騎士団へ相談に行く
大森林で化け物に遭遇し、ダッシュで逃げ帰って管理小屋に籠ったのが昼過ぎ。
それから日が西に傾くまで、私はひたすら獣除けの香を調合した。先ほどまでの命の危機が脳裏をよぎる。
すっかり冷静さを欠いた私は、手持ちの貴重な薬草をふんだんに使い、恐ろしく効果を持続、発揮し続けるオーバースペックとしか言いようのない香を作成した。
そうして直ちに、全く頼りにならない王都の最外周の柵に沿って設置した篝火に放り込んだ。
辺りに立ち込める強烈な刺激臭。これでやっと一息つける。
しばらくして冷静さを取り戻した私は、ストックしていた高価な薬草が殆ど底をついた薬草入れの小箱をのぞき込み頭を抱える。
薬草園の管理人として、育ててほしい薬草リスト、そしてそれらの買取価格一覧と、最低保証の管理人固定給が書かれた書簡が、管理小屋のポストに投函されていたのに気づき、確認したのが先ほど。
それらの価格表と、半ば森林と化した薬草森を薬草園として運用できるようになるまでの開発費、そしてこの獣除けの香の作成費、私の生活費をざっと計算して差し引きしてみる。
……目も当てられないほどの赤字である。これから一か月は、私、水だけで過ごさないといけないかもしれない。
ああ、錬金術ってお金にならない……
などと嘆いている場合ではない。これはうかうかしていられない。栄養失調で倒れる前に、お金になる仕事を貰いに街へ営業活動に行かねばならない。
とりあえず朝から何も食べていなかったので、街の食堂へ行くことにした。
節制生活決定なので昨日行った『満月の黒猫亭』は当然パスである。アカデミーの学生時代も、たまに昼休みや長期遠征の帰りなどに行っていた街の食堂へ向かう。
貧民街を通り抜けて、平民街への門をくぐる。もともとは、この門と堅固な城壁がランカークスの外壁だった。
先代の王がなかなかの名君で、その治世下で国は富み、街は栄えた。
王都ランカークスはお膝元のため特に成長が顕著であり、職を求めて地方から、一部は他の国からたくさんの人が流れてきた。日雇いの仕事などで出稼ぎをし、目標額が貯まったら故郷へ帰るような労働者がかなり増え、王都の宿や賃貸物件は一時期常に満員状態になり、かなり不便になった。
王都の中に入れなくなり外にあふれてしまった労働者たちは、城壁の外で野宿を始めるようになった。
この状況を見て、即座に動いたのが先代の王である。治安の悪化を恐れた王は、国内の大工や労働者を雇い、騎士団まで投入して大規模な事業を行い、城壁の外にもう一つ街を作ってしまった。必要なこと、ものに対する決断力が早い。国庫も惜しみなく開放する。彼が名君と言われる所以である。
この時にできた街が、現在の貧民街である。貧民街とはいっても、栄えている王都だ。治安は悪くなく、日が落ちた現在、か弱い女の子である私がひょいひょい通り過ぎても安全そのものである。
栄えているので、選ばなければ仕事はたくさんある。本人のやる気さえあれば王都で食いっぱぐれるということにはならない。もし治安を乱す行為を働けば、職に困らずちゃんと生活できるという居心地のいい王都をあっさりつまみ出されてしまうのだ。そんなバカなことをする人間は少ない。
そのうえ騎士団を中心に、街の隅々まで兵士たちが巡回し、治安維持は万全だ。多分治安で言えば大陸一なんじゃないかなと思う。
平民街の門をくぐり、ちょっと歩いたところに目的の食堂がある。店名は……『お嬢様こちらですわ』だ。
なんだよこの店名。と何度も思った。王都に来て六年が経過したが、なんならいまだにそう思っている。
暖簾をくぐると、夕食時だからだろう、店内はそこそこ混んでいた。テーブルをすり抜け、カウンターへ座る。
店名からはおよそ想像できないごく普通の食堂のおじさんが迎えてくれる。ちなみに喋り方も普通である。
「いらっしゃいマリーちゃん。ついにアカデミーを卒業したんだって?」
はいでた。ここの店主にも筒抜けですわよ。アカデミーの情報管理はどうなっていますの?
