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久しぶりの外食と薬草園調査

 騎士団の司令部をあとにした私は、食堂が立ち並ぶ下町の中心街へと向かった。

 久しぶりの外食に心がうきうきとしてくる。本人としては全く想定外だったが、アカデミーを卒業して新たな職も得たので、お祝いも兼ねて少々値は張るが私の一番お気に入りのレストランにやってきた。


 『満月の黒猫亭』と書かれた看板が軒先に揺れるこの店は、王都に住む平民たちのあこがれのレストランである。

 一仕事で莫大な稼ぎをたたき出す有能な冒険者や、一獲千金の腕利きの猟師、中心街に店を構える大店の店主など、人生に成功しているお金持ちたちが常連である。


 お値段は高め。その割には毎日混んでいて店内は喧噪が響きまくり、ワイングラスを片手に『君の瞳に乾杯』などと女性を口説きながらムードたっぷりの食事をするのには向かない。

 どちらかというと、エールのジョッキを片手に『かんぱーい!わはははは』とやる雰囲気である。

 しかし、味は王都一だと私は思う。そして、そう思っている人は王都にたくさんいる結果、毎日この混雑なのである。

 食べたことはないが、貴族向けの格式が高いオシャレなレストランより絶対うまい、と私は思っている。


 今日くらいはちょっと贅沢してもいいよね……と自分に言い聞かせ、私は『満月の黒猫亭』の扉を開けた。



 入口に立つと、ウエイターさんがすかさずやってくる。


 「おひとりですか」

 「は…

 「二人でーす!」


 返事をしかけた私の言葉を遮り、明るい声が後ろから響く。

 振り向かなくとも私には声の主が分かった。


 「お二人様ですね。お席にご案内いたします」


 そういって先を進むウエイターさんについていく私たち。


 私の横に並んだのは、年の頃なら十代後半、闇夜を切り取ったような漆黒の、肩で切り揃えられた美しい髪。遠く東方の海の向こうに産するという白磁という焼き物を彷彿とさせる透き通った白い肌。のぞき込めば吸い込まれそうな夜空色の黒い瞳。同じく東方の海の向こう、雪に閉ざされた冬に咲くという、椿を想わせる深紅の唇。それらを、まさに神の造形としか言いようのない完璧な配置で配した、溜息を禁じ得ないほどの圧倒的な美貌。そのすべてを持った少女である。(形容が長いが、それだけ美しいのだと理解してほしい)

 名はカリン。私のアカデミーの後輩である。


 …これほどの美貌を台無しにするはっちゃけた物言いと、なぜか、孤児出身のアカデミー指折りの問題児であるこの私を尊敬していると公言して憚りないという変わった趣味を持ち、『黙っていれば絶世の美女なのに』と万人に言わしめる残念美少女である。


 「……カリンちゃん、どうしてここに」

 「マリーさんが卒業したと聞いて、街中を探したところ、この店に入っていくマリーさんを偶然見かけたので」


 ……またか。私の卒業情報が私以外の王都の私の知り合いにダダ洩れである。おのれアカデミー。誰にどこまで喋ったのか今度はっきりさせてやろう。


 「ご一緒してもいいですよね」


 二コリと微笑み、私の顔をのぞき込む可愛い彼女の提案に否やなどあろうものか。


 「もっちろ〜ん。一人で食べるより二人の方が美味しいもんね」


 私もまた、二コリと彼女に微笑み返す。


 「ところでカリンちゃん。私が卒業した話、誰から聞いたの」


 案内された席に向かい合わせで座った私は、さっそく対面に座るカリンに質問した。


 「学長室に突撃して学長から聞きました」


 えっ?


 ……お、おおう。


 「カリンちゃん。学長室はね、呼ばれてもないのに気軽に出入りしてはいけないところなのよ」

 「大丈夫ですよ?私、叱られたことないですもん」


 ……アタマイタイ。きっと突然学長室に押し掛けてきたカリンの相手をした学長も同じ思いだっただろう。

 見た目は絶世の美女だし、なんか彼女の行動っていちいちなんというか迫力があって勢いに流されちゃうのよね。


 そして気が付いたら彼女の思い通りに事が運んでいるのである。一種の才能といえる。



 「ご注文は」


 ウエイターさんが注文を取りに来た。


 「マリーさんは何にします?」


 カリンがメニュー表を広げて、私に半分見せながら聞いてくる。


 ……私には一つ勿体ない癖がある。気に入ってしまうと毎回同じものを注文してしまうというものだ。

 他の料理もきっとおいしいに決まっている。今日こそは違う料理に挑戦!とひそかに決意して来店するも、いざメニューを決める段階になると、せっかく今日来られたのにお気に入りを注文しなくていいの?ほらほらまたしばらく食べられないよ?などと私の心に悪魔がささやくのである。

