足元には、処理済みの残骸が残っている。
用途を終えたもの。
もう、手を入れる必要はない。
「……せっかくなので、食べてみますか?」
何気なく、声をかける。
誰からも返事はなかった。
肉は数日熟成させたほうがいい。
包丁を拭き、置く。
次の工程に移る。
まだ、片付けるものが残っている。
魔王との戦争は終わったというのに、明日も俺は戦場に立つ。




