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騎士団とともに大森林の脅威を味わう

 団長たちが付いてきてくれることになったので、イヤだけど仕方ない……昨日行ったばかりだが、明日再び大森林へ行くことになった。


 昨日はあの異様なほどの芳醇な香りを放つリンゴのおかげで助かったが、明日またうまくいくとは限らない。

 ……もしかしたら、リンゴのせいで猪が出てきた気がしなくもないが。

 いくら騎士団が同行してくれるとはいえ、またあの大きな猪と対峙するかもしれないことを考えると、備えは万全にしておきたい。



 というわけで、騎士団の司令部からいったんわざわざ管理小屋へ戻った私は、部屋で外套を羽織り、貧民街のとある細い路地を曲がる。そして目の前に現れた粗末なつくりの建物の扉をノックした。


 「……マルガレット。爆薬の材料は5日後と言ったはずだ。まだ3日だぞ」


 そう言いながらも私を中に招き入れてくる少女顔の魔女。扉を閉めると、私にソファを勧め、彼女はテーブルをはさんで向かい側に座る。

 彼女がフードを取り、こちらを見るのを待って私は用件を切り出した。


 「大森林で化け物に遭遇したので、火薬を少し分けてほしいの。明日騎士団とその化け物の調査に行くことになっちゃったので、威力のある武器が大至急ほしくて。本当は爆薬がいいんだけど森に入るのは明日だから間に合わないよね」

 「硝石の入手ルートは、そう融通が利かないよ。まあそういうことなら仕方ない。派手な音と煙と刺激臭がすさまじい割に爆薬ほどの威力はないが、黒色火薬を少し分けてやろう」

 「助かる!報酬はいくら?」

 「金より手に入れてほしいものがある。今度西に行ったときにある薬草を仕入れてきてくれ」

 「正直手持ちが心もとないからその提案も助かる……それで、何を採ってこればいいの?」

 「トリカブトの根だ」

 「……なるほど。相応の報酬ね。また附子を作るの?」

 「そうだ。あれは劇薬だが、必要とする病人もいる」


 トリカブトは、この国では一般人の所持、栽培が禁止されている。王宮が許可を出した個人、施設、団体以外の人間が所持していると、後ろに手が回る代物である。

 ちなみに許可を得ている団体にはアカデミーが含まれている。私はアカデミーの所属なので、当然所持、栽培ともセーフである。


 ……横流しがアウトであることは内緒だ。


 まあそもそも、個人同士で火薬のやり取りをするのも完全にアウトだ。だから私は、騎士団司令部からの帰りに直接立ち寄るなどという危険な真似をしない。尾行られでもしていたら大変だ。


 そしてこの怪しい建物の住人である少女顔の魔女も、扉をノックされても身元の分からない人間を決して中に入れない。というよりそもそも応対しない。居留守を使われて終了である。


 危ない橋を渡ることになるが、お互い簡単に手に入らない危険なブツのやり取りができる。そしてリスクも対等に背負う。その信頼で私たちの友情は成り立っていたりする。


 友の形はいろいろなのだ……なんてね。


 「昨夜から漂っているこの鼻が曲がるような異臭はあんたの仕業ね」


 帰り際に何かを企んでいるような悪そうな顔の笑顔で私のやらかしを見事に言い当てながら、火薬の詰まった瓶を紙袋に入れて渡してくれた。

 ……私が無言で目を逸らし、返答を避けたことは言うまでもない。




 管理小屋に戻った私は、火の気のない部屋に火薬を保管し、明日の調査に備えて武器の整備や持ち物の確認、補充など、準備を念入りに行なってから就寝した。



 そして翌日、騎士団司令部に顔を出した私は、さっそく団長室に通された。

 今日は騎士団長ランスロットと、顔なじみの騎士たち数名が部屋にいた。


 「来たか、マリー。準備は万端なようだな。今から森に入る。まずは例の猪に遭遇した場所に案内してくれ」

 「はい」


 ランスロットの言葉に、私は短く返事をした。



 王都最外周の粗末な柵につけられたドアを押し、私たちは大森林の一部と化しかけた薬草畑に足を踏み入れる。


 「一応畑の名残はあるな」


 ランスロットがつぶやく。


 「この先に小川が流れています。そこまではこのような状態で、平らな森が続きます」

 「……しかしすごい悪臭だな。これじゃ、獣どころか盗賊も裸足で逃げ出すぞ。もうちょっと臭いを調節できなかったのか」

 「山のような大きさの猪に襲われかけたんですよ。調節しようなんて理性が残っているわけないじゃないですか。あとで冷静になって貴重な薬草をほとんど使っちゃったって後悔したくらいです。だから数日は臭い、消えませんよ」