……ちょっと思考が店名に引っ張られてしまった。
「昨日卒業しました。というわけでアカデミーの食堂はもう使えないので、これからちょくちょくお世話になりますね」
「ありがたい!さすがマリーちゃん。これからも来てくれるってことは引き続き王都に住むってことだよな」
「西のはずれにある薬草園の管理人としてアカデミーに雇ってもらえたので。また依頼とかお仕事あればよろしくお願いします」
ついでに営業も忘れませんわよおほほ。
「それって、今まで通り街の外にも出られるって事かい?」
「育ててほしい薬草リストを渡されているだけなので、毎日薬草園にいる必要はなさそうですね」
「そりゃ助かる!またよろしく頼むよ。……んで、今日は何にする?」
「パンとスープをお願いします。それから持ち帰りにパンと干し肉も一食分いいですか」
「あいよぉ!」
カウンターに座り、出されたサービスのお茶を啜っていると、パンとトマトのスープが出てきた。そしてもう一皿。山盛り野菜にソーセージ焼き。
カウンター越しに店主を見る。すると店主は、器用に片眼をつむり、言った。
「これは俺からの卒業祝いだよ。遠慮なく食べてくれよな」
「えっ!ありがとうございます!やった!お腹ペコペコだったんですよね」
素敵な店主に満面の笑顔でお礼を言う。やっぱり持つべきものは素敵な街の人たちよね。
お腹いっぱいになった私は、満足顔で『お嬢様こちらですわ』を後にしたのだった。持たせてくれたパンと干し肉の入った袋を見ると、こちらも少し多かった。
街の人たちに良くしてもらえて私は幸せ者である。
明けて翌日。
大猪が王都付近の大森林にいることを報告しに、騎士団の司令部へ向かおうとしたら、誰かが管理小屋の扉を叩く。
まったく誰だよ。今から出かけるんだけど。
「はーい」
扉を開けると、まさに今から向かおうとした騎士団の顔なじみの騎士が立っていた。
「こんな朝からどうしたんですか?」
なぜか顔をしかめっぱなしの騎士が言う。
「昨夜から、王都の西の大森林の方から風に乗ってかなりの異臭がする。と、騎士団に通報があった。調査の助力を頼もうと、其方の家をさっそく訪ねてみれば……異臭の原因はここではないか」
あっ。
……先に報告すべきだったかしら。
頬に手を当て、困ったわのポーズを作り、私は言う。
「それが……昨日畑を侵食している森を爆薬で吹き飛ばすために大森林の地形調査に行ったら、私の身長より大きい猪がいたんです。危うく襲われかけたところを逃げてきたのですが、あんなのが森から出てきたら大惨事なので獣除けの香を調合して炊いています。危険なので臭いについては我慢してください」
私の主張に騎士は頭を抱えた。
「……わかった。詳しくは司令部で聞こう」
こうして私は、騎士に同行して騎士団の司令部に向かった。
……報告と相談のつもりが、尋問になりそうな気配なんですけど。
司令部に到着し、騎士団長室に通された私は、執務机に座る団長ランスロットと後ろに控える副団長テオブランドの前に立っている。
何度目かの既視感にまたもやそっと溜息が吐いて出る。
「どうした」
「なんでもありません」
おなじみのやりとりをしてから本題に入る。まずはランスロットが異臭騒ぎについて聞いてくる。
「あのおかしな臭い、ここまで漂ってきてるぞ。なんとかならんのか」
ランスロットの言葉に内心冷や汗が出る。ここまで臭いが流れてきていたとは……やっぱり少々オーバースペックだったようだ。王都中の奥様方から『洗濯物が干せないじゃない』と怒られるかもしれない……
内心の動揺を押し隠し、私はこうなった原因を説明する。
「アレくらい臭わないと効果ないので。私の身長より大きかったんですよ。街に入り込まれたら悪臭の騒ぎどころじゃなくなります。追い払うなり退治するなりしない限り、王都が危険にさらされると思います」
「お前の身長よりでかいだと?クマにでも出遭ったのか?」
「猪です」
……ランスロットに加えてテオブランドまで頭を抱えだした。
「お前、そんなでかい猪に遭遇してよく生きていたな。どれだけ奥まで分け入ったんだ」
「ちょっとなんかキラキラした小川に心を奪われて王都が完全に見えなくなるまで分け入りました」
……抱えた頭を見事にシンクロさせながら左右に振る騎士団長と副団長。
「……まさか一人でそんな奥まで入ったんじゃあないだろうな」
無言で視線を逸らす私に、ランスロットの目が吊り上がる。
「単独行動の時には大森林に入るなとあれほど言っておいたろう!」
うひゃぁ……
ランスロットから雷を落とされ首を引っ込める私。
「すみません。管理小屋が見える範囲でって思っていたんですが気が付いたら奥まで入っていました」
「あそこはそういう不思議が起こる場所だ。次からは絶対一人で入るんじゃねえぞ」
「……はい」
団長はなおも疑いの眼差しで私を見てくるが、とりあえずお説教からは解放してくれた。なんかまだ小声でブツブツ言っているけど。
『こいつ絶対前科があるだろ』
『間違いありませんね』
私の目の前で小声で会話しないでほしいです、団長と副団長。
「状況は理解した。この異臭は何とかしてもらわないと困るが、そんな化け物がこのあたりに出たというのなら調査が先だな。俺が指揮して小隊を出すので、マリーよ、明日案内してくれ」
こうして私は、騎士団とともに再び大森林のあの不思議な場所へと行くことになったのだった。
大猪の脅威を目の当たりにしたテンションで作った獣除けの香は、王都に異臭騒ぎを起こしていました。
次回は騎士団を引き連れて再び大森林を捜索です。