 特に滅多に来られない『満月の黒猫亭』のようなところではその傾向が強く表れ、ちょっと悩みつつも結局いつも同じものを注文してしまう。

 いつものに加えて、もう一品追加できれば最高なのだが、残念ながら私は貧乏なのだ。そんな贅沢は許されない。


 というわけでメニュー表を見ずとも、すでに私は心の中で注文する品を決めているのだ。


 「ハンバーグ定食で」


 私の言葉を聞いたカリンちゃんが呆れた声を出す。


 「マリーさん、またハンバーグですか」


 彼女とは、何度か一緒にこの店に来たことがある。その都度私が注文するのが決まってハンバーグ定食なのだから、呆れられるのも仕方がないと思う。


 「ほかの料理もハズレなしで美味しいですよ、ここ。たまには他の物を注文すればいいのに……あ、私は赤毛牛のフィレステーキを定食で」


 カリンちゃんはしれっとこの店のメニューでも一番お値段の高い、赤毛牛のステーキを頼んでいる。お金持ちである。


 カリンちゃんは、どこかいいところのお嬢様に違いない。が、実家のことは彼女の口から一切語られることがなく、長年の付き合いである私も実は知らないのだ。

 アカデミーの寮には住んでいなくて、実家から通っているらしいことくらいしか私は知らない。全寮制であるこの学園でだ。

 そして、私と違ってお金に困っているそぶりは一切見せない。

 なんていうか所作がいいところのお嬢様なのである。

 姿勢もいいし、ちょっとした動きの一つ一つが目を惹く品の良さを醸し出しているのだ。

 そのあたりを加味した結果、私の中で彼女はお金持ち確定である。


 ひょっとしてもしかするとお貴族様の子弟かもしれない。だが、彼女が何も言わないので、私も深くは聞かないことにしている。



 「マリーさんはこれからどこに住むんですか?アカデミーを卒業したので街を出ちゃったりするんですか?」


 注文を終えると、カリンが心配そうに身を乗り出して私に尋ねてくる。

 どうやら学長は、私の卒業については喋ったけど薬草園の管理人になったことについては秘密を守ったようである。


 「アカデミーから薬草園の管理人にならないか、と提案されたのでありがたくお受けしたから引き続き街には住むわ。ただ、引き受けたのがとんでもない薬草園でね……まず畑として整備し直すためにしばらく大変になりそうよ」

 「えっ?マリーさん、どこの薬草園を任されたんですか」

 「西のはずれの第6号薬草園……て名前だったかな」

 「はあ!?!?!?あんな王都の一番端っこをマリーさん押し付けられたんですか?……だから学長は卒業後の情報を出さなかったのね」


 ……カリンちゃん西のはずれのあの薬草園、ていうか森、知ってるんだ。前半のカリンのセリフが大音量だったのに、後半は超小声だったのでよく聞き取れなかったので、私は首を傾げつつ尋ねる。


 「なんて?後半聞こえなかった」

 「あ、いいんです。後半は独り言なのでマリーさんは気にしないでください」


 そう言いつつ、カリンはなおも小声でブツブツ言っているが、『学長め』とか『絞めてやろうかしら』とか、物騒な単語が聞こえてきたので私は聞こえないふりをして料理を待つ。


 「お待たせいたしました。赤毛牛のフィレステーキのお客様」


 しばらくすると、ウエイターさんが料理を運んできた。ステーキが先だったので、私はカリンちゃんの方を手のひらを上にして指し示し、カリンはすっと手を挙げる。

 カリンの前にステーキと、定食のパン、今日のスープが並べられると、ウエイターさんが一旦下がっていく。

 カリンは座ったままニコニコ微笑んでいる。


 「カリンちゃん、冷めるから先にいいよ」

 「ふふっ。すぐ来ると思うから待ちますよ。どうせなら一緒に食べましょう」


 ……かわいいのぅカリンちゃんは。


 ほどなくして私の頼んだハンバーグ定食もやってくる。パンとスープはカリンのとお揃いである。


 ここのハンバーグは、いわゆる牛100%です。みたいな、切ると肉汁の洪水が!というタイプではない。バッチリつなぎが入っている。

 このつなぎが、焼かれると独特の焦げ目として何とも言えない旨みになる。

 挽肉自体も上質な肉を使っていて、しっかり焼かれているのに柔らかく、つなぎのおこげとの食感の違いが堪らないのである。

 やみつき。といえる旨さである。


 カリンが食べているフィレは、大森林に生息する野生の赤毛牛を使っている。飼育環境にない野生の牛なので、身がしっかりしていて弾力が高い。

 そのまま焼いてしまえば、いわゆる硬い肉。あごが疲れるわ!となりかねないのだが、この店の腕前はそんな出来栄えを許さない。

 どんな下拵えをしているのか知らないが、弾力がありつつも見事な柔らかさである。

 ただ、野生の牛肉なので火はしっかり入っており、焼き上がりはウエルダンである。



 「さあ、食べましょう!マリーさん、卒業おめでとうございます」


 乾杯は水だが、とてもうれしい。カリンがお祝いしてくれて、じわじわと卒業の実感がわいてきた。


 「おいしいですね。マリーさん」

 「カリンちゃんがお祝いしてくれたのがいちばんうれしい。ありがとうね」


 二コリと微笑むと、カリンちゃんは白磁色の頬をほんのり染めてプイっと横を向いた。


 「卒業した日なのに一人でお店に入っていこうとするんですもん。アカデミーの人たちも、マリーさんにお世話になってた街の人たちもみんな冷たいです。だから私ぐらいはきちんとお祝いしてあげなきゃって思ったんです」


 なんでしょうか、このかわいい生き物は。


 

 素敵な後輩にお祝いをしてもらい、私は幸せいっぱいの気持ちで『満月の黒猫亭』を後にした。



 「さあ、お腹も膨れたしこれから森林調査よ!」


 幸せ気分で意気込む私に、カリンがびっくりした顔をブン!と音がする勢いでこちらに向けた。


 「マリーさん、すでに日が暮れています!今から大森林に入るんですか」


 「……明日にする」


 カリンに全力で止められたので夜間の薬草園調査は断念したのだった。

 食事が美味しく、楽しすぎたのですっかり夜になってしまいました。

 薬草園を飲み込んだ森の爆破場所の調査は次回行います。

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