 「……王都中の洗濯物業者が失業するな」

 「数日で失業なんてしませんよ」


 軽口をたたきあいながら、小川の流れている場所まで来た。振り返ると管理小屋が小さく見える。粗末な柵は上部が僅かに見える。そして背後には威容を誇る王城がはっきり見えている。

 ……柵の近くに設置した篝火からは、人体に害しかなさそうな紫色をした煙が立ち上っている。

 騎士たちが呆れたような声で話している。


 「すごいな。これだけ離れても毒々しい煙が見えるぜ」

 「臭いわけだ」


 うるさいですよ。良薬口に苦しって言うじゃない。


 ちょろちょろと流れる小川を見てランスロットが言う。


 「なるほど。こりゃきれいな小川だな」

 「どこから湧き出た水か確かめたくなるでしょう?」

 「いや、さすがにならねえぞ」


 ……こんなにきれいなせせらぎなのに。団長にはこの小川の魅力がわからないようである。


 「ここからは緩やかに上りです。この小川を遡ってもう少し奥に入ります」


 私の言葉に、騎士たちは頷いた。二名の騎士を先頭に、私とランスロットが並んで続き、後ろと左右を数人の騎士が固める。


 「まだ先なのか」


 管理小屋と柵はとうに見えなくなった。王城の尖塔がかろうじて視認できるくらいになった頃、ランスロットが後ろを振り返りつつ私に聞く。

 前回同様、なぜか小川に目が釘付けになっており、ずっと小川を見ながら歩いていた私は、ランスロットの声にはっとして顔を上げる。

 後ろを振り返って、かろうじて見える王城に絶句する。


 また、小川に意識を奪われていたようだ。


 「……すみません。よく覚えていなくて。でもまだ先のはずです」

 「まったくお前らしくない。さっきからずっと小川ばっかり見ていたぞおまえ。普段なら一定距離進んだら必ず後ろを確認しているはずだ」


 ……森の雰囲気か。小川のせいか。やっぱり大森林は不思議なところである。


 それから先は、意識して小川から目を逸らすように周りを見て歩いた。すると、大型の動物の足跡が地面に刻み込まれているのを発見した。

 騎士たちがしゃがんで足跡を確認する。


 「猪のようです。なるほど、これはでかそうだ」


 どうやら一昨日、猪に遭遇した場所のようだ。猪が突進したような足跡がくっきり地面についており、森の奥へと続いていた。


 「足跡を追ってみるか」

 「いい香りのするリンゴに興味を示したみたいなので遠くに投げ捨てたんです。その時突進して追いかけて行った跡だと思います。リンゴを食べた後にどこかへ向かった足跡が残っていれば、猪の居場所がわかりそうですね」


 果たして、足跡はある場所で止まっていた。そこから先の足跡はきれいに消えてなくなっていた。突進しない限り足跡が付かないタイプの猪だったのだろうか。

 ……そういえば、猪が現れた時、音もなく突然背後に現れたのを思い出した。大きいうえに忍び足ができるなど、厄介な猪である。


 「小川のところまで戻るぞ。マリーが言う変わった岩山とリンゴの木を見てみたい」


 猪が現れた時の状況を私から聞いたランスロットは、追跡をあきらめたようで皆に指示を出した。



 そこからしばらく歩いていくと、前回と同様に突然視界いっぱいに大きな岩山が現れた。


 その岩山を見るなり、ランスロットが驚愕の顔でこちらを見る。


 「おいおい……マリーよ。こいつぁ……」

 「どうしました?」

 「こいつぁもしかしたら大発見かもしれんぞ。王宮勤めの学者連中が騒ぎだす案件だ。よくやったぞ。お前の徘徊癖もたまには役に立つな」

 「徘徊癖って何ですか!失礼な」

 「一年の半分も王都にいないじゃねえか。それを徘徊癖って言わずになんて言うんだ」

 「せめて放浪癖と言ってください」


 私たちがぎゃあぎゃあ騒いでいるのを呆れたように見る騎士の皆さん。そのうちの一人が疑問を口にする。


 「変わった形の岩山ですが……団長はこれが何かをご存じなんですか」

 「……知らん」


 知らないんかい!


 「じゃあ、なんで団長さんはこれが大発見かもしれないと思ったんですか?」

 「以前な。これとそっくりな地形を他国の森林内で見たことがあるんだよ。その時護衛していた王宮の学者たちがよ。これと同じものが我が国にもあるはずなのに場所がわからないって嘆いていたんだよ。だから学者たちに見せないとわからんが、これが奴らの目当ての物だったら、きっとお前は泣いて感謝されるだろうぜ」


 なるほど。この妙な岩山は他にもあるのか。私の問いに答えたランスロットはにやにやとからかうような視線を私に向ける。


 「よかったなぁマリー。王都に異臭をばらまいた罪で洗濯業組合とご家庭の奥様方から苦情が来るはずだが、この功績で帳消しにできるかもよ。これが大発見なら、王宮から感謝状と金一封は固い。洗濯物屋への営業妨害の保証に充てられてお前の懐には入らないだろうがな」


 ……錬金術なんて!錬金術なんて!なんてお金にならないのかしら!



 ぷいっとふくれっ面で横を向いていると、例のリンゴの木の下で突然落ち葉が間欠泉のように噴き上がり、タヌキがぬっと顔を出した。

 私と目が合うと、踊りだすタヌキ。尾の先の金色がこの間よりも輝いて見える。そして、期待に満ちた目で私を見た……ような気がした。


 「なんだあの妙なタヌキは。お前を見た途端踊りだしたじゃねえか」


 団長のつぶやきを無視して、私は背中から弓を取り出す。そして矢をつがえ、リンゴの木のかなり上の方の枝を狙った。


 私が矢を放つと、枝ごとリンゴの実が落ちてくる。

 タヌキはリンゴに駆け寄り、すかさず枝から器用に実を一つだけちぎり、口にくわえると森の奥へと歩き出した。

 振り返ったタヌキは『またもやありがとうございます。ご存じとは思いますが、私このリンゴ大好きなんですよね』と言ったように聞こえた……ような気がした。

 そして、ペコリと一礼を寄越した……ように見えた。


 タヌキはリンゴを咥えたまま森の奥へと消えていった。


 「……なんだ、あのタヌキ。お前を振り返って、礼を言ってないか?」


 ランスロットの呆けたような言葉に私は乾いた笑みを返す。


 「やだなぁ。団長さん。タヌキがそんな人間味あふれた行動をするわけないじゃないですか……き、気のせいですよきっと……」


 ……

 しばし無言で佇む私たち。

 しばらくして、気を取り直したのか、団長がことさら明るい声を出す。


 「な、なあ、マリー。このリンゴはなんだよ。めちゃくちゃ甘い匂いがするな。俺たちも欲しいからもう少し落としてくれよ」


 仕方ないなあと思いつつ、私もこのリンゴには興味津々である。矢を三本消費して、さらに五つのリンゴを落とした。

 ランスロットたちに三個、私が二個を拾い、カバンに収めたところで異変に気付く。


 この間と同じだ。周囲から音がしない。

 騎士たちも気づいたようだ。さすが王国最強の騎士団。優秀である。私も今回はみんなと一緒なので前回より冷静に辺りを見回す。


 ……いない。

 と思った刹那。私の真後ろで生暖かい風と、ぶるるという鼻息が聞こえる。


 飛び退る私。長剣を抜き放ち、私の前に進み出るランスロット。すぐに私の左右にも長剣を構えた騎士が展開する。



 音もなく私の背後に現れたのは、私やランスロットよりも背の高い、小山のようなあのイノシシだった。

 森にて調査を行ったマルガレットと騎士団。マルガレットが発見した妙な岩山は、大発見かもしれない珍しいものだったようです。

 そしてリンゴの木の下に現れるタヌキと……大猪!


 やっぱりリンゴのせいだったようですね。

 次回は大森林捜索、続きです。

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